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ふと気付けば、目の前にはイルカがいる。
ちょっと恥ずかしそうに目を伏せて、オレの前にかしこまって正座しているイルカは、それはもう目に入れても痛くないほどのぷりちーさで、いつもならば、可愛いとその骨太の腰にむしゃぶりついて押し倒しているのだが、さきほど見た、衝撃映像並びに、イルカの本心を目の当たりにして、オレは言葉を失っていた。
今日はオレの誕生日だ。
イルカの誕生日プレゼントになって、早くも十年経った。
イルカは毎年オレに手作りのケーキを作って、誕生日を祝ってくれる。何か欲しいものはと毎年聞かれるのが常だったが、どうしたことか、今年ばかりは違った。
手作りケーキと手料理で祝ってくれた後、イルカはこう言った。
『カカシさん。俺のプレゼントになってくれて、ありがとうございます。遅くなりましたけど、誕生日プレゼントのお返しです』
そのときは、イルカの言葉の意味がよく分からなかった。
間抜けにも声をあげたオレの頬を掴んで、イルカは目を合わせ、片手印を結んだ。
キィィンと、硬質的な音が頭に響いたと思った途端にあれだ。
先ほど見た映像から察するに、術者の過去を強制的に見せる術のようだった。
千の技をコピーしたと言われているオレだが、この術は初めて体験した。
「……これって、イルカのオリジナル?」
ちらちらとこちらを窺っているイルカに尋ねれば、顔を輝かせた。
「そうなんですっ! イノイチさんに協力してもらって完成させたんです。ちゃんと見れましたか?」
身を乗り出して、成果を聞いてくるイルカは本当に可愛い。誰にも見せずに部屋に閉じ込めて、ぐっちゃぐちゃに甘やかして駄目駄目ちゃんにしたくなる。
でも、だけど……。
「っ! カカシさん、どうしました?! お腹痛いんですか?!」
突然、突っ伏したオレの頭上で、おろおろする気配が伝わる。
お腹が痛いんじゃなーいよ。なんていうか……。
あの映像とイルカの心の中の罵倒と雑言を思い出して、ぶわっと涙が浮かんだ。
…これって、まさか。……これって、まさか……!!!
十年目の破局?!
がらがらと世界が崩れ落ちる音が聞こえる。
最高の贈り物と自負していたし、最高の初夜だったと、今でもオレは胸を張って言えるのに、イルカはそうじゃなかっただなんてッッ。それを今まで知らずにいたオレは、もしやまさかのバッドエンドフラグを踏んでいただなんてッッ。
『カカシさん。アンタを見ると、初めてやった時の最悪な思い出が蘇って、精神ダメージ大なんで慰謝料払って消えて下さい』
いやぁぁぁ、全財産あげるから側にいて!!!
『カカシさん、今までずっと言えなかったんですけど。あんた下手すぎるんですよ、別れてください』
頑張ってうまくなるから、そんなこと言わないでッ!!
『カカシさん。性の不一致は心の不一致です。別れましょうッ』
そんなことないものッ。愛は全てを越えるんだものッッ。
『カカシさん、俺、実は彼女がいまして、今日結婚するんでアンタとは別れます。さようなら』
誰よ、その女! 一体どこに隠していたの?! キィイッィイ、この性悪の泥棒猫めッッ、オレとイルカの間にはもう子供がいるんだからッ、今更、アンタの出番はないのよッ。ほら、イルカは子供大好きなんだから、アンタよりもオレとオレの子を取るんだから、夫婦の幸せな生活をうばいとらくぁwせdrfrftgygyふじこlこlp;@!!
「で、俺の気持ち受け取ってもらえました?」
イルカの言葉にがばりと身起こし対すれば、イルカは鼻傷を掻き、照れながらはにかんでいた。もう、もうもうもうもうもうッッ!!
