『おかえり』12
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初めて見た時、とっても温かそうだと思った。
いつも側にいて、温もりと心音を聞かせてくれた人は、いつの間にかいなくなっていたから、きっとその人の代わりだとしがみ付いた。
抱き着いたら、思っていた通りでひどく安心したことを覚えている。
前に無理矢理抱きついてきた、柔らかいけどうるさくて変な臭いがしたものとは全く違って、温かい匂いと優しい空気が包み込んでくれた。
その人が話す言葉が分かるようになってから、無性に話したくなった。話してみたら、もっと面白かった。
その人はずっと側にいてくれて、甘やかすことを許してくれた。父さんは人にも自分にも厳しい人で、できた行いは褒めてくれたが、甘えることは許してくれなかった。
でも、寂しくなかった。それは父さんが忍びとして優秀な証で、いつか自分も父さんのような忍びになりたいと思っていたし、それに、僕だけの優しい人がいたから。
大きな口でよく笑って、僕の名を力強く、でも柔らかく呼んでくれる人。
抱きつけば、大きな手で包んでくれる。大きな手の平で頭を撫でてくれる。とても気持ちいい。
お返しに、好きな人にする口付けをしたら、その人はとても楽しい反応を返してくれた。とっても楽しかった。
大好き。そう、僕はその人のことが大好きだ。父さんとはちょっと違う大好きだ。それで、あの人は僕が一番大好きなんだ。たぶん、嬉しいってこういう事だと思う。
ある日、変な女がその人の名を呼んだことが悔しくて、しかもその人も僕が呼ぶことを認めない口ぶりだったのに、衝撃を受けた。
だから、俺は頑張って中忍になった。
父さんも喜んでくれた。頑張ったなと、新しいクナイを買ってくれた。業物のそれは手に合うように作られていて、とても扱いやすい。
ありがとうと言えば、父さんは笑ってくれたが、それは形ばかりの笑みだった。最近元気がない気がする。
原因は分かっている。父さんに群がるあいつらだ。
あんな奴ら、俺が強くなったら蹴散らしてやる。
その人に言えば、その人は恥ずかしげもなく、恥ずかしいことを俺に言ってきた。
そういうことは口に出すなと、俺は動揺する気持ちをひたすら宥めた。
この人はこういうことはぽんぽん言う癖に、女の裸や、男女の絡み合った絵を異様に恥ずかしがる。前に、目の前に突きつけてやったら、見事なまでの鼻血を噴いてくれた。おもしろい。
その人の反応はすごく楽しくて、いい退屈しのぎになった。かんかんになって怒って、涙目で俺を追いかけてくる。
それもすごい楽しい。
あの人が全力で俺に向かってくることが嬉しい。嫌なことを全部忘れるくらい、楽しい。
それに、あの人が恥ずかしそうに顔を赤らめるところや、涙目で俺を睨んでいる顔は妙に脳裏に焼きついた。何度も見たくてちょっかいを掛けるうちに、顔を合わせば喧嘩ばっかになったけど、俺は構わなかった。
でも、弱い癖に俺の任務についてくるのはどうかと思う。俺のことが好きで側にいたいっていう気持ちは分かるけど、あの人が傷ついたら元も子もない。
綱手っていう年増が、嫌なことを言いやがった。
その人に任務を与えて、俺からその人を離そうとする。冗談じゃないと言ったら、階級を振りかざして脅して来やがった。
だったら俺が上忍になれば文句ないだろうと言えば、頷きはしたが、プレッシャーをかけてきた。
陰険なことこの上ない。だから、いい年して結婚できないんだ。
上忍になるべく修業を積み重ねる。
あの人は俺のことが好きなんだから、離しちゃ駄目なんだ。
でも、上忍になる前に、父さんが死んだ。
たぶん父さんも俺が上忍になったら喜んでくれると思っていたのに、それを待たずに、自死してしまった。
父さんの遺体は俺が見つけた。
処理班がやって来て、父さんの遺体は持っていかれ、火影さまの手配で葬式をあげた。でも、誰も来なかった。
俺は一人でずっと父さんの遺体の入っていない棺と向き合っていた。
夜半に雨が降った。
そこで我に帰る。葬式は終わり、夜が来ていた。俺はいつの間にか寝る支度をしていて、ふとあの人の存在を思い出した。
あの人の寝室に行けば、あの人は寝ていて、俺の気配に気づかず幸せそうな顔で寝入っていた。
いつもの寝顔に安心したのは一瞬で、急に恐くなった。
おかしい。
あの人はずっと家にいるのに、どうして父さんの遺体に気付かなかったんだろう。この人の性格から考えて、父さんの葬式に出ないなんて有り得ない。
不安を取り除きたくて声を掛ければ、その人は不思議そうな顔をして、ここにいたと言った。ずっと寝ていたと、言った。
嘘を言っているようには思えなかった。
不安を取り除きたくて、頬に触れた。
温かい。
少し落ち着いた後、新たな可能性に気付いた。
もしこの人があいつらの仲間で、俺や父さんを監視していた間者だったら。父さんが死んだのもこの人のせいだとしたら。
喉を掴んだ。
俺がチャクラを込めれば、簡単に絶命する。
反応はない。
下にさがる、もっとあからさまな、忍びが嫌う場所を触る。
でも、その人はぴくりとも動かず、俺の手を受け入れていた。何か反応があることを待ってみても、全く動かなかった。
――違う。そんなの前から知っていた。この人が父さんを、何より俺を裏切るはずがない。この人だけは信じていい人だ。
ただ分かったのは、父さんが俺を置いて行ったことだけだった。俺だけ置いて、一人だけで逝ってしまった。
ねぇ、父さん。
俺は――僕は、邪魔だった? 必要なかった?
