「イルカ先生、赤ちゃん出来たって本当か?」
受付任務が終わり、同僚たちの声に送られ受付所から出た直後だった。
ナルトとサスケ、サクラの三人が私を待ち構えたように取り囲んできた。
一応気を遣ってくれているのか、小声でナルトは確認してきたけれど、受付所の出入り口前という人通りが激しい場所なだけに、少しヒヤリとしてしまう。
7班の任務完了の書類は受理されていたから、この場にカカシ先生はいないとは思うが、一応とばかりに辺りを見回し、その気配がないことを確認した。
「カカシ先生でしたら、上忍の任務があると出かけたのでここにはいませんよ」
サクラの言葉に、一瞬動揺してしまう。しかし、ここでしくじる訳にはいかない。
内心の冷や汗を隠し平静を装い、子供たちに話しかけた。
「ん? 別に、カカシ先生を探していた訳じゃないよ。ここで話すのも何だから、先生の家に来ない? 久しぶりに皆とお話ししたいし、夕飯も一緒にどう?」
誘いの言葉に皆頷いてくれると思っていたのに、返ってきたのはつれない断りの言葉だった。
「いいえ。事実確認をしたら、オレたちは帰ります。イルカ先生は自分の体のことを第一に考えてください」
有無を言わせぬ気迫を漂わせ言い切るサスケは、私の家に行きたそうな気配を出すナルトにも牽制の眼差しを送り黙らせてしまう。
あぁ、何だか先生、寂しい! 心配してくれていることは分かるけど、そこはもう少し先生に甘えてもいいところだと思うの!!
諦めきれずに、もう一度誘いの言葉を掛けようとすれば、今度はサクラが確認してきた。
「イルカ先生、事実なんですね?」
サスケに負けず劣らず、真剣な顔をしたサクラの気迫に押され、誘いの言葉を飲み込み、はいと頷いた。
すると、子供たち三人は私に背を向け、円になって顔を突き合わすと聞き耳すら立てられないような小声で何事かを話し終えた後、再度私に向き直った。
「ど、どうしたの?」
様子のおかしい子供たちに不安が過ぎる。何か大変なことが起きたのだろうかと、気もそぞろにしていれば、サスケが一歩前に出た。
「イルカ先生、オレたちはあんたの味方だ。協力は惜しまない。頼りにしてくれ」
静かな闘志を燃やし、私を見つめるサスケに、はぁと返す。
「イルカ先生! 私も全力でサポートするからっ。先生は心置きなく、赤ちゃんのことだけ考えていてね。余計な心労元は私たちで絶対排除するから!!」
続けてサクラも闘志を燃やし、私の手を掴むなり力強く握りしめてきた。
熱い二人に気おされつつ、これは励ましてくれているのだろうと解釈する。
「うん、二人ともありがとう。――それで、この後」
「ほら、行くわよ、ナルト!! これからみっちり作戦立てなくちゃなんないだからねっ」
「行くぞ、ドべ。イルカ先生に迷惑かけんなっ」
私の言葉を遮り、サクラがナルトの襟首を掴み、そしてサスケはナルトの脇に腕を入れると、問答無用で歩き出す。
「え、飯は!?」
唯一私が言いたかったことをくみ取ってくれたナルトが無情にも連れ去られていく。
あぁ、先生、みんなと一緒にご飯食べたかったのにっ!!
