「あんたみたいな味噌っかすを相手にする、おれの気苦労もちょっとは察しなさいよ」
そう言って、同級生にいじめられていた私の手を引っ張って助けてくれたのは、酒の席で親同士が酔いに任せて決めた許婚の男の子だった。
木の葉では珍しい銀髪に、瞳は一度だけ見たことのある深い海の色。
男の子はきらきらしていて、その子自体が宝物だと思った。
だから、将来その子とずっと一緒にいられるんだと思ったら嬉しくて、私は許婚という意味も分からず、無邪気に喜んだ。
今から考えるとその子はどこか呆れた様子でその話を聞いていて、まとわりつく私を心底迷惑そうに見ていたけれど、当時の私はちょっと鈍い子供だった。
「おれ、こんなブス嫌だからね!!」
「イルカ、ぶすだけど、いいなずけー!!」
そう言っては、男の子を抱き込んで、頭を撫でてていた。
その時の私は、男の子を完全にお人形さん扱いしていたのだと思う。
男の子が家にいる時は必ず手を繋ぎ、どこに行くでも連れて行こうとしていたし、ついて行こうとした。おまけに自ずからご飯を食べさせたがり、一緒に寝たがった。
おままごとにつき合わせたり、女の子の洋服を着せたり、母ちゃんの化粧をくすねては塗りたくったりしていた。
うちの両親と、男の子の父親は、そんな私の行動をたいそう面白がり、嫌がる男の子に付き合ってあげなさい、お兄ちゃんだろと散々ぱら言われていた。
けれど、その男の子と私の付き合いはそう長くは続かなかった。
私がアカデミーの学校に行く年になった頃、男の子はうちにやって来なくなった。
そして、久しぶりに会った、あの日。
いじめっ子から私を連れ出してくれた、あのとき。
私を家まで送ってくれた後の去り際に、男の子は言った。
「あんたいつ見ても、みっともないよね。今度会う時までには、もっとマシな女になってなよ」
その言葉を最後に、男の子は私の前から姿を消した。
それからほどなくして、里は九尾という化け物狐に襲われ、私は両親を失くし、生きることに精一杯で男の子のことは忘れていた。
思い出したのは、つい最近だ。
臨時の任務で、後方支援を任されて行った戦場で、雑務をしこたま頼まれた。
溜まりに溜まった衣類などを、洗濯をしようと川に行った時、一人の暗部が水浴びをしていた。
戦場にいる暗部は大概神経が高ぶっている。
余計なトラブルを招きたくなくて、回れ右をしてその場を離れようとしたとき、その暗部の髪の色を見て、足が止まってしまった。
銀色の髪。
陽の光に照らされて、きらきらと光る髪の毛は、懐かしいあの男の子との思い出を蘇らせてくれた。
懐かしくて、少し泣けた。
あの男の子は今でも元気でいるのかと、今更だけれど気になって仕方なくなった。
短期任務も無事終え、里に戻った私は、あの銀色の男の子のことを自分なりに調べ始めた。
両親と仲良かった、優しい目元が印象的な、男の子の父親から調べようと思ったのも束の間、私はとある事件に巻き込まれ、重傷を負ってしまった。
病院と仕事場を行き来しながら、空いた時間を使って調べを進めるものの、大した成果も得られなかった。
一体いつあの子の行方が分かるのだろうと肩を落としていたのに、あの子の正体は向こうからやってきた。
情報をくれたのは、火影さま。
私としては、教え子につく上忍師を教えてもらいたくて、昼飯を奢りますと口説いたつもりだった。
けれど、火影さまはAランチを口に運びながら驚くべきことを言った。
「教えろも何も、イルカの方がよく知っておろうに」
「……はい?」
火影さまのお話では、うちの両親のところへよくやってきていたのは、三忍を凌ぐともいわれた実力者かつ、伝説的な武勇伝で名を知られた、はたけサクモ上忍で、その子供が、私の探していた男の子だった。
そして、その男の子が、胃に穴が開きそうなほど気がかりだった、担当上忍師その人だという。
ぽかんと口を開けている私に、火影さまは知らんかったのかと説明し始めた。
名前は、はたけカカシ。
里きっての業師であり、その身に宿した写輪眼からコピー忍者と呼ばれ、ビンゴブックにも載る木の葉を代表する忍び。
火影さまから聞かされる、はたけ上忍の数々の武勇伝話に、半ば私は気を失いかけていた。
もういいですと言わなければ、夜まで語っていただろう輝かしい功績を前に、私は過去の自分を悔いると共に、名前が売れている今になって、幼馴染として会うことに引け目を感じてしまった。
有名人に近づきたがるミーハーな人間と、あの子には思われたくなかったのだ。
気落ちする私に、火影さまは久しぶりの再会じゃのぅと嬉しそうに笑っていたが、向こうが私を覚えている可能性は限りなく低いと思う。
私だって銀色の髪を見なければ忘れていたし、里を背負って立つような忍びが、小さい時に遊んだ?女の子のことを覚えているはずもない。
