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「……パックン。カカシ上忍、帰ってる?」
こそーと門扉を開け、今日の門番係りをしているパックンへ尋ねれば、パックンは私の顔を見るなり、しわくちゃな顔をもっとしわくちゃにさせてため息を吐いた。
「おる。お主の帰りが遅いと、イライラしておるわ」
あぁぁ、アウトぉぉぉ!!
また絞られると頭を抱えてうずくまると、パックンは何か言いたそうな顔で私を見た。
いや。そんな目で見られても困るのだ。
私の服は爆発があった後のように燻り、ところどころが焦げている。そして、露出している肌は軽い火傷を負っていた。



「上忍のトラップ完璧に解除して、ダミーの爆発も避けろっていうのが無理なんだって。これでも前よりは避けれるようになった方よ?」
はぁぁと重々しくため息を吐き、何となく寂しくなって、パックンを懐に抱き上げる。
パックンはカカシ上忍が使役する八匹のうちの一匹。忍犬のリーダーだ。
パグ犬で、賢く、人間の言葉も喋れるスーパーわんこだ。
「そうは言うが、カカシがお主に求めているのは、それより上のことだぞ」
「うー。カカシ上忍ってば優秀過ぎて、落ちこぼれの気持ちを分かってくれないのが難点だなぁ」
ため息を吐きつつ、パグ犬独特の皮膚感をふにょふにょと手や頬で楽しんでいれば、きぃーと玄関の扉が開いた。あ。



「――お帰りなさい。今、何時だと思ってんの?」
エプロン姿におたまを持ち、両腕を組んで、青筋立てて私を見下ろすカカシ上忍は亡き母ちゃんを髣髴とさせた。
「いや、あのそのっ」
私が言い訳を考えている隙に、パックンがするりと腕の中から抜け、距離を取られた。
パックン、私の味方してくれないの!?
すまんな、拙者の主はカカシじゃ。
カカシ上忍側へと座ったパックンに縋る視線を向ければ、カカシ上忍の怒りの気配が濃密になった。
「あんたと話しているのは、俺なんだけど?」
「いえあのその、すいません!! トラップ除去に梃子摺って、気付いたらこんな時間になりましたっっ」
すんませーんと深々と頭を下げれば、思いっきりため息を吐かれた。
だって、仕方ないじゃーん。今日のは最新式のトラップでダミーが笑っちゃうくらいあったんだもの!!
口に懐中電灯をくわえ、ああでもないこうでもないと配線を切った私の辛抱強さを少しは認めてもらいたい。あんな複雑な配線プラスそこかしこに仕掛けられている幻術トラップなんて初めて見た。
これから先の地獄の小言を想像し、ぐすんと鼻をすすれば、腕を引き上げられた。



「先に風呂入ってきなさいよ。その後、手当てしてあげるから」
まだ機嫌は直っていないが、カカシ上忍の思わぬ優しい言葉に嬉しくなって、相好が崩れてしまう。
「…! だから、そんな馬鹿面して笑わないの! あんたは俺の伴侶になるんでしょ?! もっと洗練に笑いなさいよっ」
はいはーいと口先だけで答えて、スキップ交じりで玄関をくぐる。
今日は小言はなしだーと、脚絆を脱いでいれば、横を通り抜けるカカシ上忍にきっちりと釘を刺された。
「夕飯食べた後、話があるから」
「……はい」
束の間の幸せだったみたいだ。



私とカカシ上忍は、ただ今、同居をしている。
カカシ上忍が私を立派なレディに育て上げ、その暁には両親同士の約束を守って、私と結婚する腹積もりらしい。
私としては、昔大好きだった懐かしい男の子と暮らせるのは、とっても嬉しいことなんだけれど、カカシ上忍が親の遺言を気にして結婚するのは何か違う気がしてならない。
カカシ上忍は覆面を取ったら超美形で、しかも忍びとしては超一流で、お金もたくさん持っていて、誰もが結婚したいと望む男性だとは百も承知なんだけれど、それでも納得ができない。
本人同士が了承していない結婚だなんて、私はごめんだ。