僕は、いらない子だったの?
……ねぇ、父さん。
父がいなくなった。
一人になった。
いや、まだあの人がいる。
もうあの人しかいない。
あの人が何でもいい。
里が送った、俺の監視者ならば望むところだ。俺の名を上げればいい。実力も発言力も得れば、要注意人物として、里は俺を警戒するだろう。あの人を俺から引き離すことはなくなる。
外には出さない。
人にも会わせない。
あの人は綱手と話す義務があるようだ。監視者としての義務か?
あれも気に食わないが仕方ない。報告させなければ、あの人は交代させられる。それは避けたい。
俺がこんなにも考えているというのに、あの人は嫌なものを持っていた。
背中の傷。
誰かを庇ったことを証明する、深い傷跡。
嫌になる。この人は同じだった。
親父のように里の屑どもを家族と言いやがる。
いい加減にしてくれ、親父が死んだことで分かっただろう。アンタの考えていることは間違っているんだ。親父が死んだことでそれは証明されたはずだ。
ふざけるな、里の者を家族と言うなら、俺は何だ。アンタにとって俺は何だ?
里から命じられた身なら、俺を第一に考えろ。なんで他人に気をかける?
家族と言った親父を見捨てた糞を、家族だなんて言うんじゃねぇッ!!
なのに、アンタは俺の言うことをちっとも分かっちゃいない。
アンタは涙を流して、俺を諭す。
なんだ、それ。
なんだ、それは。
それが、なんだっていうんだ!!
だから言ってるだろう!? 俺にはアンタしかいないって、アンタだけだって!!
親父の言っている言葉を信じたい気持ちはある。親父は偉大な忍びだ。それは俺の中では変わらない。でも、回りは違うじゃないか。
親父を貶め、穢し、死に追いやった。
そんな大多数の奴らの中で、どうやって俺は抗えばいい。潰されるのが落ちだ。親父のように、俺も消されるよ。
でもそんなことより、アンタを失うことの方が恐い。
ねぇ、分かる? 俺、アンタのことが好きなんだ。いなくなったら立ち直れないほど、アンタのことが好きだ。
今、俺はアンタを失うことだけを恐れている。親父のように守り切れないことを何より恐れている。
お願いだから、ここにいて。
俺の側で、守られていて。
上忍になった。スリーマンセルを組んだ奴らと、初めての上忍としての任務。
口ばっかりのビビりと、医療忍術は使えるがそれ以外は足手まといの女。
先生は二つ名があるだけ強い。俺もいつか二つ名を負えるほどの強さを得たい。
これは足掛かりだ。俺が生きていくための、アンタを俺の元に置くための、第一歩。
……なのに、なんでかな。
俺は挫折感でいっぱいだった。
親父を認めてくれたオビト。
俺を心配してくれたリン。
そして、叱責することなく俺の頭をただ撫でてくれた、先生。
……無性に、アンタに会いたい。
目を閉じて、開けたらアンタがいた。
「おかえり」と沁み入る言葉で、俺の心を掬い上げてくれた。
馬鹿なことをした俺の言葉を聞いてくれた。信じてみようと思うと言えば、アンタは嬉しそうに笑った。そして、俺と同じように俺のことを思っていると言ってくれた。
俺がアンタを失うことを恐れているように、アンタも恐れていたんだね。
いつか、俺もアンタを抱き締めたいと、俺は抱き締められて思ったんだ。
アンタは泣き虫だ。
俺が怪我をするとアンタは必ず泣く。痛いのは俺だっていうのに、自分が傷を負ったように泣くから、おちおち怪我もできなくなった。
アンタが俺を思って泣く涙は気持ちいけど、それと同時に居た堪れなくなる。すごく悪いことをした気分にさせられるから。
それで、さ。
