色温度 8


「ふ、う、嘘だぁ」
 続いて手を離され、目の前が白く褪せる。甲高く鳴く声は自分のもので、走った衝撃に思わず目の前のものに縋りついた。
「アンタ、自分の言ったことに責任持ちなさいよ。なーに、子供相手におっ立てて縋りついてるわけ?」
「う、あ、あ、」
 自分の腹に反り返るもの感じ、反論できなかった。粘りつくような快感に翻弄されて、意識がどろどろに溶けてしまいそうだ。
「お尻に子供のもの入れてさー。あんあん善がってるアンタはショタコンじゃないって言えるーの? 変態教師」
 容赦なく腰を持ち上げ落とすカカシの言葉に、胸が鋭く痛む。否定したいのに、否定できない浅ましい自分が情けなくて消え入りたくなった。
 腰から手を離し、突き上げるような動きに変え、胸元をくすぐり始めた手に身悶える。
 指先が胸の突起を摘んでは捏ねる。時々、強く摘まれると、体に痺れが走った。開けっ放しの口からはひっきりなしに甘い声があがり、まだ意識のある自分をひどく貶める。
「イルカ先生、乳首感じちゃうの? ここに触るとオレのぎゅっとしがみついて離さないんだーよね。噛んであげようか?」
 カカシの声に、ぞっとした。これ以上乱されることが嫌で、見下ろせば、にたりと笑った目と合った。
「っっ、あ、あぁぁ!」
 直後に噛みつかれて、押さえ切れない嬌声が迸る。それと同時に、腹に反り返ったものが吐き出した。
 申し訳程度の少ない量がカカシの胸に飛び散る。けれど、自分の快楽を追い始めたカカシはそれに気付かず、腰を突き上げ続けていた。
カカシが動く度に、勝手に揺れる体を他人事のように感じながら、イルカは呆然とする。
吐精した体は快楽で揺らぎ、引っ切りなしに訪れる波に飲み込まれ、あられもない嬌声をあげていた。でも、心は凍て付くように冷たい。
教師として誇りを持っていた。だが、この様は何だ。子供のすることに善がって、縋りついて、挙句の果ては己の出したものをぶっかけて、一体、今まで何をしてきたのかと絶望した。
「出るっ、出すよ」
 切羽詰まった声をあげ、イルカを寝台に押し付け、形振り構わず腰を叩きつけられた。一際大きく腰を打ち付け、カカシが喉を曝け出して呻く。直後に腹の中で弾けた熱いものを感じ、イルカは情けなくて涙が零れ出た。
 もうダメだ。俺は終わった。人間、失格だ。子供のものを入れられて気持ちいいと思っちまうなんて……。


「あー、気持ちい…。って、アンタ何泣いてんの?!」
 ひぃぃんとか細い声を上げ、顔を覆っていると、カカシが素っ頓狂な声をあげる。
「ちょ、ちょっと、アンタ! い、痛かった? 何度も遣り過ぎちゃった? ご、ごめんって。えっと、ちょっと調子に乗りすぎたって、いや、アンタもね、アンタがエロいのも原因なのよ?! やたらとオレを煽ってくるから、歯止め利かなくてッッ」
 今抜くからと、体を引いた途端に、どろりと何かが出てきた。考えなくても分かる。カカシのあれだ。
 普通なら気持ち悪いと吐き捨てるものなのに、どうしてかあまり拒否感のない自分にもっと衝撃を受ける。情けなさ過ぎて、より泣けてきた。
 うつ伏せになって、わんわん言って大泣きし始めたイルカの側に座り、カカシはわたわたと手を振る。
「いや、そんなに泣かなくても! こ、これはアレだって。治療だって、治療! ね、泣かないで。こんなこと忍びなら普通によくあることだってッ」
「こんなこと普通にあって堪るかぁ! お、俺は変態なんだっ。子供に入れられてイカされて、今まで生きてきて一番気持いいって思っちまったぁッ。俺は子供に欲情する変態教師なんだぁっ」
「え?」
「いくら媚薬に侵されていたからって、あれは異常だっ。女抱くよりも良かったって、一体何だよッ。俺の人生、もう終わったっ。これから一生、日蔭者として生きていくしかないんだっ。子供に近付いちゃいけない人種になっちまったんだぁッッ」
 「父ちゃん、母ちゃん、不甲斐ない息子でごめん」と突っ伏して、亡き父母に謝っていれば、「そ、そうなんだ」と笑いをかみ殺した声が聞こえてきた。
 人が真剣に悩んでいるというのに、何て奴だ。というより、子供をそういう目で見る変態の側にいると危ないんだぞと、顔を上げて驚いた。
カカシは顔を真っ赤にしていた。いや、顔はおろか全身真っ赤に染め上げている。
何故、赤くなるのか意味不明だ。
危険人物を前にして、逃げる素振りも見せずにこの場に留まり、うろうろと視線を彷徨わせているカカシの気持ちがわからない。
これが世代観の食い違いという奴なのだろうか。
 ぽかーんと口を開けて見ていれば、カカシはわざとらしく空咳を繰り返し、イルカに視線を寄こした。


