『おかえり』8
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「…イルカ」
柔らかな音と感触を感じて目を開けた。
見下ろすカカシと目が合い、一瞬、分からなくなった。
耳に心地よく響いたのは、術に掛かる前のカカシの声で、目の前のカカシは昨日一緒にいたカカシと違い、大人の顔つきをしていた。線が細かった顔の輪郭は、硬質的な男の顔になり、幼少時の面影を若干残すだけに止めている。
それでもまだ細い首筋に、イルカは成長したのかとぼんやりと思う。
「……なんで、泣いてるんだ?」
昨日はイルカが泣いた。自分の愚かさに絶望して、カカシの過去に不必要なものを加えてしまったことに、イルカは泣いた。
手を伸ばして、カカシの目の縁に浮かぶ涙を拭う。カカシは柔らかく微笑むと、添えられたイルカの手を掴み、頬を押し付けた。
「……何でもないよ。おはよう、イルカ。今日もいい天気だよ」
カカシの言葉に視線を窓に向ければ、白い光が障子を突き抜け、室内を照らしていた。
「ホント、いい天気だ。絶好の洗濯日和だな」
上半身を起こし、「おはよう」とぎこちなく笑う。握られた手をそれとなく取り戻し、イルカは立った。
「今日の朝飯は何がいい?」
振り返って尋ねれば、カカシは涙ぐんだままイルカをじっと見つめていた。感傷的なものが入った眼差しに、どうしたんだと首を傾げれば、カカシは何でもないともう一度呟き、袖で目を擦った。
「今日は、久しぶりの休日なんだ。ねぇ、イルカ。外でご飯食べない? お弁当作ってさ。俺、手伝うーよ」
突然のお誘いに目が見開く。断る理由が見つからなくて頷けば、カカシは喜んだ。
「じゃ、台所行こう!」
手を掴まれ、引っ張られた。急に引っ張るものだから、前のめりにたたらを踏みこんでしまう。
「お、おい、カカシ。まだ布団片づけてない!」
寝乱れた一組の布団を振り返れば、カカシは「いいのいいの」と笑って取り合ってくれない。
「弁当作るのが先ッ。今日はイルカとのんびり外で過ごすって決めてんだからーね」
無邪気に笑うカカシに、胸が痛みを発する。好意を素直に伝えてくるカカシが眩しくて、まともに見ることが出来なかった。
カカシの言う通り、まず弁当作りを始めた。朝食は朝食で作ると言ったイルカに対し、カカシは時間が勿体ないと大層渋り、結局、弁当の余り物を簡単に抓み、朝食の代わりにした。
洗濯物と布団に気を掛けるイルカの手を掴むと、無理矢理引きずり出し、カカシは家の裏手に回ると林の中を突き進む。その間も握られた手は離されなかった。イルカが離してくれと言っても、「いーや」と言う言葉しか返ってこず、そればかりかチャクラを使ってイルカの手が離れないよう吸着してきた。
「いいじゃない。今日は記念すべき、俺の十八の誕生日なんだから、我がまま言わせーて」
素顔を曝け出し、片目を瞑ってきたカカシに、ぐわっと顔に熱が集まる。気障な仕草だと鼻で笑っていいのに、カカシがやると様になる。
「……なら、仕方ないなッ。よっし、カカシの誕生日なら盛大に祝ってやるよ」
照れを隠したくもあり、上から目線で発言すれば、カカシは嬉しそうに笑った。
「うん。イルカ、前から約束していたプレゼントもちょうだーいね」
ぎゅっと一瞬強く手を握られ、イルカは顔を上げる。カカシと約束していた物でもあっただろうか。
当然、用意してあるだろうと信じて疑わないカカシに気後れして、イルカは曖昧に笑う。そんなイルカを尻目に、カカシは前方を指さし、あそこに秘密の場所があるのだと告げた。柔らかい草が生えた場所で、陽射し避けの藪もあるという。あそこで昼寝をしたら最高に気持ちいいのだと自慢げに言われ、イルカは笑ってしまった。
ナルトたちの任務の間に、カカシはよく昼寝をしていたと聞いている。
