翠玉 12

「こちらで、待たせてください」
上忍待機所の扉の前。
いつもならば仕事以外では立ち寄りたくもない場所に、私はいた。



「訳ありか?」
上忍待機所の扉にもたれ、煙草をくゆらせるアスマ先生に、私は頷く。
「訳ありですが、私事です。けれど、譲れないことです」
何をされても退く気はないと、視線に力を込めれば、アスマ先生はため息を吐くように煙を天井に向けて吐いた。
「……まぁ、いいだろう。ここで待つよりも中で待っとけ。直にカカシの奴も戻ってくるだろうよ」
扉を開けて、入れと顎で指し示すアスマ先生の仕草を受けて、深々とお時儀をした。
「ありがとうございます。――では、失礼いたします」
アスマ先生の横を通り、上忍待機所に足を踏み入れる。
途端に、複数の視線が体に突き刺さり、一瞬体が震えた。自分が場違いな場所にいると思い知らされる。
はっきり言って、恐い。
不審げに、あるいは何かしらの感情を込めて、こちらを見据える気配に逃げ出したくなる。
でも――。
「失礼いたします。ご迷惑なのは承知しておりますが、こちらでカカシ先生を待たせてください」
決心は変わらないと、注目が集まる中、真直角に頭を下げた。



生家へと足を運んだ後、私はその足でアカデミーと受付所へ向かった。
目的は、休みを取るためと、かにちゃんの帰還予定日を知るため。
ツイていることに、かにちゃんの帰還予定日は明日、つまり今日だった。



悪い情報だと前置きしたオリさんは、私にこう言った。



「カカシ上忍とイルカさんのお母さんが掛けた術は、まぁ、害はあるけど、そう今すぐどうにかしなくちゃ類の術じゃないんだ。でもね、お父さんが掛けた術は違う」
よく分からず眉根を寄せた私に、オリさんは人差し指を突き出し、なぞる様に宙で指を横に引いた。
「お父さんが掛けたのは、解術の術式なんだ。イルカさんにこの術を掛ける時、お父さんは何か言ってなかった? いわゆる、解術のキーワード」
「キーワード…」
呟いて、思い当たるものが浮かんだ。
「…『かにちゃん』?」
父ちゃんは私に言った。
『思い出したいなら、名前を呼んでごらん』
『本当に、心から望む時に、この名前を呼んで』と。
これが解術のキーワードだったのかと、視線を向ければ、オリさんは頷いた。
「そう。それが解術のキーワード。でもね、人の掛けた術を解くには、しかるべきタイミングと、それなりの手順が必要だ。それに、術者の癖もあるし、そう簡単に解けるものじゃない。だから、君のお父さんは元から断つことにしたらしい」
オリさんの言葉に、背筋が震えた。恐れていたことを告げられた気がして、鼓動が跳ねる。
固唾を飲む中、ゆっくりと口を開くオリさんを見つめた。



