そこは小さな応接間で、三代目の私的な関係者を招く時に使う。
ソファと卓が置いてあり、壁には風景画が飾られている。
「はたけ上忍?」
ぐいぐいと男が押すのに合わせて進んでいれば、ソファに座らされた。
そして、男はソファの下の床に座り、俺を見上げる。
銀色の耳がぴんと立ち、こちらを向いている様は、覆面をした怪しげな風体をどこか間抜けにして見せる。
吹き出そうになるのを堪え、男にソファを勧めようと腰を浮き上げた俺を制して、男は口布と額宛を何の躊躇いもせずに外した。
あ、と思った時は、すでに素顔は晒された後で、俺は出てきた顔に思わず見蕩れてしまった。
銀色の髪に、象牙色の肌。
群青色の瞳と対にある瞳は深紅の写輪眼。
すっと通った鼻筋に、薄い唇。
いつもは凡庸に見えるとぼけた目も、こうして素顔で見ると、どこか甘い男の色気が漂ってきそうな具合だった。
どこからどう見ても、男は、はたけカカシは俺がこの世に生まれて目にしたものの中で一番美しい顔だった。
ガガーンと敗北にも似た衝撃が走る。
ナルトがよくカカシ先生は絶対たらこ唇だと言っていたせいで、はたけカカシの顔は十人並みの顔だとずっと思い込んでいた。くそぉ、まさか、ここまでの美形とはッッ。
しかも、そんな美形が今は犬耳、尻尾、そしてなんと首輪と鎖のおまけ付きだ。
例え、怪しげな趣味がなかろうとも、ちょっといけない妄想に駆られてしまう自分に情けなくなってしまった。
くぅっと唇を噛み締め、直視できずに視線を明々後日に向けていれば、男のぶっきらぼうな声が聞こえた。
「わざわざオレが顔晒したの、そんなに気に食わない?」
「違います、違います。ちょっとのっぴきならぬ諸事情で!」と視線を戻した俺の目の前に、いつも傲岸に視線を逸らしていた、はたけカカシとは思えない人がいた。
顔を真っ赤にし、瞳を潤ませて、泣かないようにこちらを睨みつける男。
男の態度に、そういえば、アカデミーでも本当は素直に言いたいのに、何故か恥ずかしくなっちゃて冷たい言い方しかできずに、周りの子どもから非難されて泣きたいのに、それを我慢してもっと強がって冷たいことを言っちゃう子がいたなぁと思い出す。
じっと見つめていれば、男は口をきゅっと引き締め、俺に言い募った。
「なら、見なさいよ! わざわざオレが自分の意思で素顔曝け出すなんてこと滅多にないんだからね。閨でさえ晒したことないのに、アンタ見られただけでも幸運なんだから、そこの所理解しなさッ……」
俺の呆然とした顔に気付いたのか、男はしまったという表情を浮かべ、気まずそうに視線を逸らした。
そういうことを言うつもりじゃなかったのにと、言外に漂う空気が、その件のアカデミーの子にそっくりで、俺は拍子抜けてしまった。
強張っていた心が少しほぐれる。
覆面がない分、男の表情が読み取りやすい。
まだ、もう少し、まだほんの少しだけ頑張れるかもしれない。
傷つくのは嫌だ。でも、まだ今なら頑張れる。
息を吐き、男に視線を向ける。
俺の視線を真っ向から受けて、男の頬が淡く色づく。俺は、一歩歩み寄った。
「はたけ上忍、あなたの気持ちを教えてくれませんか?」
俺の言葉に、目を潤ませ、泣き出すんじゃないかと思う勢いで話し出した男の話はとにかく複雑難解なもので、男の言葉に潜む意地っ張りと格闘しながら、男の素顔の表情に助けられ、何とか理解していった。
男の今までの行動は、つまり……
「えっと、握手したのに振り払ったのは恥ずかしくなったからで、仲良くなりたかったのに、妙なプライドに邪魔されて、あんな俺を貶めるような言葉が出たと…。今まで俺に絡んでいたのも、ひとえに俺と仲良くなりたかったためで、決して利用とか、責めるためにやっていた訳ではないと……そういうことですか?」
「……概ね合ってます」
小さくなって俯く男の姿に、俺は思わず額を押さえて、大きくため息をついた。
あ゛ぁぁぁぁ……、穴があったら入りたい。
俺、どうよ。上忍という肩書きに騙されて、自分の奥底の深い葛藤を見破られてるって、一人で戦々恐々として、挙句に忍び辞めます宣言なんてしちゃって……!!!
