「うそ…」
小さなうめき声と共に、耳へちらついていた音が消えた。
貫こうとしていた右手から光が消え、カカシ先生は呆けた顔を晒していた。
カカシ先生が止まった理由がわからなくて、あとからあとから出る涙を目を瞬いて弾いていれば、カカシ先生はゆっくりと私の顔を見つめ、そして、顔を真っ赤にさせた。


何が起きたのか。子供は助かったのかと絶望に沈んだ心が浮き上がった直後、切り裂くような痛みが下腹部に貫き、体が跳ねた。


「あ、あ!!」
意味のない声があがる。
やはりカカシ先生は子供を殺してしまった、子供のいるお腹を貫いたのだと、そう思った。
「イルカ!?」
だけど、痛みでくらむ視界に、血相を変えてこちらをのぞき込むカカシ先生の顔を見て、それは違うのだと理解した。
カカシ先生は私を胸に抱き寄せ、泣きそうな顔で私を見下ろしている。
「うそ。ちょっと待ってよ。これ、破水? 破水してんじゃないの、アンタ!!」
視線を下に下げ、顔を青くさせている。
予定日より早いと、ひきつった声をあげるカカシ先生の声を激痛の中、聞いていた。
痛い、痛い、痛い。
意識が霞みそうになる。子供がどうかなるのではないかと、気が気でなかった。
「カカシ、せんせ」
涙がこぼれ出る。
カカシ先生は私が何か言いたいことに気づいたのか、手を握ってくれた。
「何? 何が言いたいの!?」
形のいい耳が口元へ近づく。
息をするのも痛い。眦から落ちる涙すら痛かった。


「ねがい、助けて。わたしは、どうなっても、いいから。おねがい、この子だけは、助けて」
唸りながら言った言葉はどこまで届いたのかわからない。
私の言葉を聞いたカカシ先生は、一つ息を吸って、バカと大きく叫んだ。
「アンタも、子供も両方助ける!! 当たり前なこと言ってんじゃないよっっ」
胸に抱き寄せられ、カカシ先生が走り出したことだけは分かった。
しっかり、気をしっかり持って、負けるんじゃないよ、アンタ母親でショ!? しっかり、しっかりしなよと、カカシ先生の励ます声が何度も聞こえた。


そこから先はどうも記憶が曖昧だ。
消毒液の匂いを嗅いだと思ったら、複数の人影が入れ替わり立ち替わり現れた。
「うみのさん、聞こえますか? 産みますよ、これから頑張ってくださいね!!」
「うみのさん、大きく息を吐いて。そう、その調子!」
人影の言うとおりに、ただただ息を吐いていきんだ。
頑張ってと叫ぶ声の中、遠くから私の名を泣き叫ぶ声を聞いた気がした。
イルカ、イルカ、と。
痛みと疲労で朦朧として、息を吸って吐いて、いきむことしかできないのに、頭の片隅で気になって仕方なかった。


******


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
わーわー反響する声に混じり、一際大きく泣いた赤ん坊の声を聞いた瞬間、気を失っていたみたいだ。
気付けば、優しい顔をした看護師さんが白い布を抱きかかえ、私の側に立っていた。


ここは病室らしい。
白を基調とした部屋の一室で私はベッドの上に横になっている。
ベッドの横にある、開け放たれていた窓から風が吹いて、白いレースのカーテンが揺らめいた。
全身は重く、顔は腫れぼったい。下腹部と腰の痛みをどこか夢見心地で感じていれば、「抱かれます?」と声を掛けられた。
直後、子供を産んだのだと、無事に産めたのだと思い出した。
ぼうっとしていた自分が信じられずに、慌てて頷く。声は聞いた。でも、その顔はまだ見ていない。


起きあがろうとして、年配の看護師さんが「そのまま」と優しく制して、ベッドのリクライニングを上げてくれた。
背中側が少し上がり、寝たままでも顔が見られるようになる。
「カイ? カイ?」
我が子の名前を呼び、両手を上げる。
カカシ先生の子供を身ごもった時から考えていた。
父親の名は絶対明かせないから、せめてもの思いで、カカシ先生の名前を一文字、そして私の名前を一文字組み合わせた。
カカシ先生とは直接繋がることはできなくても、この子を介して繋げる喜びを味わいたかった。
泣きそうになりながら我が子を求めれば、看護師さんは優しい笑みを浮かべ、腕の中にいる白い産着をきた子供を、私の胸の横にそっと寝かせた。
首を傾げ、眠る我が子を見た。
白い産着に埋もれるようにして、その子はいた。


