上忍待機所の窓際に座り、カカシは外を見つめていた。
今日、イルカは一日仕事が入っており、夜も遅い日だ。
側に侍ることはイルカからNGが出ており、せめてイルカがいる建物内の近くにいたいがため、待機日ではないのに待機所に出張っていたカカシだったが、その胸の中にはとある悩みが巣くっていた。
窓に映る自分の顔。
逆立った銀髪と、額当てと口布で隠れ、ほとんどの素顔を覆い隠しているそれを見つめ、カカシは息を吐いた。
「……綺麗に、なりたい」
『ぶはっ』
途端に上がった異音に視線を向ければ、一人は煙にむせ、一人はコーヒーが入ったカップを手にせき込んでいる姿があった。
「…きったないねぇ。そこ、ちゃんと掃除しときなさいよ」
共同スペースは極力汚さないように。汚したら自分できちんと掃除するんですよと、イルカに言われた言葉を胸に、飛び散った灰とコーヒーを指させば、誰のせいだと食ってかかられた。
言いがかりにもほどがあると眉根を寄せれば、真っ赤に塗られた爪を向け、紅が柳眉を逆立てた。その下では、でかい図体で床を拭くアスマの姿が見られる。
「あのね! いっつも箒頭で、休日も支給服着て町に出るばかりか、周りにちっとも関心のないあんたが言う台詞じゃないでしょうが! それ以前に大部分の顔を常に隠してるのに、何とぼけたこと言ってんのよっ」
ずばんと言い切られ、いつものカカシならばそう思われても仕方ないよなぁと思うところだが、数日後のカカシは今とまるっきり違うのだ。
「ちがーうよ。今のオレじゃなくて、女のオレが綺麗になりたーいの。せっかくイルカ先生に初めてあげるのに、くすんだお肌とか、ぶさいくだったら嫌じゃなーい」
これが乙女心ってやつなのかねぇと、のんきに呟いたカカシに、紅とアスマは息を飲む。
二人はお互いに目配せを交わし合った後、アスマが大きくため息を吐き、気乗りしない表情で口を開いた。
「……オメェ、何、変態行為をイルカに強要してんだ?」
心ない言葉に、カカシは窓に向けていた体を正面に向き直し、心外なと声を張る。
「言うに事欠いて、失礼なこと言わないでちょうだいよ。二人の愛の行為よ。愛の行為。それに強要なんて一切してないからーねっ」
失敬だねぇとため息をつけば、アスマは端からカカシの言葉を信じていないようで、新しい煙草に火をつけながら、年寄りじみた小言をしてくる。
「どうせオメェが舌先三寸で言いくるめたんだろう。イルカがいくらお人好しだからって、無茶すんじゃねぇよ。愛想つかれても知らねーぞ」
「そうそう」
紅まで、アスマの意見に異論はないようで、何度も頷いている。
イルカとカカシの関係を、一体どう考えているんだと、カカシは不満を覚える。もしや、カカシが上忍命令でイルカを無理矢理恋人にしたとでも思っているのだろうか。
心外過ぎて認めたくもない意見を前に、カカシは最近あったとっておきの出来事を聞かせてやろうと思い立つ。この出来事を聞けば、イルカとカカシは相思相愛の恋人同士だということが間違いなく理解できるだろう。
意気揚々とカカシは、夢のような出来事を語った。惜しむらくは、あまりに夢中になりすぎて記録に残すことを忘れてしまったことだが、イルカの痴態ならびに女イルカはカカシだけの記憶の中に大事に永久保存されたと、締めくくる。
語り終えた後、二人は目を見開いたまま固まり、同時に言った。
『変態』
特に紅の態度はあからさまな嫌悪感を表していて、カカシは何だか裏切られた気分になる。
「ちょっと、何よ、その反応。紅もアスマとやればいいじゃない。アンタだけの髭を自分の物にできちゃうんだーよ。愛する人がいるなら、こんな素晴らしいことしない方がおかしいね」
お前らの愛の程度が知れるよと鼻で笑うカカシに、紅は頬をひきつらせた。
「信じられない。何、この変態。執着というより、偏執狂の域に達しているわ。あんたの気色悪い感性を押しつけないでくれる?」
きもいとさらけ出した剥き出しの腕をさする紅の言っている言葉が理解できなかった。
自分だけの恋人を得ることができるなら、是が非でも実行したいものではないのだろうか。
一応とばかりにアスマに視線を向ければ、アスマは疲れたような表情を晒している。
