「……あんた、何を気に病んでるの?」
目を開ければ、アカデミーの同僚である、いとのマキが眉間に皺を寄せて覗きこんでいた。
「ふえ」
訳が分からず、間の抜けた声をあげれば、そこは医務室だった。
私はベッドに寝ており、マキを見上げている。
何が起きたのか分からず、瞬きを繰り返していれば、マキはため息交じりに体を引いた。



「あんたねー。野球していたアカデミー生の球をこめかみで受けて、そのまま失神したのよ。アカデミー教師ともあろうものが、一体なんてザマなの…」
ふーと重いため息を吐いたマキの声を聞き付け、勢いよく体を起こす。途端に貫く頭の痛みに呻くと、マキが言葉を続けた。
「安心なさい。あんたの抜けは他の先生方で埋めたし、もう夕方よ。受付の方も代わってくれるって。『今日は帰って安静にしろ』って受付から伝言よ」
「愛されてるわねー」と嘯くマキに、肩を落とす。
今朝の衝撃がまだ抜けてなかったらしい。
仕事場に私事を持ち込むばかりか、それに気を取られてアカデミー生の球すら避けられないなんてと、己の腑抜け具合に落ち込んだ。
「……ごめん、マキ。迷惑かけた…」
新しい生徒や下忍が入るこの時期、学校も受付も猫の手が借りたいほどの忙しさに襲われる。
自分が抜けることで、どれだけ迷惑を掛けたかと思うと、身に抓まされた。
何て言っていいか分からずにいれば、マキが私のバッグを掲げた。
おずおずと見上げれば、マキは仕方ないわねと軽く笑うと席を立つ。
「いつまでもしょげてんじゃないの。ほら、ここにいても仕方ないじゃないでしょ。帰るわよ」
過ぎたことは気にするなと言ってくれるマキの優しさに胸を震わせていれば、マキは人差し指を立ててご機嫌に言った。
「その代わりといっちゃ何だけど、みんな、イルカの手料理で手を打つって。明日のお昼を楽しみにしてるってさ」
その言葉にますます感動してしまう。私の弁当ごときで許してくれるなんて、みんないい人だ!!
「分かった! 私、頑張る」
ガッツポーズを作って、明日の献立を考えていれば、マキはもう一つおまけに口にした。
「で、私はイルカの夕飯もごちそうになりたいなーなんて……」
ちらりと横目で窺うマキに破顔した。
マキと食べるご飯は、とってもおいしいし、楽しいから大好きだ。
喜んでと笑えば、「それに聞きたいこともあるのよね」とマキがぼそりと呟いた。



******



「やーっぱり、イルカのご飯っておいしいー!! あぁ、もぉ、私の嫁さんになってよーーっ」
魚の煮付けを一口食べるなり、体を震わせて、マキはいつものお世辞を言ってくれた。
今日の夕飯は、メバルの煮付け、きんぴらごぼう、菜の花のお浸し、油揚げのお味噌汁とご飯だ。
「いつも大げさだよね、マキは。普通の煮付けだよ」
でも、今日の煮付けはおいしそうな照り具合だと、その出来具合に満足を覚えていれば、マキははぁーとため息を吐いた。
「イルカは自分を知らなさすぎるのよ…。まぁ、イルカが誰かの物になっちゃったら、ご相伴に預れなくなるからいいんだけど」
そう言って、ご飯とお味噌汁を口に含み、くふーと感嘆のため息をつくマキをかわいいなぁと思う。
マキはいつもおいしそうにご飯を食べてくれるから、作り手としてはすごくありがたい存在だ。
マキの喜ぶ顔が見たくて、毎日でも食べに来てと誘うのだが、マキは「これに慣れたら私の人生が終わる」と言って、たまにしか来てくれない。
そればかりか、私が一人で食事するのが寂しくて他の同僚を誘おうとすると、マキは額に血管を浮き上がらせて怒り、私を詰ってくる。
理不尽なそれに文句を言っても、マキは「それが世のためなのよっ」と頑として聞いてくれなかった。
でも、そのおかげでマキは前より一緒にご飯を食べてくれるから、私としては結果オーライだ。



