現(うつつ)
「こんなとこで何油売ってんの」
暗い森の奥。
殺気が入り乱れる空間に、声が降ってきた。
「ーおまえ…!!」
よく知る声に気を取られた瞬間、横から現れた忍のクナイに額を貫かれた。
喜色をあげる男の頸動脈へ無造作にクナイを走らせる。
目を剥く男が最後に見たものは、クナイが貫かれた丸太だ。
味方を殺られたことへの苛立ちか、一斉に飛びかかってきた男たちに向かい、火遁の印を組み、炎を吐き出す。
周囲の草を焼き払い、熱が生まれた場所へ、それでも構わず突っ込んできた男の額にクナイを振り下ろす。
そのまま勢いを殺さず上へと跳躍すれば、髭の火遁が辺りを包み込む。
周囲のものを収束させ、爆発を起こしたそれが、敵を一掃したことを認め、視線を外す。
腸が煮え繰りかえりそうな怒りを込め、現れた銀髪の男へ向き直った。
「どーいうこと? アンタがなんでここにいんのよ」
枝の上、斜め前に立つ男は、微動だにせず、オレを見つめている。
「カカシ、てめー何やってんだ?」
「そうよ。まだ戦闘は続い……きた」
紅の言葉に、アスマは木を蹴り、姿を眩ます。同様に紅も周囲の闇に溶けた。
後に残るのは男とオレの二人きりだ。
後方に感じる気配に鼻を鳴らす。この際、任務なんざ二の次だ。今はこの男が先だ。
「なんで、来たの。アンタには役目があったでしょーが」
なにも答えない男へ殺意を覚える。
この日の為にどれほどの忍耐を強い、労力を注ぎこんできたのか、男自身嫌と言うほど知っているにも関わらず、男がここにいる訳。
つまらないことを言うようであれば本気でぶち殺すと、怒りの咆哮をあげた。
「アンタには、イルカ先生をべったべたに甘えさせて誑し込むっていう、任務より大事な使命があったでショーーーッッッ!!!」
最後の語尾が森へとこだまし、消えていく。
怒りの声に全く反応はなく、オレの影分身は来たとき同様枝に突っ立ったままだ。
「ちょっとアンタ、聞いてんの?! オレのイチャイチャハッピーライフがかかってる重大な使命なのよッ。本当だったら、オレ自身が行きたいのを泣く泣く影分身のお前に譲ってやったってのが分からないわけッッ」
このポンコツと叫べば、金属がぶつかり合う音に混じって、クナイが飛んできた。
「ってめ! やけにせこい術ばかり使っていやがったのは、そのせいか!! スタミナねぇくせに何考えてんだッ」
ひょいと体を傾け、髭の文句はスルーする。
ここにいる理由を話せと睨めば、影分身はぐしゅと水ぽい音を立てた。
襲いかかる敵を木の下へと蹴飛ばし、オレはまさかと背筋を凍らせる。
「まさか、おまえ!!」
起爆符やクナイが飛び交う中、影分身のいる枝へと飛び移り、胸ぐらを掴んで顔を上げさせれば、そこには思った通り、涙と鼻水とその他諸々で口布をびっしょりと濡らせた男がいた。
「ア、アンタ、途中で引き返すばかりか、その顔をイルカ先生に見せたのーー?! 度量のでかい、大人な男を見せる作戦だったはずでショ! オレの人生終わらせる気かッッ」
上下に揺さぶれば、影分身はいまだぐずぐず泣いている。テメーが泣いたってちっとも可愛くないってのッ。
「それはこっちの台詞でしょッ! ちゃんと任務に励みなさいよっっ」
真後ろから飛んできた千本を屈んで避ければ、影分身も半歩下がって避けた。
その先にいた運のない敵へとものの見事にあたり、苦悶の声すら漏らさず地上へ落下する。
相変わらずきっついのを仕込んでいるなと横目で見つつ、オレは影分身を締め上げる。
「アンタ、分かってんの?! 衝撃の出会いを経て、ようやく運命の人と出会えたと思ったら、向こうはまだまだ子供にかかりっきりの遠い春で、モーションかけようにもジジィが目を光らせてるし、そうこうしている間に不測の出来事が連続で、何、オレ、天中殺? と思った途端、月読みなんてもんにかかって、貴重な時間を潰すわ、その間に疎遠になるわ。出会った当初の年に買った誕生日プレゼントは渡せずに、その次の年のも買ったけど、次期尚早で指咥えて見送り、今年あの人が『人恋しい』てな発言を耳にして、ようやく巡ってきた春に、受付からアカデミーやら全部に手を回して、ようやく勝ち得たあの人の誕生日休日に決めてやると意気込んだ直後、何の因果かご指名任務ッ。こうなりゃ、任務なんざ関係ねぇとお前に全てを委ねたオレのこの気持ちが分からないのかッ?! あ? あぁぁん?!」
