色温度 7
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粘着的な音が聞こえた。それと同時に荒い息遣いの声。そして合間、合間に啜り鳴く細い声。
ぼやける意識の中、視界が上下に動いている。
目に映るのは、暗い見知らぬ天井だ。
竹で編み込まれた天井は高く、情緒感たっぷりで、高級旅館の風情が感じられた。
今は夜更けなのだろうかと、回らない頭でイルカは考える。
ここはどこなのか。そして自分はどうなっているのだろう。
「目、覚めた?」
上下に揺れていた視界が止まり、聞き慣れた声と一緒に白い顔が覗きこんできた。
「カカシ、せんせ?」
動きの鈍い舌で名を呼んだ。
覆面も額宛も取り払い、素顔を見せている。まだ男として未完成な顔立ちが目に映った。
カカシは本来の姿に戻っているらしい。
微かに頬を紅潮させ、白い素肌に玉の汗を散らせているカカシは、どことなく色を持っていて戸惑った。
直視すると変な気持ちになりそうで視線を外せば、カカシは咎めるように顔を近づけてくる。
「なーに、余所見しようとしてんの?」
その近すぎる距離にびびり、遠ざけようとカカシの胸に手を置いて、驚くべきことに気が付いた。
触れた肌はしっとりと温かく、薄くとも鍛えられた胸筋がイルカの手の平を押し返している。
裸だ。一体、何故。
「え、あ、え?」
面食らいながら、状況把握に努める。
恐ろしいほど柔らかい敷布の上にイルカは寝ており、その上に覆いかぶさるようにカカシがいる。
二人とも身に着けているものは何もなく、敷布同様とても温かそうな掛け布団は横に捨て置かれ、頭の下に置くのにとっても気持ちの良さそうな枕は壁際に転がっていた。
そして、とても信じたくないことだが、イルカの腹の中に何かがいた。大きくて、硬くて、熱を持ったとんでもない物が。
頬が痙攣したかのように引きつく。
止めろ、見るな、気を失えと、声高らかに叫ぶ理性の声を脳裏の片隅で聞きながら、下へと向かう視線を抑えきれずにいた。
胸と腹に粘ついた白いものがついている。大っぴらに広げた自分の足の中にカカシがいて、イルカのありえないところにカカシのありえないものが挿に――。
「ひぃええええええええええッッッ」
後ろ手で敷布を掴んでいた指先に力が入る。途端に、カカシが小さく呻きながら、倒れ込んできた。
睫が数えられるほど接近したカカシに、思わず息が止まる。
「アンタ、いきなりっ」
ふっと息を吐きながら、何かを耐えるように眉根を寄せたカカシはやたらといやらしくて見えて、鼓動が跳ね上がった。
無駄に顔が整っているのがいけない。いや、それよりも目前のこれはまだ子どもな訳で、そんな未成年者と一体何をっ!?
離せと、覆いかぶさるカカシを突き放そうとして、腰を強く突かれた。
「っっ、ぁ」
目の前が白み、信じられない熱が体を回る。腹の中にあるものがある部分を掠めた瞬間、目が眩むような衝撃が体を走った。
「…意識戻ったし、手加減しなくていいよね」
びりびりと体を走る強い感覚に、声が出ない。イルカを見下ろすカカシの顔はまだ幼さを残していたが、オスの顔をしていた。
「い、やだっ」
途端に恐くなって、押しのけようと肩を掴んだ瞬間、カカシが膝裏を押してきた。胸を圧迫され、肺から息が零れ出る。
苦しくて口を開けば、待ち構えていたように、舌を突っ込まれた。
「んー、ん、ん、ん!」
口内を這い回る舌と一緒に、腹の中のものが動く。叩きつけるように腰が動く度、目の前が白んだ。
初めて経験するその感覚は、イルカの存在そのものを消し飛ばしてしまいそうで、指先に触れるものに無我夢中でしがみつく。
息を飲む声と同時に口を覆っていたものが無くなり、夢中で息を吸った。不安を少しでも取り除きたくて、額を押し付けるように目の前のものを思い切り抱きしめた。
「っ、こわ、っ、たすけ、て」
何処かに飛ばされそうな恐怖と、心細さに、涙が零れ出る。
「っ、アンタ、マジでヤバイっ」
押し殺した声が唸る。がんがんと容赦なく揺さぶられて、イルカは悲鳴をあげる。自分が何を叫んでいるのか分からない。
激しい突き上げに舌を噛んでしまいそうで、奥歯を噛み締め、汗で滑る背中に爪を立ててしがみ付いた。
「はっ、情熱的だーね」
くぐもった笑い声が聞こえたが、それに応える暇は無い。
早く終わることだけを念じていれば、終わりは唐突に来た。
「は、っ」
一際激しく奥へと突っ込まれ、腹の中に熱いものが注がれた。その熱さに小さく呻けば、すがり付いていた体がゆっくりと弛緩し、イルカの上へと倒れこんでくる。