それが全て自分の独り相撲&思い込みによるものだったなんて…!!
いやぁぁぁ、止めてぇぇ、今までの俺の言葉を全て取り消してぇぇえッッ。
うぎゃぁぁと、じたばたと脳裏で悶え苦しんでいれば、袖が引っ張られた。
男の存在を忘れてしまっていたと気付き、顔をあげた直後、
「い、イルカ…先生…」
袖を引っ張った男が、真っ赤な顔で、潤んだ瞳を彷徨わせて、俺を窺うように名を呼んだ。
銀髪の中に埋もれる耳が緊張のためか震えている。足元にある尻尾も所在無げにゆらゆらと揺れていた。
ずきゅんと胸に何かが刺さった。何だ、コレは、矢か? 吹き矢か?
「か……」
「か?」
俺の言葉が不思議だったのか、ことんと横に倒す仕草で一気に持っていかれた。
う、わぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ、何、この可愛い生き物はッッ!!!
ぐわっと急激に顔へ熱が集まり、思わず叫んでしたくなる口を押さえ、動悸が激しくなった胸も押さえた。
だが、男の攻撃は止まらない。
動揺する俺に、男は両の指先を弄りながら、視線を外し外し、上目遣いに言った。
「アンタのことそう呼ぶから、オレの事も『カカシ先生』って、呼んでよね……」
ぐはぁッ。
くらりと貧血にも似た眩暈が置き、俺はソファの背もたれに仰向けに倒れる。
何か、俺の大事な何かを色々と持ってイカレちまった気がする。
バクバクと今だかつてない鼓動を見せる俺の心臓が、何かを語りかけている。これ以上は無理、本当にこれ以上は無理と、必死に何かを訴えかけている。
落ち着け、イルカ! これは男だ。カカシ先生だ! いくら美形だろうが、可愛かろうが、男だ、男!! しっかりしろ、しっかり自分を持つんだ、イルカ!!
ふーはーふーはーと深呼吸を繰り返す俺に、男、もといカカシ先生が拗ねた声を上げて、俺を突然責め出した。
「イルカ先生…、オレがせっかく話してる話、全く聞いてなかったんだ〜ね」
「え?」
聞いてはいたと、慌てて顔を上げれば、恨めしげな視線とぶつかった。
あんな美形な男に睨まれたら、問答無用ですいませんと謝罪してしまいそうだが、今は耳と尻尾があるせいか、可愛らしい雰囲気があって、つい睨まれても和んでしまう。
俺も単純なもので、カカシ先生に嫌われていなかったという事実が、俺の塞ぎこんでいた悩みやモヤモヤを全て一掃していた。
今は晴れやかに、余裕をかましてカカシ先生の言い分を聞いていられる。
俺が教師を、忍びを辞めるだとごねていたのも、今となっては若さゆえの暴走ってやつっだったのかなと、思い始める始末だった。
だって、素のカカシ先生って、耳と尻尾を除けても、可愛いげがあるんだよなぁ。
にへらと思わず緩んでしまいそうな顔を叱咤し、真面目な顔を作ろうとしていれば、ばれた。
「イルカ先生〜?」
「聞いてます、聞いてます」と諸手を挙げて降伏すれば、心持ち頬を膨らませ、男は剥きになって言葉を足した。…そういうところも可愛いよなぁ。
「だって、そうじゃないと、おかしいでショ! オレは何回も言った〜よ。ナルトたちはオレの試験に合格したって」
言っている意味が掴めず首を捻った俺に、カカシ先生は鈍いとばかりに叫んだ。
「ナルトたちは、アンタの教え子は、忍びの前に人だった。上司の命を違反してまで、アイツラは人としての絆を取ったんだ〜よッ」
あ。
「気付かないなんて、鈍すぎ。だいたい古すぎるんじゃないですか、考えが。一体どんなボンクラ上忍の元で働いてたんだか…。それにしてもイルカ先生って、鈍いよ〜ね。嫌がらせでも何でも、あんなに通うオレの真意に、普通誰だって気付くよ〜ね。全くこれだから、うかうかしてらんないんだ〜よ。ホント無自覚、無節操に誰彼構わず誘いをかけ……ッッ、な、何、アンタ泣いてるんですか!!」
