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「その後二人は、一時間ほど私ほか、一名の前で臆面もなく戯れ、『じゃ、オレたち愛し合うから』を最後の言葉に接触を絶ちました。以上、一ヶ月の予定を十日縮めての調査ですが、二人の関係は稀にみないほどの強固さを有していることをご報告申し上げます」
火影執務室にて、報告にあがる一人のくノ一の言葉に、綱手は苦笑を零す。
やる前から結果は見えていたことだが、思っていた以上の関係を築き上げていた二人に感心するやら呆れるやら複雑な感情を抱く。
「そうか。ご苦労だった。時に、ツバキ」
頭を垂らすツバキへ、綱手は問いかける。
「あの二人を見て、何か思うところははあったか?」
どこか面白がる空気を漂わせる綱手に、ツバキの顔が上がる。
にやにやと隠しもせずに笑みを見せる綱手を見て、ツバキと呼ばれた女性は艶やかな笑みを浮かべた。
「そう、ですね。綱手さまの思惑とは若干異なりますが、イルカさんのような子供がいれば、将来老後の面倒も見ていただけそうですし、安泰だろうなと思いました」
想像していたものとは違う言葉に目を開き、次の瞬間、綱手は顔を顰めた。
「おいおい、一つ手順を越えるとは感心せんな。イルカみたいな伴侶を持ちたいとは思わないのかい?」
ここにいい縁談がと執務机に重ねられた封筒に手を伸ばす綱手に、首を振り、ツバキは笑う。
「イルカさんと写輪眼を合わせて割ったような方がいらしたら、ぜひお声を掛けてください。文句は一切言わずに、喜んで伴侶を持ちますわ」
土台無理な話に、態のいい断りの言葉だと、綱手は踏む。
窺うツバキは朗らかで、何の問題も見受けられない一般的なくノ一として見える。だが、それはツバキのフェイクで、本当のツバキというものを綱手は見たことが無かった。
ツバキは草の両親の間に生まれ、幼くして草として活動をしていた。しかし、潜り込んだ敵国に両親の素性を知られ、幼いツバキを残して二人は亡くなり、ツバキは一人、草として敵国の中、身を隠しつつ、草として生活するしかなかった。
天性の才能もあったのだろう。ツバキは周囲の環境に合わせて己を変えては、各地を転々とし、情報を集めては木の葉に送り続け、先だってその功績を認められ、特別上忍へと昇進するとともに、草の仕事を一時離れ、大がかりな任務への配属が決まっている。
その任務でツバキが請け負う役割は、生存確率が低い、絶望的な物だった。
どうしてもその役を欠くことはできず、望みを一つ、何でも叶えると言った綱手に対し、ツバキは何もいらないと答えたのだった。
死地へ赴くというのに何ら迷いもないその瞳を見て、綱手は生き残るため、何かに執着してほしくて、あの二人の元へ派遣した。
忍びにしては珍しく自己主張の激しい二人に刺激され、ツバキも何らかの変化が現れるかと期待したのだが、そう簡単にいくものではないらしい。
あの後、カカシからは部下の私生活を乱すばかりか、試すなんてひどいと猛抗議に合い、イルカと共に有給を二日ももぎとられた。
稼ぎ頭の二日の休業に、受付は悲鳴をあげているが、その反面、あの暑苦しい二人のバカップルぶりを見なくてすむと、受付所は普段よりも活気に満ち溢れ、平常時より二割ほど高い成功率と報酬を勝ち取っている。
何事もほどほどが大事なんだがなと、綱手はままならぬ現状にため息を零す。
「綱手さま、退出してもよろしいでしょうか?」
ツバキに声を掛けられ、綱手はため息交じりに了承する。
「手間、掛けさせたね。来月の任務、頼りにしてる。……生きて、帰ってこい」
死地に追いやる上、生きて帰って来いとは虫のいい話だろう。
ツバキの在り方が気にかかり、普通以上に目をかけてしまったが、結局ツバキにとっていらぬお節介だったかもしれない。
