「っ」
茹だるような熱を吐き出すように、小さく息を吐いた。
体は快楽を感じ、先へと駆り立てる。だが、それらの熱とは裏腹に、頭は急速に冷めていった。
乗り切らない癖に何をしているのだと冷静な頭で思う。こんな場所で局部を曝け出し、女に咥えさせている自分が、滑稽なことこの上ない。
くつりと出た笑いに、女が反応した。
自分への嘲笑を、女は勘違いしたようだ。上目遣いで嬉しそうに微笑み、さきほどよりも激しく出し入れし始める。
女の先走った行動は欲を煽る熱とはならず、白け具合に拍車がかかる。本当に、一体、何をやっているのだろうか。
ここは歓楽街の路地裏。
この界隈には、隠れて情事を交わす男女の姿を見ることができる。要は、宿を取るのももどかしい者たちが、こっそりと情を交わし合う場所だ。
任務を終え、一息つこうかと思った矢先、女に捕まり、歓楽街の路地裏に連れ込まれた。
その気のないカカシはまとわりつく女を牽制しながら、家の様子を尋ねたが、女から返ってきたのは情欲に濡れた眼差しだった。
断るのも面倒臭くて、女のやりたいようにやらせたが、ここまで盛り上がらないとはカカシ自身思わなかった。
そろそろ手を切る頃か。
口を窄め、無心に奉仕する女を見下ろし、カカシは思う。
始めこそ、世話をしたいと殊勝な顔で家の掃除や食事の準備など、カカシの役に立ってくれていたが、近頃ではカカシを見る側から盛って圧し掛かってくる。女の要望に付き合うのも、疲れたというのが正直なところだ。
この女とはこれっきりにしようと、女の顔を掴み、ラストスパートを切った直後、覚えのある気配を感じた。
「……あ」
つい漏らしてしまったという声に顔を上げれば、そこにイルカがいた。
中忍試験の時よりも痩せ、全体的にくたびれている。
どうしてここにと、頭の片隅でぼんやりと思う。顔見知りの前でこの状況は不味いかと思うものの、体はすでに終わりを求めて走り出していた。
ひとまず済ませてしまおうと、耐えることはせず素直に吐き出した。
小さな音を立てて、女はいつものように飲み下す。自分が出したとはいえ、よくこんなものを飲むものだ。
女の趣味の悪さに呆れていれば、突っ立っていたイルカが変な音を出して鼻を押さえた。
瞬間、嗅ぎ取った血臭に、ナルトが嬉々として言っていたことを思い出す。
「ふーん、本当に鼻血吹き出すんだーね」
ものを仕舞いながら、ふがふがと何か言っているイルカにぼんやりと視線を向けた。出すものを出してしまえば、全てがどうでもよくなってくる。
今日はこのまま眠りたいと欠伸を噛みしめていれば、イルカに気付いた女が悲鳴をあげた。
「ッ、いつから…! カカシ、あんた!!」
噛みつかんばかりに睨まれ、ため息が零れ出た。上忍の癖に中忍の気配すら察知できないとは弛んでいる。
その怒りはお門違いだろうと、指摘することも面倒臭くて、ぎゃんぎゃんわめく女から視線を外す。
全てが面倒だ。このまま放って逃げようかと思っていると、何故かイルカが割り込んできた。
「あ、あのあのあの」
おろおろと視線をさ迷わせ、憤る女に声をかけている。イルカの行動は失態としか言いようがない。火に油を注ぐ行動だとは思わないのだろうか。
案の定、女はカカシからイルカに怒りの対象を変え、般若の如き顔で唸り声をあげた。
「消してやる」
蛇に睨まれた蛙のように、元々顔色が悪かったイルカの顔がますます悪くなる。そのまま失神しそうなほど恐怖に顔を強張らせているイルカへ、助け船を出してやることにした。
「やめなーよ。どうせ誰にでもあんなことしてんでショ。純情ぶるのも今更だーよね」
カカシとしては、イルカに見られたくらいで怒ることではないと諌めたつもりだった。だが、二人は違ったらしい。
「…カカシ、…あんた……」
震える女に、何故かイルカの方が泡を食ったように慌てだした。カカシへ必死に視線を向け、何かを伝えようとしている。
この危険な女を早く連れ出せとでも言っているのだろうか。
面倒だなと耳をほじる。だが、確かにこの女の沸点の低さは、中忍としては命が危ぶまれるレベルだろう。子供たちの元教師が、カカシの前で死んだとなれば色々厄介なことになりそうだ。
仕方ないとため息を吐いて、イルカの望み通り連れ去ることにする。
ところが、事態はカカシの斜め上方向に突き進んでいった。
気が乗らないなりに女に掛けた言葉は、女を逆上に駆りたて、おまけに、女の口からは失笑しそうなほどの陳腐な台詞が飛び出た。
「私はあんたの家政婦じゃないのよッ」
悲劇のヒロインを演じる女に付き合っていられない。
家政婦を望んでカカシに近付いた癖に、今更何を言っているのかと頭が痛くなった。
カカシから、女たちに頼んだことは一度たりとてない。女たちがカカシに擦り寄ってきては、勝手にしたいことをした挙句、カカシをひどい男だと詰ってくる。
