「出たんですじゃ、黒い悪魔が!! このままではわしらの村は滅びてしまう、どうか、名探偵うみのイルカさま、わしらをどうかお助けくだされぇぇぇ」


 漁村の長老が、上座に座ったイルカを前に、村人と共に深く頭を下げた。
 再び探偵うみのイルカとして依頼を受けたイルカは、海沿いにある漁村に来ていた。
 来てからすぐ長老が出迎え、長老宅で宴の歓待を受けたが、それよりも本題が聞きたいと言ったイルカに対して長老以下村人たちは口々に黒い悪魔について語った後、頭を下げてきた。
イルカは長老と村人の話を聞いて、遠い目をする。確かこんな、普通なら事件になりようのないものが事件になったことがあったなぁとイルカは数日前の出来事を思い浮かべた。
試しに外との交流を尋ねてみれば、こちらも魚の干物を売りに行く以外は外に出ないという。
ここもなのかと思わず目頭を押し揉みつつ、それも仕方ないかとイルカは思う。
この漁村は岸壁沿いに作られた村であり、ここまでの道のりは主要な道から、山を二つ越えなくてはならないという、類稀ない難所地帯にある。
 その悪路のために人が入らず、周りは自然で溢れかえっており、この漁村も漁で村人全員が食って困らぬ生活ができるほど豊漁らしい。
 見たところ、天敵であるところの鷹の姿も見えず、巣を作るのにお誂え向きの岸壁がそこかしこにある。そして、食料も十分に豊富にある。これだけ好条件が揃っていれば、あっという間に繁殖するのも納得だ。


 気乗りしないながらも悪魔を見せて下さいと呟けば、長老は鼻息荒くイルカを現場に連れて行ってくれた。
「あそこですじゃ! ああなんて恐ろしいっ。あんなに黒くて体も大きい。きっとあいつらはわしらを食おうと狙っておるんじゃ!!」
くわばらくわばらと手を合わせ始めた長老に、イルカは泣きたくなった。
木の葉に依頼を出せるのだから、あの生き物は何でしょうかと外の人に聞けることもできるのではないだろうか。
全ては難所の果てにある村のためかと、イルカは鬱々と考えながら、長老に声を掛けた。
「長老さん、今から俺があれは無害なものだと証明してみせますから、ここで様子を見ていてくれませんか? でも声を上げたりしては駄目ですよ」
 危ないと大声を上げかけた長老にすかさず言えば、長老は襲われると思ったのか、顔を真っ青にして口を両手で塞いだ。
 気遣わしげな視線を向ける長老に「大丈夫ですよ」と笑い、イルカは岸壁に巣を作っているそれに近付いた。
 始めこそ突然現れた闖入者に警戒の目を向けていたが、イルカが何もしないことを理解したのか、リラックスした仕草を見せ始める。
 頃合いを見て近付いて側に腰を下ろしても、それは噛みついたり突いたりする様子は見せなかった。
 岩に隠れるように身を潜めていた長老に視線を向ければ、長老は目を見開き、イルカとそれを交互に見つめている。
 その様子を苦笑しつつ、イルカは真っ黒い鳥を見詰めた。


 長老が悪魔と呼んだものは、海鵜と呼ばれる鳥だ。大きな体と黄色の嘴を持っており、魚を食べて暮らしている。性格は比較的大人しく、火の国では見かけられないが、他国では海鵜を使って漁をすることがあると聞いたことがある。
 長老にその旨を告げ、村人にも無害だということを伝える。おそるおそるではあるが、海鵜が無害であることを確かめる村人たちを見届け、イルカはくれぐれも無体な真似はしないで欲しいとお願いした。
 海鵜は魚を取る技も優れているのだと、漁をして生活をする村人同様、同じく漁をしている仲間だと言い含め、イルカはその漁村を後にした。
 木の葉の里に帰る道すがら、イルカは険しい道を上りながらため息を吐く。探偵ってこういうことをする人だったけ、と。
 カカシと再び会えた時、探偵じゃなくて何でも屋じゃないとからかわれそうな気がして、少し憂鬱になった。