私も歳かねぇとぼやく綱手に、扉を開いたツバキが遅れて声を発した。
「……綱手さま、お気持ち感謝いたします。この二十日間は、懐かしい何かを思い出させてくれました。……私は、生きて帰る努力を惜しみません」
素直な響きに惹かれて視線を上げれば、ツバキはぎこちない笑みを浮かべていた。
今まで見てきたツバキの洗練された笑みではなく、不器用なその微笑みに、綱手は破顔する。
「ツバキ、自分が望むことを存分にやれ! お前の才能は、火影の私が保証してやるよ」
お墨付きをもらえたことが嬉しかったのか、ツバキは少し驚いた表情を見せて、ぎこちない笑みを保ったまま頭を下げて退出した。
「老婆心もなかなかいいもんだ」
執務椅子を回し、陽光が煌めく外の景色を見上げて、綱手は気分良く笑った。
後に、木の葉のくノ一は火影を謀るほど優秀だということを、その身で味わうことになることを、綱手はまだ知らない。
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「美味しいわ。やっぱりイルカさんは料理がお上手ねぇ」
イルカと離れていた日々を埋めるべく、二日の有給休暇は寝て(大人的に)過ごすと鼻息も荒くその日を待っていたのに、この目の前で繰り広げられる家族団欒な風景に、カカシは箸を噛みしめ、異分子1を呪うように見つめた。
そして。
「僕までお邪魔して、すいません」
何故かテンゾウまでがちゃっかりこの団欒な場所に坐している意味が分からない。カカシはぎちぎちと箸に歯を立て、異分子2を睨んだ。
「いいんですよ。ヤマトさんには、ナルトともどもお世話になってますし、遠慮せずに寛いでください。それにしても、ツバキさんがこんな素敵な御婦人だとは思いませんでした。その節は、若輩者が生意気な口を利いてしまい、すいません」
イルカはテンゾウには礼を、そして、ツバキには頭を下げる。
悪夢の象徴といっていい、あのクソガキことツバキは、成人した子供がいてもおかしくない妙齢の婦人となって、再びカカシとイルカの目の前に現れた。
「いいえ、私もやり過ぎたところもあるし。ごめんなさいね、実はこんなおばさんが相手だったなんて、がっかりしたでしょう」
隣に座るイルカの太ももへそっと手を置き、すまなそうに眉根を下げるツバキへ、イルカは渾身の力で首を横に振っている。
「いいえ、そんなことありません! ツバキさん見てると、その、母ちゃんを思い出して、何か懐かしくて、嬉しいです」
はにかみながら鼻の傷を触るイルカの頬は、薄く色づいている。
あのカカシを大感動させた話は、イルカがロリコンではなく、マザコンだっただけの話になりそうで、カカシはひしひしと嫌な予感を覚えていた。
「……それ食ったら帰りなさいよ。オレとイルカ先生の二人っきりの時間を邪魔するなら、出るとこ出るよ」
綱手がしたことで、カカシとイルカはいらぬ被害をこうむったのだ。それに対する精神的苦痛の慰謝料の代用として、この二人、特にツバキは何としてでも追い出してみせると、並々ならぬ気迫を見せるカカシへ、三人は同時にブーイングの声を上げた。
「ちょっと! そこでなんでイルカ先生がブーイングするの!! あれほど愛を確認し合ったオレを袖にしていいと思ってんのっっ」
畳みを叩いて抗議すれば、イルカの表情が固まった。そして、どことなく怒りを滲ませた笑みを見せ、イルカは口を開いた。
「……そうですね。おかげで、俺はこの有給前に、欠勤という不名誉な事態に陥りましたね」
イルカの握った箸が音を立てて折れる。
まだあのときのことを根に持っているイルカへ、カカシは視線をさ迷わせる。
「いえ、あれは、その、二十日間も側にいなかった反動って言うの? や、だって、イルカ先生もノリノリだったし、いつもは限界越える前にイルカ先生が無理って言うし、今回言わなかったこともあって調子に乗っちゃったっていうか、乗らせてもらったっていうか〜」