「ぅ、うぅ、っ」
見た瞬間、胸が熱くなって涙がこぼれ落ちた。疲労を感じていたはずの体が嘘のように軽くなる。
真っ赤な顔で両目を閉じ、握られた小さな手をかすかに揺らしながら、口をもごもごと動かしている。
瞳の色は分からない。肌の色も、今は分からない。でも、その子の髪の色は、大好きな人と同じ銀色だった。
「カイ、カイ。生まれてきてくれて、ありがとう。私の元にきてくれて、ありがとう」
名を呼びながら、そっと抱き寄せる。
むずがりながらも小さい手で私に触れてくるその存在に、ただむせび泣いた。
何分そうしていただろう。
誰かが鼻をすする音に気付いて、顔を上げる。
看護師さんが見守る中、一歩私に近いところで、カカシ先生は所在なげに立っていた。
カカシ先生の目は真っ赤で、何故か左頬が赤く腫れ上がっている。
カカシ先生の身に何が起きたのかと思ったのも束の間、私は願うように、声を掛けた。


「カカシ先生、抱いて、くれますか?」
直前で、カカシ先生はこの子を殺すことを止めてくれた。そればかりか、この子の命を救ってくれた。
これ以上、わがままを言ったら罰が当たるけど、これっきりだからと微笑めば、カカシ先生はびくんと身を震わせるなり、その場で何度も首を縦に振った。
「うん、うん!!」
足早にベッドへ近づくなり、カカシ先生は私を抱きしめてくる。
それに驚いたのは私だけじゃなかったようで、看護師の皆さんがあきれたような声を掛けてきた。
「違いますよ、はたけさん! うみのさんは子供を抱いて欲しいって言ってるんですよっ」
もぅ本当に男は馬鹿ねぇと、恰幅の良い看護師さんが体を揺らしながらカカシ先生を退かせて、子供を胸に抱くと、カカシ先生に抱き方を教えながら手渡した。


「……ちっちゃい」
こわごわと子供を胸に抱きしめ、カカシ先生が呟く。
カカシ先生と、カカシ先生と同じ髪の子供。
折しも窓から日の光が二人を照らし、銀髪をきらきらと輝かせる。
二人のツーショットが見られるとは思っていなかった私には、何よりも嬉しいことだった。
二人を見て涙をこぼせば、看護師さんたちも何故か鼻をすすったり、袖口で目をこする姿が見えた。
共感してくれたみたいで、なんだかそれにも泣けた。


「ーーありがとう」
カカシ先生はひとしきり子供を見つめた後、そっと私の腕に戻す。
何に対するお礼か分からなかったけど、私は産んでくれてありがとうということだと、勝手に思うことにした。その方が幸せだ。
「……はい」
小さく頷けば、カカシ先生は私の額にそっと唇を寄せた。
くすぐったいそれは、私を労ってくれたみたいで小さな笑い声が漏れる。
優しい目をして、カカシ先生が髪を撫でる。私は今だけはと、その感触を味わうことを自分に許した。
髪から頬へと移る手のひらへすり寄るように懐けば、カカシ先生の動きが止まる。
もっと撫でて欲しいと、閉じていた瞳を開ければ、真剣な顔をしたカカシ先生がいた。