「……今日のトラップ。どんなものだったの?」
風呂上がり、火傷の手当てをしてくれながら、カカシ上忍が聞いてくる。
独特な匂いがする軟膏を自分でも塗りつつ、私は答えた。
「えっとですね。やたらと入り組んだ配線と、ダミーの配線を切るたびに幻術が発動する代物でした。私、あんなの初めて見ました。幻術解除しつつ、配線も切りつつ、幻術解除しつつ、配線切りつつって、よく一人でやりきれたなーって、自分で褒めてあげたいくらいです」
だから、少々の火傷は失敗とは言わないはずだと、ちらりと背後を見れば、カカシ上忍は眉を寄せて、「ばかだねぇ」とため息を吐いてきた。
「あのねぇ。そんなややこしい物なら、俺を呼びなさいよ。仮にも許嫁のあんたが怪我なんかしたら、俺の体面に傷つくの。あの写輪眼カカシともあろうものが、許嫁の一人すら守れないのかって、諸外国にも悪評が立つでショ」
ツンと澄まして言うカカシ上忍に、相変わらずだなぁと思う。
「だから、許嫁解消しましょうって、再三に渡って言ってるじゃないですか。私の実力だと、入院するような怪我を負うのも時間の問題です。未だにいい女になる兆しもありませんし、カカシ上忍の足引っ張るぐらいしかできてません。もっと他にいい女性が――」
いると言いかけて、ばっちーんと叩かれた。
ノースリーブのシャツを着ていた私の、生肌のところをしこたま叩かれ、ひりひりと痛んだ。
何すんですかと、涙目で振り返れば、カカシ上忍は目を座らせて私を睨んでいた。
びくりと体が跳ねる。
まずい、お小言スイッチを押してしまったか。
睨むカカシ上忍の視線をしらーとかわし、さて、それじゃご飯でもとさり気なく立ち上がろうとして、肩を掴まれた。く、逃げ切れなかった!!
「……あんた、まだ俺の許嫁っていう立場を分かっていないようーだね」
肩を掴まれ、真正面に向き直される。整った顔で睨まれると、いつも身が竦んでしまうが、勇気を振りしぼって私は発言する。
スイッチを押したら、連続押しだろうが、長押しだろうが、一緒のことだ。今日こそ、カカシ上忍の考えを改めさせてやる!
「だ、だって、カカシ上忍、間違ってます! 結婚って、基本好き合った人とするべきだと思いますし、お父様の言ったことを守るってのは大事なことだし、素敵なことだとは思いますが、自分の意志を曲げてまで貫くことじゃないはずです!!」
「ほー。だから? だから、許嫁を解消して、お互い好きな相手同士と結婚すればいいって言うの?」
うんうんと思いきって首を縦に振れば、カカシ上忍の顔が下から徐々に赤く染まっていき、額の上を占拠した直後、特大の雷が落ちた。