俺、この時から薄々分かってきたんだ。
アンタに対するこの好きっていう気持ちの種類が、分かってきた。
恥ずかしい話、自発的に女で勃ったこと一度もないのよ。俺、無理矢理勃たせてもらっていたの。
やってもらえばそれなりに気持ちいいし、出すことは出していたけどね。気持ち的にはすごい冷めていたんだ。
廓の女はべたべた触りたがるしさ。俺、忍びだよ? 肌触られるの嫌に決まってるじゃない。急所触られるのだって本当はぶん殴りそうなの我慢して触らせてやってんのに。
だから、局部だけ出してお世話してもらっていた。お世話も別に必要ないけど、周りが何故か心配してうるさいから、しょうがなく行っていた。
でも、俺。アンタの裸見て、初めて勃ったの。
九尾の事件でようやくごたごたから解放されて帰ってきて、アンタに会えたのが嬉しくて、ここぞとばかり甘えたら、ご飯食べさせてくれるばかりか、風呂にまで入れてもらって。
そのとき、アンタの裸見て、俺の元気になっちゃったんだよね。それなりに審美眼あるつもりだったよ。綺麗、汚いは分かっているつもり。
だって、お世辞にも綺麗とはいえないし、肌だって浅黒いし、傷は結構あるし。筋肉の張りとか、筋とか、そういうのはよく鍛えられて綺麗だとは思ったけど、欲情の対象じゃないじゃない。
なのに、初めて勃っちゃった訳。
目から鱗ってのはこの事だと思う。俺、そういう意味でアンタのこと好きなんだって、初めて自覚したんだ。
そしたら、アンタってば、俺の握って扱いてくれるし、すごい興奮した。廓の姉さんには全く及ばない手技なのに、声は漏れ出るは、心臓は破裂しそうなほど早くなるわ、ものすごい体験だった。
そのとき出したのも気持ち良くて、天国逝った気分ってこのことかと思ったもの。
お返しにしてあげたら、アンタ、ものすごく可愛くて、興奮した。もっと喘いだ顔見たくて、口に咥えてあげようとしたらものすごく怒られた。ひどいよねー。
ま、でもアレだよね。その後に、顔にかけちゃったじゃない。
その後、おどちにんむちににょう仕置きされちゃったけど、すごいいい映像だった。たぶん、あれが俗に言う、おかずってやつだと思う。勿論、保存したよ。お宝映像だもんね。
え? 何にって? そりゃ、写輪眼。
それにさ、十八になるまで駄目って言われちゃった。なんで嬉しそうなのかって? 決まってるじゃない。十八になったらやってもいいってことでショ。
もう十八になるのが待ちきれなくなっちゃったっ。
……あー、でも。なんでかな。その日から、アンタ、俺を変な目で見るようになったんだ。俺を見て、ごめんって。罪悪感たっぷりの眼差しでさ。
それに、その直後、アンタを突然見失ったんだよね。
一緒に寝ていたはずなのにさ。起きたらいないんだもん。驚いたよ。あり得ないって、俺、家中探し回った。
思い余って、三代目に食ってかかっていっちゃったよ。俺についていた監視者はどこやった、て。あのときの三代目は内外のごたごたで忙しかったのに、悪いことした。
それなのに、「冗談いっとる場合か」って煙管で叩かれただけなのは幸運なことだったよね。入院したけど。
だからね。あー、って思ったんだ。アンタは監視者なんかじゃないんだって。でもね、写輪眼に保存したアンタの顔は見える訳よ。
もうパニックだよ。
暇があったらアンタを探して回ったよ。
当時はもう暗部に入っててさ。公に探せなかったけど、夜な夜な探してたの。
アンタと同じ名前の子がいたんだけど、ジジイのお気に入りとかで会わせてもらえなかった。どうにかして会おうとしたら、俺を長期の任務に飛ばすし、あれどうなってんのかね?