「嫌です! 絶対嫌ですッッ。オレはイルカの物なんです! 妻なんです、新妻なんです、愛されちゃっている嫁なんですッッ。このお腹にはイルカとの愛の結晶が今にも生まれんばかりに元気に健やかに息づいているんですッ、そんなどこの馬とも知れない泥棒猫のために絶対別れませんからッ」
勝手に流れ出る滴を撒き散らし、イルカの両肩を掴んで揺さぶりオレは吠える。
イルカなしの生活なんて考えられないッ。それでも、もしイルカが泥棒猫の手を取ろうとするならば……
「……コロス」
ぶわっとオレの心情とリンクしたように噴き出た殺気が場を支配する直前、ごいぃんと強烈な拳が頭に降った。
がくんと顎が落ち、目の前に星が飛ぶ。
脳天を貫いた痛みに、うーうー唸って頭を抱えていれば、イルカがため息を吐いた。
呆れたように漏れ出たそれが、イルカが本当にオレのことを嫌いになったことを示しているようで、ものすごく悲しくなった。
どうしていいか分からなくなって、拭っても拭ってもぼやける視界が心細くなって俯いていれば、背中に腕が回った。
「もう…。ホント、一回カカシさんの頭の中がどうなっているか、見てみたいですよ」
引き寄せられて、大きな胸に抱き締められた。
思ってもみないことに一瞬ぽかんとしたけど、イルカの聞き捨てならない発言に口を開く。
「オレの頭の中はイルカだけだよッッ」
オレの愛を疑っていたのと叫べば、イルカは爆笑した。
「カカシさん、ちっとも変わっちゃいない。変わったのは外見だけですか? この渋色男」
にかっと笑って言われた言葉に、顔が熱くなった。イルカはオレの外見を滅多に褒めない。
そんな風にオレを見ていたのかと思うと、柄にもなく照れてしまった。
何となくそわそわと身動きしていれば、イルカは何を勘違いしたのか、あっさりと体を引いてしまった。
それを惜しく思ったのも束の間、イルカは優しい顔でオレの名を呼ぶ。
「カカシさん。覚えてます? あの後、俺は流血惨事で、カカシさんはカカシさんで明らかに狭くて固いのに無理矢理捻じ込むから、それ痛めましたよね」
ぷふっと笑いをかみ殺した顔で、イルカはオレのものを指さす。
イルカに言われて、そうだっただろうかと遠い目になる。
あのときは正真正銘の初体験だったこともあり、それが普通だと思っていたような、これが快楽だと思いこんだような、とにかくオレの中では素晴らしかったという感想しか残っていない。
「俺はうんうん唸って、せっかく四代目がくれた有給中は、ずっとベッドの住人だったし、カカシさんは俺の尻を誰にも見せたくないって、看病引き受けてくれたのはいいけど、痛むせいかずっとへっぴり腰で、俺、痛いけど笑えて、笑うとまた痛くてものすごく大変だったんですから」
本当に面白かったと笑うイルカに、破局という言葉の影は全く見当たらない。
自分の早とちりだったのだろうかと思いに至った時、イルカはオレの手を握った。
「それから、俺たち頑張りましたよね。初体験は二度と経験したくない目に遭ったし、トラウマにもなりましたけど、二人で頑張って勉強して、その手の本読んだりとか、変装して怪しげな店に行って色々と研究したじゃないですか」
当時のことを振り返り、オレはそうだったのかと内心驚く。
イルカが真っ赤な顔で、時には鼻血を吹き出しつつ閨房術の本を読む顔や、大人のおもちゃを取り扱う店に変装とはいえない目立つ変装して乗りこんで、極度の緊張と羞恥に怪しげな言動を繰り返す姿や、夜の行いもぎこちないながらも積極的に行動してくれるイルカの頑張る姿に萌えて、ふんふんと後に着き従っていたわけだったが、そういう意図があったのか。
真正直に言えば怒られそうな気がして黙っておく。これは墓場まで持っていこう。
「…カカシさん、聞いてます?」
当時のイルカのかわゆい姿を思い出していたせいか、鼻の下が伸びていたらしい。疑り深い目を向けられてしまった。
聞いてますよ、もちろん、聞いてます。
真面目な顔を作り力強く頷けば、イルカは一つ息を吐いて続けた。
「俺の過去見て、どう思いました? 俺の気持ち、分かってくれました……って、全く通じてないんですか?」
イルカの顔が歪んだ。
オレがアホの子のような顔をしていたからに違いない。
イルカの言いたい事が分からない。イルカの初体験時の気持ちは分かったが……。
首を傾げるオレに、イルカは顔を覆って、肩を落とす。うーあーと唸っていたが、覚悟を決めたように顔を上げると、オレを熱く見詰めてきた。
そのただならぬ気迫に、オレも背筋を伸ばしてイルカを見詰める。
オレが見詰めれば見詰めるほど、イルカの頬が赤くなる。こんがりと焼けた健康的な肌が色づく様は、えも言われぬ色香が漂い、興奮でぞくぞくしてくる。
そういえば、昨日の夜は燃えたなと、今では立派に後ろで感じてくれるようになったイルカの痴態を思い出し、動悸が激しくなる。
オレの誕生日ということで、このままベッドにダイブするのもありだなと、妄想を巡らせていれば、イルカはくわっと目を見開くと、膝の上に置いたオレの手をかっさらって、叫んだ。
「カ、カカシさんが俺のプレゼントになった日から、お、俺もカカシさんの物になってますからッ」
え?