「今更なこと言ってんじゃないよー!?」
ぐわーんと鼓膜が揺れて、ついでに頭も揺れる。
カカシ上忍は私の肩を前後に押し引きしながら、甲高い声を上げた。
「俺の立場を分かれって、いつも言ってるでショー!? 写輪眼のカカシが一度言ったことを反故にできると思ってるなんて、それこそ頭イカレてるとしか思えないよっ。俺は里の看板背負ってるの! 崩せないイメージがあるの! すでに自里はおろか、他里にまで知れ渡っている事実なのっ。それを他に好きな人がいるから許嫁解消しましたって、どの口が言ってるのー!! 誠実さの欠片もないでショ。イメージ悪過ぎでショ?!」
「この口が言うのか?」と、両頬を片手で掴まれ、痛みが走る。
たぶん手加減はしてくれるとは思うのだが、痛いものは痛い。
「ひたいひたい」と言う私を無視して、カカシ上忍のやや暴力的なお小言は続く。
「だいたい、あんたが俺を選ばないってのがあり得ないのよッ。それも、何?! よりによってあのガイが素敵とか抜かしているなんて、一体どういう神経してんのよ!!」
一体どこで聞いたんだと、眉根が寄る。
ガイ先生とは、上・中忍の懇親会の際に知り合い、ガイ先生の教育論と子供たちに傾ける熱い思いを聞き及ぶに至り、すっかり心酔してしまった。
ガイ先生の愛弟子である、リーと二人、ガイ先生ファンクラブを立ち上げ、絶賛会員大募集中だ。
だから、いくらカカシ上忍であろうとも、ガイ先生の悪口はいただけない。
「ひゃ、ひゃいせんせの悪口はひゃめへくらはいー!」
頬を掴む手をぽかぽかと殴り掛かれば、至近距離で怒鳴り声が響いた。
「うるさい! ガイよりオレは劣るとでも言いたいの?! 本当に、あんたって人は昔からむかつく女だよ。こっちの思い通りになったことなんて、一度だってなかったんだからッ」
「うーー」
徐々に頬に食い込む指がきつくなって、顔が歪む。
生理的な涙が滲む頃、ようやく手が離れた。
痛いーと頬を擦っていれば、カカシ上忍は私に指を突き付け、「それと」と言った。
「いい加減、カカシ上忍ってのは止めてくれる? ダーリンとか、ハニーとか、あなたとか、他にもっと良い言い方があるでショ?」
胡乱な眼差しを向けられ、うっと言葉に詰まる。
私自身、結婚は反対なので、それらの呼称は使いたくない。
「……言えないの?」
冷気を発するカカシ上忍が恐い。仕方ない、ここはわが身のために譲歩するか。
「……カ、カシさん」
にこっと愛想笑いも浮かべておく。
カカシ上忍こと、カカシさんは片手で顔を覆い、伏せるように考え始めた。
どうだろう、ありかな? オッケーかなと、カカシさんの反応を待っていれば、しばらくして「…いいでショ」とオッケーを出してきた。っしゃ!!
「じゃ、今後それで呼びなさいよ。他人行儀の名前で呼んできたら、速攻頭ぐりぐりしてやるかーらね」
初めてこの家に連れ去られた時、自分の家に帰ると叫ぶ私の頭を拳でぐりぐりと挟まれた。そのときの激痛を思い出して、びくびくぅと体が震えてしまう。あんなに痛いのはもう二度と経験したくない。
「あい」
素直に返事をして悲嘆にくれていれば、カカシさんは今日はブリの照り焼きだーよと、本日の晩御飯のメニューを教えてくれた。



「わー! わたし、それ大好きですっ。カカシさんて、お料理本当に上手ですよね。女性だったら引く手数多でしたよ〜」
ブリブリーと、喜んで台所へと向かえば、後ろからカカシさんが不機嫌な声を出してきた。
「あのね。今も引く手数多なの。ほんとーに、あんたって何もわかっちゃいないんだから」
カカシさんの言葉に、あー確かになぁと思う。
結婚しても共働きが主流の忍びにおいて、こんなにおいしいご飯を作れる男性は貴重だ。
そうすると、カカシさんの株はもっと高いってことで、ますます自分には縁遠いひとだなーと再認識してしまう。
台所に到着し、私は味噌汁をよそいながら、隣でご飯をよそうカカシさんを見る。
何よと視線を向けるカカシさんに何でもないと笑いながら、ちょっとだけ寂しさを感じた。
近いうちに、カカシさんはきっと私を見限るだろう。
そのとき、カカシさんの隣にいるのは、私とは比べものにならないような出来たイイ女で、そうすると私の居場所はどこにもなくて…。
こんな風にカカシさんと横に並ぶこともなくなるんだろうなぁと思うと、切なくなった。