「全ての起点となるものは、カカシ上忍だ。カカシ上忍の記憶忘却術から始まり、術は構成されている。だったら、大元を消してしまえばいいんだ。イルカさんの中にいるカカシ上忍を残らず消してしまえば、術は破綻する。元から、色々な術を重ねて作り上げられた杜撰な物だからね。核を失くせば、自然と崩壊する」
「で、でも、父ちゃんが言ったのは、かにちゃんを思い出すためのものでした! 失くしたものを取り戻すためのもので、かにちゃんを消すような、そんな、ことじゃ……!」
オリさんの言葉を信じたくなかった。
父ちゃんは、かにちゃんのことだって可愛がっていたから。私に、憎めないんだって、笑っていたから。
父ちゃんがかにちゃんの存在を消したかったなんて、思いたくなかった。
黙り込んだ私の肩に、マキが手を置いてくれた。気を抜けばふらつきそうな体に、その確かな重みは有難かった。
歯を食いしばって顔を上げる。オリさんの話はまだ終わっていない。それを支えに、オリさんの言葉を待った。
縋るように見上げる私に、オリさんは「あ~」と小さく呟くなり、ごめんと謝ってきた。
「今のはオレの言葉が足りなかった。ごめん、イルカさんの思っているようなことじゃない。えっと、つまり、目的は解術だけど解術の術式を掛けた訳じゃないんだよ」
「……は?」
私の心の声を代弁してくれたかのように、マキが声を発した。
ちらっと後ろを見れば、マキの顔はとんでもなく歪んでいた。一体、てめー何言ってんだ、あぁん? とでも、言っているような表情に、密かに私は拍手を送る。
それはオリさんにも通じたらしく、慌てたように話し始めた。
「いや、だからね。イルカさんのお父さんは、カカシ上忍の式を解くんじゃなくて、カカシ上忍を消去する術式を掛けたんだ。たぶん、お父さんは、イルカさんの思いの強さに賭けたんじゃないかと思う」
「……思いの強さ?」
胡散臭いものでも見たような調子でマキが問う。
オリさんは大きく頷いて、「だって」と続けた。
「現にイルカさんは思い出してるだろ? きっとカカシ上忍の存在を消去する術式に無意識に反応して、全ての術を跳ね返している状態なんだ。いわゆる、消える間際の蝋燭の炎みたいなもん」
「蝋燭の炎って……」
息を飲むマキに、オリさんはそこが問題と指を突きだす。
「イルカさんの術に対する抵抗が高まっているから、今、イルカさんは全てを思い出している。でも、これは一時のことだ。事前にマキから聞いたけど、カカシ上忍の姿を見るだけで気持ち悪くなるってことは、消去の術が始まっている証拠だ。消える人物を目の前にして、脳が混乱しているんだ。イルカさんには認識できない範囲で、カカシ上忍は少しずつ消えていっていると推測できる」
ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。
私の音か、それともマキの物か判断付かない。
ゆらりと視界が一瞬ぶれた後、知らず私は問いかけていた。
「…いずれ、かにちゃんは消える?」
私の中から、全て。
一転して静まり返った玄関先で、オリさんは私の視線を受け止め、一つ頷いた。


「術が発動して三日…。たぶん、明日には完全に消えると思う」



微妙に静まり返った上忍待機室の奥へと進みながら、アスマ先生に勧められるままソファに腰を下ろした。
そこには紅先生がいる。
顔見知りの側に座らせてくれるアスマ先生の気遣いに感謝しながら、私は気配を殺し、出入り口の扉に視線を向ける。
オリさんの予測が正しければ、今日を持って、私の中にいる、かにちゃんは消える。
温かい記憶が、大事な思い出が、全て無くなる。



随分思い切ったことをするわねと、マキが父ちゃんを責めるような口ぶりで漏らした時、私は仕方ないことかもしれないと思ってしまった。
放っておけば、そのうち自然と解けるかもしれないし、はたけ上忍が自ら解術してくれるかもしれないのよと、他の可能性を言うマキの意見は正しいかもしれない。
でも、私の中では、ある確信があった。
このままでいても、かにちゃんと私の距離は縮まらない。そればかりか、きっとかにちゃんは私から離れていく。



家の床を思い出す。
綺麗に磨き上げられた翠玉の石。
でも、その中には、ところどころ曇っているものがあった。
不思議に思い、間近で見て、声をあげそうになった。
翠玉の石の表面には、跳ねかえったように跡を残す、くすんだ朱が付着していた。
たぶん。
いいや、きっとこれはかにちゃんの血だ。
考えたくないけれど、この翠玉の石は全て、かにちゃん自ら得て運んだものではないかと思えた。
買ったものを並べるだけならば、何故、血がつくのか。
もしかして、かにちゃんは任務の合間に翠玉の石を集めては、ここに運んでいた?
傷だらけの体で、一つ一つ石を磨き上げ、家の床に置いていた?
血を落としたことも気付かないほど、かにちゃんの意識は鈍っていた?



あのときの感情を思い出して、唇を噛む。
このままじゃいけない。絶対いけないんだ。 かにちゃんを待つだけじゃ駄目だ。
私が動かないと、かにちゃんは遠くにいってしまう。
取り戻したいなら、受身では駄目だ。