「ずっと、ずっと騙してごめん。オレは最低な奴で、アンタの気持ちを自分で作り上げて、勝手に誤解してとんでもない過ちを犯すところだった。本当にごめん。……でも」
カカシ先生は屈めていた腰を落とすなり、床にひざまずくようにして、寝ている私の視線と合わせた。
「オレはイルカが好きだ。アンタと家族になりたい。この子の父親になりたい」
突然の言葉に目が見開いた。
周囲からきゃーという黄色い声が響き、看護師さんたちしかいなかったはずの気配が、急に増えた気がした。
一体何が起きたのか。現実逃避よろしく周囲に視線を向けようとして、カカシ先生は私の頬を軽く押さえて逃げられないよう固定してきた。
「ダメ。よそ見しないで、オレだけ見て。これから、大事なこと言うから」
カカシ先生の目が潤む。
そういえば、カカシ先生はずっと素顔を晒している。今更のように気付いて、私は周囲が気になって仕方ない。
覆面忍者なのにいいのかなと、左頬が腫れているとはいえ、全く見劣りしないカカシ先生の美貌を見つめていると、カカシ先生は私の手を握りしめた。
普段は絶対晒さない赤い瞳と、平素の青い瞳が熱っぽい光をはらむ様を見て、無性に恥ずかしくなってきてしまう。
うーあーと、照れて小さく唸る私に優しく微笑み、カカシ先生は言った。


「オレと結婚してください。二人は、オレが必ず幸せにします」


はっきりと告げた言葉に、周囲から怒号のような歓声があがり、私はカカシ先生の言葉と、そして周りの騒がしさに目を白黒させるだけで精一杯だった。
ぱくぱくと口を開閉させる私へ、カカシ先生が頷いてと迫る。
どうしてこうなったのだろうと、迫りくるカカシ先生をただ呆然と眺めていた時。


「ならーん!! わしの楽しみを奪ったおぬしに、イルカはやらーんっっ」
けたたましい足音と同時に、ドアを吹っ飛ばそうかという勢いで大喝が部屋に轟いた。
衝撃でカカシ先生の手の力が抜けたのを幸いに、入り口に視線を飛ばせば、怒り心頭の様子でこちらへ近づく人物を目に捉えた。
「ほ、かげさま?」
名を呼ぶが、火影さまから返事はない。
ずかずかと窓際のベッド脇へと足を進ませる火影さまを呆然と見ながらも、私が寝ているベッドを取り巻くように、見知った顔ぶれが何人もいたことに、このときになってようやく気付いた。
どうりで騒がしいはずだ。
産後直後の私を気遣ってか、こちらに近寄ろうとはしないものの、同僚や友人たちが顔を合わせながら小声でおしゃべりに興じている。


ふと視線を落として我が子を見れば、あれだけ物々しい音や周囲の視線をもろともせずに、安らかな寝息をたてていた。
この子は将来大物になると、早速親ばか根性を出して顔をにやけさせていると、「イルカや、じっちゃんと呼んでおくれ」と、里長らしからぬ気落ちした声を掛けられ、慌てて返した。


「む、無理ですよ。いつの間にか皆いるし、立場っていうもーー! ちょ、ちょっとカカシ先生!」
寝たままでは失礼かと体を起きあがらせようとすれば、横からカカシ先生が抱きついてきた。
子供を気遣うように優しく一緒に抱きしめるカカシ先生に、案外子供好きなのかなと思っていれば、カカシ先生は不機嫌そうに火影さまを睨みつけた。
「何しに来たんですか、火影さま。昔の諺にもあるように、馬に蹴られにきたんですか?」
刺々しい物言いに、思わずびくつけば、カカシ先生は宥めるように私の肩をさすってきた。
「ほら、イルカもあなたが来て緊張していますよ? 愛する二人の仲を割って入ろうとする老いぼれなんて、老害以外の何者でもありませんかーらね」
ねぇ、イルカと、ちゅっと目の下に口づけされ、私はおぶおぶとまごつく。
その瞬間、ごうと火影様の体からチャクラが迸る。一瞬だったから、実害はないが切れやすくなっている火影さまに私は気が気でない。
「調子に乗るでない、カカシ。わしはまだ、お主のことをイルカの伴侶と認めておらぬわ。わしの楽しみを奪う婿なんぞ、犬の餌にもならんっ」
「はぁ? 火影さまもずいぶん耄碌しましたねー。オレたちにはこうしてかわいい子供もいるんですよ。アンタに認めてもらおうが認めてもらうまいが、オレたちは立派な夫婦です。部外者が口を挟まないでくださいます?」
「なにぉぅ? イルカとの付き合いはわしが一番長いんじゃ。イルカが赤子の頃から、そりゃもーわしはずぅっと見てきておった。最近になってひょっと現れたおぬしなんぞ、爪の垢ほどの関係性はないわ。この度の懐妊はイルカにとっては事故に遭ったようなもんじゃ。向こうから当たってきたなら、避けようがないからのぅ」
ほっほっほっほと、軽快に笑い声をあげる火影さまに、カカシ先生はこめかみをひきつらせ、凶悪な目を向ける。