******



「うーん、これまた立派なトラップで」



帰り道。
カカシさんの家に帰る道の真ん中に堂々と仕掛けられているトラップの前で、私は腕を組んだ。
ご丁寧にも、うみのイルカさまへと達筆な文字で挑戦状が貼りつけられている。
私の身を危険に晒す輩たちだが、こうして堂々と向かってこられると、こちらも誠意を持って対応したくなる。
だいたいにして、カカシさんの許嫁である私を憎む気持ちではなく、どこまでの力量を持っているのか知りたい節が見受けられるそれは、アカデミーや受付所でされる陰口や嫌がらせよりかは、とっても好感が沸く。
それに、何故だろう。こう、毎日毎日トラップを仕掛けられると、ちょっと楽しくなってきたりもする。
これって、形の変えた交換日記かしらと、まだ見ぬ相手に思いを馳せる。
「これを受けて立たないのも悪いからなぁ」
ぱっと見で分かったのは、連鎖式を使った高等トラップの類だということ。
範囲がどこまであるのか分からないが、これを仕掛けるのも相当時間が掛ったはずだ。
ポーチから専用工具を取り出し、暗くなり始める夜の訪れを感じ、小型懐中電灯を口にくわえる。
よっし、いっちょやったるかー!!
腕まくりをし、一歩踏み出した途端、視界の端にちかっと赤い火花が飛んだ。
やばいと思った時には、もう遅かった。



「……あれ?」
目が覚めた時、視界は白一色で、一瞬ここはどこだか理解できなかった。
周囲を確認しつつ、ゆっくりと起き上がって、ここは病室だとようやく知る。
自分の体を見れば病院服へと着替えられていた。
ナルトを庇って背中に傷を受けた時以来の入院だなーと考えつつ、もう一度周囲を見回す。
白いベッドの横。そこには子供たちや、アカデミーや、受付の同僚たちからのお見舞いの品が置かれていた。
『イルカせんせいがはやくげんきになりますように』と、紙からはみ出すように元気いっぱいの字で書かれた子供の文字に頬が緩む。
一体どれだけ休んでしまったのだろうと、カレンダーを探していれば、こちらに向かう気配が感じられた。
ばたばたと忙しない足音と一緒に、何か言い合う声が聞こえた。
「だから、言ったでしょ! あんた、自分の立場分かってるの?」
「うるさい。そんなこと始めから分かってた」
「だったら、どうして素直に私を選んでおかないの。彼女に痛い目遭わせて、本当、馬鹿みたい」
「だから、分かったって言ってるでショ! もうあんたにするよっ。あんたが俺の許嫁だっ!!」
最後の言葉と一緒に戸が開かれた。
起き上がっている私を見て、戸を開けたカカシさんが、――はたけ上忍の目が見開く。
その後ろから、夕日紅上忍が顔を出した。
戸口に並んだ二人を見て、あぁと思う。
その瞬間、ずっとおかしいと思ってきたことが何だったのか、腑に落ちた気がした。
二人揃って並ぶ姿は、とても綺麗で、お似合いで、しっくりとしたのだ。
――私とは違って。



「あんた、目覚めて……」
はたけ上忍が呻くように言葉を漏らす。せり上がる感情を押し殺して、返事をしようとする前に、紅さんが口を開いた。
「イルカ先生、具合はどう? 気分悪くない?」
心底心配した顔で私に駆け寄ってくれた。紅さんはきれいでとっても頼りになる上に、とても優しい人だ。
「はい、大丈夫です。……あの、もしかして何か事情が?」
なんとなくだが、事の成り行きを察すれば、紅さんの眉がひそめられた。
「……ごめんなさい、イルカ先生。あなたを危険に晒すつもりはなかったの。これは本当よ。今から、全部話すわ。聞いてくれる?」
紅さんの言葉に、頷いた。



