「ばーすでー。」後日談 1


「っっ」
 小さく呻いた直後、男の動きが止まり、腹の奥に熱い迸りを感じた。その熱さに呻く暇もなく、背中にも受け、イルカは息を詰めた。
 うっすらと目を開ければ、カーテンの隙間から日が差し込み、爛れた寝台を浮き上がらせていた。
 部屋を行き交う荒い呼吸音が、静謐な朝の光を場違いに思わせる。
 男は体を起こすと、ゆっくりと己の物を引き抜き、隣へ寝転がった。それに続けて、胸やわき腹、背中を散々弄っていた男も、空いた隣へ寝転がる。
 二人の男が振り向く気配がする。そして。





『あーーーーーん、もぉ、イルカ先生、最高〜〜〜。どこまでオレを骨抜きにしたら気が済むのぉぉぉ。ホント、エロいんだからぁ』
 両隣りから抱きしめられ同時に言い放たれた言葉に、イルカはひくりと額を引きつらせる。
 イルカは言いたかった。
 俺がエロいんじゃない。お前らがエロすぎるんだ!!





 カカシの誕生日会をしようと計画したイルカは、とんだ目に遭った。
 カカシの記憶喪失嘘設定から始まり、こともあろうか影分身と二人がかりでケーキ塗れにさせられた。
 居間にシートを張っての所業だったが、クリームやらその他もろもろ塗れの体のまま、寝室で朝までコースを突っ走ってしまった。
 イルカの予定では、カカシの誕生日を普通にお祝いして、他愛ない話をしつつ料理を食べ、ケーキをつつき、夜はちょっと頑張って一味違った夜を演出しようと思っていた。
 そして心身共に満足の状態で、翌朝はカカシのために朝ごはん作って、今までに溜めに溜めていた大型物の洗濯を決行し、居間と寝室の掃除をして、後はのんびり二人で過ごそうと思っていたのに……。
 予定だだ崩れだ。
 イルカの心配に反して、カカシは決して影分身には挿入を許さなかったが、その代わりねちこい愛撫と逐一イルカの痴態を実況され、憤死するかと思った。
 そして、一番何が嫌だったかといえば、いつもとは違う状況に過度に反応し、喘ぎまくったイルカ自身だった。





 思い出すだけでも恥ずかしい。
 カカシの影分身に唆され、快楽に酔ったイルカは自ら腰を振るばかりか、とんでもない卑猥な言葉を言わされた。
 自分の手で足を広げる格好を取らされ、カカシを求めて泣いてしまった。
 おまけに、カカシの物を身に受け入れている最中に、影分身のものを口に咥えて奉仕なんてものをしてしまった。






 走馬灯のように自分がしでかしたことが脳裏に流れ、イルカは唸って顔をシーツに埋めた。
 消したい! この記憶、全て余すことなく闇に葬り去りたいッッ。
 どうしてこういう時だけ、明確に覚えているのか、何故失神しなかったのか、イルカはぷるぷると震えた。
「…あれー、イルカ先生どうしたの?」
「もしかして、寒い?」
 べったりとくっついていた二人のカカシが声を掛ける。イルカはそれに首を横に振り、うつ伏せのまま顔を隠し続けた。
 顔を合わせ辛いったらない。
 未だ、カカシの指先や温度、汗の匂いなどを鮮烈に覚えているが故、ひょんなことであの情動を思い出しそうで恐かった。
 首を傾げる二人の気配を感じながら、イルカは必死で目を瞑る。
 体は痛いし、喉は痛いし、ぎしぎしと軋むような疲れが体を取り巻いているのに、頭は逆に冴え切って、眠りさえ訪れてくれない。
「うーーーーーー」
 自分の体なのに思うようにならなくて、イルカは低く唸る。これも全部、カカシのせいだ!! 馬鹿ッッ。絶倫、エロエロ大魔神ッ、歩く猥褻物ッッ。存在自体20禁野郎めッッ。






 うーうー唸るイルカを見つめ、カカシたちは首を傾げていたが、震えながら惜しみなく全裸を晒すイルカをじっと見るにつけ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 同時に聞こえた微かな音に、無言で目を交わし合う。
 分かっているな? あぁ、分かっているとも。
 同じ轍は踏まない。もう少し出来そうだからって、このままイルカを襲えば、お仕置き再執行になることは自明の理だ。
 例え、解かれた髪が肌に張り付き、情事後特有の色立つ色香が漂ってきても、イルカの背中に自分たちの欲望の証が残っていても、健康的な肌に散りばめられた赤い鬱血痕が扇情的でも、触り心地の良いおしりから引きしまった太ももまで流れる白い液体付着の様に萌えそうになっても、それは耐えねばならない試練なのだ。






 だって、一週間もイルカにお触り禁止なんて、カカシにとって死刑宣告に近いのだから。






 任務で一日イルカに会えなかっただけで、幻覚、妄想、錯乱、せん妄、めまい、ふらつき、悪心食欲不振動悸息切れ血圧変動幻聴などなどの禁断症状が行列をなして襲ってくる。
 カカシ的長期任務(三日以上)の時なんて、もう大変だ。
 パックンたちを呼び出しては、イルカの様子を報告してもらったり、イルカ使用済の品をもってきてもらって何とか凌いでいるっていうのに、恋しくも愛しい人が近くにいるのに一週間も触れ合えないなんて気が狂うに決まっている。
 だからカカシは必死で我慢した。
 過去、経験がないほどの我慢を自分に課した。