人差し指を突き合わせて、めくるめくあの甘美な時間を思い起していれば、ご飯の入った茶碗が飛んできた。それを難なく受け止めれば、鬼の形相をしたイルカがこちらを睨んでいた。
恐い。本気で恐い。
ぷるぷると震えるカカシから視線を外し、イルカはカカシへ向けた笑みとは180度違う癒しの笑みを浮かべ、二人に向き合った。
「カカシさんの言うことは気にしないで、今日はうちに泊まってください。空き部屋もありますし、客用布団も干してますし」
「本当ですか!」「あら、嬉しい」と空気が読めない二人の返答に、カカシは何をぅと息を荒げる。
「ちょっと!! オレは反対だからね。今日と明日は、二人っきりでずっとイチャイチャして過ごすのっ! あんたらがいるとイルカ先生が恥ずかしがって集中できないでショっ」
他人がいてもやるつもりなのかと一瞬、テンゾウとツバキは胸の内でバカップルがと呟く。だが、対するイルカも負けてはおらず、卓を叩いて反論した。
「ふっざけんな! お前、あれだけ散々無体なことしやがって、この上まだやりたいって抜かすのか! 関節抜ける話じゃねーぞ、俺を殺す気か、鬼畜!」
この二日間は絶対やんねぇからなと、言い切ったイルカへ、カカシは悲鳴をあげた。
「そんな勿体ないこと嫌ですー!! ただでさえまとまった時間が取れない中、掠め取るようにしてしかできてないってのにっ。お風呂エッチも、玄関エッチも台所エッチもこたつエッチも最近全然できてないのよっ。オレを焦らすのがそんなに楽しいのーー?!」
バカバカいけずと叫ぶカカシに、イルカは具体的な事抜かしてんじゃねぇ、変態が!と、湯呑みを投げつける。
わーわーと二人の言い合いはエスカレートしていき、テンゾウとツバキは身を屈めて、無事な食材を口へ運ぶ。
そのうち一向に言うことを改めないイルカに、カカシは癇癪を起したように叫んだ。
「どーしても、この二人を泊めたいなら、五代目の了承取ってきなさいよ! そうしたら、認めてやるんだからっ」
すでに子供の言い分のレベルまで下がった言葉に、そんな無茶苦茶な事ができるかと声を発す寸前、今まで黙々と口を動かしていたツバキが、おもむろに手を上げた。
二人の視線が集まるのを受け、ツバキは胸元に忍ばせていたレコーダーを取り出すなり、再生した。
『ツバキ、望むことをやれ! 火影の私が保証してやるよ』
聞き間違いようもない快活な声音と、レコーダーから溢れるチャクラに、その場はしんと静まり返る。
ツバキは食後のお茶を啜りながら、カカシへと笑みを向けた。
「写輪眼カカシともあろうお方が、御自分のお言葉を撤回するなんて恥ずかしいこと、しませんわよねぇ?」
確信犯の目をしたツバキを見て、カカシの顔が真っ赤に染まる。
そんなものこっそり録音して音を繋ぎ合わせればどうとでもなると、反論を口に上らせようとしたとき、ツバキは笑みを絶やさず続けて言った。
「言っておきますけど、私、あなた方の仲を応援しているんですよ。あのときの一件後、口やかましく言ってきた方は皆無だったでしょう?」
ツバキの言葉に「そう言えば、カカシさんの昔の女から言いがかりがない」と感動の声をあげるイルカを見て、違うそこじゃないとカカシは奥歯を噛みしめる。
イルカが嫌がらせを受けたことを知ったカカシは、過去関係を持った女たち一人一人の元へ訪れ、カカシのイルカへの愛の深さを、お手製図解付きを手に、懇切丁寧に朗々と語った。その結果、全ての過去の黒歴史たちへ、非常に友好的かつ好意的に御理解いただくことができた。ツバキはこの件に関して、全くもって関係が無い。
問題は、呪印の件だ。
ツバキの任務の一件で、上層部の会議に掛けられてしかるべき事柄なのに、いまだもってカカシは呼ばれていない。
つまり、ツバキは、故意に呪印のことを黙っていることになる。
