ぴちゅちゅちゅという鳥の囀りと、とすんとすんとひさしを踏む可愛らしい足音を耳にし、イルカは目を開いた。
ぼやける視界には、窓から差し込む白い光に照らされた、ぐしゃぐしゃになったシーツが見えた。
手を動かそうとして、くんと何かに引っ張られた。
なんだろうと気だるい体をわずかに動かし、頭の右横に置いてある手に目を向ければ、手枷で縛られている己の両手が見えた。
……はい?
思わぬ状態に頭が真っ白になる。
もたつく足を動かそうとして、しゃらりと金属の擦れた音を聞き、視線を下に向ければ、そこには足かせと鎖がついていた。
…………はい?
全裸の上に真新しいシーツが被せられた自分の体。その両手両足には枷と鎖がついてある。これから導き出される答えは?
考えるまでもない。
寝ぼけて一瞬昨夜の出来事を忘れていた自分を殴り飛ばしたい気分だった。
思い出して、今更のようにずきずきと痛むばかりか、主に下半身に感覚のない己の身に降りかかった無体な仕打ちに、血管がブチ切れそうになった。
「『にゃーん』て鳴いて」と言ったカカシは、快楽の苦しさで「にゃーん」と鳴いたイルカに襲いかかった。
影分身交えての乱交騒ぎに、イルカの羞恥心は瀕死寸前だ。
せめてもの救いは、断片的なことしか覚えていないということだが、シーツから覗く腕と足に赤い噛み跡がついていることから見るに、極度にカカシが興奮したことが窺える。
普段の夜の営みよりも痛い股関節やら、果てはそこ?!と意外な部分まで痛み、イルカは気が気ではない。
一体、何をされたんだ、俺…。
覚えていないのも、それはそれなりに恐ろしいことなのだと、イルカは悟った。
「……イルカ…せんせ…。起きました?」
突如聞こえた声に、イルカの頭は瞬時に沸騰し、怒りが怒涛の如く押し寄せた。
「か、カカシさん!! あんた、一体何をッ………て、どうしたんですか…?」
何とか動ける上半身を捻らせれば、寝台のすぐ下。こちらに頭を向け、畳の上で突っ伏しているカカシが見えた。
朝のまぶしい光に照らされる、カカシの素っ裸が妙に間抜けに見える。
相変わらず引き締まったイイケツしてやがんなと、変な感想を持ちながら見下ろしていれば、カカシは身動き一つしないまま、力なく笑った。
「……チャクラ、切れました……」
…………は?
カカシの言葉に、イルカは固まる。
何か緊急の任務があったっけと思い返すイルカに、カカシは再び言った。
「…やりすぎで、切れちゃいました…」
てへと小さく笑ったカカシに、一瞬止まる。
次の瞬間、イルカはぐわっと顔はおろか体中が燃え上がるかと思った。
やり過ぎって、やり過ぎでチャクラ切れるって、アンタッッ!!! 一体、何にチャクラ使ってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
あまりの言葉に撃沈するイルカに、カカシはイルカの気も知らず呑気に喋り出す。
「いやー、オレも驚きですよぉ。まさか最中にチャクラ使ってるなんて思いもしないじゃないですかぁー。どうりで収まらない訳ですよね。無意識に先生との行為をずっと続けたくて、息子にチャクラ送り続けるってすごいですよ。これも愛だと思いません、愛っっ」
ご機嫌なカカシに頭が痛くなってくる。じゃぁ、何か、この度のカカシはチャクラが尽きるまでイルカに挑みかかっていたのか。
「………アンタ、馬鹿ですか……」
怒りを通り越して呆れて言えば、カカシは弾んだ声で言った。
「イルカ馬鹿ですからッッ」
そこは威張るところじゃねぇと心底息を吐きつつ、時計を見る。
朝5時。
7時にアカデミーに行けばいいのだから、残り時間は2時間。ぼやぼやしている暇はない。
ぐぐっと腕に力を込め、起き上がろうとした瞬間、腰といわず全身に痛みが走り、呆気なく寝台へと倒れ込んだ。
――何だと……!!