じたばたと足掻きながら、遠くなっていくナルトと、足早に去るサスケとサクラを見送り、私はどことなく疎外された気分に陥ってしまった。
「っていうことがあったの。今日はカレーの予定だから、みんな喜ぶと思ったのにがっかり」
何だか悔しくて、いつもより倍以上に作ってしまったカレーを頬張りつつ言えば、マキはあぁーと微妙な顔をした。
「まぁ。あれよ。子供とはいえ、もう立派な下忍な訳だし、いつまでも先生に甘える生徒でいられないんじゃない? それより、光栄なことじゃない。元生徒たちがイルカのために一肌脱ぐって言ってんだから。……あの子たちには特に頑張ってもらわないと」
にやりと腹に一物あるような笑みを浮かべるマキは、どことなく不気味に思えた。
気を取り直して、今日のカレーの出来具合を聞いてみれば、マキは軽快な調子で褒めてくれる。
「おいしいに決まってるでしょ! この辛さといい、甘みといい、濃くといい、カレー屋さん開けるわよ!! あー、幸せ〜」
カレーを頬張り、ふーんと鼻から息を吐くマキの顔はとろけている。
作り手としては、美味しく食べてくれることこそが一番のご褒美だ。
美味しそうに食べてくれるマキが前にいるせいか、私の食も進む。もう一杯お代わりしようと席を立ち、マキもお代わりはいるかと尋ねたが、太るからいいと断られた。
「イルカー。食器洗いは私がするから、あんたは先に風呂に入って、早く寝なさいよ」
「うん。分かった」
台所でカレーをついで、居間に戻る。ぱくぱくと口に運んでいれば、マキはちょっと眉根を寄せて、指摘してきた。
「あんたのその食欲旺盛さは妊娠のせいだと思うけど、食べすぎには気をつけなさいよ。まだ先のことだけど、出産する時、太りすぎはいけないんでしょ?」
「うーん、どうなのかな? マキの幼馴染の先生に診てもらっただけで、ちゃんとした検診はまだ行ってないし。今週のお休みにでも行ってみるよ」
「それがいいわね。そのときは、私も付き合うから、一人で行っちゃダメよ?」
付き添いを申し出てくれたマキに、くすぐったいような嬉しいようなふわっとした心地にさせられた。
「うん」
素直に頷いて、お願いしますと頭を下げる。
一人で行こうと思えば行けるが、誰か側にいてくれると心強い。
「ありがとう」
マキの気持ちが嬉しくて言葉に出せば、マキは目を逸らして、「礼を言われるほどじゃないわよ」とぶっきらぼうに返してきた。
マキのツンデレぶりが可愛い。
ついつい頬を緩ませていると、マキが何がおかしいと噛みついてきたので、これ以上マキをいじるのは可哀そうだと顔を引き締め、目の前のカレーに専念する。
「あ、そうそう。明日、私ちょっと遅く帰ることになるわ」
スプーンを止めて、顔を上げれば、食べながら聞いてとマキは続ける。
「あんの藪医者に呼び出されてね。向こうからこっちに来ればいいのに、あんのメガネ…。まぁ、こっちも用がない訳じゃないから、仕方なく行ってくるわ」
悪態を交えながらの言葉だったが、マキの言葉尻は通常よりほんの少し上がっている。
素直じゃないマキの喜び具合が可愛くて、私はマキにばれないように俯き、笑いを噛み殺す。
夕飯はいる? と何気なく聞いてみれば、「もちろん、イルカと一緒に食べるわ」と強調したけど、あの幼馴染のお医者さんを考えると、マキを夕飯に誘うことは想像に難くなかった。
「もし、夕飯いらなくなっても気にしないでね。余ったら、お弁当に詰めるから」
朝、楽できるしと笑って言ったけど、マキは「そんなことあり得ないから!」と、生来の勘の鋭さを発揮して、私が寝るまで主張してきた。
もー、本当に、マキってば恥ずかしがり屋さんなんだから!
