うみのイルカと初めて出会ったのは、初めて持った部下を介してのことだった。


「草むしりなんて、もー嫌だってばよぉ! もっとド派手でおれが活躍できる任務がしたいってばよーッ」
「あのねー。忍びがド派手なことしてどうすんのよ。忍びは根本的に潜んでなんぼのお仕事よ? それに、これも立派な任務でしょうが」
「ち、ウスラトンカチが」
「も〜、サスケくんってばぁ」
 おままごとのようなDランク任務を終えた後、毎度のように騒ぐナルトと、便乗するかのように悪態をつくサスケと、その姿にハートを飛ばすサクラを宥めすかし、任務報告のため受付所へ向かっていたときだった。
 いつものように文句を言うナルトへ適当に返事を返していると、渡り廊下に差し掛かったあたりで、突然ナルトが駆け出した。


「イッルカせんせー!!」
 声を弾ませ、前方を歩く男に向かってタックルをしかける。男は背後の気配に気づいていたのか、特に驚くこともなく、腰にしがみついたナルトを受け止めていた。
 大好きな主人を見つけた子犬のように、じゃれるナルトを呆気に取られて見ていると、サクラとサスケも引き付けられるように歩み寄っていく。
「こんにちは、イルカ先生」
 どこか嬉しそうに挨拶するサクラの言葉に、カカシは足を止める。サクラの隣では、珍しくサスケも会釈していた。
 子供たちの様子に、これはと思う。そのまま話し出す四人に、カカシは離れた所で観察することにした。
 男は笑いながらナルトの頭を撫でた後、嫌がるサスケとサクラの頭も同様に撫でて文句を言われている。
 骨太の骨格に、大きな口。鼻のど真ん中へ横に一本傷がある男は、中忍以上がつけるベストを身につけている。頭の天辺で結ばれた髪は固そうな黒髪で、男が動く度に元気よく跳ねていた。
 凡庸な男だと思った。特筆するところもなく、どこにでもいる普通の男。
 だが、男を見詰める子供たちの顔が年相応になり、少し甘えの入る態度を見せていることから、全幅の信頼を寄せていることが窺えた。
 子供たちが呼んだ名を思い出す。
 アカデミー教師のイルカ先生。怒ると恐いが、優しい、いい先生だと、子供たちは口々に評した。
 忍びとしての実力はあまりなさそうだが、子供の扱いはうまいようだ。
 そんなことを考えながら、四人のやり取りを見つめていると、突然、ナルトが背後を振り向き指さした。


「イルカ先生。これがカカシ先生だってば」
 ナルトの言葉に、舌打ちをつきたくなる。それと同時に、イルカがこちらを向いた。
 真っ黒な瞳に驚きと喜びの感情が浮かんだのを見て、カカシは嫌な予感を覚えた。
 イルカが見せた感情は、里に帰ってきてからカカシが散々遭遇してきたものだった。
 写輪眼だ、里の誉れだと崇められ、どうにかしておこぼれをもらおうと群がる里の忍びたち。
 戦場ではあり得ない、浮ついた感情を押しつけてくる里の忍びに、いい加減嫌気が差していた。
 できるならば、そっとしてもらいたくて、カカシは今の今まで気配を消していたのだった。
 向こうが気付かないならば、そのままスルーしようと考えていただけに、ナルトの言葉は痛かった。
 あとでしごいてやると毒づきながら、カカシはよそ行きの笑みを浮かべる。子供たちの元教師となれば、冷たい態度を取るわけにもいかない。
「えー、あの…」
 カカシがしぶしぶ挨拶しようとした、次の瞬間、
「バカもん! 上忍師の先生に向かって『これ』とはなんだ、『これ』とは!!」
 目にも留まらぬ速さで、ナルトの脳天に拳が埋まる。声すらあげず、廊下にうずくまるナルトを茫然と見た。
 放っておけば姦しく一日中喋っているナルトが、言葉を無くし痛みをこらえている。
相当痛かったのだろうなと他人事ながら同情していれば、拳骨を落とした本人は鼻で息を吐くなり、うずくまるナルトの手をひっつかみ、カカシへと歩み寄ってきた。
 いてーよーっと、ようやく口を開いたナルトに言葉も返さず、イルカはカカシの真正面に立つ。
 近くで見ると、結構強面の顔をしている。ナルトを殴った余韻か、厳しい顔でこちらを見つめる目は鋭かった。


