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目の前でビービー泣くやかましい生き物に、舌打ちを打った。
泣きたいのはこっちの方だと毒づきながら、己がつけてしまった傷を前に、手当てを続ける。
年の頃は4、5歳か。伸びた黒髪を後ろに一本括り、背中に一番とでかでか書いた白を基調とした服を着こんでいる。だが、今ではその白い服も泥と血で汚れて、無残な有様だ。
「おい、もう血止まっただろ。泣くな」
遠慮なしに泣く子供の声が癇に障る。
だいたい、忍びが修行するような森にガキ一人がうろついている方が悪い。おまけに、小動物かと思って、逃すために近くの柴を刀で薙いだら、その瞬間に顔を出してくるなんて運が悪いとしか言いようがない。
子供の顔の真ん中、ちょうど鼻を跨ぐ様にできた傷は、包帯で覆っている。父さんからもらった傷薬を持っていたからそれも塗ってやった。
他にすることもなくて、一体どうしろと言うんだとため息を吐けば、子供の泣き声が小さくなる。
「ほんと?」
大粒の涙をこぼしながら問う内容に、よく分からないが「ああ」と頷く。
すると、一瞬笑顔を見せたが、ふと視線を下に向けると、再び大声で泣き出した。
うわぁあぁぁぁと遠慮なく泣く声に、両耳を塞いで一体何だと怒鳴れば、子供は俺に手を向けて、泣きながら訴えた。




「いるかのに、あかいのついたぁぁ、あぁぁぁぁ」
まったくもって意味不明だ。
「だから、何だよ!!」
怒鳴っても子供は泣くだけで、口を閉ざさない。
ただでさえ、自分がしてしまったことの責任について苛立っているというのに、子供の機嫌を取らなくてはならないとは、面倒臭くていけない。
ひとまず子供を泣き止ませることが先決と、子供の泣く理由を探していれば、子供はしきりに手をオレにみせていることに気付く。
その手は、傷に触れたせいで、真っ赤に染まっていて、もしかしてこれが泣いている理由かと見当つける。だが、この近くには水場なんてものはなく、持ってきた水もさっき全て飲んでしまった。だとしたら……。




はぁとため息を吐き、口布を下げて、顔を子供の手に近付けた。
こういうことをするのは愛する人のみと決めていたのに、鼻の傷といい、オレの人生設計無茶苦茶だと、舌を伸ばす。
子供の柔らかい手の平をなぞれば、血の香りが舌を刺激する。自分の血の味よりどことなく甘く感じるのは、子供特有のものなのだろうか。それに、なんだろう。温かい? 冷えている血のくせに、妙に温かく感じる。
無心に舌を這わせていると、いつの間にか泣き声が聞こえなくなっているのに気付く。
顔を上げれば、目を大きく見開いてこちらを見ている子供がいて、その目があまりにも大きいから、落っこちるんじゃないかとさえ思った。
「……何だよ」
今まで見られていたことに気付かなかった己を恥じて、再び手を舐める作業に戻る。
右手は綺麗になったから、次は左手と手のひらから指先まで綺麗に舐め清めていれば、子供が興奮した様子で喋り出した。
「にいちゃ、にいちゃ! わんわん? にいちゃ、わんわん?」
わんわんとは、犬のことだろう。
忍びとして任務も請け負っているオレを捕まえて犬呼ばわりとは、内心皮肉かと思うが、ガキがそこまでの知能を持っているとは思えない。
舐める作業を続けながら、視線を向ければ、子供は真っ黒の瞳をきらきらと輝かせて、右手でオレの袖を握った。
「いるかね、わんわんしゅき! わんわんわんわん、ゆって、なでなでするの」
そう言って、オレの頭を撫でてくる。「いいこねー、いいこねー」と歌うように撫でる子供の手を振り払うのも面倒で、そのままにさせた。




舌に乗る、子供の血は甘くて、温かい。
頭に触れる手は、小さくて、くすぐったかった。




お互いの作業に専念していれば、子供の手が綺麗になった。
最後に舌を這わした時、何となく口寂しい気がして、子供の指先を口に含んで吸った。
くすぐったかったのか、きゃっきゃと笑う子供の笑顔が、眩しい。
「にっちゃ、にっちゃ」
泣いていたのが嘘のように、オレの胸の中に飛び込んできた子供に、胸が高鳴った。
しがみつく子供の体を抱きしめ、肩に顔を埋めて大きく息を吸う。
子供特有のミルクのような甘い匂いと、温かい匂いがした。その匂いが何か見極めたくて、目を閉じて、もう一度吸う。




閉じた視界の中できらきらと白い光が瞬く。
木漏れ日の中、見上げた時に見た光に似ている。
白い、白い光。
柔らかく、落ちていく、太陽の光。
オレには遠い、掴むことのない光。




瞬間、覚えたのは、渇きにも飢えにも似た感情で、腕の中にいるものを危うく壊すところだった。
なけなしの理性で子供の体を引き離し、遠ざけた。
子供は笑顔のままオレを見つめていて、小さな手をオレの手に重ね合わせている。
「にっちゃ、いるかのおうち!! おっきいのとちっさいのと、モーモーあって、からくておいしいのっ。にっちゃもすきになるの。にっちゃもすきっていうの」
手を引っ張って、どこかに案内しようとする子供に笑う。このまま子供の後について行けたらどれだけいいか。でも。
しゃがみ込んで、オレを引っ張る子供の肩を掴む。
「ごめん。オレ行けないんだ。お前には分からないだろうけど、オレは行っちゃいけない存在だから」
父に対する悪意が凄まじい今、息子のオレがこの子に関わろうとすれば、子供を傷つけることになるだろう。
オレ以外の者が、子供を傷つけることは、絶対に許せない。




「――でも」
不思議そうな顔をしてオレを見る子供の、包帯に触れる。
この傷はきっと痕に残る。
子供が成長しても、この傷はオレと子供を繋ぐものになる。
そして、子供が成長して、誰からも傷つけられなくなるまで、心も、体も、大きく、強くなったとき。




「オレがお前を傷つけてあげる」
子供と約束を交わした。




そう離れていない場所から、人の声が聞こえる。
「イルカ」と名前を呼ぶ女の声に、母親がくるのだろうと見当つけた。
もうじき合流する気配を感じ、オレは子供の、イルカの顔を目に焼き付け、その場から離れた。
遅れて背中から聞こえたのは、歓声と怒号で、続けてイルカの泣き声が聞こえた。
オレといた時よりも激しく泣くその声に、焦げついた思いを感じながら、進ませる足に力を込める。




イルカと、胸の内で名を呼ぶ。
きっとイルカは覚えていないだろう。
オレと出会ったことも、約束を交わしたことも。
でも、オレは確かに決めたから。
イルカはオレのものになるのだと、分かったから。




ここずっと塞いでいた胸が晴れる。
口端に笑みが浮かぶのを感じ取りながら、口ずさんだ。




遠い先、必ず会おう。
オレの、白光。











おわり



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最後まで読んでくださって、ありがとうございました!!


キリリクお題:33333キリ番 Iさま
『鬼畜変態カカシがイルカ先生(男)を落とす。
イルカ先生全くカカシに興味なし。むしろ迷惑。シリアス傾向』
という内容でした。
……力不足で、イルカ先生の希望設定が守れずにすみません……orz
なんてこった……!!






白光11

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