特定の忍びを可愛がる火影ってどうなのよ。度の過ぎる保護者ぶりに反吐出たよ。
絶対会ってやるって、それだけが俺を支えていた。
でもね、十八の誕生日を迎えた日、誕生日だからってんで珍しく気を利かせてジジイが休みくれたんだ。
しかもアンタと同じの名前の子が里にいないからっていうふざけた理由で。たぶん、こっちが本当。こっちの理由が大。
で、まぁ、寝てね。目を覚ましたら、アンタがいる訳よ。
信じられないよ。もう何度も何度も夢にまで見たアンタが目の前にいるんだから。
嬉しくて仕方なくて、泣いちゃった。
声も感触も全部あって、やっぱり俺の思い込みじゃないって思った。でもね、アンタと一緒にいるとどんどん不安に襲われて、アンタを見失った場所にいるせいかと思って外に連れ出したんだけど、それが悪かったみたい。
無理矢理、犯した。狂ったように、アンタの肌に食らいついて、今までの不安な気持ちを全部ぶつけた。
正気に戻った時、どうしようかと思った。アンタの下肢は血塗れで、俺のに塗れてて、虚ろな目で泣いてて、どうしていいか分からなくなった。
うん、許してくれた。必死に謝って、泣いて縋ったら、許してくれた。
でもね、それと一緒にさ。俺のことは肉親としか思えないって。
あはははは、うん、失恋決定。まぁ、それは仕方ないと思うよ。俺は強姦しちゃったんだし、許してくれて、しかも肉親と思ってくれているって言われただけでも良い方だと思う。
でも、一番俺が腹立ったのは、俺の思いを否定したから。紛い物だって、よりにもよって刷り込みだってさ。
笑っちゃうよね。刷り込みっていうなら、子供は皆、親をそういう目で見るのって話になるじゃない。
反論したけど、全くもって聞く耳持たなくてさ。参ったよ。で、考えて考えて、俺がガキだから、俺の気持ちを否定したのかなって、思って。
もっとでかくなれば、アンタ分かってくれるのかなって思ったらさ。そうしたら、翌朝、またアンタいない訳。
もうちょっと勘弁してよって、思うじゃない。
この不定期、織姫彦星は嫌だって、冗談きついよ。まだ織姫彦星なら天の川挟んでだけど、俺の場合、何もない訳よ? 目の前にそんなのあったら俺、泳いで渡るよ。アンタに会うために、泳ぎ切る自信があるね。
は? 何万光年もかけてかって? 馬鹿言わないでよ。愛の力は光よりも早いの。何万年光年も一瞬って、いたッ。なんでぶつのよ!!
一応って、ひどッ。一応って、一体何?
ま、とにかくね。俺は鬱々としつつ日々暮らしていたの。で、何度も何度もアンタと会った記憶を思い返していたら、ふとある共通点があることに気付いたの。
アンタがいなくなるのって、俺が十八になりたいとか、年取りたいと思った直後なのよね。
その推測を心の糧に、俺は頑張りましたよ。この未来の先に必ずアンタがいるって、血泥の中をもがいた。
それで、ひさしぶりもらった休日の日に起きたら、またアンタがいた。俺、そりゃもう嬉しくて。
俺、その頃にはアンタの手料理に舌が慣れきっていて、休日の日は自炊してたの。だから、これもいい機会だと思って、手によりをかけて料理を作りましたよ。
アンタ、びっくりしてて、目を大きく見開いて……、可愛かったな。
それで、アンタの言動と手を見て、俺の推測は見事当たっていたって確信した。
別れる直前、アンタ、手を怪我してたんだ。俺のチャクラで処置したから、すぐ分かった。
俺のチャクラが残っていたし。でも、そこでまた疑問が生まれる訳。
俺はアンタに会えなくなってから、丸々二年経っている。でも、アンタは昨日だと言う。俺のチャクラの痕跡からも二年という月日は感じられない。それに、アンタって全然年取らないんだよね。
また思考の迷路だよ。
考えられるのは、アンタが先生みたいに、時空転移忍術を使えるか、それとも俺だけが別の時空間へ飛ばされているのか。
有力なのは後者だよね。
だって、アンタ、凄腕の忍者には見えないし、時空転移の忍術扱えるほどの忍びなら、ずっと一つのところに居られる訳ないからね。
木の葉の里はいつだって貧乏だから。鳴りもの背負ってる俺が言うんだから間違いないよ。
で、しばらく様子見してた。
俺がぐっと大人になりたいとか思わない限り、アンタはいなくならない。言い方を変えれば、俺が飛ばされることはない、と予想がついたから。
飛ばされると知って、恐くなかったのかって?
