伽3

******



「よー、お疲れ」
猿飛アスマは、居酒屋の前でイルカを見送る三人に向かって声をかけた。
「あ、猿飛上忍、お疲れ様です」
一人が声をあげるなり、揃って真っ直角に頭を下げる三人に、首を振って頭を上げさせる。
どうやら作戦は失敗に終わったらしい。



最近、アスマは非常に頭の痛い問題を抱えていた。
同僚であり腐れ縁でもあるはたけカカシが、顔を合わせばイルカ先生がイルカ先生がと口を開くのだ。
惚気話ならそうかそうかと気のない返事で対処できたものの、カカシがアスマに持ちかける話は、イルカがカカシのことを本気で好きなのか分からないといった、悩み事だった。
イルカから付き合ってくれと言い、付き合い始めたのだから、好きに決まっているというのに、カカシは何をとち狂ったのか、飽きられた、振られる、捨てられると言っては、アスマに絡んでくるのだ。
そんなものオレが知るかと切って捨てる毎日だったが、カカシは他に相談する相手がいないのか、執拗にアスマへ相談を持ちかけてくる。
渋々聞いて助言を与えてはみるものの、結局、カカシは己に自信がないのか、アスマの助言を全否定してくる。その癖どうしようと泣きついてくるから性質が悪い。しかも、適当に言葉を返せば、逆上する始末で、ほとほと手に負えない物件だった。
上忍待機所での心安らかな休息を確保せんがために、カカシが駄目ならイルカをと、この度、イルカの友人を使って一芝居打ってもらうように頼んだ次第だ。



「悪かったな。面倒くせぇこと頼んじまってよ」
唇に挟んでいた煙草を抜き取り、頭を下げる。
アスマが頭を下げたことを恐縮というよりは、恐慌して押しとどめ始めた三人に、この後、存分に飲ませてやるかと思っていた時だ。
「あの…、はたけ上忍は?」
一人が、気遣わしげに尋ねてきた。
アスマはあぁと小さく息を吐くと、居酒屋の店内へと親指を向けた。
「イルカの言葉聞いて、落ち込んでよ。トイレに閉じこもってるぜ」
イルカがカカシのことを本気で好いていることは、傍から見ても十分分かっただけに、まさかイルカの口からカカシを拒絶するような言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
伽の話題でも出せば、唯一人に操を立てそうなイルカならば、迷わずカカシの名が出ると思っていたが、とんだ思い違いだった。
自分の見立て違いが敗因だと、煙と一緒に息を吐けば、イルカの友人たちは喜色に沸いていた。
「はたけ上忍、本気だったんだ!」「良かったな、イルカの奴」「これで俺たちも気が楽になれるなぁ」などと、言い合っている。



「……なんだ? これは、成功なのか?」
カカシの野郎は死ぬ死ぬ言ってトイレで泣いているんだぞと呟けば、三人は清々しいまでの笑みを浮かべた。
「はたけ上忍がイルカのこと好きなら大丈夫ですよ」
「あいつ、顔に似合わず、すんげー独占欲強いんです」
「自信ない癖に、くのいちと言い合いして、こてんぱんに叩きのめしてるんすよ? 『今はおれのカカシさんです。部外者が口を挟まないで下さい』って、絶対零度の眼差しで言うんですから。あいつ今のところ、連戦連勝です」
「傍から見ると恐いよなー」「特に言い負かされたくのいちの目がコエー」「あいつもよくやるよなぁ」と、続けた三人に、アスマはしばし動きを止める。これは、つまり。



「なぁ、カカシの奴がイルカの幼少時から今現在に至るまで、ストーカー行為をして写真を収集していたとしても、イルカは受け入れられるか?」
解決の糸口が見えたかもしれないと三人に尋ねれば、三人はそんなことと笑い出した。
「あいつ、いかなる時でも『カカシさん、なんでここにいないんだろう』って無意識に呟いてるんですよ。そんなことされたら、逆に喜ぶんじゃないですか?」
「イルカの気持ちって重いもんなぁ。それぐらいされた方がちょうど釣り合い取れていいと思いますよ」
「ホントホント。逆にあいつを受け止めてくれる相手がいて、友人としてホッとしてます」
ははははと、笑い出した三人の言に、アスマはもらったと胸の内で会心の笑みを浮かべる。



「よっし、おめぇら、ここで待ってろ。オレの奢りでいいところに連れて行ってやる」
マジですかと浮き立つ三人に、ああと頷き、アスマは居酒屋の店内に入る。
目指すところはただ一つ。



この機に乗じて、今までの礼に、あることないことカカシに吹き込んでやろう。
せいぜい悲しみに暮れるがいい、どうせその後はカカシにとってバラ色の日常が待っているのだから。
紅は、カカシの恋の相談を楽しんでいる節があったが、アスマはとしては冗談じゃない。後から多少の文句は言われるだろうが、これで蹴りがつくと思えば、紅の小言ぐらいは安い物だ。それに、二人で飲みに行けるいい機会だ。



店内の廊下を進み、のれんを潜れば、おいおいと身も蓋もなく泣くカカシの声が聞こえる。
アスマは唇を引き上げ、カカシが占拠しているドアの戸を叩き、声を張った。



カカシが、悲嘆の涙から、逆上の雄叫びに変わったのは、その数分後のことだった。





おわり



戻る



----------------------------------------

カカシ先生がカカシ先生なら、イルカ先生もイルカ先生というものが書きたかったんです!!
そして、これまた、この量をオンリーのペーパーで配ろうと悪あがきをしたという…。
無理やろう。これは、無理やろう。今、見ても無理な量や……。