「これで終わりっと……」
目の前で事切れた躯を見送りつつ、切りつけた刀を振るい、血糊を飛ばす。
緊急に入った任務は思いの他、簡単に事が済んだ。今から全力で帰れば、ぎりぎり間に合うかどうかの瀬戸際だが。
鬱蒼とした森の中、丸く切り取られたような空を仰ぎ見、そこに浮かぶこんもりと太った月に視線を向けた。
頬を撫でるように通り過ぎた風は、この場の凄惨さを表すように血生臭い臭いに染まっている。
数が多く、手練れもいる中で、血しぶきを避ける余裕はなく、オレ自身も血生臭さにまみれていた。
白々しく光る月から己の手に転じ、べったりとついた血の色の禍禍しさに苦笑いが浮かぶ。
こんな血塗れの手で、人の命を奪った矢先に、イルカの祝いの席に行けるものか。


「カカシさんも出来れば来て下さいね」
緊急に入る任務のことも考慮して、控えめに誘ってくれたイルカを思い出す。それと同時に、一緒に行った海でのことも鮮やかに脳裏へ甦った。
昔、任務地で訪れた地で、海の生き物であるイルカが老人と共に逝ったことを話し、オレはそんな風になりたいとイルカへ向けて語った。
イルカと共にいたいと思う、オレの気持ちが定まった瞬間の言葉でもあった。それなのに。


「そんなことないですよ! すごく素敵なことだと思います!!」
と、イルカは緊張しているオレを面食らわせる言葉を吐き、続けて。
「木の葉に海はないですけど、こうして海に来れるカカシさんなら可能ですって」
協力しますから諦めないで下さいと、明後日の方向に励ましてきた。
いや、確かに、オレの言い方が紛らわしかったかもしれない。だが、ただの海のイルカと一緒にいたいと告白するだけで、手に汗をかくほど緊張はしないでしょーよ。それに流れからしても、オレ、結構なシリアスモードだったよね? ここで、ファンシーちっくな可愛い願望が出るところだと思えちゃうの? 何、イルカってば、天然? 天然なの?


その場はうん、そだね、あははは。なんて、ひきつった笑い声をあげて、なぁなぁにして終わらせたが、それ以来、イルカと会うとどうしても微妙な空気を醸し出してしまうオレがいる。
イルカも様子がおかしいオレに気付いているのか、幾度となく気遣うような視線を向けてきたが、それに答える勇気も気力も今のオレには全くなかった。


「思えば、あれが唯一の機会だったんだーよねぇ」
死体処理班を呼ぶための式を空に放ち、小さくぼやく。
あの瞬間に自覚して、勢いのまま思いを口にした。
裏切り、裏切られ、己の感情さえも偽り操り、相手との腹の探り合いに慣れたオレにしては、笑ってしまうくらい素直でド直球の告白だった。今、冷静になってしまった状況であのときと同様に本音を口に出来るかと問われたら、できないと答えるだろう。
今のオレは臆病風に吹かれた負け犬だ。
オレがそういう目でイルカを見ていることに拒否されるかもと思うと、萎縮してしまうオレがいる。
おかげで、あれほど家に帰るのが楽しかった日々は逆転し、徐々に足が遠のき、最近では宿代わりの郭通い三昧だ。
あからさまに家へ帰る機会を減らすオレに、イルカは不安そうな顔を見せながらも問おうとはしない。ただほんの少し寂しそうに、困ったように眉根を寄せる。


死体処理班はまだ来ない。
血生臭い場所で、一人立ったまま、爪の奥に染み込んだ黒い液体を見つめ、祝いの席で料理を振る舞っているだろうイルカを思い描いた。
満面の笑みを浮かべながら、誰とも知らぬ者たちへと親しげに声を掛ける様が自然と浮かんで、胸の奥底がつきりと痛んだ。
イルカの笑みを向けられるのが自分ではない事実が腹ただしく、同時にイルカの側にいない自分に安堵する。
真っ向から矛盾する思いに、苦笑しか出てこない。
「……難儀なもんだねぇ、恋心ってもんは」
口からこぼれ出た言葉は諦念の色に染まっていた。


***


「よぉ、郭狂いのはたけカカシさんよー。ちっとは自分の家に帰ろうとは思わねーのか。おめぇの帰りを未だ待ってる奴がいるのは知ってるだろ」
煙草の煙を吐き出しながら声を掛けてきた髭熊に、思わず眉根が寄る。厄介な奴に捕まってしまった。