俺が恐いのは、アンタに会えなくなることだけ。それ以外なら何とか耐えられるよ。
けどねー。その後、最悪なことが起きたんだ。
胸糞の悪い任務でね…。新薬の精製法のデータ消去と、そのものの抹消、及び、実験として新薬に侵された子供たちの隠滅。
子供を殺さなきゃいけなかったのは、その子たちが薬がないともう生きられない体になっていて、内臓も何もかも腐りかけていたっていう理由と、その子供たちの血肉から薬が抽出できるから。
後者の方が任務的には大きな意味を占めていたんだろうけど。
データ消去とそのものの抹消はさ、凄腕の忍びが護衛についてて、手こずったけど別にいつもの任務だった。
けど、ね。子供はね。
大部屋に、大勢で押し込められていて、皆、意思のない目で転がっているのを見た時は、何て言うか……。身動きもできない、呼吸だけしている子を一人ずつ刺すのよ。その後、灰も残らないように燃やした。
全部燃え尽きるのを確認するまで、目を逸らすこともできなくて、さすがに堪えた。
自分がどす黒い生き物になったみたいで、頭の先から爪先まで全部、取り返しのつかないものにどっぷり浸って、足掻くけど逃れられなくて、凶暴な気持ちばっかり沸き上がって、どうしようもなくなったんだ。
そういう時は一人で、冷たいシャワーを一晩中被るんだ。全身の感覚が無くなるまで、体が冷え切るまで、頭が寒いって感じるまで。
そうしたら、アンタが来たんだ。
俺、前回の比じゃないくらい、アンタのこと傷つけて、犯した。
我に帰ったら、顔の原形がないくらい顔腫らした、虫の息のアンタがいて、息が止まるかと思った。
俺の手はアンタの血に塗れていて、アンタの下肢は俺の体液でぐちゃぐちゃで。
全身の骨が砕けてるんじゃないかっていう状況なのに、アンタ笑うしさ。俺の腹のかすり傷が治ってること喜んでるわ、無茶苦茶だった。
もう俺も訳分からなくなって、気が動転して言ったんだよね。
『俺のことどう思ってるんだッ?』って。
それに対して、アンタ、ぼこぼこに晴らした顔で綺麗に笑って、涙零したんだ。
その瞬間、分かったよ。
アンタは俺が好きだって。いいや、俺のこと、愛してるって。
一時、アンタの心臓止まったんだよ。
世界が終ったと思った。
親父や、オビト、先生やリンが死んだ時でも、こんな感覚には陥らなかった。
世界が自分に向かって収縮していく感じで、五感も全て閉じていくんだ。何も見えないし、何も聞こえない、何も感じなくなっていく。
は? チャクラ不足って? ちょっと話の腰を折らないでよ。だいたいこのタイミングでそういうことよく言えるね。
あぁ、まぁね。結果は、助けることができたよ。アンタへの執着心だけが動いて、気付いたらアンタが手に握っていた、綱手さまの札にチャクラぶち込んでた。
ああいう時にこそ、火事場の糞力ってもん出ちゃうんだね。ご指摘の通り、チャクラはほとんど残ってなかったのにさ。
これはきっと愛の力って、もー、生命力変換したとか、現実的なこと言わないのッ。愛の力ってことにしといてよ。
体の傷は全部治したものの、眠っているアンタの呼吸と鼓動を何度も確かめたよ。恐くて、側から離れられなかった。札握りしめて、異変があったらすぐ治せるように、ずっと側にいた。
目、覚ましたアンタってば、俺見て怯えるどころか、笑うんだよ。俺のせいで一瞬死んだってのに、俺見て大声あげて涙浮かべて笑うの。
拍子抜けっていうか、それにも何か救われたっていうか…。
それでね、アンタと話していて気付いたんだ。
俺がアンタとは別の時間へ飛ぶ時、俺が年を取りたいと思った時が切っ掛けだけど、アンタが現れるのは俺が誰かに側へいて欲しいと思う時だって。
親父の死、オビトの死、先生の死、リンの時は後から人づてに聞いたから実感沸かなくて思わなかったけど、十八の誕生日も、成人の節目に誰かに祝ってもらいたくて側にいて欲しかった。それと今回の任務後の時も。
何だろうね。
本当、アンタって一体何者だろうって思った。でもね、それと同時に関係ないって思った。
アンタが何者でもいいやって。
他里の間者だろうが、俺に差し向けた刺客だろうが、不思議生命体だろうが、何でもいいやって。
アンタになら何されてもいい。俺の命が欲しいならいくらでもくれてやるって。だから、ずっと俺の側にいて、口に出して愛してるって言って欲しかった。
なのにね、どうしてかな。
俺のこと愛しちゃってる癖に、アンタ隠すんだ。俺のことは肉親しか思ってませんよって、突っぱねるんだ。