******
「うーん。今日は肉じゃがと干物でいいか〜」
夕飯時。
昨日、マキは散々一緒に食べると言い張ったが、幼馴染さんの熱意に負けるに違いないと私は睨んでいた。
どうせ一人だし、今日は手抜きでいこうと冷蔵庫からアジの干物を取り出していると、廊下から所在無げに佇んでいる気配を感じた。
私の家に来るのは大抵子供かマキなのだが、マキはお医者さんのところだし、子供にしては落ち着いている空気を放っている気配に首を捻る。
悩んでいてもしょうがないかと、こちらからドアを開けると
「どちら様で…。マキ?」
ドアの前には、微妙に視線を逸らし立っているマキがいた。
早すぎる帰宅に言葉が出ない。
猛アタック中と言ったあのお医者さんがマキを早々に帰す訳はないと思ったし、マキもマキでお医者さんを憎からず思っていることは明白だった。
自分の見立てを裏切る予想に静かに驚愕していれば、マキは小声で呟いた。
「……ただいま」
どこか不安そうに言ってきたマキの言葉で、我に返る。
「おかえり。随分、早かったんだね。えっと、お医者さんとお話し出来た?」
暗に他に話すことがあったのではないかと水を向けたが、マキは「別にない」とこれまた小声で言う。
あっれー? 本当に私の見立ては見当違いだったんだろうかと、二人の関係に眉根を寄せていれば、マキは私の頭からつま先まで何度も視線を往復させていた。
気を取り直して、廊下にいつまでも突っ立っているマキを部屋へと引き込む。
「マキ、早く上りなよ。今から夕飯の支度するから、ちょっと待っててね」
マキが帰ってきたなら、もう少しいい物を食べるかと、ようやく玄関口に立ったマキから背中を向け、冷蔵庫の中を物色する。
今日は買い物に行かなかったから、これといった食材がない。
うーんと唸っていれば、横から声がかかった。
「……今日は、肉じゃがと干物じゃないの?」
予想以上に間近で聞こえた声に体が跳ねる。気配を全く感じ取れなかったと、目を見開けば、マキは不思議そうな顔をしていた。
私をびっくりさせようとした訳ではないらしい。
あれ、私、鍛練不足だったりするんだろうか。マキの気配を見過ごすことって今までなかったのに。
「えっと。マキ、干物はあんまり好きじゃないって言ってたから、違うものにしようかと思ったんだけど」
干物は貧乏くさいと嫌な顔していたマキを思い出していれば、目の前のマキは淡々と続けた。
「いいよ。今から別のメニュー考えるの、手間でショ?」
どことなく覇気のないマキに調子が狂う。
それじゃ、干物と肉じゃがにするとつぶやいた私をじっと見つめた後、マキは不意に視線を逸らした。
「手伝うよ」
「う、うん。ありがとう」
それきり黙り込んだマキと二人、狭い台所に並ぶ。
手を洗って、エプロンを着用し、食材を切っていると、マキは米を取り出しボウルに入れると、おもむろに洗剤を手に取った。
洗剤を何に使うのだろうと、思わず手を止め、マキを見ていれば、マキは米に向かって洗剤の容器を下に向けた。
「ま、待ったぁぁ!!!」
マキが洗剤容器を押す寸前、横から体当たりして、その暴挙を阻む。
くわっとボウルの米に目を転じれば、乾いたままの生米がそこに鎮座している。っし、無事だ。米は無事だ! 洗剤液の餌食にはならずにすんだ!!
「……なに?」
さりげなく私に衝撃がないよう体を抱きとめている、マキの細やかな気遣いに一瞬感心したが、いやいやと私は頭を振って今の暴挙は何だと視線を向ける。
「マキ。一体どうしちゃったの!? 今、お米を洗剤で洗おうとしたよね? 今、やっちゃいけないことを自然にやろうとしてたよね!?」
家事を一切しない殿方のような初歩的ミスを仕出かそうとしたマキに震えていれば、マキは可愛く首を傾げた。
「間違ってた? 米は洗うもんだって聞いたんだけど」
自分の誤りに全く気付いていないマキに、衝撃が走り抜ける。
確かにマキは家事は得意じゃないと前々から言っていたが、米は普通に炊けていた。洗剤で米を洗うような暴挙には一度だって出たことがなかった。
事の異様さに、私は息を飲む。
もしかして……、これは……!!
マキってば、もしかしなくても傷心なの!?