上忍待機所で特にすることもなく、なんとなく習慣にもなったと感じる愛読書を広げていれば、任務から帰ってきたアスマに声を掛けられた。
イルカのことを弟分として可愛がっているアスマは、イルカをオレに紹介してからというもの、度々オレに話しかけてはイルカとオレの仲を探ろうとしてくる。
当初はいかにイルカと仲睦まじくやっているか、嫉妬半分、牽制半分と大げさに告げていたが、己の思いを自覚してからというもの、オレはアスマから逃げの一手を選択していた。
ついにというか、ようやくとも言おうか。
アスマの小言を覚悟して、何とも言えない気持ちで顔を上げれば、アスマはそのまま何も言わずにオレの隣に腰掛けてきた。そしてそのまま煙草を吐き出し続ける。
「……それだけ?」
しばらく待っても話す気配も見せないアスマへ堪まらずこちらから声を掛ければ、アスマは鈍い反応を見せた。
「あー? 何だよ、面倒くせぇ。オレには関係ねぇだろ。おめぇが何か話せっていってもごめんだな」
本心から面倒くさいと思っているようで、アスマは小さく鼻を鳴らして言葉を切る。
拍子抜けするほど淡泊な反応に、毒気が抜かれた。「そう」と小さく言葉を返して、読みかけだった本の続きに目を向けるが、隣で煙を吐き続けるアスマがどうも気にかかる。
アスマと会話をしたい訳ではない。だが、隣にいるのが、イルカの兄貴分であるという事実、その一点がオレの心を惑わせる。
例えば、オレが行けなかったイルカの誕生日パーティを知っているんだろうなとか。アスマ以外にどれくらいの人が来たのかとか、当日、一人で料理を作るのは大変じゃないかったかとか。そしてーー


「そいやー、イルカの奴が畑のことについて話したいことがあるって言ってたぞ」
考えていた不安を物の見事に的中され、一瞬息を飲んだ。
ちらりと横目でアスマを見れば、アスマはひどく生ぬるい目でオレを見つめていた。
「……何よ」
どこか呆れた感情が混じるそれに苛ついて、不機嫌な眼差しを向ければ、アスマは「いや」と小さくため息を吐いて立ち上がった。
「今日もイルカはお前の家にいるぞ。オレは確かに伝えたからな」
じゃなと後ろ手を振り、待機所から出て行ったアスマの背を何となく見送りながら、ついにこの時がきたかと肩を落とす。


オレが家に帰らなかった一番の理由は、畑で繋がったイルカとの縁が途切れないようにすることだった。
イルカの誕生日が終わった後、オレの家の畑を借りる理由がなくなることは目に見えていた。だから、なるべくイルカと会わないように、畑の貸し借りの話題が出ないように、今まで逃げ続けていたのに。
「……覚悟決めるしかないのかな」
本当だったらイルカの誕生日以後は用なしになるはずだった、オレの畑。
それなのに、イルカはオレと話すことがあるといって未だ通い続けているらしい。
イルカの誕生日から数えて、すでに4ヶ月経っているのにも関わらず、イルカは帰られないオレを待ち続けていた。
待たすにはあまりにも長く、オレの手からすり抜けるにはまるっきり短い時間を思い、目を閉じて息を吐いた。
「これで、さよならかぁ」


***


最後の悪足掻きとばかりに、待機時間のぎりぎりまで待機所にへばりつき、少しでも別れの時を遅くしようとぶらぶらと寄り道をして、久しぶりの我が家へ着いたときには、もう少しで日付が変わりそうになっていた。
これほど遅くなったら、もうイルカはいないんじゃないかと淡く期待していた。
けれど、オレの期待とは裏腹に、闇に没した玄関戸の前には、人影があった。
玄関を背に足を曲げて座り、その膝に顔を押しつけて微動だにしない影。
徐々に懐かしくも好ましい姿が鮮明になる。頭の天辺で結ってある、黒い尻尾のような髪は、くたびれたように頭の横に下がっていた。
待ちくたびれて眠ってしまったのか、オレが近付いても身動き一つしない。
これで見納めかと泣きたくなりながら、イルカの前で止まり、その場に腰を下ろした。
そのとき、イルカの傍らに白いビニール袋が置いてあることに気付く。
場違いなそれが少し不思議だったが、これ以上待ちぼうけさせるわけにもいかず、顔を伏せているイルカへ手を伸ばした、刹那。


