色温度 3

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「朝日が、眩しいぜ……」
ご来光が山から顔を覗かせる。
光を手で遮りながら、イルカは己の頑張りを示す成果を、腰に手を当て見下ろした。
そこそこ大きな庭には、大小の燃えるゴミから、燃えないゴミ、リサイクルゴミが綺麗に仕分けられ、朝日を浴びて輝いている。
カカシの家は、忍びには珍しい平屋の一軒家で、庭がついていた。


「なーにが、『朝日が眩しいぜ』なーのよ。目に痛いってーの」
ふわぁと大きな欠伸をして、最後の燃えるゴミを持ってきたカカシに、笑みが零れ出た。
あの後、どうしてもイルカの服が見つからず、カカシを叩き起こせば、血がついてひどかったから燃やして捨てたとの言に、イルカはぶち切れ、怒りのまま掃除を手伝わせてしまった。
今から思えば、上官相手によく顎で使うような指示を出せたものだ。
一時の感情に流されるって怖いと身震いしたイルカを尻目に、カカシはため息を吐きながら腹をさする。


「ねぇ、アンタ飯作れる?」
情けない顔つきで見上げてきたカカシに驚いた。
上忍というものは階級差を重んじる傾向があるものだ。上忍に面と向かって立てついたりすれば、大抵報復が待っているものだが、カカシが気にしている様子は一切ない。
掃除中、口では面倒臭いだ、眠たいなどと不平不満を言っていたが、イルカが言ったことをきちんとこなしてくれた。そればかりか、次は何するのと積極的な面を見せてくれ、そのおかげで朝までには無理だと思っていた掃除をあらかた終わらせることができた。
さすが上忍師を任せられるだけあって、根本的にイイ人なのかもしれない。
「簡単でいいなら作れますよ。材料ありますか?」
玄関を開けて振り返れば、その後をカカシがついてくる。
「んー。たぶん、あるんじゃないの。色んな女が来る度に冷蔵庫へ何だかんだ詰めてたからねぇ」
前言撤回。
今まで何度となく、綺麗な女性を鬼へ変えたであろう男に、イルカはきりきりと歯ぎしりした。
どうして、こんな最低男がモテるんだ?! 女ってわかんねー!
過去に何度も「イイ人なんだけど」を決め言葉に、イルカはフラれ続けた。そして、イルカを振った女たちは大抵、カカシのような最低男の元へと走っていく。
イルカにとって、カカシという存在は憎き敵と言ってもいい。
過去の悲しい傷に塩を塗りこまれた気がして、綺麗になった廊下をどしどしと踏みしめ、台所まで進む。
「なーに、怒ってんの?」
対照的に物音一つ立てず歩くカカシに、忍びとしての差も見せつけられた気がして、なおのこと気が滅入った。
別に何でもありませんと嘯き、一人暮らしにしては馬鹿でかい冷蔵庫の前に座り込む。
モテ男には一生わかんねーだろうよと、やさぐれた気持ちで冷蔵庫を開けた瞬間、イルカの嫉妬はぶっ飛んだ。


魚に肉に卵に野菜に、果物。
木の葉の最高鳥、豚、牛肉を取りそろえ、どれもが産地直送有機野菜の名を冠した素晴らしい食材たち。
果ては見た事もない加工食品(たぶん高級品)を目の当たりにして、イルカは息を飲んだ。全身に震えが走り、感極まって雄叫びをあげたくなる。そして、口から溢れんばかりの涎が沸いて出た。
「嘘でーショ。なーに怒っちゃってるーの? 訳教えな」
「カカシ先生!!」
振り返るなり、背後から覗き込んできたカカシの手を握りしめ、イルカは真剣な眼差しを送る。
「な、なによ」
腰を引くカカシに詰め寄り、イルカはごくりと生唾を飲んだ。
「この冷蔵庫の食材。何でも使ってよろしいでしょーカッ?!」
言い切った直後、腹の虫が盛大に鳴き始める。
期待と希望と、涎を垂らさんばかりの眼差しを送れば、カカシは別にいいよと肩を落とす。
カカシの表情はすこぶる芳しくなかったが、ご馳走の前には些細なことだ。イルカは歓声をあげ、両手を高々と振り上げた。
ちなみにイルカの今の格好は、燃やされたアンダ―の替えがないため、中忍以上の支給ベストを素肌に着込み、これまた燃やされた支給服のズボン代わりに、かろうじて見つけたカカシの短パンという、珍妙な格好だった。
大っぴらに腕を振り上げると見たくないものまで見えてしまうが、イルカは何度も天高く両手を突きあげ、感動の声をあげた。


「カカシ先生、ありがとうございます! 俺、すっげーうまいもん作るから楽しみにしててくださいねっ。あ、エプロンありますか? エプロン!」
久しぶりの飯だと大興奮するイルカに、カカシは言われるがままエプロンを持ってきてくれた。期待していなかったが、エプロンがあるとは驚きだ。
きれいに袋詰めされているものを遠慮なく広げ、イルカは固まった。
白い。
フリルがふんだんに使われた、真っ白いエプロン。
何故に?
眼前に掲げて首を傾げれば、カカシは肩を竦めた。
「なーんでか知らないけど、あいつら皆してこういうの持ってくーるの。こんなフリフリ似合う歳でもないだろーにねぇ」
やだやだと首を振るカカシに、持ってきた女の人たちが可哀そうになった。
イチャパラ好きとして知られるカカシのために持ってきたであろうコレ。勿論、用途もあんなこん――。