ずがーんと脳天を直撃する衝撃を覚え、よろよろと後退してしまう。
「だ、大丈夫!? アンタ、どうかしたの!?」
後退する腕を掴み、慌てるマキに、私は小さく首を振る。
そういえば、マキは帰ってきたときからおかしかった。落ち込んでいる気配もあったし、私を見て何か言いたそうにしていた。
昨日の話の流れから考えると、今日会ったあのお医者さんとマキの間で何かあったに違いない。もしかして、マキのツンデレ振りに可愛さ余って憎さ百倍で喧嘩しちゃったんじゃないかしら。それで、売り言葉に買い言葉で、マキってば余計素直になれなくて……!!
脳裏で、マキが幼馴染のお医者さんの元を走り去る映像が浮かぶ。その後、マキは走りながら泣いているのだ。自分の意地っ張りさに歯噛みしながら、どうして素直になれないんだろうと、ままならない自分の性格に涙をこぼす。
そこまで想像して、ぐわぁと涙腺が緩んだ。もう、マキってば、本当に損な性格してるんだから!! 好きすぎて素直になれないなんて、どんな悲恋体質!? そこで、立ち止まって、お医者さんのところに駆け戻って「ごめんなさい」の一言を言えば、丸く収まるのに!!
うぅと口元を押さえ、不器用な性格の友人の拙さを歯がゆく思う。こうなったら、マキの人生春謳歌のために私が一肌脱ぐしかない!!
「ねぇ、大丈夫? 気分、悪いの? 病院行く?」
血の気を引かせ、こちらを窺うマキのとんだお人よし振りに泣いてしまいそうだ。今は、私じゃなくて、自身のことを考えるべきなのに!!
ひとまず、傷心で日常レベルのことさえままならないマキを居間に座らせ、今日はそこで休んでいてと厳命する。
マキはしきりに私の体調を気遣ってきたけど、マキが休まないと私がどうにかなると言い含めれば、居間で大人しくしてくれた。
一人で台所に戻り、手早く夕飯を作る。
夕飯を作りながらも考えるのはマキとお医者さんのことで、どうしたら二人の間を取り持つことができるのだろうかと頭を悩ませる。
お医者さんとはあのとき初めて会っただけで、接点も何もない。
うんうん悩みつつ、居間のちゃぶ台に出来上がった料理を運ぶ。
油揚げと大根の味噌汁、ご飯、すりおろし大根、アジの干物、肉じゃが、漬物と佃煮を卓に並べれば、どことなくマキが嬉しそうな気配を零した。
具体的な解決策は見つけられていないが、少なくとも私の料理がマキの傷心を少しでも軽くしてくれるなら嬉しい。
肉じゃがのお代わりもあるよと声を掛け、「いただきます」と手を合わせれば、マキも遅れて手を合わせた。
「…い、ただきます」
小さな声で呟き、マキの箸は迷わずアジの干物へ伸びる。
魚食べるの面倒なのよねーと言っていたマキにしては珍しい。
お味噌汁を飲みながら何となく観察していれば、マキは無言で干物を食べ続けていた。他の物には一切見向きもせず、干物だけを見つめ、干物のみを食べ、身の多い面を食べ終え、骨に張っている薄い身も綺麗に食べ尽くそうとしたマキに、私はハッと我に返る。
「い、いやいやいや、マキ?! それ主菜だから、それ食べ尽くしちゃうとメインがなくて、いや、それも個人の自由かもしれないけど……!!」
私の言葉に、マキは箸を咥えたまま首を傾げる。
その仕草に、何故か私の鼓動は跳ねた。
何だろう。今日のマキは何だか、私の何かをくすぐってくる…!
