「違ぇ! そこは塩だと言っただろうが、なに砂糖を手にしてやがるッ」
突如飛んできたクナイが私の腕を掠めた後に、キッチン台に突き立った。その後、雷も逃げ出すほどの大音声が響き、私は手にした砂糖を戻すなり直立不動の姿勢になる。
「申し訳ありません!!」
「これで何度目だッ、てめぇは!! 全身全霊でついてこんか、この味覚破壊者が! オレの目が黒いうちは食材を無駄にはさせんぞっ」
閻魔大王もかくやというアスマ先生の憤怒ぶりに私ははい、はいと壊れたレコードのように繰り返すしかなかった。
私の恋を応援してくださる助っ人チームの一人、アスマ先生から料理を自ずから教えてもらって五日目となる。
一日目はひたすらに野菜の皮を剥き、二日目もひたすらに皮を剥き(宿題も持たされた)、三日目、四日目も皮を剥き続け、今日はようやく剥いた野菜の一部を使って野菜炒めを作ることになったのだが、アスマ先生のスパルタ振りは凄まじかった。
皮剥きの時も容赦なく拳骨が飛んできたが、この度は初っ端からクナイなどの刃物類が飛ぶ。
始めこそ、マキとサクラ、イノ、ヒナタも一緒に料理を習っていたのだが、アスマ先生の鬼教官振りに白旗を上げ、第一日目から私一人となってしまった。
「アスマ先生のあんな恐い顔初めて見た」とは、アスマ先生の部下であるイノの言だ。
勝気であるイノがショックを隠さずに落ち込む様は、普段のアスマ先生の良い先生振りが窺えて、思わず心がほっこりした。
「イルカ、生きて帰ってくるのよ」
「先生、ごめんなさい。私がこんなこと言い出したばっかりに…!!」
「イ、イルカ先生、気を付けてください…!」
離脱組の背を見送った時は前線任務みたいだなと思えて少し笑えた。
お料理教室くらいで皆大げさだ。
野菜に刃物を入れる角度を間違えたら拳骨、炒める手順を間違えたら壁に貼り付け、勝手に言われたこと以外のことをしたら逆さ吊り。
なかなかに過激なお料理教室だが、生で上忍の技を見れるばかりか片鱗をこの身に受けられたりして、何かとお得だ。
料理以外にも攻撃動作のコツを覚えることができて、忍びとしてちょっと成長できたとも思うのだ。
隣で目を光らせているアスマ先生を前に、私は大きな中華鍋を片手にコンロの前で腕を返す。手首でスナップ、スナップと。
「もっと返せ、焦がすつもりか!! リズムつけてやれ!」
「はい!!」
教わったことを頭でリピートしつつ、アスマ先生の罵声と、その後に待っているまだまだ大量に残っている野菜たちの気配を受けながら、私は全身汗だくになりつつ中華鍋を振ったのだった。
******
「えへへ〜、マキ、見てみて〜」
中華鍋を振っても腕が痛まなくなった頃、私はサクラから弁当箱を返してもらい、アスマ先生との特訓で得た成果を詰めてきた。
弁当の中には一面に敷き詰められた焼き飯が入っている。
マキは弁当の中身を見て驚きに目を見開き、焼き飯と私の顔を交互に見つめた。
「え、何!? あんたが作ったの? イルカ、これ、本当にあんたが作ったの!?」
何度も同じことを言うマキに、私は笑いながら頷く。
「うん、そうだよ! で、食べてみて、食べてみて!」
そっとスプーンを持たせて促せば、マキはごくりと生唾を飲み込み、おそるおそる焼き飯を掬うと、そこから一気に口へと運んだ。
緊張しているせいか目を瞑っているマキがおかしい。
口の中に含み、一瞬身を震わせ、もごもごと口を動かすことしばらくして。
ごくりと嚥下したマキは目を開け、呆けたように一言言った。
「……美味しい」
ぽそりと呟かれた言葉に、私はよっしゃーと腕を振り上げた。その間にも、マキは憑りつかれた様に焼き飯にスプーンを入れ口へと運んでいる。
「この独立した米粒一つ一つの快い感触。焼き飯にありがちな油まみれによるものかと思いきや、米粒一つ一つ熱して炒め上げたためにできたもの。塩コショウも申し分ない。最後にかけたしょう油の味もよく沁み込み、均等に熱が通っているから硬いということもない……。そして、何なの、この深さ、この味の奥にあるものは……!!」
「マキ?」
真剣な顔をしたマキがぶつぶつ言いながら、私の昼食を腹に収めていく。
そろそろ返してもらいたいのだが、鬼気迫る表情に腰が引けてしまう。
「あの〜、マキさん?」
ぽんと肩に手を置くと同時に、マキはハッとした顔で顔を上げた。そして、弁当箱を私から取り上げるや席を立つ。
「……ねぎ、あぶら」
「は?」
「そう、この味、この深み。これはネギ油を使った焼き飯ね、そうでしょう、イルカ!!」
くわっと見開いた目に思わず後ずさるが、マキはその分だけ顔を近付けてきた。
様子のおかしいマキに戸惑いつつ、その通りだと頷く。
「た、確かに使ったよ。アスマ先生がその方がおいしいって言うから自分で作って使ってみた。って、どうしたっての、マキ!」
私の答えに満足したのか、マキはそうか、そうかと頷きながら、うっとりとした顔で弁当箱を見つめ、んふふふと笑い出した。
「マ、マキ?」
恐い、本当に恐い。この子どうしたの。
んふふふと今だ笑い続けるマキに、どうすればいいか分からず右往左往していれば、マキは笑いながらくるりと一回転し、職員室内をスキップしながら周り始めた。
「え、ちょ、マキー!!」
様子のおかしいマキにこちらも堪らず席を立てば、その間にマキは「おすそ分け〜」と妙にはしゃいだ声を発しながら、職員室内にいる同僚の皆さんの口に無理やりスプーンを突っ込み始めたではないか!!
