「はい。これ飲んで、少しは落ち着きなさい」
「イルカみたいにおいしく煎れられなかったけど」と熱いお茶を出してくれたマキに、私は鼻水を啜り礼を言う。
「…あ、ありがどぅ」
マキの優しさが嬉しくて、じわりと涙が浮かぶ。
「ちょっ、ちょっと泣くのはなしよ、泣くのはなし!! カカシさまがあんたのことを分かっていないことが判明して、悔しくて悲しくて泣けたのは分かったけど……。起爆札を投げるのは、いかがなものよ?」
「ぅっ」
痛いところを突かれ、眉根が寄る。でも、私の胸の痛みを考えれば、それくらいが妥当だと思う!
部屋に帰ってから、額から吹き出る血を綺麗にし、マキに手当してもらった私は、カカシ先生がいかに私のことを分かっていないかを語った。
カカシ先生が私の手料理を食べてみたいと言うから、次に時間が合うときは手料理をご馳走する約束だって交わしていたのに。
これはもう知人ではなく、友人の初期段階には入っていると私は思っていたのに!
私の心の痛みを思う存分聞いただろうに、マキはカカシ先生の味方をするのだろうか!!
じっとりと恨みがましい目で見つめていれば、マキは「あのねぇ」と口を付けていた湯呑みをちゃぶ台に置き、深いため息を吐いた。
「そりゃあんたの無念な気持ちは分かるけど、判明するに至った経緯っていうものを私は聞いていないわけよ。いきなり『カカシ先生は私のこと分かってない』って、マシンガントークされても判断できないの」
もっともな意見にうっと言葉に詰まる。
私の主張を通すには、経緯を言ってしまえば楽だけれども、その経緯を言ってしまえば、私がカカシ先生を詰る権利はなくなってしまう。
カカシ先生の目的は、美女とのお付き合いを継続させるために、私のようなもさいクノイチとの関係を、公にしたくないのだから。
そして、カカシ先生は私が口を割ると思って、監視のために、付き合いたくもない私にあんなことを言ってきたのだから!
思い出して、眉根が寄る。
私が友人だと思っている人の弱みを、ほいほい口にする奴だと思われいたなんて心外だ。それに、私だってこのことが公になるのは勘弁してもらいたい。
カカシ先生と私が関係したなんて知られたら、身の程知らずだと世間の笑い者にされてしまうし、傷つく人だって出てくるだろう。
それに、カカシ先生はあの子たちの身近な大人だから、元担任との現上司の醜聞なんて、聞かせたくない。
「イルカ?」
鬱々と考えているところで、マキが声を掛けてきた。
「大丈夫、イルカ? あんた、すごい顔してるわよ」
心配な表情を浮かべるマキに、大丈夫と笑う。
「えっとね…。その、子供のね、教育方針について、その……いろいろと、ぶつけたら…その」
歯切れの悪い言葉を並べて、誤魔化した。
マキはふぅーんと声をあげるなり、お茶を飲みつつ、頷いた。
「ーーまぁ、相手は元暗部の凄腕上忍だからね。私たちとは意見が食い違うのは無理もないわよ」
マキの言葉に胸をほっとなで下ろす。おかしいとは思われなかったようだ。
マキに嘘をつくのは心苦しいけど、これもカカシ先生と自分の双方のためだと言い聞かせる。
「あ、イルカー。今日、私泊まってもいい? もう帰るの面倒臭くなっちゃって」
マキのお泊まり発言に目が輝く。
カカシ先生のこともあって、今日は一人でいたくなかったから、すごく嬉しかった。
「うん、泊まっていって! お布団も干してあるし、寝間着もあるから、心配しないでね。今日は奮発して、とっておきの入浴剤入れちゃうっ」
風呂掃除するために席を外す。
風呂場までいって、青と赤のどちらが好きかを聞こうとして、脱衣所から顔を出せば、マキは小さくため息を吐きながら、「放っておける訳ないでしょうが」と独り言を漏らしていた。
一体どういう意味だったんだろうか?