「……なんじゃ、やるか?」
止める素振りもみせず、かえって煽る火影さまに度肝を抜かれる。
「上等だ、ジジィ。先刻の決着をつけてやろうじゃなーいの」
二人は私を挟んでバチバチと火花を散らす。
里長と、里の実力No1が本気でやり合えばどうなることか、火を見るよりも明らかだ。


「よっしゃー! イルカ出産記念杯、火影VS写輪眼カカシ! どっちが勝つか、さぁ、張った張ったー!!」
病室の奥から女性の声が聞こえ、私はひぃと息を飲む。賭事大好き、争いごと大好きのみたらしアンコ特別上忍だ。
アンコ特別上忍の掛け声に、賭事が基本的に大好きな忍びの面々は我も我もと手を上げ、金額の声があがる。
看護師さんたちが、「あなたたち、静かにする約束だったでしょうが!!」と事態の収拾に買ってでてくれているが、興奮した面々に届かせるにはあまりにも細かった。
ここは、看護婦さんたちのためにも、自分のためにも、己で何とかするしかないと、私は我が子の小さな耳をそっと塞いで息を吸う。そして、腹に力を込めると、一気に開けはなった。


「そこ、静かになさぁぁい!!」


わんと病室に声が反響すると同時に、窓ががたがた震える。
怒鳴った後、周囲を見渡せば、忍びはおろか看護師さんたちまで耳を塞いで、床にしゃがみ込んでいた。
日頃から鍛えられた賜物に満足しつつ、問題の二人へ視線を向けた。
至近距離でぶつけられた二人には相当堪えたのか、カカシ先生はベッドに突っ伏し、火影さまはベッドにすがりつくような姿勢で、ふるふると震えていた。


「イルカ、ひどいよ…」
「イルカや、ちと……やりすぎではないか?」
ようやく耳鳴りが収まったのか、目に涙を浮かべて、私へ恨みがましい声をあげる。
「自業自得です。まず、火影さま」
きっぱりと言い放ち、火影さまへ視線を向けた。
「日の傾きからして、火影さまはまだご公務中の時間ではないですか? 前も言いましたが、ご公務中の私用はお控えしてくださるよう言っておりましたが」
何故ここにいると視線で問えば、火影さまはいじいじと袖口を揉みほぐしながら、言葉を詰まらせた。
「いや、のぅ。それは、その、そうは言うが、わしにも優先させたい私用というものがあってのぅ。それに、なんじゃ、全てが終わった訳ではないが、急な案件は全て処理したし、ここにいるのは休憩時間の合間じゃからして……」
それでも駄目かと、ちらりと上目遣いで伺ってきた火影さまに、私は破顔した。
休憩時間なら、問題はない。
私は眠る我が子をそっと抱き寄せ、火影さま、じっちゃんへと身を寄せた。


「じっちゃん、来てくれてありがとう。この子が私の子供。約束通り、抱いてくれる?」
まだ首も座っていない柔らかい体を慎重にじっちゃんへと手渡せば、じっちゃんはおぉおぉと何度も頷きながら、大事そうに抱きしめてくれた。
「よう頑張ったのぅ、イルカ。そなたの子を抱ける日がくるとは……。あんなに小さかった子が、のぅ」
じっちゃんは顔をくしゃくしゃにして、泣きそうな顔で笑っている。心底喜んでくれるじっちゃんを見て、目が潤んだ。じっちゃんに抱いてもらうことができて良かった。
「あのね、じっちゃん。その子の名前はカイ。男の子だよ」
じっちゃんの腕の中ですやすやと眠る子供の頬を撫で、紹介すれば、じっちゃんは笑っていた顔を硬直させた。
さすがはプロフェッサーと呼ばれるじっちゃん。名前の意図に気付いたようだ。
それとも、私の名付けが単純過ぎたかなと、少々恥ずかしくなって鼻傷を掻いていると、じっちゃんは固まった顔で言った。


