四月一日

「イルカ先生、結婚してください」



どよめいた受付所。
その騒ぎの中心には、笑顔がいいと評判の受付員うみのイルカと、報告書を提出しにきた里の名高い有名な上忍、はたけカカシの姿があった。
一瞬、周りがざわめくが、すぐさま好奇の視線にとって代わられる。
なぜなら今日はエイプリルフール。
里の看板上忍もくだらない風習を楽しむんだと、ほのぼのとした空気が漂う。
だが、相手が悪かったと、イルカの友人たちは思った。
イルカは馬鹿がつくほどの真面目人間で、色恋沙汰に対してとんでもない鈍さを発揮してしまう人物だからだ。
カカシが発した言葉はまさにそれに合致する。冗談で言ったカカシに対して、真面目で鈍いイルカはどんな反応を示すのか。
洒落にならなくなったら止めればいいやと、軽い気持ちで二人の遣り取りを見ることにしたイルカの友人たちは娯楽に飢えていた。




「……結婚、ですか」
イルカの顔が曇る。
眉根を寄せ、腕を組んで考え込み始めたイルカに、周囲はドキドキと胸を高鳴らす。一体、どんな反応を返すのだろうか、皆、興味津々だ。
対するカカシといえば、いつも身に付けている覆面に隠され、全く表情が窺えない。里の誉れから感情を読み取ることは難しいと判断し、周囲の視線はイルカへと向かう。
眉根を寄せたイルカは腕を解くと、一つ息を吸い、真面目な表情でカカシと向き合った。



「俺は、うみのの姓を是が非でも残したいので、婿にはいけません。それに俺は亭主関白です。俺より早く寝るのは許しませんし、いつも綺麗で笑っていてくれないと駄目です。それに私事での隠し事は一切許しませんし、常にお互いを見詰め、他の人に目移りすることも認めません。浮気なんて論外ですし、生涯愛することを誓うと今、ここで、三代目並びに四代目、いえ、全火影に対し誓えますか?!」
ずばんと一息で言い切ったイルカの挑戦的な言葉に、野次馬たちは内心驚き、友人たちはイルカを見直した。
冗談を冗談で返せるようになっているとは、いつの間にか成長しやがってと、友人たちが鼻を啜っている中、件の上忍はさらに上をいく。



「オレは…、はたけ姓には興味ありませんし、尽くされるより尽くす方が好きですし、も、もちろんイルカ先生が望むならオレは一晩中寝なくても大丈夫ですし、あなたになら全てを見られてもいいですし、あなたを見ているだけでオレは一生笑っていられますし、イルカ先生以外に興味はありませんし、オ、オレはその……」
表情が全く見えない背の高い覆面男がもじもじと人差し指を弾き、真面目な顔をすると強面にも見える受付男に上目遣いで視線をくれる様は、異様としか言えなかった。
ごにょごにょと聞き取り辛い言葉を口の中で混ぜ返し、そのまま黙りこくるカカシ。



そんなカカシの言動をつぶさに見た後、イルカは突然椅子から立ち上がるなり、受付の机を越えて、カカシの目の前に立った。
何が起きるのか、固唾を飲む観衆の前で、イルカは突如腕を広げるなり、カカシを抱き締めた。
「はたけ上忍、いえ、今日からカカシさんと呼ばせて下さい。俺はあなたを幸せにすると全火影に対し誓います」
「い、イルカ先生……!!」
今日からうちに帰ってきてくださいと、家の鍵を取りだしカカシに握らせるイルカは男前だったと、後に友人たちは声を揃えて言った。
「じゃ、今日はイルカ先生の好きな一楽のラーメンを作って待ってます…っ」
「カカシさんの気持ちは嬉しいですけど、写輪眼でコピーはテウチさんに顔向けできなくなるので、秋刀魚の塩焼きでお願いします」
「…ッ! 先生!! オレの好物を知っていたんですか?!」
「幸せにすると言ったでしょ」と二人で固く抱き合った後、カカシを見送り、イルカは受付へと戻った。
周囲はさきほどの話で盛り上がる。まさか里の誉れと一介の忍びの恋愛成就寸劇が見られるとはと、一同感激しっ放しだ。果ては、エイプリルフールにも全力を尽くすカカシの姿に一流の忍の姿を見たと泣く者も現れた。



わいわいと常になくにぎわう受付所で、イルカの隣で事の成り行きを見ていた同僚は、冷や汗を流しながら目の前の騒ぎを見ていた。
「……イルカ…。今日がエイプリルフールって知っているか?」
「は? 何だそれ。それよりついに言っちゃったよ!! 俺の気持ちは一生口に出さないつもりだったのに、あの人の可愛さに我慢できなかったッッ」
俺の嫁さん、すっげー可愛い。どうしよう、毎日あの人の寝顔で目が覚めるなんて夢みたいだと、はしゃぐイルカに同僚はますます顔を青褪めさせる。
はたけ上忍が冗談で言ったならば良し。だが、イルカと同様にはたけ上忍もこの日の存在を知らなかったら?
イルカが受付所にいる時に限り、イルカがいなくなるまで受付所で粘っていた銀髪の上忍を思い出し、同僚はふっと遠い目をした。
「…イルカ、きっとお前が嫁になる」
その言にイルカは猛反発したが、同僚はぎゃいぎゃい叫ぶイルカを生温い目で見詰める他なかった。
だって、あの人のイルカを見る目って、肉食動物のそれだもん。お前がはたけ上忍を見る目と雲泥の差だぞ。
きっと頭と言わず、骨の髄までしゃぶられるなと同僚は乾いた笑い声を漏らした。



数日後、イルカの受付の座席には座布団が用意され、寸劇と思っていた群衆が引っくり返る事態に陥るのだった。



END





戻る


----------------------------------------

時期外れなアップです…。