イルカはオレの手を痛いくらいに握りしめて、真っ赤な顔で言った。
「お、俺だって、あのときからアンタに惚れてんだって、言ってんだよ、コンチキショー!!」
言われた言葉がすぐには頭に入らなくて、理解する頃には体が勝手にイルカのことを抱きしめていた。
クラクラする。
ずっと欲しかった言葉をもらえたと、心臓が痛いくらいに跳ねまわって叫んでいた。
無理矢理、イルカの誕生日プレゼントになった。
あのときは、イルカが18になるまで、それこそ死に物狂いでずっと我慢していたから、イルカの気持ちを思いやる余裕がなかった。
でも、いざイルカの側で、押し入る形で共に生活するようになって、不安が芽生えた。
オレはイルカが好きだ。全てをなげうってもいいくらい、イルカを思っている。でも、イルカは? イルカはオレのことをどう思っているんだろうか。
イルカは優しいから、全力でぶつかる相手には全力で応えてくれる。オレが形振り構わずイルカに好意をぶつければぶつけるほど、イルカはそれに応えてくれた。
そのことが嬉しい半面、優しさに付け込んでいる自覚があったから、いつも不安で恐かった。
もし、イルカに本当に好きな人ができたら。
もし、オレ以上にイルカを思う相手が現れたら。
もしもという仮定が絶えずオレを苛んだ。
だから、オレの誕生日に、イルカが必ず聞いた問いに返した言葉は、オレの本心で、冗談ってすぐに笑っていたけどオレがずっと欲しかったもので――。
「い、いたたたたた!! ちょ、ちょっと、カカシさん、痛いッ。手加減してくださいってっっ」
耳の後ろで何か言われたけど、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
今は離したくなくって、ぎゅーっとしがみついていれば、イルカは観念したかのように力を抜いて、オレの頭に手を乗せた。
「……泣かないでくださいよ。俺はカカシさんの笑顔が見たくて、恥ずかしいの我慢して言ったんですからね」
今更ながらに、イルカがオレに過去の記憶を見せた理由が分かって、もっと泣けてきた。
オレは疑り深いから。不安で縮こまっていたオレの心には、言葉だけじゃ納得しないことをイルカは知ってくれていたから、あんな術をかけたのだと。
「……もっと、早くに言ってよ…っ」
あのときからすでに惚れていたなら、素直に言って欲しかった。そうしたら、こんなに不安で寂しい思いを10年も味わずにすんだのにと、つい恨みごとを漏らせば、イルカが軽く髪を引っ張ってきた。
「あーのーでーすね! 俺はしがない中忍なもので、写輪眼のカカシっていう二つ名を持っているアンタに術掛けるのは、10年の歳月がかかっちまったんですよッ。全く、アンタは。俺が何回かそういうこと言ったのに、軽く笑って受け流しやがってッ。どんだけ自信ないんですか!!」
ムキーっと怒りだしたイルカに、オレは笑う。
凝り固まった心は、聞きたいものさえ聞こえなくさせていたのかと、自分の馬鹿さ加減に笑った。
「中忍、馬鹿にすんなッ」と勘違いして暴れ出したイルカを腕に閉じ込め謝る。
今まで溜まった鬱憤か、途切れることなく飛び出てきた今までのオレに対する文句を、笑って聞いた。
オレが不安でいた10年間。
同じように、イルカも悩んでいてくれた。
現金なことだが、今となってはその10年間は温かいものだったように感じる。
くすくすと笑って聞くオレに、イルカは仕方ないなと息を吐いて、顔を見せてくれと体を叩いてきた。
顔が見えるまで力を抜いて、でもイルカの体は閉じ込めたまま、顔を見合わせる。
「カカシさん、来年の俺の誕生日にはそれ相応のものを要求しますからねッ」
じろりと睨まれて、オレはちょっとびくつく。
内心、参ったと呻いた。
イルカがくれたもの以上を、返すあてがない。というより、思いつかなかった。
オレっていうのも手だけど、それはもう10年前にあげちゃったし、それ以上となると……。
うーと眉根を寄せるオレに、イルカはとびっきりの笑顔を見せた。
そして、「簡単ですよ」とオレに囁いた。
「俺は、アンタの笑った顔が好きなんです」
だったら分かるだろうと、にやりと口端に笑みを浮かべられ、言葉に窮してしまう。
「あれ? カカシさん、顔真っ赤ですよ?」と茶化されて、顔を覆って呻いた。
欲がないというか、何と言うか。
もしかして、オレは自分で思っているよりも、イルカに愛されているのではないだろうか。
悪戯っ子の顔をして、オレをからかうイルカに、負けてはいられないとばかりにイルカへ耳打ちした。
「はぁ?! お、俺ばっかり言わせて、卑怯ですよッ! そんなのおかしいですッ」
顔を真っ赤にするイルカに、オレはしたり顔で笑う。
「だって、この世で一番大好きな人に言われたら、誰でも最高の笑顔になりまーすよ」
「卑怯だっ」ともう一度声を張り上げたイルカに、拒絶の意志がないのを見てとり、来年の5月26日が来るのが、楽しみでならない。
ねぇ、イルカ。
オレ、イルカにとびっきりの笑顔で「おめでとう」って言うから、イルカもちゃーんと返してね。
『カカシさん、愛しています』って。
おわり
うおう。蓋を開ければ、びっくり甘い仕上がり(自分尺度)となりました。
うーん、難しい。
何はともあれ、カカシ先生、誕生日おめでとう〜!!