男友達 2
「っ、テテテテ」
受付任務が終わる時間帯。交代員と代わろうと、椅子から立ち上ったところで、つい声が出てしまった。
だる重く、しかも痛みの走る腰をさすっていれば、交代員のアサリが笑って野次ってきた。
「イルカ〜、おっさん臭いぞー。鈍ってんじゃないの?」
指を向けてバカ笑いするアサリに、俺は胸を張った。
「バカ言うな。これはだな、カカシさんと愛のい――」
「よし、そこまでだ。くだらないことを言う前にそこから退いてもらおうか」
昨晩の俺たちの仲睦まじさを語ろうとした俺に手の平を向け、もう一人の受付交代員であるホタテが口を挟んできた。
くだらないことじゃないと、言い返そうとすれば、ホタテは眼光鋭く俺を睨み据えてきた。その強さに思わず怯んでしまう。
「ここは受付所だ。任務の場だ。申し送りがないなら、去れ」
ズバンと言い切るホタテの言に、何故か受付所が拍手で包まれる。「いいぞー、もっと言ってやれ!」「素敵です、ホタテさん」と、何やらイイ感じでホタテに称賛が送られている。何故だ。
ホタテは周囲の称賛の声に、軽く頭を下げて応えると、アサリの首根っこを掴むなり壁に立たせ、何やら話し始めた。
背を向けている為、何を言っているか分からないが、アサリの目が涙目になっていることからして、またアサリが何かしでかしたんだろうなと予想する。
アサリはついいらぬ一言を発するから、色々とトラブルが絶えない奴だ。
悪気がなく、根もいい奴だと分かっているが故に、不憫な男だともいえる。
ホタテに叱られ、しょんぼりと肩を落としながら戻ってきた二人を出迎えれば、ホタテは細い目と眉を歪ませ、心ない一言を俺に放ってきた。
「なんだ、まだいたのか。お前はもう帰れ」
しっしと野良犬を追い払うような仕草までされ、俺はいたく傷つく。
「ホタテー! ずいぶんつれないじゃないかっ」
昔はホッちゃんイルちゃんって呼び合った仲だろうと、ホタテの肩を突けば、容赦なく手を弾かれた。
え、今の何?! ちょ、それはあんまりだろう?!
俺が一体何をしたんだと揺れる眼差しを向けると、ホタテは受付の席につきつつ、ため息を吐いた。
「…お前に5秒以上触ると漏れなく呪いにかかる。オレは不幸になりたくない」
心霊現象やオカルトの類を信じてもいないばかりか、鼻で笑っている男が何を言っているのだろう。
反して隣のアサリは根っから信心深い性分なもので、「だから、最近のおれは生傷が絶えないのか?!」と衝撃を受けている。
「そうだぞ。だから、イルカには触れるな」と真顔で言うホタテに、何のいじめだと憤りかける。
「まぁ、それよりだ。…本当にいつまでここにいるつもりだ。早く家に帰って、はたけ上忍と二人っきりで何でもかんでも好きなことをしろ」
再びしっしと手で追い払われたが、二人っきりという言葉に反応してしまった。
昨日のカカシさんはすごかった…。
いつもすごいんだが、昨日はいつもよりも輪をかけて、もう何というか色々と本当にすごかったのだ。
「そそんな何でもかんでもって……!! お、俺たちがそんな昨日みたいなこといつもしていると思うなよッ。昨日は特別だったんだからなッ。昨日はカカシさんが物凄い色気垂れ流してて、俺も乗せられたっていうか、乗っちまったっていうかッ。あれは異常事態宣言だったんだ! そこんとこ勘違いすんなよッ」
いつもしてるんじゃないんだからと懸命に言い募れば、「黙れッ」とホタテに一喝されてしまう。なんでお前が怒るんだ?!
最近のホタテはカルシウム不足じゃないかと俺が疑っていると、背後の受付所のドアから朗々たる声が聞こえた。
「あなたのカカシがやってきましたよッッ、イルカ先生」
受付所がざわめきに包まれる。
「遅かったか」と呻くホタテを気に掛けず、振り返れば、そこには俺の愛しいあの人が出入り口に立っていた。
「カカシさん!」と、駆け寄ろうとする俺に制止の手を上げ、カカシさんはニヒルに笑った。
「そこで待っていてください、イルカ先生。――オレの初めて、今、あなたに捧げますっ」
口布や額当てに隠れて見えないが、確かに俺には見えた。
カカシさんの歯がきらりと光り、隠された左目でウィンクする様を……!!