本眠りではなく、目を閉じて体と精神を休める程度だったのだろうが、その多さにナルトやサクラだけでなく、サスケまでもが受付任務をしていたイルカに愚痴を零していた。その後ろで、カカシは頭を掻き、言い訳とは言えない言い訳をして、子供たちの怒りを買っていた。
少し切なくもあるが、懐かしい思い出に顔が綻ぶ。カカシの昼寝好きは筋金入りのようだ。
それは楽しみだと笑ったイルカに、前方のカカシがふっと息を吐いた。
「――やっと、笑ってくれた」
どこか安堵した物言いに視線を向ければ、またあの眼差しとぶつかった。途端に胸を貫いたのは後悔の念で、拳を握りしめる。
イルカの表情の変化に気付いたのか、カカシの目がどうしてと揺らぐ。直接言葉で問いかけられないのをいいことに、それには答えず、走った。
「カカシ、行こう。早くその場所が見たい」
カカシを追い抜き、手を引っ張る。突然の行動に戸惑うカカシの気配が伝わってきたが、それを無視した。しばらく無言で走り続けたが、やがて、カカシはそっちじゃないと引き止め、こっちと先導する。
「イルカが昼寝好きなんて、初めて知った。きっと気に入ると思うよ」
振り返って笑ったカカシの顔に、もう戸惑いも疑問も残っていなかった。
秘密の場所をどうやって見つけたか、季節ごとに少しずつ変わる風景を語りながら、カカシは前だけを見つめて進む。
情けない顔を見られずに安堵した。それと同時に、イルカがカカシにしてやれることがあるのか、分からなくなった。
これ以上、イルカの影響を受けない内に、離れるべきではないかと思う。失われる記憶だとしても、カカシに影響を与えないとも言い切れないのだから。
変わって欲しくない。カカシが必死に生きて、ようやく掴んだ物を、イルカの介入で手放して欲しくなかった。ましてや、術のせいで刷り込まれたイルカの存在を、これ以上大きくしたくなかった。
離れるべきだ。カカシは十分成長した。きっとイルカがいなくても、成長することができる。父の死にも、仲間の死も、先生の死も、数多くの死を見た上で、優しく笑うことができるカカシは、元から強かった。見届けることができないのは辛いけど、カカシなら大丈夫だ。
前を歩くカカシを見詰め、イルカは歯を食いしばる。
今日、カカシの誕生日を過ごした後、綱手に伝えよう。イルカをこの任務から外してもらえるよう、頭を下げるのだ。
カカシがこれ以上、大切なものを取り間違えないように。
――そう、思っていた。
でも、これは一体何なのだろう。
すっかり暗くなった視界の中、草の青臭い匂いに包まれながら、顔を地面に擦り付け、イルカは思う。
ざりざりと力なく落ちた腕が地面と擦れる音がする。解かれた髪の間から、食べられずに放置された弁当が見え隠れする。
後ろでは、荒い息を零しながら、イルカの身を穿ち、前後運動を繰り返すカカシがいた。
『――不安なんだ。不安で堪らない。あんたを感じさせて』
興奮でぎらついた目の中に恐怖を宿らせ、血を吐くように言ったカカシの言葉を思い出す。
カカシが連れて来てくれた場所は、藪で囲まれていた。腰ほどの背丈の藪を掻きわけ進むと、こじんまりとした広場に出た。一面柔らかい草で覆われ、一目見て、昼寝に最適だと思った。
よく見つけたなと声をかけようとして、正面から抱きしめられた。手に張り付いていた手は解かれ、背中に回り、痛いくらい巻き付いた。そして、声を震わせ、イルカに告げた。
狂いそうだ、と。
アンタがいなくなって、一人でいる間、苦しくて堪らなかった。アンタは、本当はいない存在じゃないのか、俺の頭が勝手に作りだした幻影じゃないか、あの記憶は全て紛い物じゃないかと、押し殺した声で告げられた。
どう判断していいか分からず、固まるイルカに、カカシは血走った目を向け、イルカの唇に噛みついてきた。
抵抗したイルカの手首を捕まえ、カカシはイルカを押し倒した。
それから起きたことは嵐のようだった。
引きちぎるように衣服を毟られ、好き勝手に体中を弄られ、固いそこを無理矢理押し進められた。