「……オメェ、女のオレを想像して楽しいか?」
アスマの一言に、盲点だったと手を打つ。
「あぁ、たしかーにね。イルカ先生なら愛らしいことでも、アスマがしたら悪夢ってこともあるよね。人を選んで言うべきだったーよ」
すまんなと、いたわりを込めて飛ばした眼差しは、アスマの荒んだ顔で出迎えられた。
「この際、アスマと私のことはいいのよ。で、あんた、本気でイルカ先生に抱かれるつもりなの? しかも、女になって?」
疑り深く聞かれ、カカシはさきほどからそう言っているだろうと息を吐く。
「そうだよ。やっぱり愛しちゃってる人に自分の初めてをあげるのって、特別だーよね」
イルカの初めては本当にすばらしかったと、頬を染めるカカシに、紅は顔をしかめた。
「あんた、受け身になれるの?」
紅の真意が分からなかった。
カカシが女になるのだから、受け手にならない方がおかしいだろう。
「何、紅。もしかして、女が男を襲うプレイが好みなの?」
この髭熊を積極的に襲って、やっちゃってるのと、同僚の知られざる一面に引いていれば、紅は違うと顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「どうしてそんなことになるのよ! 私が言いたいのはね、あんたが大人しく受け身になるような性格かって言ってんのよ。イルカ先生は見るからに奥手そうだし、うまくいくとは思えないわ」
断言する紅に瞬きする。愛の行為にうまくいく、いかないがあるものなのだろうか。
いまいち理解していないカカシに、紅は重いため息を吐いた。
「あんたね…。日頃から泣かせたいやら、食べちゃいたいやら閉じこめたいやら、物騒なことを無意識に呟いてるじゃない。そんなあんたが大人しくイルカ先生に身を任せられるの?」
できると即答しようとすれば、紅はダメダメと首を振る。
「言っておくけど、あくまでリードするのはイルカ先生よ。あんたは極力手を出さない」
紅の言葉に、眉根が寄った。イルカが積極的に手を出す希有なシチュエーションを前にして、カカシが興奮しない訳ない。つまり、じっとしている訳がない。
何だその横暴なダメ出しはと不機嫌に問えば、紅は心底哀れむような眼差しを向けた。
「男心ってものを分かってないわね」
女なのに、男心を語る紅に違和感を覚えた。
アスマは話自体に興味がないのか、ソファにどっかりと腰を下ろし、茫洋とした顔で煙草を吸い続けている。
「もしかして、紅って男なの?」
真面目な顔でアスマに問えば、さもありなんと笑い出した。
「かもなぁ。そんじょそこらの男より、男前だからな」
笑うアスマを、紅はバカ言わないでよと力の入っていない拳で叩く。それを笑って受け止めるアスマと、なおも叩く紅のイチャツき振りを冷めた目で見つめていれば、紅はカカシの視線に気づき、真っ赤な顔で手を振りおろした。
「あんたたちバカでしょ! 私はくの一よ、くの一。男心を理解してないと、任務なんてできないでしょうが」
紅のもっともな言い分に今度は素直に頷けた。
ならば、イルカの男心とは何ぞやと問えば、紅は名の通りの唇を引き上げ、うっそりと笑った。
「イルカ先生のような奥手なタイプは、女性に夢を見ているものよ。だから、普段のカカシみたいにイケイケで攻めると間違いなく引く。最悪、続行不可能になるかも」
前に身を乗り出し、挑発するように瞳を細めた紅が、人心を惑わす魔女とだぶって見えた。
「……魔女め」
素直に思ったことを口に出せば、地獄耳の持ち主でもある紅は何ですってと金切り声をあげて、カカシの頭を叩いてきた。
「もう、何なのよ。いきなり殴ってひどいじゃない」
あえて避けなかったカカシを紅は呪うような眼差しで見つめ、鼻息を荒げて腕と足を組んだ。
「アドバイスしてやってるのに、かわいくない態度とるからでしょ」
思わぬ言葉に驚いた。暇つぶし程度に捉えていると思っていただけに、余計驚いた。
わずかに目を見開いたカカシの心情を察し、紅は仕方ないでしょうと軽くため息を吐く。
「あんたはどうでもいいけど、イルカ先生にはお世話になってるし、できるだけ幸せな誕生日を過ごしてもらいたいの」