ちょっとお前邪魔と、視界に入る敵を切り捨て、影分身へ迫った。
「…っ、………!」
ぐずぐず鼻を啜る音で何を言っているのか、聞こえない。
ふざけてんのかと、背後の木に叩きつければ、影分身は赤い目を晒しオレを睨みつけた。
影分身の分際でいい度胸だと、首筋にクナイを突き付けた直後、奴は言った。
「こんなとこで何やってんのッて、こっちが聞いてんのッ」
悪びれもせず、あくまでも奴は反抗的な態度を取り続ける。
役目を果たせないばかりか、こちらに食ってかかる始末とは。
赤い目で睨む奴に、耐えていた堪忍袋の緒が切れた。
「――お前、いらないわ」
見ているだけで反吐が出る。
イルカ先生の側に置かせるからこそ、オレと同じにはできなかった。
どうしようもなかったとはいえ、こんな結果になるとは予想外過ぎて笑えてくる。
躊躇いなく滑らせたクナイは、突き立った瞬間、丸太に取って代わられた。
忌々しさに舌打ちがこぼれ出る。
「お前、見てるとイラつくんだよね。さっさと消えてくんない」
背後に現れた気配に回し蹴りを放てば、奴は突っ込んできた敵を盾に後ろへと飛んだ。
短い声をあげて落ちた敵を尻目に、奴と距離を詰める。
戦闘能力はオレの方が上だ。
奴もそれを分かっているのだろう。一定間の距離を取り、オレから視線を逸らそうとはしない。
「まだダメ。消えてなんかやらないッ。オレはあんたと一緒に、今日、あの人の元に戻らなくちゃならないんだッッ。こんなところでチンタラしている暇はないのッ」
鼻声で叫ぶ奴の言い分に笑いが出た。
まるで子供の言い分だ。
「やだねー。性欲消したら、てんでガキじゃなーいの。もうお前は用済みなの。先生には後日、オレが直接言うよ。誕生日っていう記念日には間に合わなかったけど、こうなりゃ形振り構ってらんなーい」
紳士的なオレもそろそろ限界なんでね。
口布の下で笑った、卑猥な思いに気付いたのか。奴は怒気をはらんで、オレを睨み据えた。
「先生は傷つけさせないッ。あの人はお前が踏みにじっていい人じゃないッッ」
突っ込んできた敵の攻撃を避け、首筋に手刀を打ち込み、オレを責める。
奴のイイ子ちゃん振りが笑えて仕方ない。こんな甘ちゃんがオレの中にいただなんて、虫唾が走る。
「じょーだん。初めてあの人に会った瞬間、欲情したのヨ。お前も知ってるでしょ。こんな激しい感情、初めてだーね。あいつらがいなけりゃ、その場で犯したかったくらい」
視線を逸らさず、奴に突き立つはずだったクナイを真横に振った。足止めのための千本を弾き飛ばし、奥で印を組む忍目掛けてクナイを飛ばす。
「っはや」
クナイが届くより早く忍の首へと、忍刀を潜らせる。血飛沫を避けた直後、後ろから飛んできたクナイを弾き、真上からくる忍を牽制したついでに、その体を叩き切った。
それでも怯まず、オレを四方から囲み迫ってきた忍を笑い、足元に火遁を落とす。
影分身に割いたチャクラ量を考え、この森に仕込んだトラップは相当な量になる。
落とすと同時に下へと逃れた直後、炎上した。
それを切っ掛けに、連鎖的に起爆符が発動し、そこかしこで爆発が起こる。
「っま、バカか?! オレらまで殺すつもりかッ」
爆発音に混じって、髭の声が聞こえたが、冗談とばかりに鼻で笑う。
上忍に利くほど陰険なものを仕掛けたつもりはない。
まぁ、あいつが巻き込まれたら、都合がいいのだけど。
宙で一回転して、地面へと下り立つ。
残念なことに、オレの下りた先には奴が待ち構えていた。腐っても、オレの影分身ということだろうか。
「アンタに言いたいことがあんの」
睨みつけて言う奴の言葉が滑稽だ。
「まどろっこしいねー。お前はオレの影分身だーよ。消えて一緒になればいいだけのことでショ」
解呪の印を組もうとして、奴のクナイに邪魔された。本当に腹の立つ。
突っ込んできたクナイを受け止め、どういうつもりだと視線を向ける。影分身が本体に攻撃を仕掛けることは、本来、あり得ない。
クナイの刃を合わせた先の奴は、身も蓋もなく泣いていた。
「ダメ。それじゃ、ダメなの。アンタ、分かってないもん。オレ、先生じゃなきゃヤダ。先生以外の人じゃ、嫌なんだッッ」
激情に囚われ、かたかたと小刻みに震える奴のクナイを弾いて、急所を貫くことは簡単だ。だが、奴の言葉が引っかかった。
「…あったり前でショ。オレだって、い―」
「だって、オレ、全部言っちゃったもん! 全部、思っていること全部言っちゃったんだもん!!」
は?