痛みと困惑で意味のない叫びをあげるイルカの口を手で塞ぎ、何度穿たれたことだろう。
感じたことのない痛みと疲労で意識を失くしては覚醒を繰り返した。その間中、カカシは何度もイルカの中に放ったようで、腰から下の感覚はなくなっていた。
「っ、イルカッ…」
押し殺した声が背後から聞こえる。それと同時に、カカシの体が弛緩し、背中に倒れ込んだ。
密着した背中から、カカシの鼓動が聞こえる。早鐘を打つように、でたらめな速度を感じて、不意に悲しくなった。
哀れだと思った。
術に落ち、イルカに縛られたカカシが哀れでならなかった。
「…イル」
髪を掻き分け、カカシが覗きこむ。
その瞬間、息を飲む声が聞こえた。
頬を濡らし伝う涙を見詰めたまま、しばらくカカシは声を出さなかった。やがて小刻みに震える指先を差し向け、カカシはイルカの涙に触れた。
途端に、体の震えは大きくなる。手を握りしめ、カカシは苦悶の声をあげた。
「っ、どうすれば良かった?! ねぇ、イルカっ! 俺はあんたを泣かせたい訳じゃないんだッ。ただ――」
言葉にならず、カカシの声が途切れた。
縋りつくように首へ巻き付いたカカシの腕に、零れ出る弱弱しい吐息に、押しつけられた頬から髪を伝って落ちる滴に、イルカも泣いた。
どうしていいか、分からない。
ただ、苦しむカカシに、イルカがしてやれることはないのだと、それだけは、はっきりと分かった。
「それはできない」
綱手の言葉に、目が見開いた。
聞き間違いかと聞き返そうとしたイルカに、綱手ははっきりと断言した。
「お前を、この任務から下ろすことはできない」
理由を聞こうとして声が消える。
綱手の顔は先ほどから顔色を変えない。机に肘をつき、手を組んだまま、イルカに視線を向けている。
綱手には全て報告した。カカシが成長して十八になったことも、カカシに抱かれたことも、包み隠さず全て話した。
その上で、イルカは任務から下ろしてくれと言った。だが、綱手はできないと言った。それは、つまり。
「……手遅れ、ということですか?」
否定してもらいたくて言った言葉は、綱手に頷かれた。
ぼんやりと宙を見詰めるイルカに、綱手は吐息を吐く。
「お前はカカシの中に組み込まれて、いなくてはならない存在になっている。お前が抜けることは、現段階ではあり得ん。……何、そこまで心配するな。この任務を終えれば、カカシの記憶もお前の記憶も綺麗に消してやるよ」
私の腕を信じろと笑う綱手に、非難の声が出そうになった。
あのカカシを見てもそう言えるのかと、今を生きていたカカシを寸分違わずに取り戻せる確証がどこにあるのかと、罵りたかった。
だが、口を閉じた。寸でで出そうになった声を飲み込み、顔を伏せ、唇を噛みしめる。
綱手の言葉に確証がないなら、イルカの言葉にも確証がない。全てはカカシが元に戻った時に分かることであり、そのとき、記憶を消されたイルカには判断がつかないことだ。
「……しかし、厄介な事になったな。阿尺の奴、本当に使えない巻物を作っているとは……」
顎に指先を当て、綱手は渋い声を上げる。
カカシの言葉から、眠って過去を体験している間、イルカはいない存在となっていることが分かった。
カカシが起きている時間はイルカと共に過去を過ごし、成長している間、カカシは過去を一人で辿る。
幼少時は特に変わった反応を見せなかった理由は、カカシの幻術耐性値よりも、幻術の効果が高かったせいだろうと言われた。
カカシの幻術耐性値は性来から高かったが、写輪眼を得てから飛躍的に伸びたそうだ。それ故に、サクモの幻術では阿尺の巻物の欠点をカバーしきれなくなり、カカシの認識に綻びが出たと説明された。
幻術耐性の無効化といっても、0と、限りなく0に近いでは違うと綱手は言う。サクモの術は0に近い無効化だったようだ。
今、カカシはイルカの存在に疑いを持っている。昔からずっと側にいる者ではなく、存在自体あやふやなものになりつつある、と。