******
「イルカ、火影さまがお呼びだ」
夕べ泊まったマキと一緒にアカデミーへ登校した直後、職員室で声がかかった。
「はい、わかりました。今、行きます」
荷物を置き、1限目の授業の準備をするマキと別れ、執務室へと向かう。
こんなに朝早くから呼ばれるということは、あれかなと予想を立てつつ、執務室の戸を叩く。
「イルカか。入れ」
声を掛けるより早く促され、「失礼します」と戸を開く。
開けてすぐそこには、編みがさを深く被り、重厚な机に両肘を立て、額を押さえている、三代目火影さまがいた。
いつも愛用のキセルは脇に寄せられ、三代目は普段より小さい声で私を呼んだ。
「イルカや…。いつものを頼む……」
弱々しいその声音に、ため息がこぼれ出る。
小言は後にして、ひとまず執務室の隣にある給湯室に入り、ストックしてあった薬草とお茶の葉を混ぜて、お茶を入れて持っていく。
「どうぞ」
三代目の目の前にお茶を置けば、小さく頷くなり、ずずずっと音を立てて飲み始める。
ゆっくりと時間をかけて飲み干すのを間近で見守りながら、湯呑みをおいたところで、私は口火を切った。
「…三代目。昨日は誰と飲まれたんですか? 飲み過ぎはいけませんって、あれほど言ったじゃありませんか」
私との約束を忘れたわけじゃありませんよねと視線に込めれば、さきほどよりかは幾分顔色を良くした三代目が、編みがさをいじりながら、ほほほと小さく笑った。
「まぁのー。忘れた訳じゃないんじゃが、その、ホムラの奴がの」
飛び出した名前に眉根が寄る。
ホムラ様は三代目といい酒飲み仲間だが、ある一定量の酒を越えると利き酒と称して、競い酒になる。
一度、ホムラさまと一緒に羽目を外して、二日酔いで寝込んだ時に、滞る執務と内外からくる訪問客の応対に苦労したことがある。
それ以来、二日酔いになるような無茶な飲み方はしないと約束させたのだが、昨日は羽目を外す間際までのきわどい飲みをしていたらしい。
非難を込めて見つめていると、三代目は慌てて口を開いた。
「いやいや、儂はここらで止めようと言うたんじゃぞ! じゃが、ホムラがのー。これが秘蔵の虎の子『魂萌』を持ち出しよってから、いかんいかんと思いつつも。のぅ!」
はっはっはっはと最後は笑って誤魔化す三代目に、ため息を隠せない。これはまたいつか同じ失敗を繰り返すと、私は声を落とした。
「はははじゃありませんよ、三代目。お酒っていうのは、楽しく飲む分にはいいですけど、ものすごい失態を招くものなんですよ? 私もこの間、そのお酒のせいでどれほどの痛手を被ったことか」
お酒は怖い。当分、自重しようと決意しつつ、話していれば、三代目が目を瞬きさせた。
「……イルカや。何かあったのか?」
にっこりと笑みを浮かべられ、マズイと体が固まる。
両親が三代目と親しかった経緯で、三代目は赤ん坊の頃からの私をよく知っている。
私もじっちゃんと言って懐いてたこともあるためか、三代目は今でも私に対してものすごく過保護になることがあった。
昔、アカデミー時代。
男子に鼻傷のことでいじめられ、泣きながら帰ったとき、両親不在だったからついじっちゃんに甘えてしまったら、じっちゃんは突然暗部を呼び出し、その男子宅に押し入らせたことがある。
影を暗躍する暗部の仕事は完璧で、呼び出してから戻るまで3分もかかっていなかった。
首尾を報告する暗部に、じっちゃんはにやりとそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべ、「イルカや。もう安心じゃぞ。お前は泣かす者は二度と現れることはあるまい」と言った。
幼心でも異常な事態が起きたのだと知り、ぷるぷる震える私が翌日登校すると、件の男子はげっそりとやつれ、それ以降私を見ると恐怖に震えるようになってしまった。
そんなことがあったせいで、私は一時期、アカデミーの中でとても浮いた存在になったことがある。
あのときの腫れ物に扱うような同級生の態度は、二度と経験したくないもので、それ以降、私はじっちゃんに泣きつくのを止めた。
そして、年を取るごとに、里長の影響力というものを身に染みて悟り、じっちゃんと線を引いた。
それはすごく寂しいことだけど、私だっていつまでも守られる子供じゃないし、それに私の存在はじっちゃんにとっても不利益にしかならない。
影で、私のことを「羽あり」とささやく声を知っている。
権力という光に群がる害虫というような意味だと思う。
一介の中忍の教師風情が火影さまに気安く近寄るなっていう忠告も入っているんだろう。
けど、三代目は昔と変わらずに私を気安く呼んでくれる。それが嬉しくもあり、心苦しくもあり、複雑な心境だ。
またいつぞやのように、過保護癖を出されては困るので、私は必死に取り繕った。
「べ、別に何でもないよ! 二日酔いしたっていう話なだけ」
にこっと笑って誤魔化してみた。
「……そうか。イルカも手痛い経験をしとるんじゃのぅ。お互い気を付けねばな。ほっほっほっほ」
内心、どきどきしていたけど、三代目は朗らかに笑うと、話を変えた。
天気の話に始まって、他国の珍しい料理の話、きれいな服の話、将棋の話などなど。
三代目と話すことはすごく楽しくて、時間を忘れてしまいそうになる。
三代目はお茶も飲んでいけとしきりに誘ってくれたけど、授業も近づいているからと、私は腰をあげた。
「のぅ、イルカや。何か話したいことがあるなら、昔のようにいつでもおいで。イルカなら大歓迎じゃ」
そう言って見送ってくれる三代目の言葉に、ちょっと泣きそうになった。
カカシ先生とのことが不意に頭に浮かんだけど、甘えちゃいけないと、私は「ありがとうございます」とだけ言って執務室から出た。
ドアを閉めて、一つ息を吐く。
じっちゃんの前じゃ、気を抜くと甘え癖が出てしまう。
「……ダメだなぁ、こんなことじゃ」
もっと強くならなくちゃと、気合いを入れるために頬を叩き、かわいいけどとびっきり元気で悪戯好きの子供たちの元へ行こうと足を踏み出した。
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…カカシ先生の出番が少ない小説のような気がしてきた…。
ここより超鈍足更新となりますm(_ _)m
ひみつ 3