「え…」
カカシ先生の言葉に、初めて気がついた。
頬が熱い。視界が潤んでる。
気付いたら、もう駄目だった。
顔を覆い、子どものように泣きじゃくった。今まで誰にも言えなかった悩み。
迷い、恐れ、立ち止まり、それでもこの道以外は信じられないと言う自分に、子どもたちへそれを伝えた。
その思いを受け取ってくれた、忍。
その人が言ってくれた。
『アンタの生徒は忍びの前に人間だった。だから、合格した』
何度も何度も繰り返す話に、そんな言葉を詰めて、俺に聞かせ続けてくれた人。
俺がバカだから受け取れなかったけど、諦めずに何度も話してくれた不器用なこの人に、心から感謝するのと同時に、俺の全てを認められた気がした。
ナルト、ごめんな。俺、お前の理解者が現れればいいなんて思ってたのに、本当は俺の理解者が欲しかっただけなのかもしれない。お前を隠れ蓑にして、俺は俺の理解者を求めていたのかもしれない。
「な、泣くの、止めなさいよーね! アンタ、男デショ。男の涙なんてみっともないだけなんだから〜ねッ。まったく見苦しいんだから」
男の言葉に、ムカッとくる。言い方もかなり腹が立つし、上から目線が仕方ないとはいえ気に入らない。
でも、男の顔は泣いている俺よりよっぽど泣きそうで、頭の上の耳も尻尾も垂れ下がっていた。
気遣ってくれることが嬉しくて、あの一方通行の中での会話にも、カカシ先生なりに気遣ってくれた思いがあったのかもしれないと思うと、あの苦痛だった時間が今では惜しく思えた。
「……カカシ先生、ありがとうございます。俺、カカシ先生ともっと早くこうして話せば良かった」
ぐずる鼻をすすりながら、恥ずかしくなって鼻傷を掻いた。すると、カカシ先生は口を尖らせ、眉根を寄せた。
「オレは今の流れでいいですよ。……おかげで、イルカ先生の忍犬になれたんですし…」
カカシ先生の爆弾発言に俺は慌てた。え、本気だったんですか、カカシ先生!!
ドン引きする俺に、カカシ先生はどこかうっとりとした顔で自分の首に巻きつく、革首輪と、先に繋がる鎖をいじっている。
「実はこれ、オレが使う予定じゃなくて、イルカ先生のために用意したもんなんです〜よ」
「……へぇ、そうですか…」
実に嬉しそうに言う言葉に目を背け、俺は適当に相槌を打つほかない。
あのまま、逆切れしなければ、俺はカカシ先生の忍犬になっていたのかと思うと、ぞっとする。
「――オレね、五歳で中忍なんてやってたから、里の生活とかよく知らなくて〜ね。特にあの日から、里を離れちゃったし〜ね」
不意に翳った瞳とその言葉に、胸がちりっと痛んだ。あの日とは、九尾を指すのだろう。
親に先立たれ、唯一の拠り所であっただろう四代目をも失ったあの日、幼きカカシ先生の気持ちが、胸に苦い。
何と言っていいか分からず、視線を彷徨わせた俺の目を捕らえ、カカシ先生は目を柔らかく細めた。
「オレの里は、四代目やオレの仲間が亡くなって、一回消えたーんだ。思い出の欠片だけが残った里に帰るのは辛かった。特に暗部時代の時が、辛くて〜ね。もう何もかも手放しちゃおうかって何度も思ったんだ。でもね、そんな時アンタに会ったんだ」
吹っ切れたように素直に話し出した、カカシ先生に驚いていれば、なおも驚くことを言う。
だが、俺には生憎記憶がない。暗部だって、さっき火影室であった鳥面の人が初めてだ。
「無理はな〜いよ。オレはただ木の上から見てただけだから、任務終えたオレに、あんたは言ってくれたんだ〜よ。『任務、お疲れ様でした。お帰りなさい』って」
カカシ先生の目が懐かしそうに細まる。
柔らかに、例えようもなく嬉しそうに、俺を思って笑うこの顔を一人占めしたいと、つい思ってしまった。