だが、それを知った上で、カカシはイルカに執着をみせた。無理矢理犯したのもそのせいだと、綱手は少し眉根を潜めた。
何の感情も持てず話を聞いていれば、綱手は視線を向けた途端、嫌な顔をした。
「イルカ、お前に振りかかった災難は同情するが、そこまで気に悩むな。任務はこの上もなく上手くいっているぞ」
掘られたくらいなんだと言い放った綱手の隣で、「綱手さまッ」と叱責する声が聞こえた。
「何だい、シズネ。お前、カカシとイルカができてるって聞いた時は、目を輝かせていたのに、今更、いい子ぶるんじゃないよ」
「だ、誰が目を輝かせていたんですかッ。こういう問題は繊細なんです。綱手さまは、デリカシーがなさすぎですよッ。ね、イルカさん!」
同意を求めてきたシズネに、一瞬反応が遅れた。
見当違いな気遣いを見せる二人へ曖昧に笑えば、綱手はシズネに呆れた顔を見せる。
「……お前の方がよっぽどデリカシーないと思うがね。まぁ、というわけだ。ここは手癖の悪い犬に噛まれたと思って、水に流せ。山は越えたとはいえ、まだカカシは不安定で、お前を必要としている。踏ん張っておくれ」
綱手の言葉に、顔が歪む。
カカシの、大事なものを奪った者だとしてもですか?
心の中で呟いて、唇を噛みしめた。
イルカの様子に眉根を上げ、「なんだい?」と綱手が尋ねてくる。一瞬、言おうかと口を開く。だが、言っても無駄なことだとすぐ口を閉じた。
これはイルカの心の問題で、任務の問題でもカカシの問題でもない。
イルカは、ただ、あのときのカカシを取り戻したい。あの優しい人の存在を損ねることなく、元のまま戻ってもらいたいのだ。
ならば、己にできることをするまでだ。
密かに決意を固め、なんでもありませんと顔を伏せた。
「――ねぇ、イルカ…」
甘い声を出し、思い詰めた表情でカカシはイルカに手を伸ばす。それを見ない振りして、イルカは張り付けた笑顔で一蹴する。
「ほら、いつまでもうろうろしてないで。とっとと風呂入って来い。お前が入るまで、俺は入れないんだからな。さっさと行け」
乾いた笑顔に拒絶を滲ませれば、敏いカカシはイルカの意図を知る。何か言いたそうな顔をするが、笑顔を浮かべ続けていれば、カカシは小さく頷いた。
「…行ってくる」
風呂場に足を向けるカカシを見送った後、張り詰めていた肩の力を抜いた。
一つ吐息を吐き、夕飯の洗い物を再開させながら、カカシとの遣り取りを頭の中で繰り返す。
カカシの目は揺れていた。傷ついていた。懇願していた。――そして、ぎらついた目でイルカを見詰めていた。
十八になって、カカシは少し変わった。
イルカに甘える態度をよく見せていたカカシは、今ではその気配すら見せない。じゃれつくためにイルカの側にいるのではなく、イルカの手伝いをするために側にいき、イルカがすることを先回りにすませ、二人の時間を作ろうとしている。
イルカがカカシの時間を持とうと奔走していた頃とは逆転したように、カカシはイルカとの時間を作ることに必死になっていた。
何も喋らずただ側にいたり、二人でお茶を飲んだり、他愛のない話をしたり、そして――。
乞うように伸ばされた指先を、色を含んだ眼差しを思い出して、皿を洗う力に思わず力が入った。
硬質的な音を上げ、皿が割れた。力を入れ過ぎたのか、割れた破片で手を切った。
割れた皿に血が伝う。蛇口の水がそれを流し、排水溝に吸いこまれていく様を見詰めながら、奥歯を噛みしめた。
「……お前のは、勘違いなんだよ」
手に力が入る。流れっ放しの水の音を聞きながら、シンクに映る自分の顔を睨んだ。
カカシがあの場所で行為を強いた後、イルカは熱を出した。イルカは覚えていないが、三日三晩熱は下がらず、カカシはつきっきりで看病をしたらしい。
目を覚ました時、カカシは今にも倒れそうな顔色で、謝ってきた。
「ごめんなさい、嫌いにならないで」と何度も頭を下げ、イルカに懇願した。