火影さまに、私のことは内緒にしておいてくださいと言えば、火影さまは何を勘違いしたのか、サプライズじゃなと上機嫌に笑っていた。
それに曖昧に頷きながら、胸がチクチクとして仕方なかった。
もっと早く、あの子のことを思い出せていたら、大腕振ってあの子に会いに行けたのに。
久しぶりって言って、あのときの幸せだった時間を語り合うことだってできたのに。
そこまで考えて、そうも言えないかと考え直した。
私にはすごく楽しくて、きらきらと輝いていた幸せな時間だったけど、あの子はいつも仏頂面で私の隣にいた。
記憶にある男の子はたぶん六歳ぐらいで、子供とは思えぬほどのしっかりとした意見を持っていた。
すでに男としての意識を持っていたその子には、私の遊びは、ひどくプライドを傷つける行為だったのではないかと察する。
あーぁと、ため息が零れ出た。
結局、独り相撲していただけだったのかと落ち込んだが、考え方を変えれば、私がしてきた数々の仕打ちも忘れていることになる。
あの子が今日まで無事に生きていることを知っただけでも儲けものかと、そのときの私は気楽に考えていた。
なのに。
「久し振り、許婚さん。俺のことを忘れるばかりか、マシな女になっていないってのはどういう了見なのかーな?」
資料ごと私の手を握り、そう言って睨みつけたはたけ上忍に血の気が引いた。
事の起こりは数分前。
正式に私の教え子たちを受け持ってくれることとなった上忍師へ、教え子たちの資料を渡しに上忍待機所へ行ったところから始まる。
火影さまから教えてもらった上忍師の皆さんに、「初めまして」と挨拶をしながら資料を手渡していると、かの人もそこにいた。
左目を額当てで隠し、顔の半分を口布で覆い、右目しか見えない風貌になっていたけど、銀の髪と右目の瞳の色はあのときのままで、彼があの子なんだと少し感傷に浸ってしまった。
私より細かったのに、ずいぶんたくましくなったなぁとか、どんな声になったのかなぁとか、心の中ではドキドキしつつ、教え子の元教師としての立場で、「初めまして」と自己紹介をした。
たぶん、アカデミー教師ということと、名前を名乗った程度の自己紹介だった気がする。
どうぞと言って、ソファに座るはたけ上忍に資料を差し出せば、はたけ上忍は「ふーん」と言った。
あー、声低くなってる。あんなに甲高い声でわめいてたのに、成長ってすごいなーと浮かれていると、伸びた手に捕まった。
そして、先の言葉に続く。
はたけ上忍の発言で、周囲がざわめき始める。
「許嫁?」「カカシ上忍の?」「あの冴えないのが?」など、きれいで実力も確かな上忍のくのいちさん方の声がこちらに突き刺さる。
押し隠せなくなった冷や汗が頬を伝うのを感じながら、私はどう切り抜くべきかを素早く計算し、無理やり笑みを浮かべて声をあげた。
「あっ、覚えてくださったんですか!? お久しぶりです、はたけ上忍。会うのは十数年振りですね。昔のことなんで忘れているかと思って言わなかったんです。それに、やだなぁ、はたけ上忍。許嫁って言っても、あれはうちの親とはたけ上忍の親御さんが、酒の席で冗談みたいに口走った――」
「あれね。親父の遺言になったの」
それとなく軌道修正を試みたが、はたけ上忍の発言に、言葉が止まる。
はい?
「親父が遺書書いてて、それにちゃんと明記されてんのーよ。あんたと俺の結婚は」
初耳な衝撃事実に体が固まった。
「それに、言ったでショ。『今度会う時までには、もっとマシな女になってなよ』って。……あんた、本当に俺のことなめてるよね…」
ジロリときつい眼差しが突き刺さり、思わず視線を逸らす。
つい最近思い出したと言えるはずもなく、マシな女ってどうやってなるのか、皆目見当もつかない。
つぅか、火影さまが冷やかし気味の言葉を私に言っていたのは、この情報をあらかじめ知っていたためなの?!
暑くもないのにだらだらと汗を流す私を睨んだまま、はたけ上忍は続けて言った。
「写輪眼カカシの伴侶なら、それなりの美しさならびに教養を身につけてもらわなきゃ困るの。あんた、今日から俺の家で暮らしなさい。俺が直々に指導してあげーる」
伴侶発言ならびに、同居発言、炸裂。
はたけカカシを狙っていた、くのいちの上忍の皆様方は、突然現れたダークホースに阿鼻叫喚し、ゴシップネタ大好きという野次馬根性の上忍の皆様方は、その特大ネタを嬉々としてばらまきに出て行った。
その日の里は、一種のお祭りみたいな騒ぎになった。
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カカイラーではない友人へ送った作品です。(H24.5.17)
カカシの許嫁1