ぼうっと見惚れていれば、手を掴まれた。
戸惑って顔を上げれば、カカシ先生はぎゅっと強く握り、柔らかい眼差しを俺に送ってくる。
体が痺れるような、温かい気持ちが胸を浸す。
ドキドキとする、でもそれが心地良い。
「だからね、あれからオレの中ではアンタが里なの。アンタがオレの帰る場所になったんだ。アンタがいるから、この里に帰ろうと思えたの。イルカ先生、オレ、嬉しかったんだ。またアンタに会えて、アンタと関わりあえたことに。いもしない神って奴に感謝したくなるほど嬉しかった」
褒め殺しか、口説き文句かっというほどの台詞に、顔が熱くて仕方なかった。
「ありがとうございます」ともごもご言う俺に、カカシ先生は頬を真っ赤に染めながらも無邪気に笑い、俺の膝に擦り寄ってきた。
「だから、先生。オレは、あんたと家族になりたいの。お願いだから、オレを先生の忍犬にして? 今度は間違えない〜よ。オレ、あんたのこと好きだ〜よ。だから、側において?」
直球を投げてくるカカシ先生に、照れて照れて仕方がない。
大人の人に、ここまでの好意をぶつけられたことが今まであっただろうか。
群青色と深紅の眼差しをくれる、大きな銀色の綺麗な獣。でも、俺が欲しいのはそういうものじゃないんだ。
だから、俺はゆっくりと噛み含めるように、言葉を告げた。
「カカシ先生、俺ね、すごく嬉しかったです。こんな俺でも誰かの帰れる場所になれているんだと思うと、すごく嬉しかった。でもね」
続けようとする言葉に、カカシ先生の表情が悲しげに歪んだ。
大丈夫と、膝に乗せてきた手を握り、俺は言葉をかける。
「俺は、忍犬のカカシ先生と付き合いたいんじゃないんです。俺は、人間のカカシ先生と付き合いたい」
「……先生」
しょんぼりと気落ちする理由に思い立って、俺は大丈夫と歯を見せ、笑う。
「何、しょぼくれてんですか、カカシ先生! 俺、カカシ先生の言ったこと分かってますよ。カカシ先生にとって、忍犬は家族なんだって。だから、こだわるんでしょう?」
顔が俯きそうになるカカシ先生の顎を取り、俺はがっちり両手で頬を挟み、新しい約束を改めて口にする。
「カカシ先生、俺と約束を交わしてくれませんか?」
「約束…?」
目にみえて約束という言葉に反応するカカシ先生が可愛くて仕方なかった。
俺は大きく頷くと、もう一度繰り返す。
「ええ、約束。今度は一人の約束じゃありませんよ、二人でする約束です」
ぱあぁぁっと喜色に輝かせるカカシ先生にやっと俺の言いたいことが通じたかと笑った。
「『家族』になりましょう」
兄のように、弟のように、父のように、支えあう間柄を築き上げましょう。
俺の奥底に隠れた葛藤を暴き出して、それを難なく認めてくれたあなただから。
「俺は、カカシ先…カカシさんと家族になりたいです」
「イルカ先生!!」
うわっと涙に瞳を塗らせ、全身で体当たりするように抱きついてきたカカシさんを抱きとめる。
波打つ背中を撫で、実はずっと触ってみたかった銀色の髪を撫でてやる。
思ったとおり、銀の髪はふわふわと柔らかく、俺は幸福の片鱗をそこに見た気がした。
「ありがとうございます、三代目。アスマ先生。おかげでスッキリしました」
晴れやかな顔を向け言った言葉に、両名ともに煙を吐き出し、やれやれととてもよく似た顔で安堵の表情を浮かべた。
親子の姿をそこに見て、俺は一人で笑う。
「ったく、カカシ。だから言っただろうが、ちゃんと素直に話せって、テメーが全ての元凶だ、元凶」
アスマ先生の言葉に、三代目が深く頷いている。
「うるさーいよ、髭熊。ま、心配してくれたことには、礼でも言っておくよ」
ぷいと顔を背け、恥ずかしいのかぶっきらぼうに言うカカシさんに、俺は笑う。