ツバキに露見した時点で対策は講じているが、ツバキが黙っていてくれた方が遥かに事は穏便に進む。
弱みを握られているみたいで精神衛生上すこぶる不快だったが、里長含め、上層部とどんぱちやらかす労力と、イルカの身の安全を考えれば、選択にもならない。
「お分かり、いただけたようですね」
勝者の笑みを浮かべたツバキに、カカシは口を閉ざす。
ツバキは、カカシが説得した女の功績も己が物とし、人面よさそうな笑みを浮かべてイルカへ愛想を振りまいていた。
「……抹殺してやる」
腹の虫がおさまらずぼそりと言えば、ツバキはイルカと話しながら、上忍のみが使う手言葉をカカシへ見せてきた。
『心配しなくても言うつもりはないし、私、来月にはSランク任務に行くの』
ツバキが手言葉を使えることに驚いたが、それよりも告げた内容に軽く息を飲んでしまう。
『死ににいくつもりなの?』
死んでくれたらありがたいとあけすけに言い返せば、ツバキは一瞬ぽかんとした後、目を細めた。
『憎まれっ子世に憚るって言うから、簡単に死なないと思うわよ』
そりゃ残念とため息を吐くカカシへ、ツバキは隣のイルカの話に相槌を打ちつつ続けた。
『それに、あなた達が行きつく先を見てみたいの。だから、それまで死ねないわ』
上っ面ばかり装っていたツバキが見せた、初めての執着心を垣間見た気がした。
よりにもよって変なところに目をつけるなと思うと同時に、ツバキがカカシたちの仲を本気で応援していることに嘘はないと感じた。
礼を言うのもおかしい話で、カカシは相槌だけ返す。
『そ』
『ええ』
それっきり会話は途切れ、ツバキはイルカとテンゾウの話へ加わった。
三人が食後のお茶を啜りながら喋るさまを見つめ、カカシは吐息を吐く。
ツバキの策略にまんまと嵌められた気がしないではないが、ここまで言われてはカカシが折れるしかない。
「……ツバキとテンゾウは居間で寝てよね。しょうがないから、一晩は許してあげる」
珍しく譲歩をみせたカカシに、イルカは瞳を潤ませ、テンゾウは驚き、そしてツバキは笑って言った。
「あら、私は一晩って限定していないわよ。イルカさん。出来れば、明日、いえ一週間ほど泊めていただけないかしら?」
他に頼るところがなくてと、困った表情を浮かべるツバキに、イルカは機敏に反応した。
「そんな、遠慮なさらず、ぜひ!! よろしければ、テ…ヤマト上忍も!!」
もっとヤマト上忍の建築談義聞きたいですと、いつの間に仲良くなったのか、イルカはきらきらとした眼差しでテンゾウを見つめている。乞われたテンゾウも悪い気がしないのか、柄にもなく照れている。
想像していなかった展開に言葉を失くしていると、イルカは容赦なく段取りを決めていく。
「じゃ、今晩は鍋にしましょうか。大人数の時は、囲んで食べられるものがいいですよね」
「でしたら、明日は焼き肉なんてどうです? 僕、お肉持ってきますよ」
「そうしたら、私は野菜担当ね。え? おにぎり? あら、いいわよ。イルカさんったら、可愛いこと言うのね」
明日の予定まで決める三人に、カカシは冗談じゃないと声を荒げたが、結局、カカシの夢の有給二日間は疑似家族体験となり果て、イチャイチャをするどころではなくなった。
健全に過ごす二日間、カカシが考えることは、あの裏切り者の五代目のことばかりだった。
詫びに二人で何でもやれと有給を許可してくれたのに、ここにきての裏切り行為の怨念は如何ばかりか。
おのれ、この恨み、晴らさでおくべきか……!!
後日、執念深く綱手にねちねちと嫌味を言うカカシを見かける機会が増え、終いにはぶち切れた綱手にカカシは殴られることを、追記しておく。
読んでいただき、ありがとうございました!!
誘惑されているのか、甚だ疑問……。う、ううん。
当初の予定とは違い、長くなりました…。短くコンパクト、むずかしい。