どちらとも言えない荒い呼吸音が、部屋にこだまする。
息と鼓動を整えるのに精一杯で、口を開き喘いでいれば、重みを伝えていた体が起き上がった。
胸を圧迫していた重みがなくなり、楽に息ができると思う暇もなく、口を塞がれた。
「っ、め、や」
しつこく唇を塞ごうとするものから顔を背ければ、イラついた声が降ってくる。
「ちょっと。少しは大人しくしてよ。耐性もない超強力な媚薬に侵されたアンタをうまーく助けてやったんだよ? 分かってる?」
嫌だと振っていた顔を固定され、至近距離から見下ろされる。
「……び、やく?」
整わぬ息と一緒に吐けば、そうと深く頷かれた。
そこでようやく思い出した。
カカシを探しに行った先で、親切な上忍と出会ったが、その人は暗部で何故かイルカに媚薬を飲ませ、性欲処理を迫ってきた。あわやという時にカカシが現れて、イルカを救ってくれたのだったが。
「近江屋の、おうめ、ちゃんは…?」
「は? たかが女郎に、暗部の媚薬を抜けさせることができると思ってんの?」
びくりと眉根が跳ね上がったカカシを見て、イルカは失望を隠せない。元からおうめちゃんは候補にあがらなかったのか。
近江屋には、イルカが言った、胸が大きくて瞳の大きいおうめちゃんという子がいる。イルカのような薄給な者には程遠い存在だが、カカシの口添えがあれば、うまくすればうまくいくかもしれないと、実は大いに期待していた。
目を覚ませば、バラ色パラダイスがイルカを待ち構えていると思っていたのに、とんだ誤算、いや、誤算を通り越して破産宣告だ。
カカシの心の親になると決意した矢先に、親にあるまじき間違いを犯してしまった。今まで培ってきた教師生活がガラガラと音を立てて崩れていく。
「俺は、教育者として……失格だ……」
とんでもない成り行きに苦悶の声が零れ出る。
ほとほとと涙を零すイルカに、カカシが「はぁ?」と顔を歪ませた。
カカシが悪い訳ではないと分かるが、こうなった以上、イルカはけじめをつけなければならない。
「…カカシ先生」
奥歯を噛み締め、イルカはカカシを見上げる。カカシは目を座らせ、頬を引きつらせていた。
一緒に過ごした時間は短かったが、この綺麗だけど生意気な顔をもう見られないとなると、少し寂しい。
つい名残惜しくて、親子としても触れ合えなかったことに後悔もあり、そっと頬に手の平を当てた。
びくりと体を跳ねさせたカカシを見つめ、イルカは微笑んだ。
「…今まで、ありがとうございました。こんな最後になって本当に残念です。カカシ先生が本当に欲しいものをあげられなくて、すいません…」
瑞々しい頬を優しく撫でれば、カカシの表情が変わる。
「……何、言って…」
目を見開いて動揺するカカシに、イルカはゆっくりと語りかける。
「カカシ先生は俺に親の愛を求めていたんでしょう? 俺、気づくのが遅くて、そうこうしてる間にこんな過ちを、カカシ先生に犯させてしまって……」
いくら治療行為とはいえ、親として見たかった相手を抱いてしまったカカシの気持ちを慮ると、簀巻きになって海に飛び込みたい気持ちにさせられる。
さぞかしカカシは辛いだろうと見上げれば、カカシは無表情のままだった。そればかりか目を空ろにさせて、目の前のイルカではない何かを見ていた。
なんてことをしてしまったのかッ。感情を素直に吐けないカカシに、あんな顔をさせてしまうなんて。その胸中の痛みと苦しみはどれほど深いものなのだろう。それを考えるだに、イルカの胸は引き裂かれるような痛みに襲われた。
「すいません、カカシ先生……! 不出来な親で、役に立たない父親ですいませんッッ」
カカシの顔をこれ以上見ていられずに、イルカは顔を覆う。
もうどうやって償っていいか分からないと、男泣きに泣いていれば、ぼそりと声が降って来た。
「……アンタ、オレの親になるつもりだったの…? 何その恐ろしい思考回路…」
最後の一言が聞き辛かったが、こくこくと頷いて返す。しばらくカカシは身動き一つせずに、何かと葛藤していたが、はぁぁぁと大きなため息が吐くなり、イルカを抱き起こし自分の膝の上に乗せた。
「っっ!」
腹の中にあったものがより深く挿さり、声にならない悲鳴があがる。まだ入れたままだった。
「カ、カカシ先生、抜いてくださいっ」
体の中心を貫くものに恐怖を感じ、身動きできずにいれば、カカシは重々しいため息を吐いた。
「…イルカ先生、暗部の媚薬を舐めてない? あーんなことで抜けたと思ったら大間違いだーよ」
思ってもみない言葉に、目が見開く。どういうことだと視線を揺らせば、カカシは真顔で言い切った。