かつてない痛みにイルカは驚愕する。
どうにか起き上がろうとして痛みに貫かれ、撃沈するイルカの行動を察知したのか、カカシは情けない声で謝った。
「ごめーんね…先生。オレ、ぷっつんしちゃって、2日間先生のこと離さなかったみたい…。今日、17日じゃなくて、18日なの」
………………は?
生臭いシーツに突っ伏していたイルカは、思わぬ言葉に顔を上げる。
カカシは言いにくそうにどもりながら、経緯を説明した。
「17日になってもね。その、ちょっと収まりつかなくて、先生可愛いし、分身がこの際だから有給取ってイチャイチャし尽くせって言うから、先生とオレのを提出して。えっと一度目は認められなかったけど、誕生日祝いにくれって言ったら受理してくれて、その……んと、ね?」
「ね?」じゃねーよッッ。じゃあ、何か。俺の有給勝手に取るばかりか、カカシさん自ら誕生日祝いに追加の自分と俺の有給くれって言いやがったのか?!
あからさますぎる有給の取り方に、イルカは二の句が継げない。
同僚たちに会うのが苦痛だと顔を真っ赤にしていれば、カカシはもしょもしょと再び小さく謝った。
「……ごめん、イルカ先生…」
謝って済む問題か! つぅか、昨日はもう仕方ないとして、この今、現在はどうする!!
チャクラ切れで動けないカカシに、激痛で動けないイルカ。
どうすることもできない状態にイルカは唸っていれば、カカシが力なく笑った。
「先生、えっと。先生の横に紙あるの分かる?」
カカシの指摘に顔を動かす。前方にないことを確認し、首を後ろに捻る。
するとそこには、医療班を呼ぶ式の紙が置いてあった。
え…。
固まるイルカに、カカシは続ける。
「先生、それで医療班呼んでくれる? ……先生にシーツ掛けるのが精一杯で、後始末できなかったけど…。ごめーんね」
カカシのこの微妙に寝台に掛かっている右手といい、ちぢ込ませた左手は、イルカにシーツを掛けた後に力尽きた図なのか。
妙ちきりんな格好をしているとは思っていたが、それはカカシのせめてもの気遣いだったことに気付き、イルカはちょっと胸をときめかせた。
例え、無体な真似を強いるばかりか、二人がかりでしかも、蓋を開ければ二日貫徹で行為を続け、同僚たちにその行為を印象付けるばかりか、にゃんにゃん言った自分をミルクだ鰹節だと世迷言を……いや、もう思い出すまい。
ちょっと涙が出そうだったイルカだったが、最後の力を振り絞ってイルカを守ろうとしてくれたカカシに、ちょっと絆された。それと同時に。
鼻を引くつかせれば、生臭い匂いに混じりながらも、はっきりと香る生薬の匂い。
イルカの腹部分にある黒い欠片を痛む体を叱咤して、指で抓み上げ、見える範囲のもの全てを回収する。そして、白いものがつくそれを口に運び飲み込んだ。
「っっ」
途端にどんと胃に衝撃がくるような感覚に堪らず胃を押さえる。かたかたと小刻みに震える体を押さえつけ、胃から手足の末端に広がる、熱量の波動がすみずみにまで行き渡るまで我慢すれば、やがてその熱は消えた。
「…せんせ? 何したんですか? 先生?!」
ぜいぜいと荒い息を吐くイルカに不安になったのか、悲鳴のように叫ぶカカシを笑う。
「大丈夫ですよ…。ちょっと元気の元を食べただけです」
熱は治まったものの、鼓動を打ちつける速さは尋常ではない。
さすがはカカシの兵糧丸というところか。
残された時間もそうあまりないと、イルカは覚悟を決めて歯を食いしばり起き上がる。
効きすぎる薬物は劇毒に近い。
だがそれが功を為して、足腰にも力が入る。貫く痛みをねじ伏せ、イルカは起き上がると、手枷を力技でぶっ壊し、シーツで自分の体を簡単に覆い縛る。
そして、ゆっくりと寝台を下り、一昨日、カカシが痛み止めをばらまいた薬の一粒を見つけ、口に含み飲み込んだ。
「先生ッ!! ソレ、上忍用ッッ」