不思議そうな顔で私を見つめるマキに、顔が赤くなるのを感じつつ、私はお願いをした。
「えっと、だからね。……他のも食べて欲しいなぁって。駄目?」
それにバランス良く食べた方が体にもいいよと、友人に言うにはおせっかい過ぎる一言をごにょごにょと言う。
気を悪くさせたかなとおそるおそる窺えば、何故かマキは顔を覆って、横を向いていた。
顔を赤らめて怒るか、仕方ないわねと少し不機嫌な顔を見せるかと思っていただけに、マキの態度は予想外だった。
「え? え!?」
一瞬、混乱して、私の言動は何かおかしかったかと省みていれば、マキは一つ咳払いをすると前に向き直り、無言で味噌汁椀に手を伸ばした。
どことなく顔が赤い気がするが、お願いを聞いてくれるマキに良かったと頬が緩む。
未だ私の頬は熱くて、鼓動も早いままだったけれど、気を取り直して止まっていた箸を動かす。と、そのとき。
「……うそ。うまい」
小さいけれど、マキの褒め言葉が聞こえてきた。
いつものマキを見た気がして安堵しつつ、声を掛けようとすれば、マキは何処か荒々しい動きで肉じゃがの器を掴むなり、じゃがいもを摘まんで口に入れる。
「嘘でショ。これも、うまい……!」
ふるふると震え出したマキに、呆気に取られる。
そこからのマキは欠食児童かというほどの凄まじさで、無言で目の前の食事に襲いかかった。
声を掛けるのも憚られる勢いでマキは食べ進め、ご飯とみそ汁と肉じゃがが無くなった時は、ものすごい悲しい顔を見せた。頭とお尻に耳と尻尾があるならば、完全に寝ている状態だろう。
そのしょげ具合に胸がきゅーんと鳴いた。
「お、お代わりいる?」
再びどきどきと鼓動が高鳴るのを感じつつ尋ねれば、マキはぱっと顔を上げて、一つ頷いた。
目を輝かせて、嬉しそうな気配を前面に表してきたマキの可愛さに、辛抱たまらず背を向けて両手で顔を隠す。
か、可愛いーーーー!!! 何、この可愛さ!! マキって、こんなに可愛かったっけ?!
友人をこれほど可愛いと思ったことはついぞない。
きっと顔はだらしないほどに緩んでいるだろう。マキに見られたら怪しまれること間違いないが、顔を緩めることを止められなかった。
「……お代わりは?」
遠慮がちに声を掛けられ、その不安というか、頼りなさというか、そんなところにも新たにツボを押されて、私は「うんうん!」と頷いて、マキの器をお盆に載せ台所へと素っ飛ぶ。
お代わりを注ぎながら、子供の可愛さに通じるマキの愛らしさに、ふにゃーと勝手に笑みがこぼれ出た。
今までにない経験に、どうしていいのか分からない。でも、マキが可愛いってことはいいことだから、いいに違いない!!
「お待たせ〜」
そわそわしながら待つマキの前にお代わりを置く。
マキはいつものように言葉で褒めてはくれなかったけれど、全身でおいしいと叫ぶようにご飯を食べてくれた。
やっぱり、マキと食べるご飯はおいしいなぁ。
席に戻って食事の再開をしつつ、しみじみ思った。
明日のお弁当にと少し大目に作った肉じゃがは全部マキのお腹に収まり、炊いたご飯も全部食べてくれた。
いつになくいっぱい食べてくれたマキに気持ちが上向いた。
食後のお茶を注いで居間に持っていけば、腹いっぱいです満足ですと気の抜けた表情を浮かべていたマキから一転して、どことなく恥ずかしがっているマキに遭遇した。
「…ご、ごちそうさま。食器洗いは、私の仕事だから。するから」
何を恥ずかしがっているのか不明だが、もごもごと言葉を紡ぐマキに、うんと頷く。
「じゃ、お願いね。……マキが元気になってくれて良かった。ご飯もいっぱい食べてくれたし、すごい嬉しい」
作り甲斐があったよと言葉を続ければ、マキの目が見開いた。今日のマキは、思わぬところで反応してくるから楽しい。
小さく笑って、どうしたのと尋ねれば、マキは心底分からないと言った。
