カカシ先生は、ナルトたちの上忍師で、何かと気さくな態度で話しかけてくれる気のいい上忍だが、その実態は写輪眼のカカシなんて二つ名で呼ばれる、里を代表する忍だ。
本来なら私のような一介のアカデミー教師なんぞとは口も聞けないような立場の人であり、目に触れることすら稀なお方。
まさに月とスッポン。伝説のツチノコ級の存在と言っても過言ではなかろう。
そのカカシ先生が下々の下界に降りてきたということで、周りは狂喜乱舞した。
おまけに、カカシ先生は覆面はしているけれど、かっこいいオーラがにじみ出るほどの整った顔立ちをしているものだから、周りの女は放っておかず、カカシ先生は常に女の人に囲まれていた。
そして、英雄色を好むという言葉もあるように、カカシ先生本人もまた、とにかく女の話に事欠かない人だった。
里の女の半分は食い尽くしたとか、絶世の美女しか相手にしない、出会う先で修羅場を演じる、他里にも現地妻がいるなんて、噂話にしても恐ろしい話が行き交っている。



噂の真偽は定かではないが、カカシ先生をアカデミー以外で見かけるときは、大抵、女の人を引き連れて歩いていることから、当たらずとも遠からずというところだろうか。
それも、みんな、ものすごい美しい女性たち。



だから、私は自信を持って言える。
昨日あんなことがあってからの今日という日に、美女好きなカカシ先生がわざわざ、美女でも可愛くもない女に会いに来た理由。
それはーー。



じっとカカシ先生の目を見つめ、私はずばりと言った。
「口止めですよね? 私との一夜の過ちを他言するなと、釘をさしにきたんですよねッッ」
どうなんですかと顔を近づけて、しまったここは忍の里だと我に返る。
おかしくないようにそろりそろりと、カカシ先生との距離を開け、私は低く体勢を構える。
ついでにホルダーからクナイを抜き取り、これはアカデミー時代のナルトたちの癖を教えているのですよという体裁を取り繕った。
己の完璧なカモフラージュを自画自賛していると、カカシ先生は深く眉根を寄せて、一言言った。
「………イルカ先生、頭、大丈夫?」
わーっ、私の完璧な気遣いが全く通じてないっっ!!



これだから常に周囲の関心を集める人は、ちょっとした優しさを見逃すんだと、くさくさしてしまったが、気を取り直して、クナイを振り回しつつ言葉を吐いた。
「夜に、男女が二人きりという状況はまずいじゃないですか! と、とにかく今朝のことはなかったことにしますから、安心してください。私、家に友人を残していますので、失礼いたします」
一通り、クナイを走らせ、ホルダーに収める。それと同時に頭を下げ、カカシ先生の横を通り過ぎようとした。
その瞬間、腕を逆さに捕まれ、あっと思ったときには、ブランコに座らされていた。
流れるような見事な動きに、思わず感動する。さすが里を代表する忍だと思っていれば、ブランコの鎖を握らされ、その上から大きな手のひらが私の手を覆った。
反射的に抵抗すれば、それを許さず、ぐっと力を込められる。
小さな痛みを感じ、どうしてこんなことをするのだろうと顔を上げれば、カカシ先生はどこか恐い気配を滲ませていた。



思わぬことに面食らった。
私にとっても、カカシ先生にとっても、あまり良い話ではないため、手早くすませようと気を利かせたのが悪かったのだろうか。
でも、私に出来ることといえば、それくらいで……。
そこまで考えて、まさかと息を飲む。
「カ、カカシ先生、まさか、外回りの任務へ移動しろっていうんですか?! わ、私、アカデミー教師は天職だと思ってるんです。今だって、新しく生徒を受け持ったばかりだし、そんな、そんなこと……!!」
上層部に覚えめでたいカカシ先生が一言いえば、一介のアカデミー教師を遠い僻地に飛ばすことなぞ、赤子の手をひねるよりも簡単だ。
優しい同僚たちの迷惑にならないようがんばろうと思っていた矢先に、今日の比でない迷惑をかけてしまうことになるなんて……!!
これから先の未来を思い浮かべ、思わず涙ぐんでいれば、上から焦った声が落ちてきた。
「ちょ、ちょっと、一体何の話をしてるの?! オレがいつアカデミー教師辞めろって言ったの。イルカ先生は先生じゃなきゃ、ダメでしょーが」
思っていたこととは違う言葉に、瞬きを繰り返す。
一体全体どういうこと?