紅さんは、最初から話してくれた。
はたけ上忍が上忍師として里に戻ることになった時から、不審なことが立て続けに起き始めたと。
始めは里への抗議文だった。
それははたけ上忍の上忍師話の撤回を求める声で、里外任務においてこそはたけカカシの力は発揮される、輝けるのだ何だのと書いたものだったらしい。
何度も何度も執拗に送られてきたそれは、当然無視され、はたけ上忍の上忍師着任の話は進められた。
ほどなく上忍師としてどの子供につくのか話し合いがなされた頃、抗議文を送っていただろう相手から文が届いた。
『はたけカカシの居場所を奪うものたちへ天罰を』と。
これもまた、上層部は取るに足らないことだと切り捨てた。
一応、当事者であるはたけ上忍には、抗議文についての存在は知らされた。
それ以後、抗議文などは届かれることもなくなり、忘れられようとした頃、事件が起きた。
私の同僚であるミズキが起こした、禁書「封印の書」強奪の上での里抜け。それに際し、木の葉のアカデミー生が利用された。
そのアカデミー生は私が特に気にかけていた子であり、一度は卒業試験に落ちた生徒だった。
結果的に、その子の頑張りにより、ミズキの企みは破られ、禁書も無事取り戻すことができた。
厳しい取調べの上、得た証言から、どうもミズキを唆した者がいるということだった。
きな臭い何かを感じながらも、ミズキ自身、その人物の情報を持っておらず、それ以上の有力な情報は得られなかったという。
それを機に、不審な事件が立て続けに起こる。
上層部一人一人の家に、惨殺された獣が送られるようになった。そして、幼い類縁者の怪我が増えた。
命にこそ別状はないが、数日入院する怪我も多発した。いずれ惨殺された獣のように、子供たちが犠牲になるのではないか。
そんな不安に駆られ、事を重く見た上層部はようやくその犯人を追い始めた。
だが、その犯人はよほど里の内部に精通しているのか、痕跡さえも見つけられない。
上忍もしくは、暗部。
犯人像を掴めずに、いたずらに憶測だけが飛び交う中、抗議文と同じ筆跡の文書が届いた。
『予行演習は終わりだ。次は、下忍たちだ』
そこで、はたけカカシに送られていた抗議文と、上層部の幼い類縁者が狙われた事件が繋がった。
万が一を恐れ、火影命令にてはたけ上忍が持つ下忍たちの警護をしたところ、子供たちの生活圏内にトラップが仕掛けられていたと報告が上がる。
それはどれも殺傷能力の高い代物で、下忍たちでは処理しきれない高等トラップだった。
子供たちに余計な不安を与えぬよう、密かに警護をつけている現状だが、このままでは子供たちはおろか、無関係な者たちまで巻き込まれるかもしれないと、逆にこちらから働き掛ける作戦が立てられた。



「それが、カカシの許嫁の話。犯人は、カカシのことを神のように崇めている傾向にあるわ。だから、言葉は悪いけど、格下である中忍以下の許嫁を仕立てたら、犯人から接触があるんじゃないかって」
要は、囮か。
「……そう、ですか」
自分の立場を知り、ことりと事実が胸の内に収まった。
憤りなんて感じない。逆に子供たちから危険を遠ざけるためならば、望むところだ。ただ。
紅さんが、はたけ上忍のことを「カカシ」と呼んだことの方が気になった。でも、私には何かを問える権利などとうに…いや、始めからなかった。
「じゃ、私は…。お役、御免ですか?」
へにょっと眉が落ち込むのが分かる。
みっともない顔してんだろうなと思いつつ視線を向ければ、紅さんは本当にすまなそうな顔をして頷いた。
「ええ。秘密裏にイルカ先生には警護がついていたけど、警護に関しても、この作戦にしろ相手には筒抜けだったみたい。今まで仕掛けられたトラップに関しては、どこか遊びがあったし、最後に仕掛けたトラップは今までとは比べられない極悪なものだったわ。無傷だったていうのは奇跡よ」
爆発の瞬間を思い出す。
視界の端で赤い火花が閃いた直後、何かの影を見た。
今、思えば、あの影の人が私を助けてくれたのだろうと推測できた。
「あの、私を助けてくれた人は?」
せめてお礼を言いたいと口に出せば、紅さんの眉根がひそめられた。
「イルカ先生を助けてくれた人は暗部に所属していてね。会えないの。今、私が知っている情報では、意識不明の重体って話…」
思わぬ言葉に、唇を噛みしめる。
私を助けてくれた人は、命を賭して守ってくれたのか。
遣り切れない。



