『おかえり』11
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「ねぇ、イルカ。畑作ってみない?」
再び穏やかな生活がやってきた。
カカシは任務に行きながら、イルカの家事を手伝ってくれる。疲れているから休んどけとイルカは言うのだが、カカシはこういうことをしている方が楽しいのと言って、譲らなかった。
今日も一緒に洗濯物を干していると、突然カカシが提案してきた。
「畑? いきなりだな。まぁ、いいけど」
今日は、任務は休みだ。朝からイルカの後ろについて、手伝ってくれるカカシにくすぐったいものを感じながら、気軽に頷けば、カカシは嬉しそうに笑う。
「良かった。実は、前々からやってみたいとは思ってたんだーよね。旬の、しかもとれたてかつ無農薬野菜って、おいしいでショ?」
自分で料理を作ることも要因しているのか、カカシは食材に対して並々ならぬ関心があるようだ。食えたらいいやと思っているイルカには分からない拘りではある。
口を動かしながらも次々と綺麗に干していくカカシに、家事の腕がまたあがりやがったなと唸りながら、イルカは尋ねる。
「でも、畑ってどこに作るんだ? 俺、よく分からないけどそれなりの土壌が必要なんだろ?」
「あー。それは大丈夫。昔、ここも畑だったんだーよね」
ちょうどあの辺りと、洗濯場から少し離れた土を差し示す。雑草に覆われてはいるが、言われてみれば、若干土の色が違う気もする。
「へー、そうなんだ。で、何植えたいんだ?」
「夏野菜は絶対外せないんだけど、時期過ぎちゃったし。いっそのこと年中収穫できるよう、本格的な……」
顎に手を置き、カカシは唸る。
壮大な畑計画を考えているカカシの様子に笑いつつ、最後の洗濯物を干した。
「よっし、おーわり、と」
じりじりと肌を焼く陽射しに目を細め、額にかいた汗を拭った。
風にはためく、洗濯物を眺めるのは格別な達成感を感じることができる。満足げに眺めていれば、「じゃ、じゃ」とカカシが籠を腕に引っかけ飛んできた。
「今から畑作ろうッ」
駆け寄り、目を輝かせて視線を合わせてきたカカシに、少しばかり尻込みした。まさか今日、着工するとは思っていなかった。
「えっ、今からか?」
「もうすることないじゃない。やろう、イルカ! 一緒に美味しい野菜を作ろうッ」
あーうーと意味のない声を上げ、視線をさ迷わせれば、「嫌なの?!」と迫られた。
少しばかり下にあるカカシの目を見れば、絶対頷くまで諦めないという気概に満ち溢れていた。
「……分かったよ。やるよ、一緒にやろう」
カカシの熱意に負けて頷けば、カカシは両手を高々と上げて喜んだ。
内心、面倒だと思う。でも、歓声を上げるカカシの笑顔に、まぁいいかと思い直した。
「じゃ、まずは草抜きってところか?」
畑だと言われた場所に腰を落とし、尋ねれば、隣のカカシは顔を輝かせて頷いた。
「うん」
それじゃとばかりにおもむろに印を組もうとすれば、横から手を押さえられる。
何だと横を向けば、カカシは非常に難しい顔をしていた。何か悪い事でもしたかと視線がさ迷う。
「イルカ。忍術は禁止。畑は自分の手で雑草抜いて、掘り起こしてこその畑だよッ」
何だそれはと、思う。
顔に出ていたのか、これは常識だとカカシは指を突きつけてきた。
「えー、面倒だ」
「イルカってば! いい? 俺たちが食べている野菜たちはお百姓さんたちの日々の汗と手間と、たゆまぬ努力で美味しくなっているんだよッ。美味しい野菜を作るには、その道の達人たちの、って、聞いてんの?」
語り出したカカシに思わず、吹き出してしまった。
顔を赤くして、熱心にまた語り出したカカシを笑いつつ、分かった分かったと頷く。
あれだけ一緒にいたのに、こんな凝り性な面があったなんて知らなかった。
とにかく手でと熱く語るカカシの言うことに従い、その日は草抜きに精を出した。
「うまくいってるようだな」
綱手の言葉に、はいと頷いた。これも綱手がカカシと話をしてくれたからだと頭を下げれば、綱手は手首を上下に振り、からから笑った。