ヒステリー気味に叫んだ奴の言葉に気を取られ、全力で受け止めていたクナイから力が抜ける。
力の均衡が崩れるとは思っていなかった奴が、頭からクナイと一緒に突っ込んでくる。
ぎりぎりのところでクナイをかわし、突っ込んできた奴の側面に体を移動させ、地面に突っ込みそうな奴のベストの首根っこを掴む。
「何? 全部って、全部?!」
雨のように降ってくる千本たちをクナイで蹴散らし、奴に聞く。
倒れるに倒れられなくなった奴は、じたばたと手足を動かしていたが、観念したかのように身動きを止めると、一度大きく頷いた。
思いもよらない事実に、奴の襟もとから手が外れる。
「うっそ。そんなのアリ?! オレがイルカ先生の下着盗んで愉悦に浸っていたことや、毎夜毎夜忍びこんでついには屋根裏に居住してたことや、自慰している姿をこっそり写輪眼でコピーして日夜お世話になってたことや、それでも我慢できずにこっそり媚薬なんてもん入れて悶えながら自慰してたイルカ先生のイケない姿に興奮してたことや、先生に好意を持っている奴を闇討ちしてたり、噂好きな甘党利用して、根も葉もないオレとイルカ先生の恋人捏造説ばかりか、夜の営みを流布したことや、先生の職場の人間にはイルカがお世話になりますって恋人面して釘差してたり、近々アカデミー生徒も利用して囲んでしまおうと考えて、それでも駄目なら監禁調教もアリだなって思っていたことを全部、言っちゃったってお前は言うのかーー?!」
「………おめぇ…一遍、死んどくか……?」
「犯罪ね」
地面に跪き項垂れるオレに襲いかかる攻撃を弾き飛ばし、髭とうわばみが去っていく。奴もオレに降りかかる攻撃を防ぎながら、動揺した声を張り上げた。
「バ、バッカじゃないの?! 何、破廉恥なこと言ってんのー!!!」
………あ、そういや、性欲なしで派遣したんだっけ。
思い立った事実に安心する。ついでに不用意に近づいてきた忍の頸動脈を切り裂いてやった。
「あーなんだー。それじゃ、去年のプレゼントは髪紐で、今年の誕生日に、婚約指輪と家買ったってこと? 婚姻届にはお互いの署名と判子が押してて、後は役場に出すだけってこと?」
気分も大らかに笑って、クナイを振るえば、キンキンと金属音が鳴り響く。
「……そりゃ、おもてープレゼントだなぁ」
「………どん引き、間違いなしね」
近寄りついでに痺れ薬をまき散らし、走り去った両名に向けて、親指を下に突き出す。どっちが殺すつもりだってーの。
ばたばたと倒れる忍を見下ろし、耐性があるとはいえ、長時間はまずいと木へと場所を移動する。
オレよりも作りが弱くできている影分身は痺れ薬が散布された時点で、上へと退避していた。
まったく、本体守らず自分だけ先に逃げるって、それ影分身としてどうなのよ?