どうも照れくささを隠すために、こういう冷たくて、よく分からない態度を取るのがカカシさんらしい。
「素直じゃないのぅ。まぁ、これで里も落ち着くの。――イルカ、今日はもう疲れたじゃろう。ゆっくり休むがいい。お前はちと働きすぎじゃ、今日は帰れ」
突然の申し出に、驚く。
まだ未処理の書類は残っているのに、帰ってもいいのだろうか。
迷う俺に、「ジジイ、あからさまなえこひいきはイルカを傷つけるぞ」とアスマ先生が言うが、三代目は「えこひいきじゃないわい。イルカの今までの働きぶりによる正当な休養じゃ」と頑として認めなかった。
三代目の心遣いに感謝して、今日は素直に帰らせてもらおう。
「それでは、三代目、アスマ先生、お先に失礼します。カカシさん、今日は家でご飯食べませんか? 腕によりをかけてうまいもん作りますよ」
「アンタ、何今更のこと言ってんの? 行くに決まってるじゃない。ほら、さっさと行くよ。ぐずぐずしてたら、置いてくから〜ね!」
踵を返すカカシさんの背中を見つめ、俺は笑う。
カカシさんの感情を伝えてくれる耳と尻尾はもうないけど、俺はもうカカシさんの言葉に捕らえられることはないと思う。
だって、カカシさんは、思ったよりも表情が豊かだったからだ。隠されていない目元と、出ている耳がほとんどの感情を教えてくれる。
まぁ、ほとんど赤くなるってことだけどね。
もう一度、三代目とアスマ先生にお辞儀をして帰ろうとしていた所を二人に呼び止められた。
「イルカや…。お前とカカシの奴の関係は一体なんじゃ?」
「……カカシさんって、オメェ…まさか……!!」
息を飲む二人に俺は言う。カカシさんは俺の
「ちょっとアンタ、何なのその格好は!!!」
答える寸前で、突然、背後から抱きしめられた。
肩口から出るカカシさんの顔は怒りか、照れかのどちらかで真っ赤になっている。
どうしたのだろうと、問いかける前に、カカシさんは声を荒げた。
「信じらんないッッ! だから、アンタは無自覚で無節操に誰彼構わず誘惑してるって思われんのよ?!! ……そこのお前、テメーの記憶は明日消す。今晩、オカズなんてことしやがったら、お前の存在は消えると思え…ッ。逃げられると思うんじゃな〜いよ?」
ドスの効いた声で何もない空間を威嚇するカカシさんに、首を傾げていれば、突如、尻を掴まれた。ぎゃぁぁぁぁ!!!
「な、何やってんですか!! 変なとこ触らないでくださいよッッ」
びびって暴れる俺に、カカシさんは意地でも動かないと俺の体に張り付き、おどろおどろしい声で告げる。
「アンタ、オレの家族になったんでショ。今更、恥ずかしがらなくてもいいじゃない〜の。それとも、何? 今更、約束を反故にするつもりッッ」
一人で勝手にヒートするカカシさんに、俺は慌てる。
「そんなことないから安心してくださいって!!」
『イルカ……』
ますます引っ付いてくるカカシさんを引き離そうとしながら、身を捩っていれば、唖然とした二人がこちらを見つめてくる。
その視線があまりに魂が抜けていたので、思わず身動きを止めて、返事をすれば、二人は同時に同じ質問をした。
『…カカシと家族になったのか?』
思わず吹き出しそうになったが、それを何とか堪えて、口を開く寸前。
「そうだ〜よ。オレとイルカ先生は家族。あっつあつの生涯の伴侶となったんですよ〜ね?」
にっこりと俺に笑いかけて、爆弾発言を投下した。
『なぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃ??!! 伴侶ぉぉぉぉぉぉぉぉおっぉお?!』
叫ぶ両名に混じって、俺も声にならない悲鳴をあげる。は? なにそれ、俺、聞いてないよ?!