「なに。がつんと喝を入れてやったまでだ。ところで、カカシの成長具合はどうだ?」
一つ頷き、カカシの様子を話す。
姿形に変化はなく、身長も元のままだということ。カカシの任務状況は深夜が多いこと。任務に対しての話は一切しないため、どういう任務内容かは判断が難しいこと。時折、軽い怪我を負って帰ってくること。
報告を受け、綱手は唸りながら背もたれに体を預けた。足を組み、考えるように顎先へ左手を添える。
「私の喝で、成長するかと思ったんだけどねぇ。何をぐずぐずしてんだか、カカシの奴は」
ぼやくように言った言葉には、微かな焦りの色が見えていた。
カカシと、ここに暮らし始めて、すでに二ヶ月経っている。その間に季節は梅雨から夏へと移り変わっていた。
イルカとカカシの時間は多様であって、その実、時間が止まっているような穏やかな日々が多い。
外の目まぐるしい時間と隔離された空間は、里の忍びとしてのイルカを忘れてしまいそうになる。
今、現実を生きている綱手に、微かな後ろめたさを覚えていれば、まぁいいと綱手は息を吐いた。
「私の予測では、次に成長を遂げた時、カカシは元の時間を生きる、はたけカカシになっているだろう。結局、巻物には元に戻ったことを確定できる記述はなかったからね。曖昧だが、お前の主観と洞察力に頼るしかない。兆候が見えたら、あらかじめ渡している薬を飲ませるんだよ」
綱手がカカシと話した翌日、暗部から手渡された、チャクラで封をされた黒塗りの箱を思い出す。中には、カカシ用に調合された睡眠薬が入っている。
カカシが元に戻った時、これまでの記憶を消去するために飲ませる、前準備のそれ。
イルカにとって、元のカカシに会える、喜ぶべき象徴でもある。
だが、実際に綱手から聞かされると、心を占めるものは歓喜ではなく、重苦しい感情だった。
「イルカ?」
声を掛けられて、我に帰る。眉根を寄せる綱手に、承知しましたと頭を下げ、顔に浮かんだ感情を隠した。
「あー。今日も働いた、働いた」
日が没する間際、カカシが空を仰ぎ大きく伸びをする。それを真似てイルカも体を伸ばせば、行使した腰がぼきぼきと音を鳴らした。その音を聞きつけ、カカシは口元に手を当て、瞳をにやりと細めた。
「ぷ、おっさんくさー」
「な、なんだとッ。俺はまだ二十代前半だッ」
年にしては老けて見られるイルカとしては、ここは外せない。
「おっさんが怒ったー」と家に駆けるカカシを、怒ったふりして追いかけた。
畑作りは順調に進んでいる。
雑草を取り除き、小石などを拾い、今日は土を耕していた。どこから取り出してきたクワを手渡され、カカシに野次られつつ、慣れない作業に腰を痛めながらも、今日、何とか全てを耕すことが出来た。
イルカは腰が痛いと呻いているのに、カカシは平然と耕している。
これも若さの違いかとやさぐれれば、カカシは笑いながらコツがあると言った。
カカシに農業経験はないはずだが、農作物の書物を引っ張り出しては読んでいたから、それで掴んだのだろうか。
「捕まえたッ」
背後から抱きつき、首を締めれば、きゃーとカカシが笑う。
そのとき、ふと違和感を覚えた。
一瞬気を取られた隙をつかれ、カカシはイルカの包囲網から脱出する。この野郎と捕まえようとすれば、するりとカカシはイルカの手を避け、振り返って言った。
「イルカ、今日は俺が夕飯作るよ。一楽に負けないラーメンってどう?」
カカシの言葉に、胸がきゅんと高鳴る。
ラーメン。何て素敵な響きだろう。
油っこいものやジャンクフードが大嫌いというカカシのために封印していたそれ。
久しく食べていない魅惑の食べ物に、目を輝かせれば、カカシは続けて言った。
「ただし、野菜大盛り乗せで、スープは全部飲ませないから」
その一言に、言葉が詰まる。
イルカの好きなラーメンは、こてっこてのとんこつ味噌ラーメンだ。それに分厚いチャーシューを乗せた、一楽スペシャルが大の好物で、その濃厚なスープを余すことなく飲み干すことに生きがいを感じている。