「捕まえた!!」
伸ばした手を逆に握られ、手を引っ張られた。
まるっきり予想していなかった行動に、オレはなされるがまま前屈みに倒れ込む。
イルカの体を押しつぶしそうになってヒヤリとしたが、イルカは腕を開いてオレの体を受け止めると、そのまま手を背中に回してしっかりと抱き留めた。え、何、この状況。
オレがイルカを抱きしめることはあっても、イルカがオレを抱きしめることはないだろうと思っていただけに、オレの頭は混乱しきりだ。
え、あ、と意味のない言葉を漏らしていれば、イルカがより深くしがみついてくる。
「逃がしませんから! 今日は誰がなんと言おうが、カカシさんの側にいますっ」
絶対ですと興奮気味の声を聞きながら、徐々に平静を取り戻していく。胸の鼓動は暴れまくっているが、頭がようやく回り始めた。
イルカの様子がおかしいことも気にかかったが、それよりも今のオレにはイルカがこの腕の中にいるということが何よりも重要だった。
緊張しているのか、少し震えているイルカの背に腕を回す。
こちらから抱きしめ返せば、一瞬イルカの体は大げさに震えたが、その後はこちらに身を任せるように弛緩してくれた。
その動きから、イルカの中の自分の位置が、好ましい部類に入ることを知り、嬉しさとほんの少しの苦さを覚える。


「ごめーんね。ずっと待たせたみたいだね」
首筋に顔を擦り付けてこっそりイルカの匂いを嗅ぐ。
いつか嗅いだ日なたの香り。温かくて好ましい香りを胸一杯吸い込んで、頭に覚え込ませる。こんなに近くにいられることはもうないはずだから。
諦めと寂しさを覚えながら、イルカへ謝れば、イルカはそうですよと小さく呟いた。
「俺、待ってたんです。カカシさんがいつ帰るかって、任務で仕方ないって分かってても、どうしても諦められなくて……。でも、よかった。今日、会えて、俺……」
軽く胸を押され、イルカの体温が離れるのが嫌で咄嗟に抱きしめる。
力を入れすぎたせいか、イルカの肺を押しつぶしたようで、子犬が鳴くような声がイルカの口からこぼれ出た。
「くゅっ…! ちょ、ちょっとカカシさん、力緩めてっ、苦しい、苦しい!!」
せっぱ詰まった声を出されて、慌てて力を抜く。それでも腕の中からは出られないように囲い込むのは、恋した故の行動だろう。
小さく呼吸を繰り返し、ほんの少し恨みがましい目つきで睨まれたが、上目遣いに睨まれてもちっとも怖くない。それどころか血が逆流して、あらぬところが反応してしまいそうになる。
どうしたのと、おくびにも出さず尋ねれば、イルカはオレとの距離が近いことも気にならないのか、そのまま話し出した。


「カカシさん、誕生日おめでとうございます。俺にお祝いさせていただけますか?」
にっこりと笑って告げられた言葉に目が見開く。
「え」
小さく驚きの声を上げれば、イルカはどこか安堵した表情を見せた。
「良かったぁ。俺が一番に言えたって、あ、その、良くはないんですけど、俺的には良かったということです! さぁ、カカシさん、俺が作ったナスと買ってきたサンマでお祝いしますよ!!」
台所貸してくださいねと喜色満面のイルカ。
イルカの傍らにあったビニル袋の中身は、食材らしい。
ほら、立ってくださいとにこにこ笑顔で促され、ようやく今日が何日か思い出す。
9月15日。
今日は、オレの誕生日だ。
でも。


「イルカ、オレの誕生日を祝いにきてくれて、ありがとう。すごく嬉しい。でもね、家には入れて上げられない」
一息に断りの言葉を吐き出せば、断られるなんて露とも思っていなかったイルカの顔が悲しげに歪んだ。
どうしてと泣きそうな顔でオレを見つめるイルカに、正直に答える。これが最後ならと本音を口にした。
「今、イルカを家に上げたら、オレは、きっとイルカを傷つける。イルカとの関係が途切れると分かっているから、オレは我慢できなくなる。イルカにキスして、体中に触れて、貪り尽くしたいって、今もそう思ってるから」
びくりとイルカの体が震えたことを感じ取って、イルカから離れたがらない腕と体を無理矢理引き離した。
理性と虚勢を総動員して、舌なめずりする浅ましい欲を押さえ、怖がらせないように笑みを作る。
離れたオレを、イルカは何かを探るように瞳を散らして眉根を寄せていた。戸惑い、恐れ、困惑と言ったところだろうか。