父ちゃんだって言っていた。
『彼はシャチさんととてもよく似ている』って。



「イルカ先生、これ飲んで」
間近で優しい声がして、弾けるように顔をあげた。
紅先生が湯気の立つ紙コップを、私に勧めている。
「あ、ありがとうございます」
温かい紙コップを受け取り、頭を下げた。紅先生はいいのよと綺麗な笑みを浮かべながら、気遣わしげな視線をくれた。
「先生、大丈夫? 顔色が随分悪いみたいだけど、ちゃんとご飯食べてる?」
まるで子供に聞くように、心配してくれる紅先生の言葉がくすぐったい。
はいと言いたかったけど、嘘をつくのも悪い気がして、私は正直に言う。
「…いいえ。ちょっと訳ありで、食べていません。これからすることを思うと、全部吐いちゃうと思うので、絶食中です」
気恥しげに笑えば、紅先生は目を見開き、煙草を燻らせていたアスマ先生は煙草を吸う手を止めた。
「おいおい。『食べ物に意地汚ぇ』って、チョージまでに言われているイルカ先生がどうした? 熱でもあるのか?」
「本当にどうしたの? それに、仕事が恋人って地で突っ走っているイルカ先生が、仕事を休んでここにいるなんて…。何か深刻な悩み事でも?」
二人の心底心配する眼差しに、笑みが引きつる。
……うん。色々と反論したいことはあるが、ひとまずチョージ、お前は拳骨だ。
今度、受付に来た時、楽しみにしていろと、心の中で毒つき、慌てて首を振った。
「いえ、心身の調子が悪い訳じゃないんです。予防策なんで、本当、大丈夫ですから」
心配しなくていいですよと、続けて言おうとして、わっと人だかりができた。
「いやいや、隠さなくてもいいって、イルカちゃん! ずばり失恋。そうだろ?!」
「アホか、お前! 仕事が生きがいのうみのに限って、それはねぇ! ずばり、生徒たちの指導の行き詰まりだろっ」
「ばっかねー、アンタ。仕事に生きる女は得てして、人の温もりを欲するものよ。間違いなく、道ならぬ恋。ずばり、不倫で悩んでるんでしょ?!」
わーわー好き勝手言いながら、群がってくる人垣に度肝を抜かしていると、その後方で高らかな声が響き渡る。
「さぁー、うみのイルカの悩みの原因。締切間近だよ、張った、張ったーー!!」
その声にがくーっと肩が落ちる。
人の嫌がる顔大好き、甘味大好き、賭け事大好きのみたらしアンコ特別上忍だ。
上忍待機所前でカカシ先生を待っていた時、時折、ドアの隙間からこちらを見ていると思っていたら、こういうことだったのか。
一応、カカシ先生を待っていると宣言してここにいるのだが、カカシ先生との関係を誰も突っ込まないのはどうしてなのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はカカシ先生を待たせてくれって言ったじゃないですか!!」
面白くなくて声を張り上げれば、人垣はぴたりと口を閉ざし、人の言葉と重なることもなく口々に言った。
「だって」
「カカシって安全パイだし」
「大方、隠れ蓑だろ?」
「カカシは女にも男にも興味ないもの」
「そうそう。遊郭にも行かねーし、つまんねぇ奴だもんな」
「顔も肩書きも財力も、忍びの才まで揃ってて、本当情けない」
「することといったら、家事に忍犬の世話って、ださすぎ」
「枯れたいい男ほど、目障りなものはないわよねー」
『ねー』
と、一斉に頷き出した群衆に、かーっと頭が煮えたぎる。
言わせておけば!!



「だーらっしゃい! 安全ぱい? 女にも男にも興味はないだぁ?! 上等じゃない! カカシ先生が身綺麗なのは、しかるべき相手がいるからよッ」
立ちあがって、声を張り上げた。
ぽかんと口を開ける群衆がこ憎たらしくて仕方ない。
かにちゃんのことを何も知らない癖に、ずけずけと言いくさりやがって!!
大きく息を吸う。
耳の穴をかっぽじって、よく聞けと、私は己の胸を叩き吠えた。



「この私が! うみのイルカが、はたけカカシの将来を約束した女で、暗部の女で、嫁で旦那で、生涯を共にする、唯一の相手だ! 今後、かにちゃんに対してふざけたこと抜かしたら、この私が相手になってやるッッ」
徹底抗戦だぁぁとぶちかましたところで、荒れる息を押さえにかかった。