俺の自慰の声聞いて、自分もしてる癖に。興奮してその瞳に涙浮かべて、甘い吐息零してるのに。
訳、分かんないよ。
だから、勝負に出た。
俺の推測が正しければ、俺が成長したいって思った直後にアンタはいなくなり、俺が誰かにいて欲しいと思う時にアンタは現れる。
念じたよ。少し年を取りたいって。そして、次にアンタと会う時は、性質の悪い媚薬にかかった時がいいって、念じた。
次の日、起きると、アンタはいなかった。
ここまでは俺の予想通りだ。次は俺が念じたようなタイミングで、アンタとまた会えるか、だ。
じりじりしながら毎日を過ごしたよ。暗部の任務しながら、次の時を待った。
それから半年して、またアンタが俺の前に現れた。今日の任務は簡単な諜報だったから、内心外したかなと思った。
でも、結果としては、俺は勝負に勝っていた。
諜報する相手の護衛が、朱の里のくのいちだったんだ。
まさかと思ったら、俺とマンセル組んでた奴がとちって、戦闘。もちろん勝ったけど、どぎつい媚薬をくらった。
周りが心配して、専門のくのいちに処理頼めってうるさかったけど、俺は狂喜したよ。これを待ってたんだから。
思ってた通り、アンタは俺の手を取った。
ひどいよね。
気持ちは同じなのに、俺がここまでしないとアンタは応えてくれない。俺に対しての愛が同じだってことを見せてくれないんだ。
……散々、無体な真似したな。
あの時の俺、自分が苦しくて苦しくて、アンタも苦しんでいることを気付いてやれなかった。先の見えない真っ暗な所を、俺一人がひたすら走っているような気がして、不安で恐くて、アンタの体に縋っていたんだ。
そうしたらさ、綱手さまが俺に話があるって呼び出された。
うん、アンタの様子を心配してのことだった。けど、そのときの俺は見えていないものが多くて、飯も碌に取らないもんだから、心身共に逼迫している状態だった。
喧嘩腰で綱手さまと話したよ。
姿形をうまく真似てるが、偽物だろう。自分を観察して一体何をするつもりだ、アンタは絶対に渡さないって、自分の妄想を鵜呑みにして雷切ぶっ放そうとしたんだ。
綱手さまは呆れてたよ。
どうこうするつもりなら、もうやってるって言ってさ。俺のガリガリの体を揶揄して、脳も痩せたかって言ってた。
何を言われても、むかっ腹立ってさ。本気で雷切を打ちこもうとした時に、聞かれたんだ。
アンタをどうしたいんだって。
ここ数週間で痩せたって。真っ青な顔して今にも倒れてしまいそうだ、もう限界に近いだろうって。
言われて、ようやく気付いたんだ。
そういえば、アンタの笑顔をどれだけ見ていないだろう。青い顔で苦悶の表情を浮かべているところしか、思い出せないって。
綱手さまに言われたよ。
大事なら、大切にしろって。
俺も素直じゃないからさ。大事にさせてくれないアンタが悪いって言い返した。
大事にしたいのに認めないから、だからあんなことになるんだ。あれは、アンタの自業自得だって。楽になりたいなら、俺に正直に言えばいい、俺を愛してるって認めればいいって。
…うん。まぁね。今思い返すと、かなり恥ずかしいよ。責任転嫁もいいところだ。
で、当然だけど、綱手さまがブチ切れてさ。
図体だけ大きくなりやがって、まだ甘えたりないのか、クソガキッって、般若の面して怒鳴りつけられた。
お前のしていることは追い詰めているだけだって。アンタがあんなに痩せたのも、お前のせいだって、面と向かって詰られた。
言葉が出てこなかったよ。本当は薄々分かっていたんだ。これじゃいけないって、これじゃ二人とも駄目になるって。
黙っていると、綱手さまがさ。
男だったら、丸ごと包んでやるぐらいの度量を見せろって発破かけてくれた。抱えているもの全部包んでこそ、男の甲斐性の見せどころじゃないかって、俺を励ましてくれる訳。
俺、そこでやっと気付いたんだ。
たぶん、俺に足りないのはこれだって。
俺、どうしようもない、ガキだったんだ。
成長したのは図体ばかりで、優しいアンタに甘えるだけ甘えて、自分で何もしてなかった。アンタが大事だって言いながら、もっともっとて強請っていただけ。自分の思いと同じものを返してくれって詰め寄っていただけなんだって。
綱手さまと話し終えて、アンタのとこに行くとさ。アンタ、真っ青な顔でご飯山ほど作ってた。自分は食べないで、俺が出てくるの待ってたんだ。
俺、自分が情けなくて。
アンタの飯食いながら、アンタが久しぶりに笑う顔を見ながら、思った。