「イルカや。ビシャ丸にせんか? 毘沙門天という武神からあやかった良い名じゃぞ。ふむ、持国丸も捨てがたいの。ともかくカイなどと、不誠実がそのまま歩いているような多情男の名が入った名など」
はっと鼻で笑った火影さまの言葉に、後ろで青白いチャクラが膨れた。二の舞はごめんだとばかりに、私はじっちゃんへ口を酸っぱくして言う。
「駄目。この子の名前はカイ。それ以外は考えられません」
断言するなり、じっちゃんの顔は老け込み、後ろからは浮かれたチャクラが踊った。
「おぬしの母さんは頑固者じゃからのぉ。言い出したら訊かんからのぅ」と、カイに語りかけ始めたじっちゃんに苦笑をこぼし、私は後ろへ振り返った。
途端に顔をほころばせ、カカシ先生はこれからのことを話し出す。
まず家を買おう。そして、式を挙げよう。イルカは神前式と西洋式とどちらがいい? イルカはドレスも和服も両方似合うから迷うな。いっそのこと両方する? 遠慮しないで何でも言ってね。イルカが主役なんだから、妥協しちゃダメだよ。
「三人で幸せになろうね」
そう締めくくったカカシ先生が、私には眩しい存在に見えた。
そうなったらどれだけ幸せなんだろう。何も考えずに、頷くことができれば、束の間の幸せを手に入れることができるのかもしれない。でも、私にはその未来を受け入れることはできなかった。


「カカシ先生」
幸せな夢を幸せそうに語るカカシ先生へ私は呼びかける。なぁにと、少し伸びた声で返事を返すカカシ先生をまっすぐ見つめて私は言った。


「ごめんなさい。あなたとは結婚できません。私はこの子と二人で生きていきます」


初めから知っていた。
この恋は報われない。
万に一つない奇跡で、私はカイという子供を授かった。この子は本当に奇跡のような存在。
カカシ先生が産むことを許してくれた。自分が父親だと認めてくれた。それだけでもう、私は十分幸せだ。これ以上、何を望むことがあるだろうか。


「……へ?」
ぽかんと口を開けるカカシ先生へ、私はこぼれ落ちそうになる涙を振り切り、言う。
「不誠実な方と結婚はできません。好きだからこそ、私は耐えることができません。子供に、諍いの絶えない両親の姿を見せたくないんです。分かって、ください」
頭を下げた。
狼狽するカカシ先生の声がずっと聞こえていたけど、目を閉じ頭を下げ続けた。
「うむ。イルカの意志は分かった。連れ出せ」
じっちゃんが里長の声で告げた。
公私混同するじっちゃんに苦笑がこぼれたけど、今はありがたかった。
「ちょ、ちょっと、うそ! は!? な、なんで、ちょっとイルカ!?」
カカシ先生の気配が離れていく。病室の入り口付近まで遠のいた頃を見計らって、頭をあげた。
「カカシ先生、今までありがとうございました。思えばあっと言う間でしたけど、幸せでした。思い出をありがとうございます」
あの日々の思い出があれば、私はきっとまっすぐ前を向くことができる。カカシ先生がこの先、他の誰かと付き合うことになっても、私はカイと手を繋いで明るい未来へ歩いていける。
「本当にありがとうございました。大好きですよ、カカシ先生」
最後は笑っていたかったけど、やっぱり堪えきれず涙がこぼれてしまった。
私がしゃべり終わるまで待ってくれていた暗部の方に頭を下げて、終わりましたと動作で示した。


カカシ先生は私の意志が固いことを知ったのか、それ以上何も言わず、両脇から暗部の方にがっちりと固められ、病室を後にした。


さようなら、カカシ先生。
意気地なしの私は、言えなかった言葉を胸の内で呟く。
これで、もうカカシ先生は私と会ってはくれないだろうなと苦い思いを噛みしめ、今だけはと溢れる涙を思う存分流した。







おわり





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……いえ、これハッピーエンドになるんです。この最後はアンハッピー臭ぷんぷんですが、そんなことしませんよ!?
ハッピーエンドで書いてますよ、はい!!

というわけで、イルカ先生視点はこれにて終了。次はカカシ先生視点です。
カカシ先生にはとびきり頑張ってもらいますです、はい。







ひみつ 20(完)