打って変わって静まり返る、待機所。
動いたのは誰だったのだろうか。
ぱちぱちと一人が拍手したのを切っ掛けに、何故か次々に拍手が沸き起こり、終いには歓声まで聞こえてきた。
「感動したっ! 久しぶりに感動したよ、オレ!!」
「いい話だった、いい話だ!」
「臭いけど、そこがいい!!」
わーと、押し寄せて、握手を求めてきた上忍の皆さんについていけない。
もみくちゃに押されながら、全く関係ないことが思い浮かぶ。
もしかして、疲れているのだろうか。いや、きっと疲れているのだろう。
上忍の労働条件を見直した方がいいのではないかと、今度火影さまに提案してみようと、髪の毛を抜かれながら思っていると、不意に、懐かしい気配を感じた。



扉へ視線を飛ばせば、一人の忍びが戸から出ていくところだった。
消える直前に揺れた髪は、銀色をしていた。
あ、と思うよりも先に、印を組む。
校内で忍術は禁止されているが、今は四の五の言っている時ではない。
ボフンと音を立てて、群衆の波から逃れ、待機所前の廊下へと立った。
「いない!」「どこだ?!」と、わーわー何事か言っている待機所を尻目に、廊下の先を見れば、少し背中を曲げた忍びがいた。
かにちゃんだ。
認めた瞬間、吐き気がした。
ぐらりと視界が揺れ、指先が痺れる感覚を覚える。
けれど、これも想定内。
ぎりっと唇を噛みしめ、意識を明確にさせる。そして、廊下の先にいるかにちゃん目掛けて走った。
「かにちゃん!!」
叫べば、かにちゃんの肩が大げさなほど跳ね上がった。その直後、予備動作もなく走り出す。
やっぱり、かにちゃんは逃げるのか。
私の呼ぶ声を無視して、かにちゃんはいってしまうのか。



弱気な心が一瞬浮かんだが、頭を振ってやり過ごす。
これが最後のチャンス。これを逃せば、後はない。



「こら、待てぇぇぇ!!! 逃げんな!!」
だらだらと出てきた脂汗もそのままに、声を張り上げる。
重く、もつれそうになるつま先をを蹴りあげ、足を踏み出す。
手を伸ばしても、まだ遠い。
距離が縮まるどころか開く一方だ。
目が眩む。
走る後姿を視界に収めるだけで、うずくまりたくなる。
吐き気が収まらない。
指先の感覚がない。
流れ出る汗で目が痛い。
ぐらぐらと平衡感覚さえ分からなくなりつつ、それでも必死に駆けた。
不意に、かにちゃんが横に消える。
すぐに後を追って、あっと思った。
横は階段で。
もうぐちゃぐちゃになった視界には、段差なんて見えなくて。
踏み出したそこは何もなくて、何か思う前に体が宙を舞っていた。
体勢を整えようにも、どっちが天か地か分からず、落ちる浮遊感を味わいながら、次に来る衝撃に身を固まらせた。
思わず目を瞑った私を襲ったのは、床の固い感触ではなくて、温かい誰かの腕だった。