嬉しそうに食べるマキの顔を見ながら、味噌汁に口をつけると、マキは唐突に声を上げ、真顔で言った。
「あ。で、あんた、昨日の合同懇親会の後、何処にいったの? 家に帰ってないでしょ」
  ブフーーッッ
未だ引きずっている事柄を突かれ、飲み込もうとした味噌汁が口から吹き出た。
気管に入って、ごほごほとむせていると、マキはなおも切り込んでくる。
「まさか、あんた、ヤっちゃった訳? 日頃から、清く正しいお付き合いって豪語している癖に、あんたヤっちゃったの」
問い掛けからいつの間にか確定になっている言葉に、ニの句が告げない。
意味のない声を出していれば、マキはにやーと性質の悪い笑みを浮かべて、身を乗り出した。
「で、誰よ。一体、あんたの相手って誰なの?」
「な、なななななな!!!!」
冷静になろうとも、今朝の記憶がまだ新しいだけに動揺してしまう。
部屋を見回しても助けてくれるようなものは何もない。
「どうなの?」と引くつもりがないマキに迫られ、どうしようと涙目になっていれば、トントンと玄関のドアがノックされた。



「あ、ごめん、マキ! 私、行かなくちゃ!!」
天の助けだとばかりに腰を上げる。えぇーとぶーたれた顔を見せるマキを振り切り、客人を出迎えるためにドアを開ける。
「はい、どちらさまでしょ―」
出迎えのための言葉が止まる。
「どーもー」
ドアの開けた先、そこには額当てで左目を隠した、覆面姿の忍びが手をひらひらさせて立っていた。
はたけカカシ先生!!
認めた瞬間、ドアを閉めれば、それより早くドアの隙間に手を入れられた。
うんうんドアを引っ張る私を嘲笑うかのように、ちっともおかしくもない声音で、カカシ先生は笑い声をあげる。
「まぁーずいぶんなお出迎えですことー。イルカ先生、結構、暴力的だよねぇ」
「今朝もそうだったし」と小声で囁かれ、治まりかけてた熱が再燃する。
「う、あぁぁぁぁあ!!!」
引くのを止めて勢いに任せてドアを押した。
「うあっ」
ガツンと鈍い音を立てて、開いたドアにぶち当たり、カカシ先生は額を押さえてしゃがみ込んだ。
まさか真正面からぶち当たるとは思っていなくて仰天してしまう。
「う、ああ、あ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! わざとじゃなかったんですっっ」
駆けよりのぞき込めば、にやりと笑った顔が表れた。
なんで笑っているのか不思議だ。ぽかんと見ていると、カカシ先生は何故か口布を指にひっかけ下げ始めた。
形のよい唇が笑みを作るのを見ていると、後ろで声がした。



「イルカー、だれー?」
マキの声に我へと返る。何故か急接近するカカシ先生の肩を突き飛ばし、私は振り返って声をあげた。
「マ、マキ、ごめーん! カカシ先生がナルトたちについて相談があるみたいなのー。ちょっと行ってくる」
「いてて」とひっくり返るカカシ先生の手を掴み、部屋から離れるために、外へと連れ出す。
何かと勘が鋭いマキに、絶対勘ぐられる訳にはいかないのだ。
「ちょ、ちょっとイルカ先生?」
「黙ってついてきてください!!」
問答無用でアパートの階段を下り、進むこと数分。
近所の公園のブランコに来たところで、私はようやく手を離した。
所在なげに立つカカシ先生から背を向け、深呼吸を繰り返す。
いい、イルカ。ここが勝負所。
決して負けてはだめよ、いいわね、イルカ!!



いよっしゃーと気合い入れのために、両頬を叩き、カカシ先生と向き合う。そして、先手必勝とばかりにこちらから切り込んだ。
「言いません!!」
「……は?」
「私は絶対言いませんから、どうぞ心おきなく、カカシ先生好みの美女たちと交友関係を築いていってください!!」
一息に言い切り、私は誠意を瞳に宿らせ、じっとカカシ先生の目を見つめた。














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ここの女イルカ先生は、家事得意です。
おめでとう、イルカ先生ッ!! 初めて女性らしい女イルカ先生だよッ!!





ひみつ 1