全くもって意味が分からず、カカシ先生を見上げていれば、カカシ先生の視線が逸らされ、握られていた手も離れた。
「……カカシ先生?」
口を閉じたきり、ばりばりと後頭部をかくカカシ先生の名を呼べば、一つ息を吐いた後、カカシ先生はどこかむくれた調子で私を詰ってきた。
「……今朝のあんたの態度、あれはないと思うって言いたかったの」
「へ?」
「『へ?』じゃなーいよ。だいたい一晩愛し合った男女の朝の迎え方じゃないでショ。オレはもう一回したかったのに、イルカ先生ってばオレを突き飛ばすなり、着替えもそこそこに慌てて帰っちゃうし。残されたオレの立場、もう少し考えてよ」
突然の赤裸々な告白に言葉を失った。
ぐわーと顔に熱が集まり、目の前がちかちかと光る。
固まったまま、ぱくぱくと口を開閉する私を見下ろし、カカシ先生はゆっくりと口布を下げた。
「昨日はあれだけ盛り上がったのにさ。イルカ先生ってば足絡めてオレをそそのかして、『カカシ、カカシ』って呼び捨てで呼んだ癖に。『朝まで離さないで』って、この唇で可愛く言ってくれたじゃない」
つつっと親指の腹で下唇をなぞられ、心臓が口から飛び出るかと思った。それと同時に、普段は口布で隠れていた唇が動くのをみて、あの唇が私の頬に触れたのだと、朝の感触と共に蘇ってきてしまった。



ぴーと音が鳴って、頭が沸騰している幻覚に襲われる。
全身は硬直し、唇を触られているというのに、はねのけることもできない。
いっぱいいっぱいで頭をぐるぐるさせていると、カカシ先生の顔が近づいてきた。
「ねぇ、イルカ先生。オレたち、絶対、体の相性いいよ。オレ、あんなに燃えたの初めてだし、イルカ先生もよかったでしょ? ずっと気持ちよさそうな顔してたし、本当…あのときのイルカ先生、エロかった」
吐息が混じるような声と同時にするりと頬を撫でられ、内心では絶叫の嵐だった。



実は昨夜のことは一切覚えていない。
私が覚えているのは、上忍中忍の合同懇親会で、久しぶりにみんなと飲んで、楽しすぎて酒の許容量を越えてしまったことぐらいだ。
あぁ、まずいなと思った直後の記憶はなくなり、気が付いたら、あの衝撃的な朝に直行する。
だから覚えていないとなけなしの声を発そうとして、額宛をずらし、素顔をさらけ出したカカシ先生の大接近に、出す声を根こそぎ奪われた。



かたかたと震えだした体に、がくがくと狂ったように上下する顎が自分でも滑稽だった。
けれどカカシ先生はちっとも笑っていない目を私に注ぎ、頬に添えた手をうなじに這わせる。
「ねぇ、イルカ先生。今朝の答え、オレ、聞いてなーいよ。ちゃんと答えて、ね?」
今朝という言葉に、あのときの映像がフラッシュバックした。
朝の光の中、カカシ先生は惜しげもない裸体を晒していた。透き通るように白くて引き締まった肌は惚れ惚れするような美しさで、この世のものとは思えなかった。
そのせいで天使だと思ったバカな自分も思い出して、あり得ないほどの熱が顔に集まる。
心臓だっていつオーバーワークで停止するか分からない。
何がなんだか分からなくて、指一本も動かせないけれど、何とか働いてくれているのは頭だけで、そう、頭だけで!!