「っ、とに!! イルカはどうしていつも、そう危なっかしいの!! 昔っから言ってるでしょ?! 回りはよく見なさい。でも足元もきちんと確認しろって!」
声を張って怒鳴ってきた懐かしい気配に、視界が潤む。
ぎりぎりと胃に鋭い痛みが走ったけど、唇を噛みしめて無視した。自分を抱く腕を掴み、絶対に離さないと抱きつく。
かにちゃん。
名を呼ぼうとして、胃が痙攣した。
我慢できなくて、えづいてしまう。
でも、何も食べていない身では出るのは息だけで、前の教訓が生かされたと、してやったりと胸の内でガッツポーズをしたのに、かにちゃんは違ったようだ。
「――イルカ? どうしたの、イルカ、どうしたの?!」
かにちゃんが腕を掴み、私の顔を見ようと身を離させる。離れることが嫌で、首を振っていれば、かにちゃんは切羽詰まった声をあげた。
「逃げない! もう逃げないから!! 顔見せて、イルカ。顔、見せてよ」
泣きそうな気配を感じて、しぶしぶ体を離せば、かにちゃんは唯一見える左目を大きく見開いた。
「……イルカ? 何、どうしたの、なんでそんなに顔色が悪いの?! 苦しいの? なんで? イルカ、なんで?! なんでっ!」
悲鳴のように声をあげるかにちゃんの頬に手を当てる。
「…だい、じょう……ぶ」
嘘だ。やせ我慢だ。
本当は意識を保っているのも辛い。
頭が割れるように痛い。
ぽつりと、自分の手に落ちた雫がやけに赤くて、そういえば鼻の下が湿っていると今更のように思う。いつから出ていたのだろう。
かにちゃんは泣きそうな顔で私を見下ろしていた。
暗幕を下ろしたかのように、かにちゃんの顔が見えなくなる感覚が狭まっていくのを感じながら、声を振り絞る。
時間がない。
「…かに、ちゃん。…わたしのこと、どう、思ってる?」
なけなしの力を込めて、かにちゃんの腕を掴む。
「何言ってるの、イルカ! 今はそれどころじゃない。早く医務室へ――」
この期に及んで、バカげたことを言うかにちゃんに本気で腹が立った。
歯を食いしばって、体当たりするようにかにちゃんを廊下に押し倒す。
身じろぎしたかにちゃんの肩を押さえ込み、叫んだ。
「言って! これが最後だからッッ」
まだだ、まだ、駄目だ。まだ、踏ん張れ。
びりびりと全身に違和感を覚える。いくら唇を噛んでも、もう痛みすら感じない。 見下ろしているかにちゃんの顔が遠くに見える。
「かにちゃん。私は、ずっとかにちゃんのこと思っていた。ずっと、かにちゃんが好き。でも、……かにちゃんは? かにちゃんは私のことどう思ってるの? 私は、かにちゃんのお嫁さんになれるの? 答えてよ、かにちゃん!!」
自分の体を支えている腕が震える。
目を凝らしてかにちゃんを見るのに、かにちゃんの顔が分からない。
嫌だと思う。
でも、なんで嫌だと思っていのだろう。
遠ざかる。
必死に掴んでいたものが擦り抜けていく。
落ちていく。
「……答えて、よ…。かにちゃん……」
腕から力が抜けた。
大きな胸に頬をつき、香ってきたのは、甘い花の香り。
誰かの香り。
誰だっけ。
誰の……。



「好きだ」
朦朧とした頭で声を聞いた。
すき?
「あーーーーー、もう本当イルカには敵わない!! 好き、誰よりも好き! 掻っ攫って誰にも見えない所に閉じ込めて、一生俺だけ見て欲しい! 昔も、今も、俺が嫁さんにしたいのは、イルカしかいないッ」
……およめさん。
ちりっと、鼻傷が痛んだ。
あと少しだと何かが言う。
でも、口に出す気力が出なくて、そのまま眠ろうとした、そのとき。
体が浮き上がって、腰が落ちた。
前にいるのは、どこかで見た人で、名前が出そうで出ない。
ただ、銀色の髪が眩しくて、懐かしい。
あの髪に触れれば、何か分かるかもしれないと、手を伸ばしたら、その男性は真剣な声で言った。
「結婚しよう、イルカ。あの家で、ずっと、ずっと一緒にいて欲しい」
髪が手に触れる。
柔らかい感触。懐かしい感触。
それと同時に、晴れ渡るように痛みが消えた。
視界が戻る。
顔が見える。
かにちゃんの、私の旦那さんの顔が見えた。
「……かにちゃん」
呼べた。
私は覚えている。
髪に触れた手を首に回し、抱きついた。



「あーぁ。とうとうイルカの母さんとの賭けに負けた…。今頃、あの世で高笑いしてんだろうな…。胸糞悪い…」
ぼそりと呟いたかにちゃんの言葉に、笑いが込み上げた。
二人は本当に仲が悪くて、顔を合わす度に、一触即発の喧嘩をしていた。
それを父ちゃんと私で仲裁するのが常で、母ちゃんがいなくなってもなお、二人の関係が変わらないことが、何故か嬉しかった。






「かにちゃん」
思いを込めて名前を呼ぶ。
「もう、我慢しないからね。絶対に離さないから、覚悟してよ」
背中をきつく抱きしめるかにちゃんに、それはこっちの台詞だと言いたかったけど、色々と溢れてくるもののせいで言葉にならなかった。
だから、「うん」とだけ、言った。






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おぉ、おめでとうございます! これで半分終わりましたぁ!!
「な、なんだと?!Σ(口=)」と思われる方もいるでしょう…。
私も同じ気持ちです。
次回からはカカシ先生視点だぁぁぁ!!!