運悪くカカシの視界に入ってしまったらしい。
大丈夫ですよと答える間もなく、体の痛みが消え失せる。さすがは上忍用。効き方が半端ない。
すこし恐ろしくなってしまう効能だが、考えている暇はないと、一昨日カカシが脱ぎ捨てた服を探す。
「先生ッ、先生、どうしちゃったのー!! イルカ先生ー!!」
心細さと不安で悲鳴をあげる声を背中で聞きつつ、寝室の襖を開ければ、シートの上、人型にクリームが散乱している現場に遭遇した。
一瞬怯むも、目的物がないことを確認すると、台所へと進む。
案外細かいカカシのことだと、見当付けて進んだ先は、小さな脱衣所にある洗濯機だ。
蓋があがっているそこを見れば、思った通り、カカシの服がある。
それを徐に掴み、残ったものはないかと確認したが、残念ながら空っぽだ。こんなことなら、カカシの誕生日を迎えるに当たってと、洗濯を真面目にするのではなかった。
過去の己の真っ当な行動を恨む日が来るとは思わなかったと、一瞬弱気な心が出たが、イルカは首を振って、来た道を戻る。
だらだらと暑くもないのに出る汗と、治まっていた胃痛が再発したことを感じ、イルカの気は焦る。
クリーム塗れのシートでこけないように、慎重に足を運ばせ、カカシの元へ辿り着く。
イルカ同様、カカシの体や髪に白い付着物やら、何やらがついていたが、今は清める暇もない。
イルカが抉ったであろう背中の引っ掻き傷に、顔を赤くしつつ、てきぱきと服を着せていく。ちょっとした諸事情で下着はなしだが、これもこの際仕方あるまい。
「せ、先生? 何、どうしたの、一体!!」
体をひっくり返したり、持ち上げたりと、無言で服を着せるイルカに、カカシは動揺の声をあげる。
ベストを着せ、口布を引き上げ、左目に額当てを縛ったところで、ようやくイルカは安堵の息を漏らす。
「先生」「先生」と狂ったように呼ぶカカシに向かって、イルカはおもむろにカカシを横抱きにすると持ち上げた。
「ふわっ」
変な悲鳴を上げるカカシに、イルカは笑う。その顔からは汗が吹き出、顔色も青い。
様子のおかしいイルカに、カカシが口を開く寸前、イルカは口布の上からちゅっと唇を寄せて言った。
「カカシさんだけだと思わないで下さいよ。俺だって、妄りにあんたの肌を晒せたくない」
いつになく真剣なイルカの表情と声に、カカシの心臓にロケット砲が打ち込まれる。それと同時に体が震え、目にわっと涙が溜まる。
――先生、……かっこいい!!!!
ぷるぷると震えていれば、イルカはカカシに安心させるように一度笑い、瞬身の印を結んだ。
たくましい胸板に顔を寄せ、しっかりとした腕に抱かれ、カカシはキュンキュン弾む胸の鼓動に打ち震える。
オレって奴は、最高に幸せ者だ。こんな、可愛くてエロくてかっこ良くて、独占欲もあってオレを最高に幸せな気分にしてくれる恋人、いや伴侶がいてくれるなんてッッ。
もう一瞬たりとも離さない、離れないと決意するカカシの決意は、その後、あっけなく壊されることになる。
どろんと特有の煙を立て、二人が行き着いた先は、木の葉病院の受付ロビー。
早朝で人が少ないとはいえ、突如現れた、シーツを被っただけの猫耳をつけた男と、その男にお姫様だっこされた里の誉れに、木の葉病院は震撼した。
一体何だ、宅配テロか! と逃げ出す人々に構わず、渦中の人たちはお互いを見詰めている。
「……カカシさん、愛して…ま…ぐふっ」
そして、猫耳をつけた男が突然愛の言葉を囁き、吐血するに至って、木の葉病院職員ならびに、その場に居合わせた患者一同は、カメラの存在を求めたことは言うまでもない。
がくりと膝をつき、カカシを胸に抱いたまま、意識を失うイルカ。
「イルカ先生!! 嫌だ、イルカ! 目を開けて、オレを置いて行かないでッッ。イルカァァァアァァ!!!!!」
イルカの吐血を受け、顔を血に滴らせ、悲痛な声を漏らすカカシ。