イルカの誕生日については一言も口に出していなかったはずだ。
カカシの疑問に、紅は意地悪い笑みを浮かべて指さした。
「子供たちから聞いてるわよ。それに、あんたがイルカ先生に執着しまくっているから、おいそれとお祝いできないってこともね」
誕生日になると、イルカに群がる元生徒たちを蹴散らしていたことがバレていたらしい。
子供たちを可愛がっている紅が、よく首を突っ込まなかったなと感心していれば、アスマが口を挟んできた。
「イルカも恋人に祝われた方が嬉しいだろうってガキどもが気を利かせたんだよ。どっちがガキか分かりゃしねぇな」
そうそうと不機嫌気味に頷く紅を見て、カカシに突っかかってこない理由を知ったが、一つ誤りを見つけて、カカシは眉根を寄せた。
「ナルトは違うじゃない」
確かに他の元生徒たちは、ここ数年で姿を見せなくなったが、ナルトだけは別だ。
毎年毎年、里にいる時は必ず、ナルトはイルカ宅へ押し入り、カカシとの愛の時間を容赦なく奪い取っている。
今年は修行で里外に出ているため、直接祝うことができないからと一足早く小包が届いた。その中にはご当地ラーメンセットが入っており、イルカはいたく感動して、長ったらしいお礼の手紙を書いていた。ナルトが何処にいるのかは極秘になっているため、帰ってきたら渡すのだとカカシに語っていたことを思い出す。
そのときのイルカの心底嬉しそうな笑顔を思い出してむかついていれば、アスマは鼻で笑ってきた。
「本当にガキだな、テメーは。ナルトは別格だろうが。あいつにとったら、イルカは親も同然だ」
分かりきったことを言うんじゃねぇやと、故意にこちらに向けて煙を吐き出す髭がうっとうしい。
頭では分かっていても、感情では納得いかないことなどごまんとあるのだ。
面白くなくてふてくされていると、紅が話を戻してくる。
「で、あんたできるの? 誕生日にイルカ先生をどん底に突き落としたら、ただじゃおかないわよ」
尖った爪先を向け、静かに威嚇する紅に、大丈夫と手のひらを振る。
カカシだって、イルカに喜んでもらいたいのだ。そうなるように前もって手は打ってある。
そう、告げようとしたとき、折しもカカシに声がかかった。
「先輩、ここにいましたか。探しましたよ」
待機所の戸が開くと同時に聞こえた声に、打った手が帰ってきたとカカシは笑みを浮かべる。
ごくろう〜と手を振り呼び寄せれば、カカシの手こと頼りになる後輩のテンゾウが不機嫌な顔を作りながらやってきた。
「テンゾウ、首尾はどう?」
うまくいかなかったらただじゃおかないけどねと、暗に含ませて言えば、テンゾウはひっと小さく息を飲み込みながら、いつもの言葉を返してくる。
「今はヤマトです。……大丈夫です、うみの中忍からは検証と称して詳しく聞いてきました」
お疲れさまですと、紅とアスマに向かって頭を下げる律儀なテンゾウを横目で捉え、報告しろとせっつけばテンゾウは深い息を吐いた。
「お願いですから、僕から聞いたってうみの中忍には言わないでくださいよ。せっかく出来たまともな友達なんですから」
それに料理上手ですしと照れ恥ずかしそうに言ったテンゾウへ、カカシは快く頷いた。
「もちろん。イルカ先生との麗しい友情を壊すつもりなんて毛ほどもなーいよ。オレもお前が先生の友人だと安心できるし」
白々しい言葉と笑みを浮かべるカカシを見て、アスマと紅は内心でため息を吐く。
頭は切れ、実力は折り紙付きのテンゾウだが、何故かカカシの言葉を鵜呑みにする傾向があった。
カカシはイルカに友人ができることを良しとはしていない狭量な男だ。近いうち、五割増しでテンゾウが悪者になった報告がイルカになされるに違いない。
目の前でカカシの額面通りに言葉を受け、気配を綻ばせるテンゾウは哀れだった。
悲しい未来が待っているとは露知らず、テンゾウはカカシの隣に腰を下ろした。テンゾウによる報告が始まる前に、アスマはちょっと待ったと口を挟む。
「おい、カカシ。オレらはいねぇ方がいいだろ? 後から絡まれるのも鬱陶しいんでな。席、外させてもらうぜ」
紅に来いと目で告げるアスマに、カカシは意外な言葉を吐いた。