「イルカは気付かなかっただろうけど、オレね、イルカのこと好きなんだ。そういう意味で好き、なんだよ」
ははと小さく笑って目を伏せた。
告白できたことは上出来だが、とてもではないがイルカの顔を見れなかった。さすがのオレも、目前で嫌悪の表情を浮かべられたらちょっと立ち直れそうにない。
「ま、そういうわけだから、帰って。あとさ、貸していた畑だけど用なくなったでショ? もういいから、後の始末もオレが」
「もういいってどういう意味ですか?」
振り切るように立ち上がって、口早に言いにくいことを告げれば、イルカが被せるように聞いてきた。
「どういう意味って」
「俺とカカシさんは畑だけの繋がりしかないって、だからもういいって、カカシさんは思っているんですか?」
座っていたイルカが立ち上がる。
オレの前に立つイルカの視線がこちらを貫いた。でも臆病なオレはイルカを見ることができない。
「カカシさん」
オレに呼びかける声は、容赦なくオレを追いつめる。口で言うだけでは物足りなく、目で見ることで思い知らせようとでもいうのだろうか。イルカはまっすぐだからこそ残酷だ。


「そうだって言ったらどうなのよ!」
その仕打ちがたまらなく辛くて、思わず声を荒げる。
「どうせイルカはオレと同じ思いを返してくれないんでショ!? 男からそういう目で見られて気持ち悪いと思ってるんでショ!? お願いだから黙って立ち去ってよ。これ以上、惨めな気持ちにさせないで、オレがひどいいことする前にいなくなってよ!!」
何て情けない。
癇癪を起こした子供のようにわめく自分にほとほと愛想が尽きる。
仮にも上忍、暗部まで務めていた身が信じられない。
一番格好付けたい相手に、どうしてこんなにも無様な様を晒せてしまえるのか、理解不能だ。
イルカの視線が変わらず己に注がれていることを感じて、腕で遮断しようとすれば、温かい手に阻まれた。
すべての思いを告げたにも関わらず、一歩踏み込んでくるイルカが信じられずに、思わず視線を上げてしまう。


そこにいたイルカは、瞳を潤ませて真っ赤な顔をして、オレを睨んでいた。睨みつけているのに、そこに怒りは見えず、それどころか嫌悪の影すら見えなかった。
思っていたことと違う様相に混乱していると、イルカはぐっと歯を食い締めた後に口を開く。オレをまっすぐに見つめて言葉を紡いだ。
「分かってます。俺、あのとき言われた言葉、きちんと理解しましたから。言われたときは分からなかったけど、俺、ちゃんとカカシさんの言葉の意味理解してますから」
きっぱりと告げられた言葉に息を飲む。
直後、イルカの指した言葉は、二人で海に行った時にオレが告げた言葉だと理解して顔に血が集まった。
口布と額宛に隠れているとはいえ、覗く素肌は、夜とはいえ夜目の利く忍びの前では真っ赤に染まっていることが窺い知れるだろう。
そのせいか分からないが、イルカも耳まで真っ赤にしている。
尻の座り心地が悪いような、そわそわとした気分にさせられて、二の句が継げずにいると、イルカはごくりと喉を鳴らすと再びオレと向き合う。


「カカシさん、俺、ずっと考えました。カカシさんがそういう意味で言ってくれたこと、カカシさんと会えなくなってからずっと考えました。確かに今まで気になった人は女性です。男の人をそういう意味で見たことありません。でも」
期待と不安が入り交じる。
イルカの言葉に一喜一憂する己を自覚しながら、イルカを見つめた。
イルカはくしゃりと顔を歪ませ、けれどオレの腕をしっかりと握る。
「ずっとずっとカカシさんのことばかり考える俺がいるんです。カカシさんとあんなことしたこんなことした、海に行って楽しかったこととか、おいしいもの食べたらカカシさんにも食べてもらいたいとか、綺麗な月夜を見たら一緒に見たい、おかしい話を聞いたらカカシさんにも教えて上げたい、一緒に笑って、凹んでいたら励まして、泣いているなら抱きしめて上げたい、出来たらずっと側にいたいって思う俺がいるんです」
ほとりほとりとイルカの瞳から大粒の涙がこぼれる。
しゃくりあげながら、イルカは苦しそうに眉根を寄せた。鼻を啜って、乱暴に目をこすりあげ、イルカはオレに精一杯の思いを伝えてくれる。
「カカシさん、俺、今までずっと一人で。一人で生きることに精一杯で、そういう人を作ったことなくて、気をやる余裕もなくて、カカシさんの気持ちと俺の気持ちが同じ物なのか分からないんです。カカシさんはきちんと言ってくれたのに、俺が返せるのはこんな思いなんです。卑怯だけど、俺にはこれしか言えな」
悔しそうにすまなそうに告げたイルカを、言葉半ばで抱きしめた。
バカみたいに体が震えて、イルカと比べると浅くすら感じられる自分の思いに打ちのめされた。
イルカがこんなにひたむきにオレのことを思ってくれているとは思わなかった。オレが臆病風に吹かれて逃げ回っている間、イルカはずっとオレのことを考えてくれていた。真剣に、まっすぐに、目を逸らさずにオレを見てくれていた。