「そういう結論に飛びつくのは、まだ早いんじゃない?」
 いっちょ前に慰めようとしているのだろうか。
 気持ちはありがたいが、数分前に突き付けられた事実を前にしては、何を言われても耳に入りそうにない。
 せめてその気持ちだけは受け取るよと、眦に浮かんだ涙を拭いて、生温い目をカカシに向けた。すると、カカシは頬を膨らませる。
「ちょっとッ、ちゃんと聞きなさいよ! アンタのその思い込みをちゃんと解決してあげるから、耳の穴かっぽじって聞いてよッ」
 子供の癖に頑張りやがって。
 カカシの必死な姿が微笑ましい。聞き分けのない孫の話を聞く祖父の顔をして、イルカは何度も頷いた。
カカシはぴくりと頬をひきつらせ、拳をわななかせていたが、一度深呼吸すると、おもむろに口を開いた。
「アンタさ。今まで、自分の生徒をそういう目で見たことあるの? ナルトやサスケの入れて善がりたいって思ったことあるの?」
 とんでもないことを言い出したカカシに、衝撃で脳梗塞を起こしそうになる。
「な、何言ってんですか?! 例え話でもそんな話はしないでくださいッ。あいつらを侮辱してるんですかッ」
 布団を叩き、怒りを露わにするイルカへ、カカシはため息交じりに続けた。
「じゃ、今、受け持っている生徒は?」
 言われて、かわいい生徒たちの顔が思い浮かぶ。あいつらと俺がほにゃにゃらする? そんなこと……。
 ぞわっと全身総毛立った。想像することすら拒否反応が出る。ぞわぞわとした悪寒を感じるばかりか、吐き気までした。
 思わず口を押さえると、カカシは小さく笑って腕を掴んできた。そのまま腕を引き寄せ、イルカの手のひらを捧げ持つと、ゆっくりとした動作で唇を寄せる。
 さっきまでイルカが口を押さえていた場所に、恭しく、まるで敬虔な信者のように跪いて、唇を押し当てられた。
 カカシの息が手の平に触れ、我に帰る。
 イルカの目前で長い睫が振るえ、ゆっくりと目が開く。色違いの瞳がイルカを見据え、優しく微笑んだ。


「ッッ」
 咄嗟に手を取り返した。カカシに触れられた手が熱い。どくどくと脈打つ手につられて、心臓まで騒ぎ始める。
 一体、何だってんだ!
 顔も熱い気がして擦っていれば、カカシが「どう?」と尋ねてくる。
 直視できずに、何がだとぶっきらぼうに問えば、再び腕を掴まれた。途端に生まれる熱に戸惑って抗えば、それより強く腕を引かれる。
 腕を掴む力は痛みさえ感じた。うつ伏せの格好で腕を引き上げられ、中途半端に上半身が浮く。無理やり引き上げられ、呻き声が零れ出た。
イルカの上に影が落ち、顔を上げれば、真剣な顔をしたカカシがいた。
 根詰めたような、どこか必死さを感じさせる表情を浮かべ、カカシは口を開く。
「違うでショ? オレと、アンタの生徒たちは、全然違うでショ」
 暗闇の中、色違いの瞳がきらめいた気がした。切なさを含んだ眼差しを注がれ、言葉に詰まる。
何も言えずに見返していれば、カカシは顔を歪めた。


