「やった、てばよー!!」
泥だらけの有様で、天を突くように拳を上げ、歓声をあげた子供に苦笑がこぼれ出た。
まだまだ忍びとして入り口に立っただけだというのに、この喜び様はどうしたものか。
一人ではしゃぐ子供の隣で、他の二人も安堵と嬉しさをない交ぜにした表情で喜んでいるのが窺えた。
ここは一つ、釘を刺す方がいいのか。それとも、今だけは無邪気に喜ばせておけばいいものか。
初先生としてどう子供たちに接するべきかと悩んでいれば、子供たちから批難の声が聞こえてきた。
「カカシ先生ってば、何ぼーっとしてんだよ! 早く行くってばよっ」
元気花丸印の子供が突進してくるなり、手を掴み引っ張ってきた。続いて、紅一点の子供も駆け寄るなり、腰を押してくる。
「先生、早く! すっごく心配してたから早く安心させたいんです!」
脇からこちらを見上げる子供は、どこか誇らしげだ。
「ちっ。行くなら早く行くぞ。時間がもったいねぇ」
オレをどうにか早く動かそうとする子供たちから離れて、協調性があまり感じられない子供はこちらを一瞥するなり吐き捨てた。
その途端に、文句の声と黄色い声が同時にあがる。
それをどうにか落ち着かせて、子供の要望を叶えるために足を進ませれば、子供たちはオレより先に駆け出し、黒い子供の元へと向かった。
その先でも、賑やかな声を張り上げる、元気いっぱいなお子様たちに笑みがこぼれ出る。
うみのイルカが言った近々とは、今日のことだったのか。



ぎゃいぎゃいと口論しながら早足で進む子供たちの後を追い、上空へと目を転じる。
あのときのような、満月はない。代わりに空を隠すように桜の木が張りだし、頭上を覆っている。
うみのイルカと出会ってから、オレは運命の相手にも、うみのイルカにも会えないでいた。
変わらぬ毎日を過ごすうち、あのときから始まった胸の痛みは幾分治まったものの、思い出すように悲しみがぶり返した。
普段は忘れているだけに、これが結構つらい。
傍から見ればしょげている風に見えるのか、気遣い半分、からかい半分で、郭へよく誘われるようになった。だが、それをすべて断っているためか、最近のオレは色々と枯れていると周りは評している。
その気になれないんだから、仕方ないでしょーにねぇ。



「なーんだかねぇ」
小さく吐息を吐きながら、くるくると回りながら落ちていく花弁をぼんやりと眺める。
前に桜の花の幻術を見せる敵がいたよなぁと、これまた風流とは遠いことを思いながら、ふと疑問が生まれた。
「おーい、お前たちー」
生まれた疑問に答えをもらうべく声を掛ければ、律儀に三人とも足を止めるなり、こちらへ体ごと振りかえった。
突然見つめられると少し照れる。
「あー、そのな」
後ろ頭を掻きつつ、口を開く。オレの言葉を黙って待つ、お子様たちの行儀良さに少し居心地の悪さを感じながら、疑問を放った。
「お前ら、なんでそんなに急いでいるんだ?」
言った直後に、三人の子供の目が見開いた。大げさな反応に、子供たちには重大なことだったのかと意外に思っていれば、子供たちは怒りの形相でこちらに迫ってきた。
「カカシ先生、一体何聞いてたんだってばよ!!」
「私たち、ちゃんと言いましたよ!」
「この、ウスラトンカチが!!」
真っ赤な顔で怒鳴りこむ子供たちに、腰が引ける。
「えー。すまんすまん。あー、そのときの先生はだな、人生における悲しみとは何かということを真剣に考えていてだな」
『はい、うっそー!!』
息のあった調子で全否定されて、はははと笑って誤魔化す。
「ほらほら、急ぐんだろー? 行くぞ行くぞ、置いて行くぞー?」
きゃんきゃん吠え始めた子供たちの相手も面倒くさくて、一歩先に歩き出せば、背中に文句をぶつけながら子供たちが後ろからついてきた。
まるで、親ガモになった気分だ。
ピーピー鳴く子ガモにはいはいと適当に返事を返して進む。
勘で歩いているが文句がでないため、このまま進んで問題ないのだろうと思っていれば、前方から明るい声が掛けられた。
「おーい、ナルト、サスケ、サクラー!!」
子供たちの名に、顔が上がるのと同時、声を失う。
少し坂道になった道の上、その人は大きく手を振りながら、こちらを見つめて微笑んでいた。



「イッルカせんせー!!」
「先生!!」
手を大きく振り、ナルトが駆ける。それにつられるように、サクラとサスケも駆け出した。
舞い落ちる花びらの先で、ナルトたちはあの人に抱きつき、目を輝かせて何事かを報告していた。
イルカ先生。
ナルトが言った言葉で、あぁと思う。
あの人は本当に先生だったのだ。あのときだけの先生ではなく、彼は本物の先生だった。