「媚薬の知識が豊富で、しかも対処方法がよく分かっている奴と一週間ぶっ続けで交わらないと狂い死にするよ? さっきのは序の口だーよ。あれで終わるってなーんで思うかな」
それほど強い媚薬がある話は聞いたことがない。
「え、だ、だって、そんな媚薬知らな」
「あーぁ、だから中忍ってのは困るんだよねー。自分の知識の中でしか物が見れないんだーから。だいたいアンタが飲んだ媚薬は、薬物耐性がついている暗部専用だってーの。中忍で、しかも媚薬耐性つけてなさそうなアンタが本来飲んじゃいけないものなの」
「今後知らない奴からもらったものを飲み食いするんじゃないよ」と注意され、項垂れる。同じ里の者からもらったものを疑ってかからないといけないことが、とても寂しく感じた。
「返事は?」と睨まれ、イルカはこくりと頷く。寂しいけれども、こんな目には二度と遭いたくない。
「お、俺、どうすればいいんですか? そんな、媚薬に詳しくて、対処法をよく知っている人物なんて知りません」
先行く不安に涙が溜まる。
アカデミーの授業や、受付任務だってあるのに、変な媚薬を飲んだせいで狂い死にの運命だなんて嫌過ぎる。可愛い生徒たちの成長を見ることもなく、勃起したまま命果てるとは、最悪の死に様だ。
情けない死に様を晒すよりか、まだ意識のあるうちに前線任務へ赴いて命を散らせた方がと、鬱々と考え込んでいると、カカシが慌てたように声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと! アンタ、また録でもないこと考えてんでショ! 悲観的な考えに陥る前に、目の前にいるのは一体、誰? 今日一日分の媚薬を抜いてやったのは誰だと思ってんの?」
親指で自分を指すカカシを見て、イルカは止まる。
自分よりも華奢な体に、低い身長。手足は長いが、細いそれはまだまだ子供と言ってもよくて。
ずずっと鼻を啜り、イルカは瞬きを繰り返す。
けれど、カカシは子供と言い切ってしまうには抵抗がある。ひょろひょろの癖して、自分より大きいイルカを軽々と抱き上げられるし、何より今、イルカの中にあるものが全く持って可愛げのないサイズだ。
うーんと眉根を寄せて腕を組んだ。
狂い死にか、それともイルカに親の愛を重ねて見ていた子供のような大人のようなカカシに頼るべきか。とても悩ましい問題だ。
「ちょっと。考えるの長過ぎ。我慢している身にもなってよ」
何故だか徐々に息が荒くなっているカカシを見て、イルカは首を傾げる。一体、何を我慢しているのか、皆目見当がつかない。
どういうことだと口を開こうとして、わき腹を掴まれた。途端に走った甘い疼きに息を飲む。
「まどろっこしいんだーよ。何、悩んでるーの。アンタ、オレの家に住んでるんだから、黙ってオレを頼ればいいの」
「っ、ちょ、ま、待て! 触るなッ」
わき腹から胸元に指先を移動され、びくびくと体が波打つ。過剰に反応してしまうのは、まだ媚薬の効果が続いているということなのだろうか。
「気持ちいいんでーショ。素直になりなーよ。さっきからオレを締め付けてるの分かんない? もっと奥に欲しいって引き込もうとしてるの気付いてないの?」
あからさまな言葉に度肝を抜かれ、ぐわっと顔に熱が集まった。
「し、知るかッ。というか、子供が大人をからかうなッ。とにかく離せッ、離しやがれッッ」
胸元にある顔を掴んで後ろに押せば、「うわー、かわいくない」と手に噛みつかれた。そのまま舌を這わせ、音を立てながら舐め始めるカカシの行為に居たたまれなくなる。
「や、やめなさいッ。こらッ! やっぱりあんたの世話になるのは倫理的に無理だッッ」
親指を口に含まれたところで、手を引き戻した。その下から現れたカカシの表情は、子供とはいえない色香を漂わせながら、イルカを睨みつけていた。
「へぇー、子供。アンタにとって、オレは子供? 今まで散々あんあん言って、子供であるオレに縋りついていた訳だ。もっとって強請っていたんだー」
「ショタコン」と蔑むように吐き捨てられ、頭に血が上る。
今のは絶対聞き捨てならない。教師であるイルカが子供を慈しむことはあっても、性的対象として子供を見たことは一度たりともない。
「ふざけるなッ」と掴みかかろうとして、腰を持ち上げられた。ずるりと抜ける感覚に、背中が震える。排泄感に似た震えは、快楽を伝えてくる。
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18禁入りました! でもエロくないという…。
途中で区切ってすいません。続けるとながくなるのでわけました。