有言実行 8
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イルカ、イルカ。
大事にする。うんとうんと大事にして、アンタをずっと笑わせてあげられるように努力する。
みっともない嫉妬もしちゃうけど、それはアンタのことが本当に好きだから。
好きだからって、全て許される訳でもないことは理解してる。
でも、アンタだったら暴走するオレの斜め行く暴走で止めてくれるって分ってるから、遠慮なんかしないよ。
火影岩でイルカを見失った時、オレは我を忘れた。
あそこにいたのは忍びのはたけカカシじゃなくて、アンタに惚れた単なる男のはたけカカシだった。
そうしてオレはアンタを求め、掴んだ。
ねぇ、この意味分かるかな?
普通以上に恵まれた才と体をもらったオレは、木の葉の上忍として、写輪眼のカカシとして数多くの功績を立てた。
経験も知識も、時には感情や信念でさえ、忍びとして必要だったから蓄えたものだ。
オレを構成するものは大部分が忍びのはたけカカシだ。
それに不満がある訳じゃない。幼少時からそういう風に育てられ、オレ自身もそれを良しとし望んだ。
だからこそ、人としてのオレが掴んだアンタが一等特別なものに思えるんだ。
ねぇ、イルカ。
こんなこと言うとイルカは烈火のごとく怒ってわが身のことのように悲しんで泣くから決して言わないけど、オレはイルカを失ったら、人としての生は終わると思うよ。
イルカのいない世界で人として生きることは、オレにとっては残酷で、無味無臭で乾燥していて、意味がないから。
たぶん、オレはそれこそ完全たる忍びに成るんだろうね。
そういう存在に、昔は憧れていたんだけど、今ではどうでもよく思える。
浮き沈みが激しい心の移ろいも、制御できない感情も、精神が身体に及ぼす異変も、イルカと共に過ごすとどれもが愛しく感じる。
忍びとしては真っ先に切って捨てるものが一等輝いて見えるんだ。
だから、これだけは頑張ってイルカに叶えて欲しいことがある。
オレより先に死なないで。
例え30秒でも一分先でもいいから、どうかオレより先に逝かないで。
オレはその短い時間で、イルカに愛を捧げるよ。
オレが生きている時と同様に、そして感謝させて。
オレの最愛で、はたけカカシのたった一つの宝物。
あなたと出会えたことがオレが人として生きられる契機だった。
人として生まれ変わらせてくれて、ありがとう。
人としてあなたと共に歩ませてくれて、ありがとう。
そして、人であるオレを愛してくれてありがとう。
大好き、愛してるよ、イルカ。
オレのたった一人の女。
願わくば、また来世でも共に在りたい。
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「あかん。私は何というものを読んでしまったのだ……」
久しぶりに残業もなく、受付業務もなく日のあるうちに帰ることになったある日、ちゃぶ台に置いてある一冊の古びたノートが無防備に置かれていたので、これは何かなと手を伸ばし、そしてとある部分をすべて読んでしまった。
現在、私とカカシさんは結婚式はしていないものの、戸籍上では夫婦として過ごしている。
本当だったら戸籍は式を挙げてから申請するつもりだったのだが、私を孫とも可愛がってくれる三代目が「イルカの式はわしも参加するんじゃぁぁ!! 絶対絶対参加するんじゃぁぁ!! わしが参加できぬ式は式として認めぬぅぅ」と意見したためだ。
悲しいことに三代目は多忙を極めていて、まとまった時間が取れない状況にある。
だったら、木の葉神社で少人数で式を挙げようと私は言ったのだが、カカシさんが「いやぁぁあぁっ、なんでオレの大事で大切で一番愛する奥さんのイルカが人目を避けるようにして、美しく着飾った白無垢姿を少人数に見せ……、あれ、それはそれでいいような、いやダメ! オレはイルカには世の中で一番幸せな花嫁さんになってもらいたいの! たった一度の、もう二度とは訪れない記念の日なのよ!? オレが作った白無垢、長襦袢、足袋、角隠し、その他もろもろに加えて、オレが作った純白のドレスとベールに身にまとったイルカを木の葉といわず世界中にオレの嫁さんで宝物って知らしめたいから、絶対だめぇぇぇぇぇ!!!」と終いには滂沱の涙を流すから、私は「お、おう」と思わず承諾してしまった。
空いた時間を利用してせっせと針仕事をするカカシさんを手伝いたいのに、オレが作ると目を血走らせて拒否してくるから、私は端切れを整理したり、ゴミを捨てたり、足らなくなった糸を補充したりと、ささやかな手伝いのみに収まっている。