「カ、カカシさんっ」
きゅぅーんと胸が高鳴り、思わず心筋梗塞を起こしそうになる心臓へチャクラを送る。
どくんどくんと正常な音を打ち始めた心臓に手を当て、俺はカカシさんを待つ体勢に入った。
気分はお伽話のどこぞのお姫様気分だ。
カカシさんの姫になれるなら、俺は男の矜持なんぞ溝に捨てても惜しくない。
胸を高鳴らせて、カカシさんを見詰めれば、普段から王子のようにかっこいいあの人は、おもむろに一歩踏み出した。
出入り口へと一斉に視線が集まる。
感動の再会だと拳を握りしめて興奮を抑え込んでいれば、二歩目を踏みだしたカカシさんは何故か後ろへと逆戻った。
どうしたのだと見守る俺に、カカシさんは大丈夫と微笑み、もう一度足を踏み出す。
だが、やはりカカシさんの体は後ろへと引き戻されてしまった。
「うーん、うーん」と言いながら、カカシさんは受付所内に入ろうと懸命に足を前に踏み出しているのだが、一向に入れる気配がない。
よくよく見れば、カカシさんの両脇と腰には白いベルトが巻かれており、その背には何か大きいものを背負っているらしいことが窺えた。
一体何を背負っているのだろうかと不思議に思っていると、じたばたと足掻き続けていたカカシさんは突如脱力し、唯一出ている右目を俺に向け、か細い声をあげた。
「――イルカせんせぇ」
べそりとカカシさんは瞳に涙を浮かべた。
その瞬間、ぐわぁぁぁあとお腹から感動というか興奮というか、全身の細胞が歓喜に震えた。
可愛い。文句なしに可愛いっっ!!
カカシさんに突撃して抱っこして高い高いして、頭を撫でてぎゅーっと抱きしめて顔中口付を送りたくなるほどに、可愛いッッ。
今すぐにでもしてやろうかと足を踏み出しかけて、俺は理性という名の巨人にぶち当たる。
俺としては残念なことこの上ないが、カカシさんは里の誉れとして担ぎあげられている忍びなので、写輪眼カカシとしての体面を傷付ける訳にはいかない。そして、俺も聖職と言われる教師なのだ…。
「イルカせんせぇ」とべそべそと泣き出すカカシさんの覆面をとっぱらって、その涙と鼻から滴り落ちる鼻水を拭ってやりたいと悶々してしまったが、俺は涙を飲んでこっそりと助言するだけに止めた。
『瞬身すればいいんですよっ』
声には出さず口パクで言えば、カカシさんの顔が輝いた。
さすがイルカ先生っと瞳を輝かせるカカシさんは、本当に可愛い人だ。こんな可愛い人、世界中どこを探しても存在しないだろう。
家に帰ったら、抱っこしてぐるぐる回してやると決意しながら、俺は待つ。
カカシさんが目にも止まらぬ速さで、瞬身の印を組んだ直後、俺の前に白煙が立つ。
その白い煙が晴れる頃、現れたカカシさんは大きく、何倍にも光り輝いて見えた。
いつもの忍び服にいつもの額当てと口布。
けれど、その背に背負ったものは、神々しくも美しい白色の尾羽で、扇状の形に受付所の三分の一を覆い埋め尽くさんばかりに広がっている。
けれどそれはあくまでもカカシさんを引き立たせるためのもので、それを背負って現れたカカシさんの美し過ぎる雄姿を、俺は生涯忘れることはないと思った。
「カ、カシさん…」
あまりの美しさにぽうとしていれば、カカシさんは覆面していても分かるほどの極上の笑みを浮かべ、胸を押さえる俺の手を一度握り締めると、一歩離れて距離を取る。
見ていてと目で告げるカカシさんに頷けば、カカシさんは白い羽を上下に振り、おもむろに両手を広げた。
「イルカ先生に捧げます」
そう囁いた直後、カカシさんは両手の指先から細いチャクラの糸を発して、白い羽に吸い付けると、俺の視界を覆うように羽を内に波打たせ、小刻みに右へ左へとステップを踏んでいく。
時折、「ぐぁ」だか「ぎゃ」だか、変な音が聞こえたが、それさえも気にならないくらいに俺はカカシさんへ魅了された。
背後の窓から差し込む光が羽を輝かせ、まるで白い光の世界に迷い込んだかのようだった。その光の世界の中心にカカシさんがいて、俺へと熱い視線を送ってくる。
揺れる羽がこすれる音は天上の調べか。
カカシさんの声なき声が俺に囁く。
『イルカ先生、愛してますよ』と。
胸が歓喜に震える。
カカシさんの初めて。
これはそう、まさしく……!!