子供たちと彼が笑い合っている様を、突っ立ったまま眺めていた。
目前に降りしきる桜の花は、こちらとあちらを仕切るカーテンのようだ。
一歩踏み込んで彼の元へ行けば、この疎外感からは逃れられるだろうに、オレは動けずにその場にいた。
正直、彼に何と声を掛けていいか分からなかった。
オレは彼を知っているけれど、彼はオレを知らない。
言いたいことも聞きたいことも山ほどあったが、初対面で接するには思いが大きすぎて、うまい言葉が選べなかった。
共通の知人の名を出せばいいのか、それとも子供たちのことについて話せば、会話は弾むのだろうか。
ぐるぐると出口のない迷路のように、言葉を回らせていれば、彼がこちらに視線を向け足を踏み出した。



大きく鼓動が跳ねる。
柄にもなく手の平に汗をかく。
なるべく平静を保とうと、近づいてくる彼にまずは挨拶をと口を開いたとき、それよりも早く彼が頭を下げた。
「ご挨拶、申し遅れてすいません。私はうみのイルカといいます。この子たちの担任をしておりました。はたけ上忍ですね? 至らないところも多いと思いますが、こいつらのことよろしくお願いします」
顔が上がると同時に、彼が、うみのイルカが笑う。
どこか気恥ずかしげな笑みを浮かべ、歯を覗かせて、オレを真っ直ぐ見詰めてくれたうみのイルカを前にして、頭が真っ白になった。



うみのイルカがオレを見詰めてくれている。
オレを認識して、オレのこと知っていて、それで声を掛けてくれた。
他愛ない事実確認なのに、オレの感情はそうとはとらえてくれない。



「え…。…え!? ど、どうなさったんですか!?」
目の前のうみのイルカが顔色を変えて慌てふためく。
先生だったときのイルカ先生じゃなくて、素のうみのイルカの反応を見て、また胸が苦しくなる。
でも、苦痛ではない苦しさは、オレにとっては甘いだけで、無性に幸せな気分にさせられた。
「カカシ先生?」
子供たちがオレを囲んで不安そうな声をあげる。
心ある先生ならば子供たちの不安を除いてやるのが正しい行動だろうが、生憎オレは新米教師だ。それに、今はこの気持ちを味わっていたい。
口布の下で小さく笑い、オレはあのとき言えなかった言葉を口に出す。
「うみのイルカさん、胸、貸してくれる?」
「へ? オ、オレの胸ですか??」
動揺を通り越して、混乱しているうみのイルカの返事を待たずに、オレは懐に飛び込んだ。
「ひぃあ!」なんて間抜けな声をあげたうみのイルカに構わず、背中に腕を回して、思い切り抱き着く。
身長の都合上、胸ではなく肩口になってしまったが、オレは懐くようにうみのイルカの首筋に額を擦りつけた。
黒板のチョークの匂いと、どこかで飲んだのかコーヒーの香り。そして、あのとき覚えたうみのイルカの体温と匂い。
懐かしく感じたあの時とは違い、今は胸が苦しくてたまらない。



さすがは、神の御霊を宿すイルカ先生の託宣。
泣き方を忘れていたオレをあっさり泣かしてしまうなんて。
しかも、それが嬉し涙だって、どういうこと?



あまりに優しい託宣に、再び涙があふれ出る。
イルカ先生には分かっていたのだろうか。
オレがうみのイルカに会った瞬間、全てが変わると。
目に見える景色は輝き、悲しんだだけ色彩は鮮やかになり、全ての物は尊く美しい。



イルカ先生と出会って、うみのイルカが気になったのではない。
うみのイルカと出会ったから、オレは固執したんだ。
彼がオレの運命の相手だったから、会ってはならないと言われてオレは悲しんだのだ。



どうしようと右往左往と気配に表しているうみのイルカをぎゅぅっと抱きしめ、オレは笑う。
あぁ、どうしよう。嬉しくてたまらない。
一度は引き離されて悲しんだ分、もう一度会えて、関係を持てたことに幸福すぎて眩暈すら覚える。
まだ彼は自分の運命を知らないから、今はまだ一方通行の思いだけど、きっとオレたちは誰よりも幸せになる。



「カカシ先生、どうしたの?」
「イルカ先生、何かしたのか?」
「……気持ち悪いぞ、カカシ」
「おいおい、失礼なこと言うな! これはだな、そのな。あれだ! 上忍ともなれば、色々なことがあるんだ。お前たちが想像にもよらない大変なことがあって、あれなんだ!」
迷った末にオレの背中に手を回して宥めるように叩く彼のお人よしさと、子供たちへ律儀に返事をかえす彼の気真面目さに、ますます惚れこみながらオレは小さな声で呟く。



「イルカさん、これから末永くよろしくね」



オレの声が聞こえたのか、イルカさんは疑問符をいっぱい突き立てたような気配を出した後、満面の笑みではいと元気に頷いてくれた。
オレはもう一度笑って、泣いた。






おわり





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カカシ先生はきっと度量の広い人だから、運命の相手が男でもひるまないんっすよ!! っすよ、っすよ!!(無理やりこじつけ)
そして、イルカ先生もおおらかな人だから、末永くとか言われても深く気にしないんすよ! っすよ、っすよ!!(無理や(略))







運命 後日談