……たぶん、式は五年後くらいになるんじゃないかなぁと、売れっ子忍者のカカシさんの多忙スケジュールに、体を壊さないか心配している毎日だ。
そうして、ただいま問題となっているこのノート。
悪いなと罪悪感を覚えながらもパラパラと前のページもチラ見すれば、どうやらこれはカカシさんの遺書的なものに近い日記だということが分かった。
最初のページはどことなく幼い文字で『特に言い残すことはない』と書いた日時と共にそっけなく書かれ、後ろにいくごとに、少しくせのある今の文字に近い書き方で『特にない』という言葉が、不規則な日付と共に行を埋めている。
そして、このノートの最新ページに近いところ。私が今まさに読んだところから打って変わって、ぎっしりとカカシさんの思いが綴られていた。
そして、その日付は、私がカカシさんに告白した日。
カカシさんはあの騒動の後に、一人でこうして思いを綴っていたのだと思うと、何だか感慨深い。
書いていることは少し思うところもあるが、カカシさんの偽らざる素直な気持ちなのだから、私が横から口を出すのもおかしな話だ。
「んー、まぁ、ここまで読んだんだから今更だよね!」
どうせなら全部読んじゃえと、決してアカデミーの生徒たちには見せられないことをする。
ちょっとドキドキしながら次のページをめくる。
現れたのは、一文だった。それもノートの行間を全て埋め尽くすほどの量。
漢字のテストで間違ったところを復習するようにと、生徒に宿題を課したとしても、これほどまでに同じ言葉を書かないであろう、度肝を抜かれるほどの連なりだった。
じっと見ていると、その書かれた一文の意味が崩壊しそうで、私はぱたんとノートを閉じる。
軽いめまいを覚えて、米神を揉みつつ、頭を振る。
「んー、重い。だが、そこがいい!!」
くわっと目を見開き、私は頷く。
そして、ノートを前に正座して腕を組む。
カカシさんがこうも私に対して熱い思いを綴ってくれるのに、私が何もしないのも味気ない。何か私も返せることはないだろうか。
うんうんと考えた末、ぴんと名案が浮かぶ。
早速私はノートを開いて、最新ページの次のノートへハートを大きく書いて、その中にでっかく私の思いを書く。
カカシさんが量なら私はでかさで勝負だ!!
そして、私が告白した日に書いてあったカカシさんの遺書的日記の下。空いているところへと文字を書く。
『カカシさん、私、結構生き汚いからそう簡単に死にませんよ。あと、もし子供が出来て、独り立ちするくらい大きくなった後、カカシさんが死にそうになった時は一緒に爆散死してあげます。だから、そのわずかな時間にちゃんと今の言葉を直接伝えてくださいね。でも、私の希望は里で共に白髪になるまで一緒に生きて、老衰するカカシさんを看取ってその後に私が死ぬことなんで、きちんと努力してくださいよ。私をこの世で一番不幸な女にさせないでくださいね。 イルカ』
「うむ、こんなものだろう。これを現実にするには、色々と手配がいるな」
ふむふむと考えつつ、私は卓袱台へ元のままの位置と状態でノートを置き、そ知らぬふりして冷蔵庫の中身を空け、今晩の夕飯を考える。
カカシさんの好きなサンマがあるからそれを焼いて、どうせなら薬味と一緒に食べたいから買い物に行ってこようか。
思い立ったら吉日。
ついでにカカシさんの願いを可能にするものを相談してこよう。もちろん、カカシさんには内緒でだ。
「ふっふっふ、一体いつになったら気付くかなー。まぁ、別に気付かなくてもその時に知っても面白いよね」
忍びならば覚悟しなければならない時がある。
薄れいく意識の中、突然現れた私に、カカシさんはちゃんと言ってくれるだろうか。
そりゃ叶うならば、共に老衰で死にたい。でも、こればっかりは何ともしがたい。
だからこそ、私は下準備をする。
ガイ先生に告白するときだって、お弁当作戦やら一緒に修行してちょっと親密に作戦など、いろいろと下準備はしたものだ。
料理だって、美味しく作るには下準備が必要。
そして、私は特に才能もない平凡な中忍。出来ることは限られている。
「三代目におねだりして、上層部にもごますっていっちょやってみますか!!」
例え、長く生きられなかったとしても、きっと私は最期には笑って逝けると思う。
答えはカカシさんのノートの最新版に書かれてある。
イルカ、愛してると、それだけを書き綴られたカカシさんへの私の返答。
大きなハートマークの中に書いた言葉。
『私だってカカシさんを愛してる!!』
きっと愛した人と共に逝けるなら、私の人生、幸せだったと胸を張って答えられる。
おわり
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以上、読んでいただき、ありがとうございました!!