「カカシさん、俺も好きだ! アンタさえいれば、何も惜しくないッッ」
これほどの熱烈な求愛を受けて、応えなければ男ではない。
我慢できずに首へ抱きついた俺をカカシさんは受け止め、これまた痺れるような笑みを浮かべて言った。
「ソースは孔雀です」
突然出た孔雀ソースという意味不明な調味料に、一瞬ぽかんとしたものの、そんなの些細なことだとカカシさんにむしゃぶりつく。
カカシさんの白い羽のおかげで、俺が何をしているのか、周囲からは見えない状態になっている。
これ幸いに、ちゅーっと唯一出ている肌に思い切り吸い付けば、カカシさんの気配が喜んだ。
「もぉー、イルカ先生ってばかわいいんだから〜」
「可愛いのは、カカシさんです! 今日は俺がカカシさんの頭から体から全部洗うんですからねッ。これは譲れませんからねっ」
「じゃ、オレはイルカ先生を洗うーよv」
カカシさんが俺の腰を掴み、ぐるぐると回る。
これは俺がしたかったのにと一瞬言いかけたが、あまりにも幸せそうに満面の笑みを浮かべるから、口を閉じた。
家に帰ったら、俺が今度はぐるぐるしてあげるんだと、きゃっきゃっと二人ではしゃいでいたら――。
「いい加減にしろよ、バカップルどもがぁぁぁ!!!」
ホタテの怒鳴り声に、羽の隙間から様子を窺えば、何故かホタテは受付机の下敷きになっていた。
どうしたのだろうと回りを見回せば、書類は散らばり、椅子は吹っ飛び、受付所にいた者たちは床に突っ伏し、誰もが頭を抱えて縮こまっている。
「……防災訓練か?」
ちゅっちゅっと口布の上から口付けを降らせるカカシさんからやんわり体を離せば、ホタテは俺の問いには答えず、ひっくり返っているアサリを叩き起こした。
受付所を飛び出たアサリが帰ってくるときは火影様を連れてきていて、それからは何というか……。
******
「う、う、ひどいですぅ。オレ、頑張ったのに、没収って、禁止って…」
ぐしぐし泣くカカシさんの手を引っ張りながら、帰り道をいく。
火影様が現れた瞬間、カカシさんと俺はきっついお説教と、カカシさんに対して今後、人前での求愛行動一切の禁止、孔雀の尾羽で作った飾り物の没収という憂き目にあってしまった。
「オレのイルカ先生だって皆に証明したかったのに、何度も求愛して見せ付けたかったのにっ。白孔雀の尾羽、皆で頑張って拾いに行ったのにっ。火影さま、ひどすぎますぅ」
カカシさんはどうやら上忍の皆に協力をお願いしたり、影分身を出して白孔雀の羽の収集をしたらしい。
繋ぐ手にはテープが巻かれていることからして、慣れないながら針仕事をしてくれたようだ。
きゅーんと胸が鳴るのと同時に、ぽっぽと胸が温かくなる。
俺のために頑張ってくれたカカシさんの気持ちがとっても嬉しかった。
だから。
「カカシさん」
立ち止まって、振り返る。
空いた手で目を擦っていた手を捕まえて、両手で包み込む。
スンと鼻を啜って俺を見たカカシさんの右目に、触れるだけの口付けを送った。
時刻は夕暮れ時。
周囲には帰宅する人や、買い物客でにぎわっている。
人目がある中でするのは初めてで、カカシさんの目が驚きに見開く。
周囲でもぎょっとする気配を感じて、照れ恥ずかしく思ったが、俺も男だ。一番大事な人を元気付けられるならば、何でもしよう。
「明日も、俺、早上がりです。カカシさんも明日は7班の任務だけですよね?」
目を見開いたまま、こくりと頷くカカシさんの手を一度解いて、指の間に指を滑り込ませる。
照れ恥ずかしさも頂点に来て、視線を外しつつ俺は言う。
「あ、明日、こうして買い物しましょう。そんで、これから時間が合う時は、……こうして帰りましょう!」
ついぶっきらぼうに言い放ってしまう。
急に黙りこくったカカシさんに不安を覚えて、そっと窺えば、カカシさんは肌を真っ赤にさせて俺を見つめていた。
その目が違った意味で潤んでいるのを見て、良かったと胸を撫で下ろしていれば、カカシさんは感極まったように俺に抱きついた。
「イルカ先生、大好きですッ!」
その台詞は俺の方だと言おうとして、上忍の馬力で力いっぱい抱きしめられ、俺は不覚にも意識を失ったのであった。
翌日、午前の受付任務に行くと、掲示板の前で人だかりが出来ていた。
受付所にある掲示板。
そこは個人から里から人を選ばず、幅広く情報交換を行える。