昨今、けたたましいほど警告される、塩分取り過ぎ、高カロリーが何だと、イルカは己のラーメン道に迷いを見せたことは一度もない。
ラーメンは食べたい。だが、スープを飲ませないとはどういうことだ。
悩みの袋小路に迷い込んだイルカに、カカシは笑いながら、ま、楽しみにしててよと風呂場へ向かった。
その日、カカシはまさかの手作りラーメンを披露し、イルカのお腹を幸せで満たした。鶏がら塩ラーメンというあっさり系だったが、十分美味しくいただいた。
よくスープを煮込む時間があったなと言えば、カカシは影分身に作らせていたと爆弾発言を発した。
うまいうまいと、泣きそうになりながら食べた手前、文句を言うのも筋が違う気がして、イルカはそういうことはしない方がいいぞと注意だけに止めた。
ちなみにスープは断固として飲ませてもらえなかった。
「明日からまとまった休みもらったから、畑作りしようね」
眠る前、カカシがはりきって言ってきた。それに答えて、それぞれの寝室に別れる。
息を吐いて、少し暑い室内を冷やすため、障子窓を開け放った。山から吹く冷たい風の気持ち良さに、顔が緩んだ。
空を見上げれば、闇色の中、半月がもうすぐ中天にかかる。その下には、カカシと二人で作った畑が、月明かりに照らされていた。
「……畑仕事もいいもんだな」
泥だらけになって汗を流す気持ち良さを思い出して、目を細める。昼間、この時期だともう夏野菜は間に合わないとしょ気ていたカカシを思い出し、イルカは笑った。
具体的に何を植えたかったのかを聞けば、カカシはトマトと、スイカを上げていた。一体何でだと聞けば、夏らしいからと言っていたが、理由は本当にそれだけなのだろうか。
「あーぁ」
首に掛けていたタオルを両手で引っ張り、空を仰いでため息を吐く。
夏野菜には間に合わないが、秋野菜ならば十分間に合うと、静かな闘志を燃やすカカシを思い出す。
秋も変わらず、カカシはここにいられるのだと思っている様子に、ちょっと泣けた。
朝、日の出と共に叩き起こされ、イルカは眠たい目を擦りながら、カカシが作った朝食を食べ、再びクワを抱えて外に出た。
イルカとカカシ共々、頭に麦わら帽子、首にタオルを掛け、長靴を着用している。どこからどう見ても、おっさんスタイルだ。
イルカの格好を一目見て吹き出すカカシを怒った事は言うまでもない。
今日は畔を作ると宣言され、良く分からないなりにカカシの言うことを聞けば、こんもりと盛り上がった平たい土台と、平たい土台の真ん中を少し削った、M字型の土台ができた。
カカシは紐を張り、ここからここは夏野菜用。あっちから向こうは秋冬用だからと言い、イルカが勝手に掘り返せば、飛んでやって来て怒られた。
「それはブロッコリー用なんです! 平畔じゃなくて、M型畔なんです!」
「や、わかんないって。ブロッコリー用が何とか、分からないからっ」
「先生の癖に、なんで分からないんですかッ。子供たちに教える時、困るでショッ」
「アカデミーのカリキュラムに、畑の畔の作り方なんてありませんからッッ」
「常識だって言ってんの! 石頭ッ」
「あんだとぉ?! この箒頭っっ」
頭ごなしに怒るものだから、イルカもカッときて口喧嘩することもしばしばだった。
お互い黙々とクワに土を入れていれば、三時間ほどで畑の半分の畔が完成した。
「はー。あとちょっとですね」
体を起こし、カカシが自分とイルカが作った畔を見回す。
にかっとようやくイルカへ笑みを見せたカカシにほっとしつつ、お茶を入れるために、クワを置いた。
「ちょっと休憩しましょうか。甘い物いりますか?」
「そうだねー。適度な休憩は必要だし」
クワにもたれかかり、首に引っかけたタオルで顔を拭く様は、おっさんそのものだ。
「ふふ、カカシ。お前もおっさんの仲間入りだな」
よく似合ってるぞと親指を突き出せば、カカシは心外なという顔をしていた。
けらけら笑いつつ、カカシよりも先に家に掛け込んだ。
麦わら帽子と長靴を脱ぎ、玄関口から縁側で待っていろと声をかける。はーいという声を遠くに聞きながら、台所へ行って、イルカはお盆に冷たいお茶とグラスを入れて、運んだ。