「――オレは、子供じゃない」


 どうして分かってくれないのかと、カカシは呟く。
苦しさを吐けずに顔を歪めながら、それでも決して逸らさず、真っ直ぐ挑むように視線を送るカカシに、イルカは己の間違いを認めた。
目に見えるカカシはイルカよりも小さくて、華奢で、守ってあげなければならない存在だ。だが、イルカを見つめる眼差しは、すでに一人前の男のものだ。
庇護されることを良しとせず、己の信念を貫く強さを持つ、男の眼差し。
子供でも男なんだと気付いて、どこか意固地になっていた自分が解けるのを感じた。


「……カカシ先生。媚薬を抜く手伝いを、お願いしてもいいですか?」
 しばらく見詰め合った後、イルカはようやく口にすることができた。
 自分よりも年下のカカシに、再び抱かれるのはまだ抵抗がある。でも、イルカにはカカシ以上に頼れる男を思い浮かべることが出来なかった。
 突然の申し出に動揺したのか、しきりに瞬きを繰り返すカカシに笑みが零れ出る。
 痛重い体を何とか起こし、未だに腕を掴んでいるカカシの手を軽く叩いた。
「ご、ごめん」
 ようやく解放された腕には、カカシの指の跡がくっきり残っていた。一体、どれだけ力を入れていたんだと苦笑しながら、イルカは正座に座り直し、深々と頭を下げた。
「もう一度、カカシ先生の家に住ませて下さい。虫のいい話ですが、俺にはあんたしか頼る人がいません」
 きっぱりと言い放ち顔を上げれば、唇を引き結び、難しい顔をしたカカシに出くわした。
 やっぱり虫のいい話だったかと、内心冷や汗を流しながら、それでも頼れるのはカカシだけだと、イルカはとっておきを切り出す。


「や、あの、俺、まだカカシ先生との約束守れてませんし! も、もちろん家事もやりますけど、最初に交わしたのはカカシ先生との食事じゃないですか。今までは何だかんだあって出来ませんでしたけど…」
 一度した約束は守らないと駄目ですよねとごり押しする前に、カカシが小さく声を上げた。
「……覚えてたの?」
「え?」
「オレとの約束、忘れてなかったの?」
 難しい顔をしたままだが、カカシはイルカを無視する気はないらしい。
 まだ意思疎通がはかれることに安堵しつつ、もちろんと頷く。
「忘れる訳ないじゃないですか。指切りまでしたのに」
 だから、家に置かせてくれとお願いしようとして、目の前のカカシの顔がくしゃりと歪んだ。突然のことに驚いている間にも、カカシの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「カ、カカシ先生?」
 まさか泣かれるとは思わず、度肝を抜かれた。
後ろを見ても、左右を見ても原因となるものは何もなく、カカシの前にはイルカしかいない。イルカが泣かしたことは間違いようがなかった。
泣かせた理由が分からず、どう慰めようかと動揺していれば、カカシはしゃくり上げながら言葉を紡いだ。