幾分大人しくなった周りを見渡し、奴を促す。
「で、お前、何を言ったっていうの?」
オレの明るい未来を潰すようなことじゃなければいいかと、気楽に考えていたオレは次の瞬間、奈落の底に突き落とされた。
「死に間際で思ったこと言った」
「……は?」
「それと、木の葉崩しで思ったことも言った」
「………………え?」
「あと、オレがいつも先生に対して思ってること言った」
奴の言葉に足元が崩れ落ちる感覚に陥った。
もう何というか……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
顔を両手で覆い、乙女のような悲鳴をあげてしまう。
まさか、そんな、一番隠しておかねばならないことを、よりにもよってあの人にぶちまけてしまうなんてッッッ!!!
「どうしたんだ?」
羞恥のあまり消えてしまいたいと思うオレに、その元凶を作った本人はあっけらかんと不思議そうにこちらを見ている。
耳まで熱い。顔に至っては湯気が出るかというほどに、煮えたぎっている。
今まで必死にアピールしてきた、かっこよくてニヒルで大人な雰囲気の、里の看板背負って立っている写輪眼で、里のことを常に考える、忍の中の忍、できる男のはたけカカシ像が瀕死寸前、いや死亡フラグ決定だ。
どこの世界に、里よりもあなたに夢中どきゅんだぜvっていう忍がいるのよー?! 仮にも先生は、アカデミーの先生なのよ?!
『カカシ先生って忍に徹することができない、実は駄目忍だったなんて……。おれ、今まであなたのこと尊敬してちょっと恋心的なものが芽生えていたんですけど、残念です…』
そう言って、学生帽と長い学ランを海風にはためかせ去っていく先生を、乙女座りで手を伸ばし引きとめようとする女学生姿のオレが脳裏にありありと浮かぶ。待ってッ、待って、先生!!!
「ちょっと、カカシ! ちゃっちゃと動きなさいよッッ!! その目で見るもの見てもらわないと、任務失敗しちゃうじゃないのッ。ガイがほとんど引き受けてくれてるからいいものの、アンタ、死んでるとこよ?!」
「ごめーんね。ちょっと本体、混乱してるみたいなの。オレが頑張るから多めにみてやって?」
「あら、やだ。ちょっと感動。カカシにしては惜しいカカシだわ」
「こりゃ、ずいぶん出来のいいカカシが現れたもんだ。おめぇだと任務がやり易いんだがな」
影分身を持ち上げる両名の言葉に、血管が引きつる。
何がだ。情けなさすぎる本心をぶちまけてくれた奴のどこが出来がいい?!
「ふざけんなッ! 計画をことごとく破壊し尽くしやがって、これで先生との仲がこじれたら、オレはお前を許さないかーらね!!」
「元は一緒だろうに、許すも許さねーもねぇだろ…」
「髭は黙っとく!!」
呆れた声にクナイを投げて黙らし、オレは辛抱ならんと解呪の印を組んだ。
「本体ッ、だから今日帰らないといけないんだッッ! 寂しがり屋で本当は誰かを切実に求めているあの人の誕生日だからっ、今日、帰らないとあの人―」
切羽詰まって声を張り上げた奴の言葉は途中で消える。
これでせいせいした。残念な声が二つ上がったが、無視だ。
徐々に影分身の記憶が統合されていく。
わー、なに、その無防備な寝起きの顔っ。いっちょ前に威嚇しちゃって可愛いの何のって、あー、本当、性欲なしの奴送りつけた甲斐があった。こんなの見たら、即、押し倒しちゃうよッ。もー、そんな無防備に笑ったらいけないでショ。可愛い、可愛い、可愛いーーーーー!!! 全裸にして、舐めまわしたいくらい可愛ぃぃぃぃ!!!