「ほい、お疲れ」
麦わら帽子を脱ぎ、縁側で足をぶらつせているカカシにグラスを渡す。
「はーい、ありがとう」
水滴がついたグラスの冷たさに、顔を緩ませ、カカシはぐいっと煽る。よほど喉が渇いていたのか、全てを飲み干し、おかわりを所望してきたカカシからグラスを受け取った。
「おかわりー」
「はいはい」
グラスにお茶を入れていると、カカシはふと不思議そうな顔をする。
「イルカは飲まないの?」
グラスに半分ほどお茶を入れたところで手を止め、イルカは笑った。
「ああ、俺は飲んじゃ駄目なものだからな」
言葉のおかしさにカカシが気付く直前、はっとカカシが小さな息を漏らした。
「…イルカ?」
喉を押さえ、横向きに倒れ込む。縁側に倒れ込むまで、その目はイルカを見詰めていた。
縁側とぶつかると同時に、白い煙が周辺にまき散った。
変化の術が解けた証だ。
勘違いであればいいと思っていたが、直感は結果を裏切らなかった。
今いたカカシとは違い、男として完成された肢体。少し皺が見え始めた大人の顔をしたカカシ。
「……カカシ先生」
カカシを見下ろし、イルカは名を呼ぶ。
息を吐きながら、イルカに視線を向けたカカシは、少し悲しそうな顔をしていた。
「……どうして、分かったん、ですか?」
ぼんやりとした声が耳に届く。綱手が調合した睡眠薬は、即効で四肢を拘束し、ゆるやかに眠気を誘うものだ。
「昨日、抱きついた時、確信しました。わずかですが、チャクラの発動の波が感じられた。でも、もっと前から疑ってはいました。疑っていなかったら、まだ分かっていなかったかもしれません」
それは何と目で問われ、イルカは口を開く。
「俺が綱手さまに掛けたもらった幻術は、俺の主観や思い込みで、カカシ先生の年齢外見が変わるものでした。それは、確かなものではなくて、あなたの言葉に反応して、外見が変わるような、曖昧なものだったんです」
大人びた言葉遣いをした時は、カカシは元のカカシに見えていた。そして、その逆も。
それが、カカシが綱手と二人で話した直後から、カカシは姿を変えなくなった。十八のままの姿で、ずっとイルカの前に現れ続けた。
「…策士、策に溺れるってやつですか……」
笑うカカシにイルカは唇を噛みしめた。カカシには聞きたい事がいっぱいあった。
前と今では価値観は変わったのか、里は今でも大事か、術は本当に全て解けたのか、頭は痛くないか、胸は苦しくないか、怪我をしたところは痛まないか、イルカと過ごしたと事で過去の記憶が辛くなっていないか、何か大事なものを傷付けていないか、それから、この生活を終えたくなくて変化をし続けていたのか。カカシもこの生活を望んでいてくれたのか、イルカと同じくこの生活を愛してくれていたのか。
他にもまだまだ聞きたいことはあった。
だが、眠りに落ちそうなカカシに、絶対に伝えなければならないことがある。
こうしてカカシの側にいて、ずっとカカシを見てきたイルカだから言えること。
二人の生活が終わったことを嘆く心を殺し、イルカはカカシの頭を抱きあげ、目を閉じようとするカカシに呼びかける。
「カカシ先生、聞いてください。大事なことです。あなたがこの術にかかったのは、あなたのお父様、サクモ上忍の手によるものです」
閉じかかった瞳が開く。
「……親父、が?」
まだ寝ないでと願いながら、イルカは声を張る。
「そうです。サクモ上忍があなたに残したメッセージです。言いましたよね、カカシ先生。『なんで連れて行ってくれなかったのか』って。違うんです。サクモ上忍は連れて行けなかったんです。あなたが大事だから連れて行けなかったッ」
「……何を、馬鹿な」
笑うカカシに、イルカは言う。
あの巻物に加えられた術はカカシの命を奪うものでもあった。それが何よりの証拠だと。連れて行きたかったけれど連れて行けなかった。でも一人で残すのも忍びなかった。だから、この巻物を作った。過去を遡り、カカシが生を諦めた、そのときに連れて行こうとサクモは考えたのだと。
