「まったく、あんたは子供か! いいから食えって言ってんだ!!」
怒鳴るイルカに対するカカシも一歩も引かない。
「嫌なものは嫌なんです! だいたいこんなもの人の食い物じゃないですよっ。こんなの食べるくらいなら、オレは夕飯抜きでいいです!」
あんだとぉぉと額をひきつらせるイルカの前で、カカシは思い切り顔を背けた。
二人の前には天丼がある。
少々値が張る物だったが最近立て続けに任務に出ているカカシと、お疲れ気味の自分のご褒美もかねてちょっと奮発して購入した。
揚げたてサクサクのエビやさつまいもや、にんじん、ししとうがらし、れんこんが湯気を立てて、イルカたちの口に入るのを今か今かと待ちわびているのに、カカシはそれを一目見るなりこう言ったのだ。
「うわ、天ぷらですか? 気持ち悪い」と。
気持ち悪いってなんだと一瞬むかついたが、カカシが天ぷら嫌いなことを知らなかった自分の落ち度もあり、悪いことをしたなと思った直後、カカシは続けてこうも言った。
「オレ、人が食べるのを見るのも嫌なんですよね。これ捨てて、今日はどこか食べに行きましょうよ」と。
ここでふざけるなとばかりにイルカは爆発した。
これはイルカの心細い懐から身銭を切って買った、大事な大事な食料であるばかりではなく、イルカのご褒美でもあり、何よりイルカの頭の中では今晩は天丼と定められている夕飯なのだ。
それを自分が食べないならまだしも、食べるなとイルカに強要するばかりか、おいしく頂ける物を捨てるなど言語道断だった。
怒鳴りつつ聞いたところによると、カカシの天ぷら嫌いは食わず嫌いだという。
その言葉により一層怒りに拍車がかかり、今に至る。



そっぽを向くカカシに、イルカは歯噛みする。こうしている間にも、刻一刻と天丼は冷めていっている。
何か良い手はないかと焦る気持ちを抑え、頭を回転していれば、イルカはふと同僚たちと飲みで話したことを思い出した。
彼女が同僚の嫌いな物を作り、食べる食べないで揉めた時、くのいちでもある彼女はこうした、と。
同僚は鼻の下を伸ばして言っていた。
「あれから、嫌いな物が好物になっちまった」と!!
これだ、これしかないとばかりに、イルカはいつも一本に縛っている髪をほどき、アンダーを脱ぐなり、上半身裸の上からベストを着込み、少しジッパーを下げた。
一体何が起きたとぎょっとした顔でこちらを向いたカカシへ、イルカは己が出せる最大級の甘え声を意識しながら、あつあつの丼を持ち、カカシに迫り上目遣いで言った。
「これ食べたら、俺も残さず食べて」
語尾にハートマークをつけんばかりに言い切った。
イルカは一刻も早くこの天丼を食したい一心で、自分が何をしでかしたかは全くもって頓着していない。
同僚から聞いたように、これでカカシは天丼を食べるに違いないと目を輝かせるイルカに、カカシは表情を削ぎ落とした顔でイルカをじっと見つめているばかりだった。
反応の悪いカカシを前に、イルカは急に我に返った。
思い切り外した、やっちまったとイルカの顔が赤く染まる前に、無反応だったカカシの顔が一気に赤く染まる。
「え…?」
突然の変わりように驚きよりも戸惑いが勝る。カカシはくぐもった声をあげ心臓を押さえ、体を折り込む。「あ、あんたって人は……」と声と体を震わせるカカシは、勢いよく顔を上げるなりイルカの腕を掴んだ。
気迫に満ちたそれにイルカの顔がひきつる。
そこは天丼を掴むところじゃないですかと、これから起こり得るだろう禄でもない予感を吹き飛ばそうと笑えば、カカシに睨みつけられた。
「煽ったのはイルカ先生だからーね」
煽ったて何だ、イルカはただ天丼を食べてもらいたい一心でと開いた唇がカカシによって塞がれる。
真後ろに傾くイルカの視界の端に、自分の手が持っていた天丼が傾く様が映る。それに声にならない悲鳴をあげ、視界がカカシで埋め尽くされた時、カカシはいい笑顔で言った。
「残さず全部、いっただきまーす」
だから、それは天丼の話だとイルカが最後まで言えたかはカカシしか知らない。



翌朝、残さず食い散らかされ、ベッドの住人となり果てたイルカの前で、カカシは昨日の天丼を暢気に食べながら、そこそこ食えなくもないけどあんまり食べたいものじゃないねと感想を漏らした。
それ以後、天ぷら食べる? とカカシからお誘いをかけられるようになったが、イルカは頑として頷かなかったという。




おわり




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軽いノリの別バージョン。
H26/05/17






食べられない(別バージョン)