「馬鹿野郎ッッ」
朝っぱらから脳裏に浮かんだ、ふしだらな妄想を気合と共に吹き飛ばす。
「な、何よっ」
突如叫んだイルカにカカシが過剰に反応した。びくつくカカシに謝罪し、イルカはぶんぶん首を振る。
いかん、いかんぞ、イルカ。教育者たるもの、常に聖職者たらねばなっ。
己の目指す、木の葉一かっこいい男、ガイ先生を思い浮かべ、精神統一に努める。深呼吸を繰り返した後に、それではとベストを脱いで、真新しいエプロンに袖を通した。
埃まみれになったベストは外に近い廊下へと置き、髪紐の代わりに頭を覆っていたタオルを新しいものに換える。
短パンも汚いことは汚いが、この際目を瞑ってもらおうと、振り返ってカカシが唖然としていることに気が付いた。
目を見開き、奇妙なものでも見るように視線を外さないカカシに苦笑が零れ出る。


「本当なら可愛い女の子に着てもらった方がいいでしょうけど、衛生面での一環ですから、目、瞑ってください」
きもいでしょうと鼻傷をかけば、びくりとカカシは身を震わせ「ば、馬鹿じゃないの、アンタ!」と突然噛みついてきた。
朝っぱらから気色の悪いものを見たら機嫌を損ねるよなと、カカシの気持ちを慮り、イルカは風呂を勧めることにする。
「カカシ先生、飯ができるまで風呂入ってきたらどうです? きっと気持ちいいですよー。何せ、檜風呂ですからね、檜風呂!」
見つけた時は、ひぃぃと悲鳴をあげてしまうほどの代物だったが、ヘドロと緑色の訳分からないものに覆われていたタイルを磨き上げ、ところどころが黒ずんでいた檜風呂に丁寧に手入れを施せば、旅館並みの風呂場が現れた。
二人入っても余裕があるだろう大きな湯船はとっても魅力的で、綺麗になれば入りたくなるのは人の性だろう。カカシに断りなく勝手に湯を張ったが、結果オーライだ。
「俺も次入りますからね!」と含めて言えば、カカシは頬を赤らめ、「じゃ、入ってくる」と風呂場へ向かった。


遠くでざざーと湯の流れる音を聞きながら、一番風呂は格別だよなーと冷蔵庫を物色する。
何でも使っていいとお許しが出たのならば、選ぶのはやっぱりコレだろうと、迷わず特選木の葉牛のサーロインを手に取る。
朝からサーロインステーキを食べられるとは、まさかの大金星だ。
その前にご飯を仕掛けるべく、米を見つけ出し砥ぐ。炊飯器がないから、コンロの下で見つけた土鍋に米と昆布、水を一緒に入れて火にかけた。しばらく放って置いて、ステーキの片面に塩コショウして、付け合わせの野菜とスープの算段をする。
一体どんな幸せが口を満たすのか、考えるだに涎が溢れ出る。鼻歌を歌って野菜を切っていると、背後からぬっと何かが首を出した。


「へー。手慣れてんのね」
「うぎゃぁぁ!」
気配がないばかりか、突然ひやりとした物が肩口に乗ってきて、イルカは声をあげる。
どっどっどと激しく胸を打つ鼓動を押さえ、思わずぶすりと刺そうとなった包丁から手を離した。
「あ、危ないじゃないですか!」
涙目になりながら詰れば、カカシは「うーん?」と気のない声をあげて、イルカの肩に頬を擦り寄せてくる。
やけに冷たいと思ったら、カカシの髪は濡れたままだ。何の気なしに振り返って、ぎょっとした。
風呂場から台所までの廊下が水浸しになっている。まさかとカカシを無理矢理引き離し、全身を見れば、水滴を垂らして全裸で立っていた。


「こんの馬鹿者ッ。風呂あがったら体拭けと習わなかったのかッ」
カッと頭にきて、いつものようにごつんと頭に拳を落とす。直後に、我に帰った。
あ、今俺は何をした。上官に向かって一体何をした?!
やってしまったものはどうしようもない。だが、そのあとの対処はどうする。
だらだらと汗を流し、どういう反応が返ってくるのかと無言で待っていれば、カカシは頭を抱えたまま「痛い!」と声をあげると同時にぼふんと白煙をあげた。


疑問符で脳裏が埋め尽くされる中、白煙が晴れたそこで見たのはカカシだった。
変化特有の白煙だと思っていたのにと不思議に思う。じっと見詰めていれば、ふと違和感があることに気付いた。
カカシとイルカはだいたい同じ身長だったが、今は目線がいつもより低い。そして、男としてほぼ完成された肉体が、今ではやせ細り、伸びやかな分、華奢なイメージを与えた。


「……カカシ先生。若くなったって、俺は怒りますよ?」
若くなった分容赦なく怒りますと、混乱したイルカはぺろりと口に出した。
頭を抱えていたカカシが涙目で見上げてくる。
しばらく視線を合わせていたが、やがて若くなったカカシが口を開いた。
「……がう」
「はい?」
一体何だと首を傾げれば、カカシはキッとイルカを睨みつけ、さっきよりも大きな声を張った。
「違う! これが本来の姿なのッッ」
なぁにぃぃぃいぃっぃぃ?!
仰け反って驚くイルカの後ろで、飯を仕掛けた土鍋がぐつぐつと音を鳴らしていた。








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ようやくカカシ先生が年下と判明しました。