「はぁ〜。火の国の漁村で鵜飼を始めた村があるそうですよ」
 住みついた鵜を仲間として積極的に交流を持った結果、今では大事な相棒ですと言う村人と鵜の写真が載った新聞を読みながら、テンゾウが呟いた。
それを横目でチラ見し、カカシは零れ出るため息を押さえ切れずにいた。
 カカシの目の前には、青い海が広がっている。そして例に漏れず、再び探偵服を着たイルカに変化していた。
 船の舳先で、仁王立ちで前方を見据えつつ、再び無茶ぶりをしてきた火影の命を頭の中で反芻する。
 前線での激闘に辛くも勝利を収め、休む暇もなく次の戦地に向かう事になった時、航路を使って言った方が早いというお達しで船に乗り込んだ途端、そういえば海に出る海賊船がおったから、それを沈めてこいとも言われた。
 本当にこき使いやがるな、このじじいと、カカシと同様に殺意を抱いた暗部は数人はいると、自信を持って言える。
 海賊船にはどうやら奴隷として捕まえられた女子供がいるらしく、その救出時に再び名探偵うみのイルカの名を売って来いと言われた。
 探偵うみのイルカの名が、使い勝手の良い万能名になっている現状に、カカシは少し不安を覚える。
 イルカは自分の名が売れて喜ぶようなタイプの人間ではない。どちらかといえば、自分の知らないところで大きくなっていく名に胃を痛めるタイプの人間だ。
 さっさと任務を終わらせて、イルカを呼びだしたいのに、途中途中で名探偵の売名行為をさせられるため、時間が掛かって仕方ない。
 カカシのことを忘れてないだろうなとお気楽な顔で笑うイルカの顔を思い出していれば、物見の声が聞こえた。


「虎の方角に目標船発見!」
 海賊船はお誂え向きに、カカシたちが乗っている船を襲おうとしているらしい。情報では奴隷を他国に運んでいる最中という話だったが、中型の商船を装ったこの船にちょっかいを出す気になったらしい。欲を張ると身を滅ぼすって知らないのかーね。
 胸中で呟きつつ、例え狙わなくてもこちらが襲うのだがと笑う。どちらにしろ、あの海賊船に明日はない。
 これ見よがしに髑髏の旗を掲げ、先制攻撃とばかりに大砲を打ってきた海賊船を見つめ、背後にいるテンゾウに声を掛けた。
「テンゾウ、準備はおっけー?」
 写真係が板についてきたテンゾウは、カメラを胸の前で構え、「いつでもいけます」と声を返す。
 カカシは舵取りに号令をかけ、海賊船に突っ込むよう指示をした。
 「あいあいさー」と海の男に成りきって返事をしてきた部下の一人を笑い、船の舳先が海賊船の横腹に向いたところで声を張った。
「そこの海賊船。敵対行動をしたと見なし、強制排除する。降伏する意志があるなら旗を下げ、白旗を上げろ」
 カカシの最終通告に、海賊船に乗る組員は下卑た野次と品のない言葉をこちらに向かって喚き立てている。
 交渉決裂。
 にやりと笑い、部下たちに声をかけた。
「殺すな。あと、忍術は船を沈める時以外禁止。素人用に獲物で相手してよ。目撃情報は多い方が、名は売れるかーらね」
 興奮している海賊船に煽られるように、後ろの気配が膨らみ始める。だが、それは強者が弱者を甚振る時に感じる愉悦に似ていて、カカシは苦笑する。
 鬱憤溜まってるからねぇ。
 カカシの言葉の意味を歪曲して、死なないがこれから生きるには不自由な体にさせそうな勢いだ。困ったものだが、カカシは分かっていながらそれを止めようとは思わなかった。
 恨むなら火影を恨みなさいね。
 こちらの船に橋をかけるため、横着きにしようと近付いてきた船を見ながら、カカシは一振りの刀を手に取った。



 目的地の港に着いた時、そこにはカカシたちを待ち構えるように、街の警吏隊はおろか、野次馬たちが港に押し寄せていた。
 手筈の良い火影に苦笑を零しつつ、港に橋を掛け、港に下り立てば真っ先に現れたのは、この町の有力者という男、品川 偉(しながわ いさむ)だった。
 次期町長の座を狙っての売名行為だろうと思いつつ、利害が一致しているので愛想を良く握手に応えてやる。それを待ち構えていたように、周りにいた新聞記者たちがフラッシュを焚き、写真を撮り始める。
 それを切りのいいところで終わらせ、衰弱した保護した女子供のことを話せば、品川は警吏隊に声を掛け、我が物顔で指示を出す。船には半死半生の海賊船の乗組員がいることも告げれば、驚いた顔を見せた。
 一瞬動揺したそれに見当をつけ、海賊船で見つけた契約書の雇い主の名を口にした。
 すると、品川は引きつった顔で「何だそれは」と口早に応えた。
 売名行為にはこれほどはない好機に、カカシは海賊船から盗ってきた書類を懐から出し、男に突き付ける。
 あからさまに顔色を変えた品川が、文書を奪い取ろうとする手を避け、カカシは囲んでいる新聞記者たちにその書類を掲げた。