ざわざわと常にない賑わいを見せるそれに、興味を覚えて覗き込めば、今回は火影さまからのお達しの紙が貼られているようだ。
そのお達しは新しい条例の提案で、その内容が変わっていた。
おかしなことをするもんだと唸っていれば、後ろから声を掛けられる。
「イルカ。これで年貢の納め時だな」
斜め後ろにいた受付員の同僚であるホタテが不気味に微笑みかけてくる。おはようとひとまず手を上げ、ホタテの言葉に眉根を寄せた。
「? 何言ってんだ、ホタテ」
「今日、条例提案されたのは、『バカップル迷惑条例法』だ!! これでお前の口から毎日毎日垂れ流している、バカップル言動は封印となるんだ!!」
はははは、ザマーミロと、どこかに頭のネジを一本置いてきた発言をするホタテに憐憫の情が浮かんでくる。
いつもはこんな訳分からないことを言う奴じゃなかったのに、きっと疲れてんだなぁ。最近、よく眠れてないっていってたからな。
近々、安眠効果のある入浴剤でも差し入れしてやろうと考えていれば、横からアサリが突いてきた。
「イルカー、そんなに気落ちすんなよ。まぁ、人前で出来なくなるだけなんだから良かったじゃないか」
上機嫌で肩を叩いてくるアサリの言葉も意味が分からない。
「この条例は里の投票を持って、制定されるッ。その投票日まで、せいぜいバカップル行為を惜しむことだなッッ」
高笑いするホタテに、心の病という本を進呈しようかと思いつつ、何となくホタテの言いたいことが分かり、俺は重いため息を吐いた。
「おいおい。ホタテもアサリも見当違いなこと言うなよ。俺とカカシさんがバカップルな訳ないだろ?」
あんな赤裸々で傍迷惑な行為を、俺たちがいつしたんだと笑ってやれば、受付所が静まり返った。
人はいるのに、声はせず。
これは一体如何に?
突然のことに戸惑っていれば、ホタテは額に青筋を立てて、俺を睨んできた。
「ほー。バカップルじゃない? 昨日は受付所を半壊させ、怪我人続出させるばかりか、お前らが付き合い出してから周囲に胃痛と恐怖を与えるお前らがバカップルじゃないって言うなら、一体何だって言うんだ!!」
人差し指を突きつけてきたホタテの言に、「ブラボー」と拍手が沸き起こる。
仕組まれた感のある周囲の反応を訝しげに思いつつ、俺は決まってるだろうと主張した。
「本気と書いてマジと読む。俺とカカシさんは、常に本気でぶつかり合っている、マジカップルだ!!」
拳を握りしめて叫べば、「余計性質が悪いわッッ」とホタテとアサリ、おまけに周囲のブーイングの嵐に飲み込まれてしまった。
解せぬっっ。
数日後。
ホタテとアサリが俺とカカシさんをバカップルと呼ばわった発端になった、件のバカップル迷惑条例だが、里の六割の否決を持ってお流れとなった。
「そんな馬鹿な」といたく気落ちしているホタテの肩を、アサリは優しく叩き、そんな二人を見て、カカシさんはにっこりと笑って言った。
「世の中にはオレとイルカ先生を、影ながら応援してくれる人がいるってことですよv」
きゃっきゃとはしゃぐカカシさんの言にはぁと頷けば、それを聞き及んだホタテはぷるぷると震えていた。
「……あいつらかッ……! あいつらなのかッッ」
「止めろよ、ホタテ! あいつらを敵に回したら木の葉を抜けなきゃなんないんだぞッッ」
二人の会話に底知れぬ存在を感じつつ、俺ははしゃぐカカシさんにこれだけは言っておかねばと向きなおる。
「カカシさん。俺たちはバカップルではありません。俺たちは――」
俺が言う直前に、人差し指を唇に押し当て、カカシさんは目を細めた。
「分かってーるよ。オレたち、木の葉一のマジカップルだーよねv」
言いたいことを汲んでくれたカカシさんに、にっかと笑えば、カカシさんは頬に口付けをくれた。
俺もお返しに頬に返せば、後ろから悲痛な声があがった。
「そういうことを人前で平然としてのけるのが、バカップルって言うんだよッ!!」
うわーっと泣きだしたホタテに、俺とカカシさんは顔を見合わせるのだった。
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くっ、オチが微妙……。そして、カカシ先生がまたも色モノ設定……っ!!
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