「私がご飯たくさん食べれば嬉しいの? 食費かかるし、手間だし、洗い物あるし、あかぎれとかしもやけとかできちゃうのに?」
細かいことを言ってきたマキに、私は爆笑してしまう。マキは私の笑いのツボが分からなかったのか、とんでもなく眉根を寄せていた。
「マキってば、変なのー。嬉しいに決まってるじゃない。私が手間暇かけて作ったご飯をすごく美味しそうに食べてくれるんだよ? 作り甲斐もあるし、食費だって、あかぎれとかしもやけなんてへっちゃらなくらい、マキが美味しそうに全部食べてくれることが一番の御褒美」
にかっと笑えば、マキの目が大きくなって、次の瞬間、顔が真っ赤に染まった。
赤面したマキに、ちょっと驚いた。
マキも自分の顔が赤いことに気付いたのか、頭のつむじが見えるほど深く俯いて顔を隠してくる。
何だか見てはいけないものを見たような気がして、さり気なく視線をずらして、お茶を飲んだ。
もぞもぞとお腹をくすぐられているような心地になりつつ、食後の番茶を楽しんでいれば、やがてマキも少し顔を上げて、番茶を飲み始める。
しばらくお互いのお茶を啜る音だけを聞いていた。
まったりとした時間に、ふぅと息を吐いた時だった。無言でいることが居心地が悪かったのか、マキが口を開いた。
「あのさ。お願いがあるんだけど……」
珍しいマキのお願いごとに、俄然やる気が出る。一体なんだろうと心持ち前のめりで、マキの言葉を待っていれば、湯呑みを手の中で転がしつつ、視線を逸らせた。
「……オリのところで、経過観察みてくれない?」
「オリ?」
聞いた覚えのない名前にぽかんと口が開く。自分の記憶している人物に該当する者がいないか思い返してみるが、やはりその名は聞いたことがなかった。
誰だろうと、首を捻っていると、マキは言ってないのねとぼやくと、ため息交じりに言った。
「ほら。アンタが倒れた時、木の葉病院で診てくれた先生。私の、幼馴染の」
マキの説明にああと手を打つ。直後に、これは絶好の橋渡しではないかと閃いた。
というより、マキもマキで、お医者さんとどうにか繋がりを持とうとしていたことを知り、胸が熱くなった。
「……いや?」
言葉とは裏腹に強い眼差しを送るマキの必死さに、私は勢いつけて横に首を振った。
「嫌な訳ないよ!! うん、ぜひ、マキのお医者さんに診てもらおう!」
この際、じっちゃんに手を回してもらおうと、マキの手を握りしめて言えば、マキは仰天した。
「は? 三代目? いや、そこまでしなくてもっ」
「何言ってんの! 私がマキの役に立てることなら、持ってる札全部使い切るよ! 私に任せて、マキの悪いようには絶対しないからっ」
これで、マキとお医者さんの仲もうまくいくに違いない。よくよく考えてみれば、マキは私のサポートという名目で、ほとんど自由時間がない。私がマキの幼馴染のお医者さん、オリさんに、妊娠の経過を診てもらえば、会う時間を作ってあげられるではないか!
これをきっかけに、マキにはぜひとも幸せなお嫁さんになってもらいたい。
「え? や、アンタ、何言ってんの?」
うろうろと視線をさ迷わせるマキの手をもう一度強く握りしめ、私は決意を込めて言った。
「任せて! マキの恋の応援、私、全力でサポートするからっ」
マキはぽかんと放心した表情を晒す。もう、本当に意地っ張りなんだから!!
うふふふと、私は含み笑いを零し、明日の朝一で、じっちゃんのところへお願いしに行こうと闘志を燃やした。
目指せ、いいお母さん。そして、マキの恋のキューピッド!!
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9へ
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『ひみつ』はこういう形で話を進めていきます。
カカシ先生の影が薄いです……orz
ひみつ 8