 おいしそうなイルカの裸身にちょっとどころかだいぶ湿ったシーツを被せ、カカシたちはうーうー唸るイルカに優しく語りかけた。
「イルカ先生。オレたち、ここを片づけるからね」
「先生はゆっくり寝てていいからね。疲れたでショ」
 黒く艶やかな髪に口づけを一つ落とし、立ち上がれば、ぴくりとイルカの肩が動いた。唸っていた声も止み、代わりにイルカは小さな声で悪態をついた。
「…くそッ、当たり前だっ。居間も、寝室も綺麗にしないと承知しませんからね…! 風呂だって沸かし直してくださいよッ」
 掠れながら聞こえてきた、イルカのぶっきらぼうな言葉にカカシたちは破顔した。
 いつも遠慮しすぎるきらいのあるイルカが、初めてカカシに我がままめいたことを言ってくれた。
 素直になると言ってくれたのは本当だった。
 イルカとの距離がぐっと近まった気がして、嬉しくてくつくつと笑っていると、イルカは真っ赤になった顔を上げて、カカシを睨んだ。
「一体、誰のせいで……!!!」
 散々焦らしたせいで、泣いた目は赤く、気だるげな空気をまとうイルカは目の毒だった。
 慌てて目を反らし、カカシは極力視界に入れないよう、イルカを寝かすために柔らかく背中を叩いた。
「わかってますって。大丈夫、先生はゆっくりしてて。お風呂沸いたら呼んであげますから」
「そうそう。先生の好きな温泉の素も入れるよ〜」
 子供扱いされたのが不本意だったのか、ぷーと頬を膨らませたイルカの顔に、きゅんと胸が鳴る。
 抱きしめたい衝動をひたすら押し殺し、かわゆいイルカの膨れ面を堪能していれば、イルカはぷいっと目を反らして小さな声で言った。
「……み…さい」
『…え?』
 聞き取れずに二人で聞き返せば、イルカは膨れ面から一転して、所在無げな表情を作ると、視線を下向きにしながら言った。
「……水、持ってきてください…。水分補給したら、俺も……手伝います…」
 思わぬ言葉に二人が驚いていれば、イルカは「水!」と枯れた声で再び言った。 
 反射で我先にと二人が水を汲みに行き、コップに水を汲んで戻ってくれば、イルカは顔を顰めながら上体を起こし、寝台に座っていた。
 背中に掛けたシーツは下半身を覆う役目をしていたが、艶かしい上半身は無防備だった。
 分身に目配せをして、シーツを持ってこさせると、イルカの肩にかけてやった。
「…ありがとうございます」
 カカシから受け取った水を一息で飲み干し、イルカはようやく人心地ついたとばかりに息を吐いた。
 呼吸をするだけでも体が痛むのか、イルカの眉根はずっと潜められている。






「あ、あの先生。無理しないで、寝てて。えと、こういっちゃ何だけど、先生に無理させたの分かるし、オレたちだけで後始末するからさ」
「そうそう。先生は寝て待ってて。今から替えのシーツ持ってくるから」
 心配そうに覗き込む二人に、イルカは一瞬難しい顔をしたが、徐々に眉根を緩ませた。
「……俺だけ寝てても休まりません。カカシさん、任務直後で疲れてるのに…」
 申し訳ないですからと、へなった眉で小さく笑うイルカの気遣いに、胸が切なくなった。
「先生。オレたちは慣れてるから大丈夫だよ。今回の任務だって、Aランクとかいいつつ、結構楽勝で帰れたし」
「帰り道だって、変な奴に絡まれたりしなかったもの。体力気力とも大丈夫だーよ」
 余計な気遣いはいらないと宥めるカカシに、イルカは苦笑しながら首を振る。
「こればっかりは性分なんで、カカシさんこそ気にしないでください。掃除終わったら、ゆっくり休ませてもらいますから」
 にっこりと笑ったイルカに、重ねて言うこともできず、カカシは仕方ないと息を吐いた。
「…分かりました。一度言ったら、強情ですからねー、先生は」
「でも、痛み止めくらいは飲んでよ。先生、痛いんでショ?」
 こっちに幾分軽いものがあったはずと、ベッドサイドにある小さな棚の引き出しを開ける。
 違うよ、馬鹿。こっちだと、もう一人のカカシが、窓際の箪笥を開ける。
 数種類の痛み止めを見つけたようだが、二人して頭をくっつけ、効能云々を議論させている様を見詰めながら、イルカはふんわりと笑った。
 色々無体なことはされても、基本的にカカシはいつも優しい。
 イルカが本気で嫌がることは一度もしたことがないし、甘えるようでいて、イルカを甘えさせようとしてくれていることも、実は知っている。
 今までは素直になれなかったから、気付かない振りをして突っ撥ねてきたけれど、時々カカシに甘えてみるのもいいかもしれない。
 さしずめ今日は、手作り夕飯でもねだってみようかなと考えた時、二人のカカシの気配がぴたりと止まった。
 姦しく言い合っていた声も止み、その場に佇み動こうとはしないカカシたちを不審に思ったそのとき。





 イルカは、己の失態を知った。





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…コピー本で全精力を注ぎこみ、カカシ誕生日話を新しく作れず、後日談となりました…。
コピー本なくても読めるようにしていきたいと思っております。

……ちなみに初めて一線越えを書いた作品が「ばーすでー。」です。
けれども、「ばーすでー。」の話の内容は、カカシの誕生日会〜寝台までです。
イルカが回想しているようなエロエロは書けなかった……orz
へたれめッ!