過去の女同様、この女も「何か私にして欲しいことがあるなら言って」とあまりにしつこく言うから、身の回りのことをしてくれと言っただけだ。性欲処理もどちらかといえば、役に立ってくれた女たちへの礼の一環だ。
女の望むことをさせてやっているのに、どうしてカカシが詰られなければならない。
「そうですよ、カカシ先生! あんた女の人を何だと思ってるんですかッ」
それだというのに、イルカまでカカシを詰ってくる。さきほどの言葉を撤回して、女を抱き締めろと言われた時は、軽く目眩を感じた。
イルカは全く分かっていない。
この女はカカシを利用するために近付いてきた者であって、カカシの恋人でも何でもない。こんな女をカカシの恋人と間違うとは、未来の花嫁に頭を下げてもらいたいものだ。
カカシには夢がある。
自分の家で、嫁さんと忍犬と一緒に暮らすという、ささやかで幸せな夢が。
今はまだ、カカシの嫁らしき人物は現れていないが、きっとどこかにいるに違いない。
育ての親が、幼き頃よりカカシによく言っていた。
「運命じゃ。嫁となる者はそれとなく分かる。他の者とは衝撃の具合が違うものじゃ」と、自分が見染めた相手との馴れ初め話を耳タコになるまで聞かされた。
何度も聞く話は全く代わり映えもなく、三度目で正直つまらないものに思えたが、ただ、そのときのことを語る育ての親の幸せそうな顔は、ある意味憧れでもあり、まだ見ぬ運命の嫁に熱い思いを募らせる切っ掛けとなっていた。
できることならば、カカシの運命の人はイチャパラに出てくるヒロインのようなエロいけれど可愛い、カカシのことを深く思ってくれる芯の強い子がいいと、密かに願っている。
カカシが未来の嫁さん像に胸を高鳴らせている間に、女とイルカは二人で見詰め合っていた。
妙な連帯感を醸し出す二人に、カカシは心の中で呻く。
女というものは味方を嗅ぎわける能力が秀でているのか、さっきまで敵視していたイルカをこれ幸いに利用する腹積もりらしい。
女の臭い芝居に絆され、俺に任せろと目で告げているイルカの道化具合がいっそ哀れに感じた。仮にも一度、殺されかけたというのに、人がいいというか、単純というか。
じりじりと迫ってくる二人の暑苦しい気配に、もう限界だと息を吐く。
「面倒だねぇ」
この一言に尽きる。
さっと顔色を変える女の鋭さに、その通りだと鼻で笑ってやった。
お前はいらない。とっとと、消えてくれる?
差し向けた視線に殺気を忍びこませれば、女は本気だということを悟ったようだ。
反論もなく唇を噛む様に、胸がすいた。
写輪眼のカカシというブランドを、周りの者に見せびらかしたかっただけの女。カカシの面倒を見ていればそのうち手玉に取れるとでも思っていたのだろうか。
「――分かったわ。もう二度とあんたの家には行かない……」
言質は取った。これで後々の面倒事は回避できる。
頷いて、お帰りを願えれば、女の足は止まったまま動こうとはしなかった。
気位の高い女だと思っていただけに、その行動に内心驚いていれば、女はその高さ故に、生贄を所望したようだ。
素晴らしく流暢に罵倒の言葉を投げつけ、女は最後に見事な二連打を決め、イルカを地に沈めた。
「ふん」
女は長い髪を払うなり、今度こそ去っていった。
妙な別れ方になったが、思ったよりこじれずに済み、清々した。だが、その代償に残ったのは、八つ当たりを受けた可哀想な子羊だ。
「あーぁ、どうすんのコレ」
腹を抱えたまま、ぐったりと横たわるイルカの側にしゃがみ込んで、様子を見る。完全に気を失っている様子にぼやいてみるが、当然、カカシに答えをくれる者はいない。
路地裏に突っ伏す、子供たちの元教師。
そういえば、あの時カカシに噛みついた男を新鮮だと思い、興味を覚えたのも事実だ。もっと話がしたいと思った人物でもある。
うーんと、腕を組んでしばし考える。
気を失っているイルカの顔は青白く、肌艶もかなり悪かった。そして、イルカの手には見慣れない小さな風呂敷が握りしめられている。
気になってその中の物を確認すれば、男物の下着が一枚入っているだけだった。何故こんなものをと不思議に思い、所持品が他にないかと探れば、巻物が入るはずのベストのホルダーには数枚の小銭が入っているだけで、後は何も見つからない。
手の平に広げた小銭を見詰め、もう一度唸る。
「うーん」
イルカの汚れ具合とやつれ具合、そして、みみっちい金とパンツ一枚持って、こんなところへ現れた不可解さ。
事実上、第七班が解散となり、上忍師のカカシが単独任務に出ることになったように、イルカの身にも何か変化があったのかもしれない。
そう考えた瞬間、カカシはイルカの体を担ぎあげていた。
任務を終えた直後に女に絡まれ、疲労はピークを迎えている。背中に向かって、呑気に寝息を立てている男に文句の一つでも言いたくなったが、その場に放り出そうとは思わなかった。
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カカシ先生は実は夢見る乙女だった設定……。
色温度ぷらす 2