「ちょ、いと、もが」「いとのさん、どうし、んが!!」「マキ、なにし、んごっ」言葉途中で口の中に突っ込まれる同僚の皆に申し訳なくなってくる。
とにかくその暴挙を止めようと、マキに近づき新たなる犠牲者を出すまいと肩を掴もうとしたその時。
『うまーー!!』
『おいしいー!!』
背後から歓喜の声がわいて出た。
あっと思った時には、声を出した同僚、もといスプーンを突っ込まれた皆さんはマキの後ろへと集まってきた。
けれど、マキはまだスプーンを突っ込んでいない人を求めて、職員室外へ出ていったではないか。
「おすそわけ〜」
『おすそわけ〜』
マキを先頭に、同僚たちは昼時のアカデミー校舎へと繰り出していく。まるでハーメルンの笛吹みたいだ。
職員室に一人となった私はあっけにとられつつも、マキにスプーンを突っ込まれた者が列に加わり、ぞろぞろと長い列になっていく様を、内窓から見つめた。
「……一体何がどうした?」
マキご一行が遠くへ行くと共に、職員室は静まり返る。
別におかしな物も入れていないし、術なんてものも勿論かけていない。となると、第三者の関わりが濃厚となってくるのだが、私の弁当に仕掛けて利を得るものがいるのか甚だ疑問だ。しかも「おすそわけ」と言いながら、弁当をお裾分けするなんて。
訳が分からず首を捻っていると、ふと前方に影が差した。
顔を上げると、そこには――。
******
「でね。アスマ先生が言ったの。『よくもやりやがったな。おめぇがオレの弟子と名乗るのを認めてやるよ』って、嬉しそうに煙草噛みしめて、頭撫でてくれたのー!!」
あの日起きた怪奇事件の顛末を話す私に、子供たちは今まで食べていた手を止め、引きつった顔をこちらへ向けた。
隣では、その当事者とも加害者とも被害者とも言えるマキが、心なし魂が抜けた表情であらぬ方向を見ている。
「……待ってくれ、イルカ先生。オレたちもそうなるのか?」
黙り込む子供たちの中で、サスケが少し震える声で聞いてくる。
他の子供たちも私の答えを待っているのか、あの食いしん坊のチョウジでさえ食べる手を止めこちらを見つめていた。
「あー、それなら大丈夫。私もよく分からないんだけど、あれはいわゆる技術継承の一つの奇蹟みたいなもんで、技術継承者として認められる腕になって初めて作った料理を食べた人限定で起きるんだって。数年前に、アスマ先生も野営地でその状態になったって笑いながら話してたよ」
世の中不思議なことが起こるもんだねぇと、しみじみと呟けば子供たちは安堵の息を吐き、隣のマキは苦悶の声をあげた。
「なんだってばー、驚いちまったってばよ。でも、イルカ先生、本当に料理うまくなったな! おれ、違う意味で驚いたってばよ!!」
全部うまいとにこにこ笑いながら箸を伸ばすナルトに、私はありがとうと笑みを返す。
今日は恒例の、子供たちとお昼の食事会をしている。
アスマ先生から料理を習い、作る楽しみを知ってしまった私は片っ端から料理を作るようになってしまい、作り過ぎてその始末に困るようになってしまった。
そんな私に腹ペコのナルトが姿を現してくれたことで、その解決策が見つかった。
成長盛りの子供たち。一人立ちして間もない下忍たちに食べてもらったらいいじゃない、と。
アカデミー生の頃は親の庇護下で育つが、下忍となれば話は変わってくる。特に両親が忍びである家庭は、下忍となれば一人前という考えをするのが普通で、衣食住を共にはしても、それ相応の線引きがされる。要は生活費を家に収めるようになるのだ。
けれどもまだまだ下忍。もらえる給金はわずかなものだ。
だから、家に生活費を払うだけでかつかつという子供が出てくる。
そこで、私の出番だ。作り過ぎたものを格安の値段で昼飯として提供すれば、双方共にウィンウィンの関係というやつになる。(ウィンウィンの使い方はいまいちよく分からないが……サクラがそう言ってた。)
ちなみにちゃっかり昼食を共にしているマキはといえば、慰謝料代わりに食べてもらっている。……いや、まさか受付所まで行って、三代目にまで食べさせているとは予想してなかった。
その後上層部まで連れていかれて、こっぴどく怒られたらしい。それも三代目の取成しでお咎めなしになったようだが、うん。……うん、ごめんね、マキ……。
