翠玉の君 序章

「お、それが翠玉の君への貢ぎ物か?」



たまにできる休憩時間に岩を削っていれば、横から声が掛かった。
…翠玉の君?
聞きなれない言葉に眉根を寄せれば、男は俺が手に持っているくすんだ緑の石を指さした。
「それ、エメラルドの原石だろ? エメラルドは別名、翠玉って呼ばれてんだ。だから、お前が狂ったようにそればっかり貢いでいる相手が、翠玉の君」
「どんだけエメラルド好きなんだ、お前の女は」と、歯を見せて笑う男から視線を逸らし、緑のくすんだ石を見つめる。
翠玉の、君…。
「ロマンチックだろ」と続けて言った男の言葉を鵜呑みにした訳ではないが、名を呼べぬ俺にはちょうど良かった。



名もなき今の俺が、君を呼べる喜び。
全てを忘れてしまった君に、少しでも俺の思いが届くように。



翠玉の君へと、翠玉と一緒に手紙を送った。





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短い前振り……。