奴が体験した素晴らしい朝の一時を追体験しつつも、なんでこの場にオレがいなかったんだと臍を噛んでいた時、それはやってきた。
朝の陽ざしの中、先生が笑う。
泣いているオレを抱きしめ、先生は震える声を押し止め、小さく耳元に囁いた。
「ッ、増援?! ガイの奴、失敗したの?!」
「ちげーよ。逆だ、ガイから逃げてきたんだろうよ。おい、カカシ。いつまでも呆けてんなッ。ソレ使う時が来たぜ」
紅の切羽詰まった声と、アスマの発破をかける声が聞こえた。複数の木々を踏み飛ぶ音も耳は捕えたのに。
「カカ――」
振りかえった紅が息を飲む。でも、溢れ出たそれを抑えることができない。
「――どっちが、祝われてんのよ」
辛うじて出た声は、みっともなく湿っていた。
「………生きて会いたい奴がいるんなら、シャンとしろや」
言葉を失くす紅の隣で、アスマが低い声を出す。そうだーね。その通りだ。だけど。
流れる滴を拭い、オレは二人に向きなおる。
「頼みがある。この任務、今日終わらせるために協力してちょうだい」
オレの言葉に、二人の気配が気色ばむ。紅は顔まで赤らめて口を開いたが、それを止めたのは、いつもならば面倒くせぇというアスマだった。
「……勝算はあんのか?」
計るように投げられた視線を捕まえ、言い切る。
「ある。でもー」
告げようとした言葉はアスマの手に遮られた。
「いいだろう。あるなら、乗ってやらぁ」
「アスマ!!」
咎める紅に、アスマは笑い、肩を竦めた。
「いいじゃねーか。写輪眼のカカシ殿が、勝算があるって言うんだぜ? 一ヶ月予定が今日で終わるんなら、言うことねーだろ」
「そりゃ、そうだけど…。でも!!」
「惚れた相手に何かしてーって、初めて奴が思ったんだ。応援してやるのが、仲間ってもんだろ」
口寂しいのか、木の枝を咥えて笑った男の言葉に、何とも言えない気持ちになった。
「……臭い。アスマ、あんた、臭すぎるわよ、その台詞」
そうかと満足そうに笑うアスマをしばらく紅は睨んでいたが、くすりと小さく笑うなり、いいわと腕を組んだ。
「あんたがそこまで言うなら、乗ってやろうじゃない。写輪眼カカシのお手並みと、その惚れた子の思いの深さって奴を見せてもらおうじゃないの」
この期に及んでプレッシャーをかける紅の懐のでかさに思わず口笛を吹きそうになる。
アスマの奴も苦労してんだろうな。
近づく気配に混じって、暑苦しい奴の気配も感じられた。
「紅は幻覚で周囲を撹乱して、アスマはオレのサポート頼む」
「分かったわ」
「ああ」
木々を粉砕しながらこちらに向かってくる気配に向けて、声を張り上げた。
「ガイ、地上で待機しろ! オレが蹴り落とした奴は全てお前に任せたーよッ」
オレの宣言に、後ろの二人が目を剥く。
「いくら何でも人数が」「ガイとはいえ体力が持たねー」と動揺する二人に構わずオレは言った。
「ガイ!! お前がこの任務無事やり遂げたならば、オレは、お前が生涯ただ一人のライバルとして認めてやろうじゃないのッッッ」
叫んだ言葉は木々をこだまし、消えていく。
その直後、森を震撼させる雄たけびと、暑苦しいチャクラが放出された。
遠くの方で、「カカスィィィ!!!」と歓喜にうち震える声が聞こえたが、ひとまず聞かなかったことにする。
代償は大きいが、賭けても惜しくはない……。
ちょっと遠くなる視線を木々の梢にさ迷わせていれば、後ろから二人の仲間の手がオレの肩を叩いてくれた。
オレの思いの深さ、通じたか…。
奴の真似をする訳ではないが、お互い親指を突き立て健闘し合うと、殺到する輩たちと向きなおる。
「行こう」
額当てをずらし、左目を開眼する。
狙うは、特殊な術を身に持つ忍。
見極めるように、迫る忍たちに視線を向け、木の枝を蹴った。
――今日、帰らないとあの人、誰かに取られちゃうよ。
言いかけて途切れた言葉が、今、耳に届く。
本当にね。まったくもってそれは事実だ。
今では一つになった奴に向けて、オレは言う。
安心しろよ。オレはあの人を離さないというか、離れられないよ。
情けなく泣いた、昔たまに飲んでいただけの元生徒の元上司のオレなんかに、あの人はいとも簡単に心をくれた。
お人よしのバカで、底抜けに優しいあの人は、オレに言った言葉がどれほどオレを救ってくれたか、まるで知らないんだ。
先生。ねぇ、イルカさん。
オレがどれだけ今、あんたのことを考えているか分かる?
欲情だなんて目じゃない。
それは口にしたら陳腐で、嘘臭くて、散々言いまわされた手垢だらけの言葉だけど、オレはあんたにこうとしか言えないんだ。
イルカさん。
オレは、あなたを愛しています。
お願いだから、一生、オレを側に置いて、オレに毎日祝わせて。
あなたの存在と、オレがあなたに会えた奇跡を毎日感謝させて。
まずは、今日。
あなたの生まれた日に感謝と言祝ぎを。
あなたの元へ、今、帰ります。
おわり
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