「この度、捕らえた海賊船には雇い主がいるという証拠です。そして、その雇い主はここにいる、品川 偉。いえ、ロイ・イコノとお呼びした方がいいか」
 ざわめく記者人にカカシは説明する。海賊船の船長室の金庫の中には、この書類のほかに一つの指輪があった。その指輪は四角い台座にある模様が彫られていた。
四角が三つ、上に一つ、下に二つ並び、その下に二本の線が引かれてある物だ。思うにこの指輪は印鑑代わりに使っていた物ではないだろうか。
 それが証拠に、カカシが持っているこの書類にも同様の物が押されてある。
「この印はあなたの姓、品川を図に表したものであり、ロイ・イコノの名も、偉を解体してカタカナにしたものだ」
 不思議そうな顔でメモを取る記者と、脂汗を書き始めた品川を順に見まわす。
「偉をそのまま解体すれば、イコノロヰというカタカナに分けられる。その名を、ロヰ・イコノと順を変えればその名になる」
 カカシの推理におおぉと記者たちから感嘆の声が出る。だが、品川は往生際悪く喚き始めた。
「何を、馬鹿な! そんなものこじつけに過ぎないではないかっ。君は根拠のないそんなもので、私を落とし入れるつもりか!?」
 品川の激昂に肩を竦め、カカシはため息交じりに吐いた。
「いいえ。言っておきますが、初対面の私があなたを落とし入れる理由がありません。真実をお伝えするためにこの場で話しただけですよ。でも、確かにこじつけと言われればそうかもしれません。では、決定的な証拠を持って来ましょう」
 カカシの側を通り過ぎようとした、警吏隊に連れられた海賊船の乗組員の一人を呼び寄せ、カカシは問いを発した。
「あなたの雇い主はこの方で間違いありませんか?」
 乗組員はカカシを見て、ひゅっと息を飲んだ。この乗組員はカカシが手合わせした男だ。この海賊船の実質の船長であろう男。当然、品川とは顔見知りだ。
 そこそこの剣の使い手だったが忍びのカカシからしてはひよっこも同然、そして潜り抜けた修羅の数も雲泥の差だ。
 一、二合打ち合っただけで戦意を喪失したおかげでこの男にはかすり傷一つついていないが、その精神はもはやボロボロだろう。
 男はがたがたと震え出し、カカシに助けを求めるようにその足元に跪き、暴露した。
「は、はい、この品川です。おれたちはこいつからの指示で他国と奴隷の売買をしておりましたっ」
「証拠は?」
「品川の屋敷の地下に! 極上の好みの女を甚振る趣味があって、他にもまだ売られていない奴隷がそこにっ」
 歯の音が噛み合わないほど震え出し、碌な音にならなくなった男に見切りをつけ、カカシは警吏隊に眼差しを向ける。
「調べて下さいますね?」
 品川と警吏隊は裏で繋がったも同然だろうが、野次馬や新聞記者の前でそれを暴露することもできないだろう。
 薄らと汗をかき頷いた警吏隊に、品川の身柄を船長と共に引き渡し、「厳罰を」と一言告げた。
 それを「スクープだ」と騒ぐ新聞記者たちが一斉に駆け出す姿を眺め、カカシは港を後にした。
 町を出る時に現町長から礼をさせてくれと乞われたが、急ぎの用があると断った。それでも何か礼をと言い募る町長にカカシは言う。
「探偵にとって、大きな獲物を得ましたから。さすがは港町、海の幸に事欠きませんね。さぞやりがいがあることでしょう」
 町長の激励ともいえる言葉に、町長は感涙したとか。


「先輩が探偵やった方がいいんじゃないですか?」
 港町の記事が、全国紙の第一面に乗った過去のそれを見て、テンゾウが呟いた。その一面にはカカシが変化したイルカが写っている。
 残念ながらこの新聞は木の葉で買えないため、当のイルカが知ることはないだろう。というか、テンゾウはどうして過去の新聞を後生大事に懐に持っているのだろうか。
 テンゾウの言葉にカカシは鼻先で笑い、ようやく勝ち得た休暇+片手間任務で過ごす場所で大の字になって寝転ぶ。
 郭特有の匂いとざわめきを嗅ぎながら、呼びつけた名探偵の到着を今かと待ち詫びる。
「馬鹿だーね。イルカがやるからこそ、人々は受け入れてくれてんの。オレなんかが出たら引くんじゃなーい?」
 そうですねぇと分かったのか分からないのか曖昧な返事をしてきた後輩に、カカシは茶を淹れろと命じ、テンゾウが読んでいた新聞を奪い取る。
 カカシが変化して入るが、そこには懐かしい顔がある。もうじき本物に会えるのだと、カカシは顔を綻ばせた。


(イルカの事件簿2〜銀鳥編〜 に続く)
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『畑の幸、海の幸』で配った、ペーパー2です。
おふらいん『イルカの事件簿2〜銀鳥編〜』に続く感じで書きました〜。





海の幸