「え、えっと……」
 柄にもなく、緊張した。
 居心地がすこぶる悪くて、どうやってこの場から抜け出そうかと頭を回転させていると、突如男は真直角に腰を折った。
「申し訳ありません、はたけ上忍。失礼なことをこいつが言いまして! 後からきつくお灸を据えますので、どうかご容赦ください」
「い、痛いってばよー!!」
 ナルトの頭を掴み、一緒に頭を下げさせる男に、どう反応していいか分からない。
 「自業自得〜」と笑うサクラに、「馬鹿が」とサスケが口を挟む。二人の落ち着いた態度に、日常的なことなのかと思っていれば、カカシの目の前で二人は激しく言い合った。
「何だってばよっ、おれが何したって言うんだってば!」
「おめぇなぁ、上忍師に向かって『これ』とか言うんじゃねぇッ。はたけ上忍はな、お前の師に当たるお方だ。しかも、写輪眼のカカシといや、里を代表する忍びだぞ! そんなお方に師事できるだけでも幸運だってのに、その態度は何だっ。できることなら、お前と変わって俺が師事したいくらいなんだぞ!!」
 真っ赤な顔でナルトに言い募るイルカに、言葉を挟むことができない。隣ではサクラが笑い、サスケは鼻で笑っていた。
「えー? だって、カカシ先生ってば、待ち合わせ時間にいっつも遅れてくるし、変なエロ本読んじゃニヤニヤしてるし、箒頭だし、顔を隠してるし、何か胡散臭いってばよ」
「ナルト! お前は、また…っ」
 拳を振り上げるイルカから頭を庇い、ナルトは叫ぶ。
「お、おればっかじゃないってば! サスケなんて、カカシ先生のこと、呼び捨てで呼んでんだぞっ」
 ナルトの言葉に振り下ろそうとした拳が止まる。そして、犠牲者は二人に増えた。
「すいません。本当に申し訳ありません。アカデミーでの教育が行き届かないばかりに、はたけ上忍には不快な思いをさせてしまいまして」
 頭を押さえ呻いている二人を後ろに、イルカはぺこぺこと頭を下げ続ける。
「いや、はぁ、まぁ…」
 確かに二人の態度は上司に対する態度ではないが、カカシ自身、礼儀云々は特に気にしない質だ。
 そのことを説明しようかと迷っていると、イルカは急に何か思い出したように顔を上げ、小さく呻いた。
「あ、やべ。交代時間に遅れる。サクラ、俺、もう行くな。気をつけて帰れよ。え? 今から任務報告か? じゃ、また後でだな」
 サクラに手早く話し、イルカはカカシを見つめてにっこり笑った。
「不出来な奴らですが、こいつらのこと、どうかよろしくお願いします。では、失礼いたします」
 こちらが口を開く暇もなく、イルカは深々と腰を折るなり、きびすを返した。途中で、頭を押さえている二人を手荒く撫で回し、「礼儀はちゃんとしろよ」と声をかけて、イルカは走り去る。
 嵐のように過ぎ去る背中を呆然と見送り、カカシはようやく口を開いた。
「……サクラ。あれがイルカ先生?」
「そうですよ。あれが、イルカ先生です」
 いい先生でしょと、カカシに向かって笑ったサクラに、返答のしようがなかった。
 ただ、カカシに群がっていた里の忍びとは違うことだけは分かった。他人の心配をするだけして、自分を売り込まない者など今までいなかった。
 腕を組んで、唸る。何というか。
「……変な人だーね」
 総評してそう言ったカカシに、サクラは「カカシ先生に言われたくないですよ」と顔をしかめた。
 自己紹介すらまともになかった初対面だったが、その後に行った受付所で、改めてお互いの名を名乗り合った。
 名乗らなかった不手際に、イルカは大層恐縮していたが、それをきっかけに会えば挨拶する仲になり、イルカ先生、カカシ先生と呼ぶ間柄になった。ただし、それは中忍試験で言い争う前までのことだ。


 ナルトたちを中忍試験に推薦したことが事の発端だった。
 カカシなりに実力がついたと判断した上での推薦だったが、イルカは真っ向から反対した。
 元生徒に対する過保護ぶりが鼻につき、カカシは大勢の前で容赦なくイルカの顔を潰した。やりすぎだと、他の上忍師仲間に諫められたが、カカシとしては当然のことを言ったまでに過ぎない。
 火影の一声で場は収まったとはいえ、解散する直前、カカシを睨みつけたイルカの怒りに満ちた眼差しは見物だった。
 初対面の時に変わった人だと思っていたが、忍びの実力や階級、その他もろもろでも到底及ばないと分かった上で、それでも面と向かって怒りをぶつけるような変わり者は初めてだった。
 新鮮ささえ覚え、そのとき、イルカという男に興味を持った。もっと話してみたいと思ったが、結局、それは果たされなかった。
里の転覆を狙った、侵攻。
木の葉崩し。
 それにより、全てが変わってしまった。
 三代目が逝き、混乱の最中、サスケが里抜けをした。残りの部下もそれぞれ違う師の元へつき、カカシは一人、他の忍び共々、里を立て直すため任務に励んだ。
 新しき火影が里を継ぎ、復興していく木の葉を横目で見ながら、カカシは任務を無心にこなした。
 任務の合間に里へ帰り、一夜の享楽を味わい、再び任務へと赴く毎日。
 子供たちと過ごした日々が遠い過去のようで、夢のように曖昧なものへと変わり始めた頃、再びイルカと出会った。



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次回、カカシ先生が女にフェ○させている描写入ります!!







色温度ぷらす 1