血の気が引く俺に構わず、カカシさんはいいことを思いついたと笑みを浮かべ、口布を外した。
「オレ、四代目に教わって、里の風習でコレだけは知ってるんですよ」
嬉しそうに、幸せたっぷりの笑みを浮かべたカカシさんの顔に見惚れた俺は抵抗する気力すらわかず、近づいてくる顔をただ見つめていた。
『うああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
呆然とする俺の前で、叫ぶ二人。
唇に当たる感触は柔らかくて、何だかとっても幸せな気持ちになった。
何度も角度を変えてあたる唇が、大きく開き口内に入ってくる。
さすがにそこまでされるとは思いもよらずに、抗議の声を発したが、塞がれた口元からは鼻にかかった声しか出てこない。
それが火をつけたのか、食らい尽くさんばかりに荒荒しくなったそれを必死で受け入れ、やっと離された時は、腰は砕け、酸素不足で落ちるかと思った。
「ね、『誓いのキス』」
脱力している俺を後ろから抱きしめ、口端から零れ出た唾液を舐めて、鼻先に唇を寄せる。
そのキザな仕草にぐわぁぁあと顔に熱が集まった。
ちゅっと高い音が立ったのを切欠に、俺の親と兄代わりである三代目と、アスマ兄ちゃんが我に帰った。
その後は、もうなんていうか……。
「か、カカシ!! どういういことじゃ、わしは認めんぞ! イルカは普通の家庭を築いて、子どもを作るという輝かしい未来が待っとるのじゃ、おぬしのような奴にイルカはやらぁぁぁん!!」
「そうだ、カカシ! テメェ、散々、女泣かしやがったくせに、今更イルカと生涯の伴侶になるだぁ?! オメェなんか信じられるか!! イルカにはオレがふさわしい女の一人や二人見繕ってやらぁ」
「うーるさーいよ! 身内の前で『誓いのキス』をした愛し合う二人はもう離れちゃいけないんだって、四代目が言ってたんだ〜よ。四代目火影の言葉を無碍にするつもり?」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人に、真っ向から対立するカカシさん。
俺はというと、俺の身を心配してくれる二人に感謝しながら、さきほどされた口づけにさほど抵抗なく受け入れた自分を見つけ、俺もそういう意味でカカシさんを好いていたのだと、今になって気がついた。
………カカシさんには、絶対内緒だけどな…。
「上等だッ! わしを倒してからにしろ!」「オレもだ、ジジイ。加勢するぜッ」「写輪眼の実力、舐めないでもらえる?」と、切迫した空気が流れる中、俺は思ったほど取り乱すこともなく、落ち着いて三人のやり取りを聞いていた。
俺とカカシさんの例もあるし、ぶつかってみなきゃ分からないってな…。
執務室の窓から見える景色は、もう夕焼け空で、あの日家族を見つめて、寂しそうな顔をしたナルトを思い出す。
いつか、カカシさんとナルトを呼んで、鍋をするのもいいかもしれない。
三代目やアスマ兄ちゃんには悪いけど、これが俺の望む家族の形かもしれないなと、小さく笑った。
うら悲しく、切ない気持ちにさせられていた、いつもの夕焼け空は、この日を境に、俺の中で幸せの象徴として存在を変えた。
このお話が好きだと言ってくださった方に感謝を込めて、改装してみました。
温かいお言葉ありがとうございますッ m(_ _)m 多謝!!