「べーつにいてもいいよ。オレ、気にしないもん」
長い脚をゆったりと組み、余裕の態度で発言したカカシに、アスマと紅は目を見開く。
イルカに関しては、嫌になるほどの嫉妬心を見せつけるカカシが、イルカの情報を簡単に晒すとは。何か裏があるのではないかと忍び特有の性で探りを入れてくる二人に、カカシは笑う。
「ま、オレも少しは助言ってものが欲しいのーよね。イルカ先生の誕生日は最高の日にしたいし。だから、お二人さんにも聞いてもらいたいのよ」
座れ座れと手招きされ、理由が理由だけに二人は釈然としないものの大人しく腰を下ろす。
では、いいですかと、テンゾウが口を開く直前、カカシはストップとテンゾウへ手を向けた。
「テンゾウ。くれぐれも言っておくけど、オレはイルカ先生の交友関係の詳細なんざ聞きたくないのーよ。しかも、頼んだ内容が閨の様子だーしね」
瞳をたわませ、危険な気配を漂わせるカカシに、テンゾウはやっぱりと諦めに似た感想を思い浮かべる。
カカシのイルカに傾ける愛情はテンゾウにはおいそれと理解できないレベルまで達している。カカシから頼まれた時、過去とはいえカカシにとって我慢ならぬ類の内容に、果たして聞く耳を持つことができるのか疑問だった。
もしかしたらここにいる二人にテンゾウが詳細を話し、それをうまくまとめてカカシに伝えてもらう腹だろうかと考える。
だが、カカシがテンゾウに言ったことは、斜め上をいっていた。
「テンゾウ。お前の主観でいいから、詳細は一切言わずに報告しろ」
『……は?』
カカシの言葉に、間の抜けた声が方々から上がる。カカシは小さく吐息をつきつつ、悩ましげに眉根を寄せた。
「感想でいい。――イルカ先生の、過去の女どもとのおぞましい関係を聞くには、オレはイルカ先生を深く愛し過ぎた……」
くっと苦悶の声をあげ、両手を組み前屈みに倒れるカカシに、テンゾウは開いた口が塞がらなかった。
テンゾウは言ってしまえば未経験で、最低限の生殖行為は分かるが、恋人たちが行う行為の何が一般的で、何が悪いのか、全く判断がつかない。
現にイルカから話を聞いた時も、事実として聞いただけで、これといった感想は思い浮かばなかった。
「か、感想と言われても、僕、経験ないんですから分かりませんよ!」
無茶苦茶言わないでくださいと反論しかければ、カカシの心臓を止めんばかりの鋭い眼差しが突き刺さる。昔のトラウマか、それとも条件反射か、テンゾウの口から反論が出ることはなかった。
哀れなほど項垂れるテンゾウに、紅は見ていられずに助け船を出す。
「カカシが聞けないというなら、私たちにまず話せばいいんじゃないかしら。私たちが聞いた後、カカシに感想を伝えるというのは?」
「だな。それが一番の良策だろうよ」
紅の提案に、すかさずアスマも賛成してくれた。
二人の言葉を聞き、表情は変えず顔色を明るくさせたテンゾウを尻目に、カカシは却下と無情にも切り捨てた。
何でだと眉根を寄せるアスマに、カカシは深いため息を吐いた。
「あのねー。何のために、未経験のチェリーボーイのテンゾウに頼んだと思ってんのよ。イルカ先生のあられもない体験談を髭や魔女に聞かれて、オレのイルカ先生を夜のおかずになんてされたら堪んないでショ! 本当に無粋なんだから、嫌になっちゃう」
油断も隙もないと一人怒り始めたカカシに、二人は生温い目で見つめるしかなかった。カカシの誇大妄想であることは間違いないが、カカシを説得する材料がない、というよりこの世に存在しない。
アスマと紅は悟りきった笑みを浮かべ、テンゾウに親指を立てる。希望の光がおれら知らねとテンゾウに丸投げしたことを知り、そんなと内心悲鳴をあげる。
助けて下さいと目で訴えるものの、二人は知らぬ存ぜぬを貫き通す。横では、それじゃ聞かせてもらおうかと、カカシが容赦なく切り込んできた。
何と言っていいか分からず口ごもっていると、カカシは、まさかオレには言えないことかと、勝手に妄想をスタートさせており、時間が経てば経つほど碌な結果を生まないことだけは分かった。
こうなったら、どうでもなれとテンゾウは意を決する。カカシにいびられたことは一度や二度ではない。今さら、臆す必要はないはずだ!