果ては、二時間番組のドラマか、涙ものの恋愛映画化と、必死に撮影クルーザーを求める周囲の者だったが、瀕死の重傷を負っているであろう男は猫耳と、何故か足には足かせと鎖がついていることに気付いていた。
映画でもドラマでも、そんなオプションつかない、ていうかあり得ないからと己の理性的な声を聞きつつ、近寄りたくない一心で現実逃避に努めていた。
「イルカァァァ!! 助けてください…助けてくださいッ! お願いです、助けてくださいぃぃ!!!!」
何処かで聞いたことのあるフレーズを聞き及ぶに至って、病院関係者は覚悟を決めた。
このままあの映画のように、里の誉れが、星のへそまで行って、うだうだと思い悩んで打ちひしがれてもらっていては、木の葉の里の安寧は損なわれるのだから。
ぞろぞろと白衣集団が気のりしない様子に、患者はひっそりとエールを送り、白い集団に囲まれてもなお、悲劇のヒーローを捨てがたいのか、カカシは喉を振り絞って叫んだ。
「イルカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「何でですかぁぁ!! イルカに会わせろ、このくそ婆ッッ」
ようやく終えたAランク任務。
息せき切って駆け付けたイルカの病室のドアに待ちかまえていたのは、五代目火影でありながら、木の葉病院責任者でもある綱手院長であった。
くそ婆発言と同時に、拳骨を頭に食らい、カカシは頭を押さえて蹲る。
ぷるぷると震えるカカシに、綱手は腕を組んでため息を吐いた。
「馬鹿言うんじゃないよッ。そんなケダモノみたいな気配ぷんぷん漂わせて、患者に会わせられる訳ないだろうが…ッ。あんたに必要なのは、その精力を削ぎ落とすことだよッ。ほら、任務やるから行っておいでッ」
起き上がったカカシの眼前に突き出された、Aランクの任務書にカカシはぐぐぅと歯を食いしばる。その目には涙が盛り上がっていたが、綱手は押し付けるなり、「回診だ」と言葉を残し、背中を翻して去っていった。
「ほんとーに、オレが落ち着いたらイルカに会わせてくれるんでしょーね!!」
もちろんと後ろ手でやる気のない様子で手を振り、了承する綱手にカカシは歯を食いしばるしかない。
綱手の代わりに、現れた暗部二名を呪い殺さんばかりに睨みつけ、カカシは任務書を手にドロンと消えた。
「不幸だぁぁあぁあ、イルカせんせーーーーーい!!!!!」
イルカとカカシが病院に収容されてから一週間と、五日経った日の出来事だった。
その影に、イルカの静養と共に、病院でわいせつ物陳列罪に相当するものを見せた両名に仕置きをしてくださいとの声が多数挙がっていたことを、カカシは知らない。
そしてイルカはといえば、病室の寝台の上、カカシの声を聞きながら、いいお仕置きになったなと、過労と精神的、肉体的苦痛と、強すぎる兵糧丸と痛み止めのために穴が空いた胃を思いつつ、アカデミーと受付どうなってんだろうていうか、減給ってアレ以上少なくなったら生活できねーよ、俺の部屋あのままだけど一体どういう有様に変化しているんだろう、もう帰りたくねーよてかみんなにどんな顔して会えばいいんだよと静かに涙した。
今、思うことはただ一つ。
猫耳、恐るべし………ッ。
それ以後、イルカは猫耳をつけることはなく、カカシに強請られても烈火のごとく怒り用意された猫耳という猫耳を燃やしつくしたという。
おわり
戻る
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オチすらない……!! 一体私は何が書きたかったのか?!
……うん、きっとねイルカてんてーはかっこいいんだよっていうのが書きた…orz
グダグダで申し訳ありません…。ただもうスルーしてください…(T^T)
某有名な映画が好きな方で、不快にしたらスイマセン…。
この小説を忘れて下さい…!