「ねぇ、オレと付き合ってくれるでショ?」
どんどんと近付いてくるカカシ先生が色っぽい声を出した時点で、私は唯一動く頭を前に突き出した。
「っっぁ!!」
声と同時に、額を貫く痛みが走る。
涙がでそうなほど痛かったが、おかげで体が動く。
ブランコから立ち上がり、私は歯を食いしばった。
前方で尻餅をついて、口を押さえているカカシ先生を見下ろし、両手を握りしめる。



「だ、だから、言わないって言ってるじゃないですかッッ。私を囲んで管理しなくても、昨日のことは一切口外しませんし、するつもりもありませんッ。『付き合おう』だなんて、意地悪なこと言ってッ。カカシ先生のバカーっ」
ナルトの紹介で会ってから、それなりにお話しもしたし、二人で飲みに行ったことだって両手で数えるぐらいはあるというのに、カカシ先生はちっとも私という人間を理解していなかったようだ。
すべて分かってほしいなんて高望みはしないけど、でも、少しくらいは、ほんの少しでいいから分かってもらいたかったと思ってしまった。
悔しくて、悲しくて、じわりと涙がにじみ出る。



「私だってカカシ先生のすべてが分かるかって聞かれたら困るけど、でも、カカシ先生が子供たちのことを本当に慈しんでいるとか、女性にはだらしないけど一度した約束は絶対守ってくれるとか、里のみんなが大好きで、本気でみんなが幸せになってくれたらいいなって思っていて、そのために忍をやっているんだとか。でも、時々思うようにいかなくて一人、慰霊碑の前で泣いて泣き言を漏らしているってこと、私にだって分かってるんですッ」
一気にまくしたてれば、鼻水が出てきてしまい、鼻の下に手の甲を当てて鼻を啜った。
恨みがましくカカシ先生を見れば、カカシ先生は夜でも分かるくらいに顔を真っ赤にさせて、目を見開いていた。
その様を見て、ものすごく悔しくなる。
私はカカシ先生のことを少しは分かっているのに、カカシ先生は全然分かってくれてない。
ずるい! 同じ時間だけ一緒にいたのに、カカシ先生は私に興味の一つも覚えてくれなかったッ! 全然、私を見てくれなかったッ。一緒にいてもずっと遠くにいたんだ!!



「うっ、うぅ…!」
嗚咽をかみ殺そうとしても唸るように声が漏れでてしまう。
私はカカシ先生とお話するのが、すごく楽しかったのに。カカシ先生の色んな面が見れることが嬉しくて、誘われたら喜んでお供したのに。
「え、あの、いや、ちょっと」
口を押さえたまま、意味のない声をあげるカカシ先生を睨みつける。
息を飲むカカシ先生に、私は起爆札が練り込まれている髪紐を手に取るなり、思い切り投げた。
発動の印を組んで。



「ーーちょ、ちょっとぉぉぉ?!」
驚愕の声から一拍置いて、周囲の闇を払うかのように光が瞬き、その直後光を吸い込むように赤い火が弾けた。



ドゴォォォオンと低い音と振動が響く中、私はそれでも腹の虫が治まらずに、大声で叫んだ。



「カカシ先生のバカぁぁぁ!! だいっきらい!!」



我ながら子供じみた悪態だが、それしか思い浮かばないのだから仕方ない。
誘われてももう二度と一緒にお酒を飲みにいくものかと、燃えている火から背を向け、駆け出す。



一目散で家に帰る道すがら、カカシ先生に興味をもたれなかった私は、もう二度とカカシ先生から誘われることはないのだということに気づき、余計に泣けた。
アパートの前、近所の人たちが外に出て、私が走ってきた方向を見つめている中、私の部屋の前で同じように顔を出して外を眺めていたマキを発見し、私はマキに抱きついた。
「うあぁぁぁぁん、マキぃぃぃぃ!!!」
「っ、な、なに?! ちょっとアンタ、何があったのぉ?! 血、血が吹き出てるッッ、止血剤ーーっ」
わんわん泣いている私をマキは抱きしめ、部屋に入れてくれた。













戻る/


------------------------------------------

ちょい悪カカシ先生を目指しております。いつまで持つかなー。



ひみつ 2

>