アンタを泣かせないような男になりたい。アンタを包めるような男になれるまで、会えなくったっていい。何年経っても構わない。アンタの笑顔を守れる男になった、そのとき。
アンタに会いたいって。
……うん。明日にはアンタはいないと思った。たぶん、俺がまともになるまで長い年月がかかるんだろうなって思った。
――翌日から、俺は一人になった。
アンタがいない毎日は寂しくて、物足りなくて、でも、それと同時に希望でもあった。俺が昨日の俺より少しまともになる度、アンタに近付いているって信じていたから。
今日より明日、明日より明後日。
小さくてもいい、少しずつでもいいからでかくなろうって。自分の負抜けた根性を鍛え直そうって、歯を食いしばった。
……そのとき、からかな。
俺、火影岩の高台から里を見下ろすのが、里での日課になった。
夕暮れ時に人が家に帰る姿を見送って、夜の薄闇に里が解け込むと、ぽつりぽつりと点る家の灯を見詰める。
見ていると、涙が出た。
胸が温かくなって、アンタを思い出した。
それでさ、俺、思ったんだよね。
あぁ、皆、俺と同じなんだって。
俺と同じようにアンタが待っている家に帰って、アンタが作ってくれたご飯を食べて、何気ない会話しながら笑って、おやすみって声をかけて眠る。
俺にとってはアンタであるように、あの家に帰る人にとって、かけがえない人があそこにいるんだ。この家の灯りの一つ一つが、幸せの象徴なんだって、思った。
里って、何て温かくて愛しいんだろうって、心底、思ったよ。
それからは、気分的に落ち着いたというか。余裕が出たっていうのかな。
寂しくなくなった。
里を見れば、アンタがいるから。アンタを感じることができるから、寂しくなくなった。
でも、困ったこともあってーね。ジジイの奴、俺の変化に気付いたのか、これ幸いに暗部を抜けさせないように仕掛けてくるのよ。
俺に暗部の長やらせて、後進の育成じゃ、頼むぞって、ばんばん若い奴ら入れてくるのよ。
冗談じゃないっての。俺としてはここら辺りで暗部から足洗って、胸糞悪い任務から解放されて、心身共に清めて、アンタに会うべく最後の詰めに入りたいと思ってたのに。
普通さ。暗部務めるのは長くて五年、普通は三年程度だよ。なのに、俺が暗部を辞めさせてもらったのは、十二年よ、十二年!!
労働組合とか、労働局なんてもんがあったら、俺、真っ先に乗り込むね。木の葉にはないから、無理なんだけどッ。
しっかもさー。あのジジイ抜け目ないったらありゃしないの。上忍として働いている俺に、まーだ暗部の仕事を押し付けてくる訳ッ。その理由が、別口がまだのようじゃから、その練習に育成しとけの一点張りっ。本当、あの煙管に爆竹仕込んでやりたいくらいだーよ。
え、別口って何かって?
そりゃ、決まってるでショ。上忍師としての、下忍の育成。
やー、俺もなかなかでかくなったでショ? 卵の殻を尻につけてる、ひよこちゃんを任せられるようになったんだからね。
こりゃ、あと少しだなって思ってたの。アンタに会えるのはきっともう少しだって。
へ? あ、そうね。うん、その通り。
まだっていうのは、そういうこと。
誰一人として、俺が育てたいなっていうひよこが見つからなかったわけ。
そんなに難しい試験だとは思ってなかったんだけどーね。軒並み失格。これからの木の葉の行く末が思いやられますよ。
って、思ってた矢先に来たの。かわいいひよこが三匹。
黄色と黒と桜色。
ピーピー言ってうるさいのなんのって。そんで、可愛いの。
教えていた先生がいいのか、こいつらの中にはしっかり根付いてるんだよね。絆ってのが。息を吸うくらい自然に身についてる。
それに関しちゃ、あいつらの歳の時の俺を比べたら、負けてる。大負け、惨敗。
で、さ。驚いたことに、アンタと会ったのよ。こいつらを教えていたのがアンタだったの。
寝耳に水というか、俺、アンタに会った時、一瞬、気を失ってた。
気付いたら、アンタもひよこどもいなくなってて、俺、すっごい慌てた。里中、駆けずり回って探したら、アンタってばひよこどもと呑気にラーメン啜ってるじゃないッ。
俺、どうしてって、叫んじゃったよ。
そしたら、何勘違いしたのか。すいませんって、ラーメンかきこむなり、お代置いて逃げるのよ。
茫然だよね。自失しちゃうよね。
ひよこどもは、アンタのことを俺がいじめたって敵意むき出しに怒ってくるし、散々だよ。いじめられたのは俺の方だっての!