「せ、先生、オレと一緒に食べるって言ったのに、いっつも忍犬たちのことばっか構ってるし、オレが話しかけても上の空だし、いなくなったら気にしてくれるかと思ったら、オレのこと気にもしないで忍犬たちと普通に暮らしてるし、オレ、オレッッ」
 うわぁぁと布団に突っ伏し、本格的に泣き始めたカカシを前に、どっと冷や汗が出た。
 同僚たちと話した会話が脳裏でリプレイされる。もう少し早く聞くことができたら、また違った結末になっていただろうに。
 わんわん泣くカカシの華奢な肩を抱き、イルカは「すいません」と真心込めて謝った。柔らかい髪を撫でて、あやすように額を擦り付ける。
 何度も繰り返していれば、徐々にカカシの泣き声は小さくなっていったが、それでもしゃくり上げながら、イルカを責め立ててくる。それに逐一頷き返し、イルカは深く反省した。
 やっぱりカカシはまだ子供だ。人の温もりを求めて止まない、孤独な子供だ。
 ぎゅっと胸が引き絞られた。
カカシの涙を止めるのが自分だったらいいのにと思いながら、イルカはカカシの言葉を聞いた。
 イルカが暢気に、と言われると声を大にして違うと言いたいが、忍犬たちと家事に追われながら暮らしている間、カカシはずっと家の屋根裏に潜んでいたらしい。
 カカシの目には、カカシのことを忘れて、忍犬たちとそれはそれは仲良く暮らしていたように見えたようで、顔を真っ赤にして非難された。実際は言いようにこき使われていただけなのだが、カカシがそう見えたならば、そうなのだろう。
 この度、イルカがパックン宛に出した式を、パックンからもらい、もっとも見つけやすいであろう大通りを何度も歩いていたそうだ。だが、イルカは全く姿を見せず、小一時間経っても来る気配がないのに不安を覚え、忍犬たちに捜索させたところ、イルカは暗部の後輩のところで媚薬を飲まされ、前後不覚になっており頭にきたと、話した。
 その後はカカシがイルカの媚薬を抜くために抱いたことに繋がるのだが、そのことまで詳しく話し出そうとしたカカシに、イルカは固く口止めをお願いした。


「イルカ先生ってば、突然、オレの家出るって言うし、オレのこと子供扱いするし、子供としか見てくれないし、もう、オレ、オレ」
 ひっくと大きくしゃくり上げるカカシの背を優しく叩き、何度も謝る。すると、カカシは鼻を擦りながら、イルカを見上げてきた。
 やたらめったら擦るから、目元や鼻の下が少し腫れている。
 今は暗いから分からないが、明るいところで見たら赤くなっているんだろうなと、イルカは眦についた涙を親指で拭ってやった。
 くすぐったそうに首を竦めた後、カカシは一瞬逡巡してから、消え入るような声で呟いた。
「――意地悪して、ごめんなさい」
 涙を浮かべ、叱られることに怯えているような、頼りない表情を見た瞬間、イルカの中で何かが生まれた。
 明確な言葉には出来ないが、確かに存在するもの。
 手を伸ばせば触れることさえ出来そうなのに、うまく言葉にできないもどかしさを覚えていれば、カカシの頭が落ち込み、脱力した。
 ずり落ちるカカシを慌てて抱き止める。顔を覗き込めば、カカシはあどけない顔をして眠っていた。
 慣れない感情の爆発で、疲れ切ってしまったのだろうか。
 くーくー寝息を立てながら眠るカカシの前髪をかき上げ、イルカは笑みを浮かべる。
 行き違いだらけだったが、今日から、本当にカカシと一緒に暮らすのだ。


「改めてよろしくお願いしますね、カカシ先生」
 眠るカカシの耳元に囁けば、カカシの顔が柔らかくほころんだ。
 それが嬉しくて、つい笑ってしまう。
 カカシとの付き合い方もそうだが、忍犬たちや、姑パックンのこともまだ解決には至っていない。これからイルカを悩ませる問題だって、山ほど出てきそうだ。
だが、カカシと一緒に暮らすことで、生まれた何かが明確になる気がした。それが何なのか、今は皆目見当がつかないが、見守りたいと思う。
 給料日まで、あと十日。
 その日まで、カカシや忍犬たちと一緒に笑ってご飯を食べようと、イルカは決意した、のだが。


「……その前に、これをどうするかだよな」
 誰にでもなく呟いたイルカの前には、あまり直視したくない惨状が広がっている。
 とても気持ち良さそうな敷布は、今や、色んなもので湿っており、畳には白い何かが飛び、壁に寄せている枕は、よく見れば中身が飛び出て白い羽が舞い散っていた。
 そして、とても気が重くなることに。
「……どうすればいいんだ」
 先ほどから太ももに流れ出る、考えたくない感触に、イルカは天井を仰ぐのだった。
 前途多難。
 そんな言葉がイルカの頭を過ぎる。
「ふ、ははははは、はははははははははははは」
 ひとまず笑っておこうと、イルカは現実逃避に勤しんだ。






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ここから、カカシ先生の泣き虫具合に拍車がかかります…。うおお。