心の傷になったであろうマキに同情せずにはいられない。一生私の昼食をたかってくださいという気分だ。
まぁ、マキのことはそれはそれで、ともかく。ナルトを筆頭に声を掛ければ、思った通り、今年下忍となった7、8、10班が名乗りをあげてくれて、嬉しい限りだ。おまけに元生徒たちの成長した姿がこの目で見れて言うことは何もない現状である。
もりもりと私の作ったものを食べてくれる子供たちに、調子はどうと声を掛け、それに返ってくる、こういうことができるようになったと自慢げな声に耳を傾ける。
あの小さかった子供がと、在りし日の子供たちの姿を思いだし思わず涙腺が緩くなってしまう。
教師をやっていて良かったと思う瞬間だ。
うんうんとそれぞれの子供たちの現状話を興味深く聞いている中、ふと会話が終わった頃を見計らい、ヒナタが声を掛けくれた。
「あの、イルカ先生」
恥ずかしがり屋のヒナタは注目されることが苦手だ。
きっとこの声掛けも勇気がいっただろうと、ヒナタの頑張りを嬉しく思いつつ、「なに?」とヒナタの元へと向かう。
私が近くに来てくれていることを認め、安堵した表情を見せるヒナタ。
ヒナタの斜め後ろに位置すれば、8班の子供たちが一斉にこちらへ顔を向けた。あら? ヒナタの声掛けは、8班の総意だったのだろうか。
当てが外れたなと何を言うのだろうかと聞く体制を取れば、ヒナタが口を開く寸前でキバが言ってきた。
「なぁ、イルカ先生。紅先生がさ、うるっせーんだよ。あの髭先生ばっかりって、おれらに言ってくんの。どうにかしてくんねーかな?」
唐突な言葉に反応し切れずにいれば、ヒナタが説明のために声をあげようとする寸前、シノが横から口を挟んできた。
「つまりは、キバは自分たちに関わり合いのないことを言う紅先生の対処に困り、直接関係しているであろうイルカ先生に助けを求めているのだ。何か、紅先生と約束していることでもあったと思うのだが?」
いつ見てもクールな喋り方でシノが言う。何かあっただろうかと首を傾げていれば、二人に圧倒されていたヒナタがこちらへ声を張った。
「あ、あの! く、紅先生、イルカ先生にお化粧の仕方とか服の買い方とか、そういうの教えたくて、あ、だから、その、イルカ先生、来なくて、紅先生焦れちゃったというか、あの」
言葉尻と共にどんどん小さくなっていくヒナタの言葉に、ある記憶が思い当り、思わず声が漏れ出た。
「あ……、忘れてた……」
「やっぱ先生かよー」「いつも通りだな」と、キバとシノの声を聞きつつ、血の気が下がる思いに駆られた。
同時に憧れて止まないガイ先生との特訓も蹴っていたのだと知り、心臓が暴れ狂う。
「ヒ、ヒナタ! 紅先生怒ってた? 怒ってたかな、やっぱ!!」
息せき切って尋ねれば、ヒナタは自分の伝えたいことが通じたことにほっと息を吐きながら、首を振った。
「いいえ。どちらかといえば拗ねてました」
くすと笑ったヒナタは可愛かった。
思わずいい子いい子と頭を撫で、ついでにキバとシノの頭も撫でまくる。
「やめろって!!」「子供ではない」と非難の声も聞こえたが無視。
こうしちゃいられないと、私は自分の両頬を思い切り叩き、立ち上がった。
「みんな、ごめん! 先生、大事なこと忘れてたから今から行ってくる!! マキ、後は任せたっっ」
「はぁ!? ちょ、あんた、まさかの投げっぱなし!?」
持つべきものはやはり友だと、明日はこういうものが食べたいとリクエストすることに夢中になる数名の子供たちの尻を叩いて、任務へ追い立てくれるだろう律義者のマキへ感謝する。
大変だぁと上忍待機所へ向かって走る私の後ろで、実はもっと重要な会話をされていたことをそのときの私は知らなかった。
「ねぇ、イルカ先生、カカシ先生にお弁当作ってるわよね?」
『え?』
戻る/
4へ
----------------------------------------
……自分でもよく分からない設定が入りました。
きっと何か得体の知れない物の作用が働いた結果なのでしょう……。(丸投げ)
次回、カカシ先生出ます。でも少しだけ……orz
初恋3