嫌いになる訳などあり得ない。あの行為も、イルカにとって痛みはあったが、恐怖やおぞましさなど微塵も感じなかった。綱手に水に流せと言われたが、イルカが水に流すものは何もない。
声を押し殺して泣くカカシの頭を撫で、イルカは笑った。嫌いになる訳ないと、カカシに伝えた。
それは事実だ。本心だ。紛うことなきイルカの本音だ。
しかし。
良かったと笑うカカシがイルカを抱きしめようと近付いた瞬間、イルカは拒絶した。触れようとしてくる手を弾き、言った。
「お前に対して、肉親の感情以外、一切持っていない」
自分の唇から発したとは思えないほどの冷たい声音に勇気付けられ、イルカは無感動に続けた。
「――それに、カカシ。お前のその思いも紛い物だ。俺に対する感情は愛でも恋でもない。ただの刷り込みだ」
目を反らずに言い切った言葉に、カカシは激昂した。イルカにどうして俺の気持ちが分かると叫ぶカカシに、イルカは黙した。
話すことはないと口を閉ざしたイルカの態度に、埒が明かないと、寝室から出た後、カカシはしばらく家に帰らなかった。
その日に綱手へ報告し、イルカといることでカカシに影響が及ぶと進言したが、結果は先の通りだ。
嫌ってくれればいいと思う。
肉親の情しか持てないと言い、一番近くにいるのに、カカシの真っすぐな思いを傷つける。そんな最低な奴、見限ればいいと思う。
「……最低な、奴だろ?」
元のカカシに戻って欲しくて、今のカカシを傷つける。
シンクに映る自分に問えば、歪んだ自分の顔は泣きそうな顔をして揺らめいていた。
「何、やってんの!!」
間近で弾けた声に、舌打ちを打った。
ただでさえカカシの気配は見失いやすいのに、気を抜いていた。
水を浴びていた手を捻るように持ち上げられ、痛みで顔が歪む。だが、痛みよりも――。
疼くような感情に目を瞑り、離せと振り解こうとした。
「いい加減にしろッ」
怒鳴りつけられ、体が固まる。
流れっ放しの水を止め、カカシは顔を微かに紅潮させ、真剣な眼差しをイルカへ向けた。
「俺に触られたくないのは知ってる。でも、イルカが自分を大事にしないのを見て見ぬふりなんて、俺にはできない」
「手を開け」と低く恫喝されて、ようやく自分の手が血塗れだということに気付いた。素直に手を開けば、カカシは目を見開き「馬鹿野郎」と小さく吐き捨てる。
手の平の中央に刺さった破片を取り除いた直後、カカシが手の平にチャクラを集め、止血し始めた。
「……イルカより下手だけど、しないよりマシだから」
傷口から目を離さず、チャクラコントロールを続けるカカシに掛ける言葉が出ない。
淡い青白い光がカカシの手の平からイルカの手に触れる。恐る恐る、それでも包み込むように広がるチャクラは温かくて、冷えきった手には熱いくらいだった。
ふと顔を上げれば、カカシの視線がイルカに近くなっていることに気付く。今まで見下ろしていたのが普通だったのに、カカシは着実に成長している。
安堵と寂しさと、後悔と、同時に込み上げてきた感情の中で、どれが一番強い感情なのか、イルカには判断つかなかった。
止血した後、カカシは無言で包帯を手に巻いてくれた。
治療された手を見詰めていれば、カカシは洗い場に立つ。
「…その手じゃ無理でショ。俺がやるから、シャワー浴びてきなよ。風呂は禁止だからね」
背を向けたまま言ってきたカカシに、うんと頷く。カカシに禁止事項を言い渡されるとは思っていなかった。
手を抱えたまま、ふらふらと歩いて行れば、台所から出る直前で、背中に声がかかった。
「――イルカ。俺、子供じゃないでショ? あんたを傷つける、ガキじゃない」
必死に考えたであろう、カカシの答え。
堪えているものが零れる前に、イルカは何も答えず風呂場へ向かった。
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悩みます。悩みます……。ここから先、イルカ先生元気少なめです…orz