「十分だよ、もらいすぎなくらいだよ。イルカ、大好き。大好き、イルカ。イルカがいいと思うならオレと付き合って」
ぎゅっと背中に手を回して、隙間がないくらいに抱きすくめる。
こくこくと頷きながら、イルカは不安そうにしゃっくり混じりにオレへ尋ねる。
「俺、カカシさんの誕生日、祝え、ますか? 帰れだなんて、追い、返さないでくれますか?」
イルカの顔が見えるように少し隙間をあければ、イルカは懇願する顔で見上げていた。
2度瞬きして、その間にイルカを家に上げた場合の己の行動を想定すれば、8割の確率でイルカを襲うという結果が弾き出される。
ここのところ郭に行くのはいいが、処理は全くせず、自慰のおかずがイルカになることが請け合いなため、後ろめたくて我慢していた身の上が悔やまれた。
なんと言って諦めさせようかと熟考に入る寸前、見上げたイルカがとんでもないことを言ってきた。


「カカシさん、俺、そういうことは初めてですけど、覚悟して来ました。俺だって、大人です。夜分遅くに家に行くなら、それ込みだって分かってます」
ふすんと鼻息をあげ、どこかドヤ顔で言い切るイルカの純粋な眼差しに晒されて、欲情と愛しさがせめぎ合って大変なことになった。
おいしそう。いや、無防備すぎる。いや、天使すぎて辛い!!
きらきらとした瞳はこれから起こる爛れた行為には似つかわしくなく、だからこそ汚しがいがあるもので、この場で理性が焼き切れてもおかしくはなかった。でも。
一つため息を吐いて、口布を下げ、目元へと口づける。
「そういうことは、ゆっくりやっていこう。今日はイルカの手料理食べさせてよ。オレの誕生日祝ってくれるんでショ?」
耳元でそっと囁けば、イルカはオレの言葉を吟味するように瞬きした後、ふわりと笑って頷いてくれた。
「はい、仰せのままに!」
元気良く答えて、オレの腕からあっけなく離れて、イルカはビニル袋に駆け寄る。
恋愛経験が全くないというのも頷けるほどの幼げな行動に、オレはこれで良かったのだと己を説得しつつ、理性をがっちがっちに固めていく。
「カカシさん、早く早く。日が変わっちまいますよ」
手招きして急かすイルカに返事をしつつ、玄関を開ける。隣り合って靴を脱いでいると、小さな声で独り言が聞こえてきた。
「うーん。明日の休みは無駄になったか……」
煽るような言葉にぐぐっと欲望が顔を出したが、次の瞬間、それも消える。なぜなら、一足早く上がったイルカがオレの顔を捕まえて、その頬にキスをしてくれたからだ。
突然の接触に度肝を抜かれるオレを見つめ、イルカは笑う。

「カカシさん、誕生日おめでとうございます。恋人として、これからはよろしくお願いしますね」

目元を赤く染め、新たな関係を喜ぶ初々しい人に、まいったなという思いが浮かんだ。
きっとオレはこの人に頭があがることはないのだろうという予感がある。
オレがどれだけ無体なことを望んでいても、それを実行することはできないだろう。
彼の真っ直ぐでひたむきな愛情を受けてしまえば、澱んだ欲望は霧散して、代わりに違うものが生まれてしまう。
それが何というものか。
今から考えると、くすぐったくて恥ずかしくてとても言えないけど、いつかは彼に直接伝えたいと思う。


だから、何ら焦ることはない。そして、恐れることもない。

任務先で見た、あの老人とイルカのように。
それよりも強固な物がきっとオレたちを繋いでくれるから。

ねぇ、イルカ。
オレの願いを叶えてくれて、ありがとう。






おわり







戻る/



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とんだ遅くなったカカシ誕生日話となりました。
おめでとうございます、カカシてんてー!








はたけとうみ