「テンゾウ、どうなんだ? イルカ先生はどうだったんだ!?」
ヒートアップしてくるカカシと相対し、テンゾウは真面目に告げた。
「普通です。一般的ならびに健全な普通の行為でした」
内心冷や汗をかきつつ、表面上はそんなことをおくびにも出せず言い切る。
息を飲み、見守るアスマと紅の前で、カカシは一瞬呆けた表情を晒し、そして、
「……よ、良かったぁ」
と、顔を覆い、心底ほっとした吐息を漏らした。
意外なカカシの反応にテンゾウは判断しかね、カカシと腐れ縁程度に親交を深めているアスマに目で問えば、アスマも分からねぇと肩を竦めた。
ひとまずテンゾウに怒りを向けてこないので、これは成功といっていいかと分析していると、カカシはテンゾウに向けて笑顔を向けた。
「ありがとな、テンゾウ。今日こそ、お前がオレの後輩で良かったと思ったことはないよ」
「…! せ、先輩……!!」
その言葉を今使うのはどうなんだと、アスマと紅は突っ込みたかったが、当のテンゾウが喜んでいるみたいなので、黙ることを選択する。
カカシは右目に滲み出た涙を親指で拭い、肩の荷が下りたと晴れやかな調子で語り始めた。
「やっぱりイルカ先生もオレと同じで、愛の伴った行為をするのはオレが初めてなんだーね。イルカ先生も、女なんてただの穴としか思っていなかったんだ。イルカ先生の童貞を奪った憎い女狐がいることは腸煮えかえるけど、心のバージンはオレがもらったんだから、それは快く水に流すべきだーよねっ」
ん?
アスマと紅は敏感に、テンゾウはそれなりに、カカシの言葉に何かとてつもない行き違いが生じたことを察する。そして、カカシの当初の目的はどこへ行ったんだと戸惑う。
カカシはうふふふと唯一覗く右目の下を仄かに赤らめ、ソファから立ち上がり、歩き始める。
「あ、あの、先輩どこへ!!」
このまま行かせていいのか、このまま放っていていいのかと、テンゾウが激しい葛藤に翻弄されている前で、カカシは大ぶりな動きで振り返るなり、幸せオーラを放ちながら答えた。
「テンゾウのおかげで迷いは晴れたーよ。あとは、オレが綺麗になるだけ」
ちょっと崖登りの行してくると、それが何故綺麗に繋がるのか不思議な発言をかまし、カカシはははははとキラメキを周囲にまとわせ、待機所の戸の前でテンゾウへ二本の指を額へ翳すと振った。
「テンゾウ、今度、奢ってやるからなっ」
もしかしたら、額当てに隠されている瞳はウィンクをしていたかもしれない。
カカシが大の苦手だと豪語する、某上忍を思い出しながら、テンゾウは己がやらかしてしまったことに身を震わせる。
「……まぁ、なんだ」
「……その、なんというか」
顔面蒼白で震えるテンゾウの肩をアスマと紅はそれぞれ叩き、同時に言った。
『頑張れ』
心がこもってはいるが、助けてはやれないとはっきり言う両名に、テンゾウは静かに泣き濡れたのだった。
再び説明回……。
テンゾウさんが、不憫キャラになってしまう…。すいません、テンゾウさん(T^T)
次回、カカシ先生女性版。苦手な方は注意お願いします。