暗くなる空気に、紅さんが一新するように声をあげた。
「イルカ先生、後は私に任して。あなたの怪我と、あなたの恩人の仇は私が必ず討つわ。犯人捕まえて、あなたに土下座させてやるっ」
嫁入り前の娘を傷つけるなんて本当に許せないと、紅さんの見事なまでの怒りっぷりに気落ちしていたものが少し軽くなる。
そうだ。いつまで落ち込んでいる場合じゃない。
子供たちへの危険はまだ回避された訳でもないし、今もあざ笑うように犯人は存在しているのだ。
「紅さん、私に何か手伝えることがあったら、いつでも言ってください。私、なんでもします」
力は惜しまないと瞳に力を込めれば、紅さんが私の手を握った。
「ええ。そのときがきたら、ぜひお願いするわ。じゃ、私は色々と準備があるから、失礼するわね」
「また顔を見に来るわ」と励ますように軽く手を叩いて、紅さんは立ち上がる。病室の出入口へ向かう際、紅さんはものすごい形相ではたけ上忍を睨みつけ、外へ出て行った。
紅さんとはたけ上忍の同僚以上の親しい空気に、ふぅとため息がこぼれ出た。
うーん。分かったつもりでも、目の前で見ると、ちょっと痛いな。



「……あの、さ」
ツンと鼻を刺した痛みを耐えていれば、はたけ上忍が声をかけてきた。
視線を向ければ、はたけ上忍は非常に困った気配を出している。左目から見える眉はこれ以上にないくらい顰められていて、苦笑がこぼれ出た。
はたけ上忍が困ることなんて何一つないのに。
「お話は、分かりました。大丈夫ですよ。敵をだますにはまず味方からって言いますし、内部に怪しい者がいるとなれば、仕方ないことです。それに子供たちの身の危険に関わることなんですから」
気にするなと続けようとして、はたけ上忍が髪をかきむしりながら呻いた。
「あー!! 違うっ、そうじゃなくて!!」
ずいっとこちらに迫ってきたはたけ上忍に驚いた。
私の肩を掴み、はたけ上忍は何かと葛藤するように、上を見上げては下に俯いたりしている。一体何を言うのだろうと待っていれば、はたけ上忍の首がぴたりと止まり、大きく息を吐いた。
「……俺の、家に帰りなさいよ。紅とは別の家用意するから、あんたは俺の家に帰ること」
思わぬ言葉に目が見開く。
もう私には用がないというのに、どういうことなんだろう。
口に出さずとも顔に出ていたのか、はたけ上忍は小さく呻くと、私の顔を間近で見つめてきた。
「――あんたの荷物。全部、俺の家にあるじゃない。どうやって暮らすっていうの? いいから、あんたはそのまま俺の家に住んでなさい」
それはそうだが、さすがにそれは辛いものがある。家主がいない家でのうのうと暮らせる根性は、私にはない。
「でも―」
反論しようとして口を開いた瞬間、病室の戸が開き、紅さんが顔を出した。
「カカシ! 行くわよ。ちゃんと話したんでしょうねッ」
凄まじい眼光を発して、はたけ上忍を見た紅さんに言葉が引っこんでしまう。
はたけ上忍は慣れているのか、「うるさいね、一応言ったよ」と平気で言葉を返していた。
「一応? あんたって本当に――」
「うるさい! あぁもう! いい!? とにかく俺の家に帰りなさいよ。嫌だっていうなら、上忍命令! 俺の言うこと聞いてなさいッ」
はたけ上忍は有無を言わさぬ態度で釘を刺した後、立ちあがって病室の出入り口に向かう。
紅さんはその態度が気に食わなかったのか、怒りもあらわに罵声を浴びせていた。
はたけ上忍は、それを無視して廊下へと出る。紅さんも後に続いて、戸が閉まった。
廊下から二人の言い争う声が遠ざかるのを聞きながら、もう何度かしれないため息を吐いた。
その拍子に、ぽとりと落ちた滴に、笑いが出た。
「あーぁ、情けない。こんな顔、生徒に見せられないや」
呟く先から、シーツに滴が落ちる。
点点とシーツに広がる黒い染みを、ずっと見ていた。








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色々と考えた結果、ぬるい事件に…orz(H24.5.17)








カカシの許嫁2