まぁ、俺も一晩明ける頃には冷静になってさ。アンタがおかしいことに気付いたの。
俺と顔合わせした時、アンタ、平然とした顔で初めましてって言ったし、俺を見る目が全然違うんだよーね。
何が何だかよく分からなくて、とにかくアンタのことを調べたよ。
生い立ちから何もかも、そこから得た結論は、アンタとあの人は違うってこと。
全てがそっくりそのままだけど、あり得ないんだ。
あの人が俺と会うはずがない。いや、会うことができない。
俺はあの人よりも四歳年上で、同じ時間軸を生きていた。ジジイが隠していたお気に入りの忍びが、あの人だった。
脱力、だーよ。
もう、ぬか喜びもいいところ。
アンタじゃないあの人に、どれほどがっかりしたか、分かる?
……ま、でも、さ。その。似ていたらやっぱり気になるじゃない。それで、ひよこどもを出汁に話掛けてたの。
アンタと同じ顔で、同じ声で、笑って怒って、泣いて。それ見る度にアンタを思い出したよ。会いたくて仕方なかった。
ま、だからというか、日課もあったっていうか、俺のアンタとあの人は違うんだってことを自覚するために、火影岩の高台に連れ出して、俺のアンタとあの人を見比べてみたの。
結果? うん、その、里を見たらさ、やっぱり俺にとってのアンタはアンタだけだと思った。だけど……。
あの人、泣いたんだ。
何でかは分からない。里を見て泣いたのか、俺を見て泣いたのか。それとも違う何かを見て泣いたのか。
その涙と、あの人が気にするなって精一杯笑って、泣きながら俺に言ってるのを見ていると、重なったんだ。
アンタとあの人がぴったり重なった。
……正直、参った。
これって二股って言うのかなって。俺、アンタを裏切ったのかなって。
そんなこんなで、木の葉崩しが起きて、ひよこが里抜けして、残りのひよこは俺なんかより立派な先生に師事して、俺はまた一人になった。
こういう時こそ、アンタの出番じゃないの?
ふふ、嘘嘘、じょうーだん。ま、俺がこういう風に冗談でも少し思っている限り、アンタは現れないだろうと思った。それに、俺の感情をあの人に押し付けるのも違う気がして、さ。
ま、里を立て直す大義名分の元、必死に働いた訳です。
来る日も来る日も任務任務。
いやーお仕事あるって本当助かります。俺って、まだまだ働き盛りだからーね。
で、あるとき、そんな俺にご褒美とばかりに、ある大名が巻物の鑑定をしてくれって指名任務をくれたーの。
嫌いじゃないというか、親父の影響で巻物収集は俺の趣味でもあるから、喜び勇んで行ったの。圧巻だったよ。視界いっぱい巻物だらけ。
俺、浮かれてたのよね。それに、ちょっと疲れてもいたのかな。
で、何気なく目を引いた巻物に手を伸ばしたら……。
――そこで、全てが分かった。
全部繋がった。
あの人はあの人で、アンタはアンタで。でも、あの人とアンタは同じ人だった。
下手な手を打ったよ。分かった瞬間、欲が出て、変化しちゃったんだーよね。俺にとっては、アンタと会うのは久しぶりだったから、この時間をもう少し過ごしたくて、我がままな行動しちゃった。
でも、アンタはぶれなかった。
俺の愛したアンタは、どこまでも真っすぐで、一度決めたら頑固で、融通利かなくて、我がままで、とっても強い人だから。
偽りと言うのは嫌だけど、夢のようなあやふやな場所で、生きることを良しとしなかったんだーよね。
……聞こえたよ、アンタの言葉。
だから――。
……さて、俺の話はこれでお終い。
いい加減、それ止めてくれる? 俺の大事な人の姿を無暗に使わないでよ、――親父。
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懺悔。オフ本で「父ちゃn」になってました…。
持っている方、脳内変換お願いします……orz
次回、短めです。