「確証ないじゃない…」
「ありませんっ。これは俺が考えた、ただの推測です」
だったらと目を閉じようとするカカシの頬を叩いた。痛みで眠気から遠のいたカカシの瞳を覗きこみ、イルカは尋ねた。
「けど、あなたは、どっちを信じたいですか? サクモ上忍はもうここにはいません。サクモ上忍が何を考えていたのか、誰にも分からないんです。だったら、あなたは何を信じますか?」
表情を固まらせ、口を閉ざすカカシを見詰め、息を一つ吐いて吸った。
「俺は、感謝していますよ、サクモ上忍に」
何をと怪訝な顔を見せるカカシを笑い、当たり前じゃないかと口端を引き上げる。
「あんたを、生かしてくれた。あのとき、連れて行かないでくれて良かったって、感謝してる」
「それに」と息を継ぐ。
「俺、こう思うんです。この巻物で俺がいた位置は、本当はサクモ上忍がいたかった場所じゃないかって。こうしてカカシ先生の一番近くにいて、成長していく姿をずっと見守ってやりたかったんじゃないかって、そう思うんです」
俺はきっとサクモ上忍の代わりだったと、イルカは言う。
カカシは何も言わないでイルカを見上げている。色違いの瞳は揺らぎ、何かを必死に考えているようだった。
「だってね、サクモ上忍は死に至る巻物を作りましたけど、きっと乗り越えると思ってたんですよ。いつの時代でも、あんたは真っすぐで綺麗で、とても強いから。俺がいなくてもカカシなら一人で乗り越えられるはずだって、信じていたんですよ」
たぶんサクモ上忍の我儘です、俺を安心させてくれって言う。
鼻を擦るイルカに、カカシは何よそれと呟いた。
「どんだけサドなのよ、うちの親父…」
『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』って言うじゃないですかと、言えば、カカシは苦い物を飲んだような顔をした。それから、視線をさ迷わせ、はっと力なく笑った。
「やだなぁ。何その、結末…。結局、俺とイルカや、五代目と里を巻きこんで、親父は馬鹿親を発揮した訳?」
「ええ」
しっかりと頷いて笑ってやれば、カカシは参ったと呟きながら、顔を歪ませた。
「もう……。アンタ、どれだけ俺を救ってくれるのよ…。泣けてくるでショ」
静かに涙を流すカカシの頭を撫でた。
カカシの瞬きの回数が多くなっている。周囲に張り巡らされた結界が解けた空気を感じ、終わりが近いことを知る。
「ねぇ、イルカ…」
ほぼ眠りかけたカカシが呼びかける。
「ん、なんだ、カカシ」
最後だからと名を呼んだ。カカシはイルカの意図を知って、涙を零しながら嬉しそうに笑ったが、それは一瞬ですぐ弱弱しいものに変わる。
「……俺、アンタのことが好きだよ。イルカのことが、好きだ」
うんと、頷く。余計なことは言わずに、イルカは頷いた。
「ね、だったらアンタは? アンタは俺のこと好き? イルカはカカシのことを愛してる?」
いけしゃーしゃーと自分よりもイルカの方が思っているだろうと聞いてきたカカシに呆れるやら、笑いが出そうになるやら。
カカシの顔を覗きこむ。ぽとりと頬に落ちた涙が、カカシの涙と交じった。
「――この涙が、答えだよ」
降るように落ちる涙が、その答えだとイルカは笑う。
「……何よ、それ。じゃ、」
声を出すこともままならないのか、カカシは音のない声で唇を動かす。その言葉に、イルカはそっと額に口付けた。
「…やっぱ、あんた、ひど」
最後まで言えず、カカシは目を閉じた。
深い眠りに落ちたカカシの寝顔を見詰め、イルカはカカシの頬を撫でる。後から後から降り落ちる涙を拭う。
「カカシ。俺と会ったら、また言ってくれよ。そうしたら――」
唇に口付けるから。
最後に強請ったカカシの言葉を思い出し、眠り付いたカカシを抱き締めた。
背後から足音が近づいてくる。
目を閉じ、その足音を聞いた。
イルカの任務は、終了した。
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次回、カカシ視点独白となります。