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「任務、お疲れさまでした」
営業スマイルを浮かべて、カカシさんから第七班の報告書を受け取る。
今日は子供たちはおらず、カカシさん一人で報告に来ている。久しぶりに子供たちと会いたかったなーと、報告書から窺える子供たちの元気な様子を見て、くすりと笑えば、
「……それはマズイから止めて」
報告書に影が差した途端、耳元で囁かれた。
またかとも、冗談でしょとも思う。
恐る恐る視線を上げれば、唯一覗く右目は細く柔らかくたわんでいるが、その奥に宿る、ぎらついた光が真実だと告げていた。
「ほ、報告書は確認イタシマシタ。明日モ頑張ッテクダサイ」
「ん〜」
カクカクと錆びついた機械のように体を動かし、機械的に言葉を告げる。
よしよしと頷きながら、去り際に頭を撫でて、受付所のソファに座ったカカシさんを確認し、機械的業務の始まりだと己に言い聞かせる。
片言の言葉と、無表情な顔を保ち続けるそれは、すこぶる不評なので出来ればやりたくないが、背に腹は代えられない。
一度、ああは言っても公衆の面前でまさかと、カカシさんの嘘とも本気とも思えぬ問いの後に、冗談ですよねーと笑って、笑顔で受付を続けていれば、ベロチューをかまされた。そして、そのときはベストのチャックを開けられ、胸まで揉まれた。しかも、子供たちの目の前で!!
火影さまの煙管攻撃にて、カカシさんの暴挙は未遂に終わったが、あのときの子供たちの照れた顔や、顰められた顔、そして何も分かっていないつぶらな瞳を目の当たりにし、もう二度とカカシさんを煽るようなことはしないと心に誓った。
ちらっとカカシさんに視線を向ければ、その手には、いつも読んでいるイチャパラではなく、料理本が握られている。
真剣な顔で料理本を読み進めているカカシさんを可愛いなぁと思う。
あれから、私とカカシさんはずっと一緒に暮らしている。
一つ屋根の下で男女がいるとなると、夜の方は拒みきれないと半ば覚悟していたのだが、意外なことにカカシさんは私に手を出そうとはしなかった。というより、しないように色々と対策を練っていた。
忍犬のガードに加え、私の寝室部屋には物々しいまでの罠が設置され、それもカカシさんのみに発動する、気の入れようだ。
頑張る場所が何か違う気がして、不思議に思って聞けば、結婚するまでは清い体でいなきゃーねと、真面目な顔で言われた。
不意にとんでもない発言をする癖に、真面目なカカシさんが好ましい。いや、たぶん、私は思っているよりカカシさんのことが好きなんだと思う。
そこまで考えて、つい顔を赤らめる。
仕事中に考えることではないと己に喝を入れていれば、ざわりと周囲がざわめいた。何だろうと顔を上げれば、注目されているのは、ソファに座っているカカシさんであり、ミシミシミシっと歪な音を立てて、床を踏み割っているカカシさんの姿だった。
「……お主との結婚は、まだ遠いかのぅ」
隣で受付任務を共にする火影さまが、ふぅーと煙を吐く。
実は火影さまから、カカシさんと私の結婚について物言いがきた。
曰く。
『写輪眼カカシともあろうものが、惚れた女の仕草に欲情して我を忘れるなど言語道断じゃ。平静さを身につけるまで、決して了承するな』
そして、じっちゃんからも一言。
『あやつに辛抱というものを覚えさせんと、この先、お主の体がもたんぞ』と。
と言う訳で、非常に心苦しいのだが、私からカカシさんに恋愛感情の好きだと言ったことは未だにない。
私もできるだけ早くカカシさんと名実ともに一緒になりたいから、苦痛は苦痛だけれども、カカシさんを極力煽らないように機械的な対応を心掛けている。
カカシさんも、何となく私と火影さまとじっちゃんとで交わしたやり取りを察しているようで、暇があれば私の側に来ては、精神修行を自らに課していた。
でも。
「…そうでもないかもしれませんよ?」
こそっと小さく火影さまへ耳打ちする。
ぶつぶつと難しい顔で何かを唱えているカカシさんへ、熱い視線を向ける。
私の視線に気づいたのか、カカシさんの瞳がこちらに向く。
その瞬間を狙って、笑う。
大好きと、心の中で思いながら微笑みかければ、カカシさんの目が見開き、そして。
「っっ!!」
顎を跳ねるなり、ソファの上に倒れこみ、そのまま沈黙した。
ふわりと受付所に漂ってきた血の匂いに、よしっと拳を握る。成功率が次第にあがってきた!
我慢できないなら、失神させろ。これこそが、私の狙うべき回避術!!
「……別の意味で問題じゃのぅ…」
ぽそりと言った火影さまの言葉に首を傾げれば、火影さまはいいから手当てに行って来いと抜けることを許してくれた。
「カカシさん、大丈夫ですか?」
ぐったりとソファに沈むカカシさんの隣に座り、湿った口布を剥いでハンカチを当てる。
「……あんた、覚えておきなさいよ…!!」
顔を真っ赤にして、涙目でこちらを睨みつけきたカカシさんに破顔する。それだけ元気があれば大丈夫だ。
「絶対克服してやる」と息を巻くカカシさんに、私はせめてと耳元でささやく。
カカシさんだけでなく私も望んでいるのだと、肝心な言葉は口にできないけど、真心込めて言った。
「早く、お嫁さんにしてくださいね。私、ずっと待ってますから」
びくりとカカシさんの目がこちらを見入る。
本当?と聞かれてる気がして、小さく頷いてはにかめば、カカシさんに押し当てていたハンカチが真っ赤に染まった。
……あ。そういうつもりじゃなかったんだけどな。
そのまま本当に失神してしまったカカシさんに慌てていると、非常に苦い顔で火影さまが一言いった。
「……前途多難じゃのぅ」
そう言ってぷかーと煙を吐いた火影さまに、ほんの少しだけ、そうかもと思ってしまった。
おわり
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以上、読んでいただきありがとうございました!(H24.5.17)
カカシの許嫁5