「やっぱり私にはこれぐらいしか出来ないからなぁ」
お昼時より少し早い時間帯、無職に舞い戻った私は、台所で一人、弁当作りに励んでいた。
個別の弁当を作ると再び訳の分からない売値合戦になるため、お重で皆で食べる手はどうだろうと作ったものの……。
「……売れるのかな、これ」
三段お重にぎっしりと詰め込んだおにぎりとおかず類を眺め、ため息を吐く。
今日は売る目的ではなく、働き口相談と試食目的のために作ったからいいものの、これで駄目なら他にどうすればいいのか具体案が思いつかない。
「悩んでも仕方ないか」
うじうじ悩むのは性に合わない。
受付所にはじっちゃんの監視の目があって行けないから、アカデミーの同僚に話を聞いてもらえたらいいのだが。
時計を見れば、もうすぐ昼休みになる頃だ。
急がなくてはと手早くお重を風呂敷に包んで、味噌汁とお茶が入った水筒を肩にかけて、玄関口を開けた途端。
「お、イルカ。どこか出掛けんのか?」
出入り口横で身を伏せて寝ていたアキノが首を起こし、私を見上げた。
身を起こした丸いサングラスをかけたアキノの顔を数秒眺め、アキノが首を傾げたところで我に帰った。



「え、アキノ? どうしたの?」
思わぬ顔にただ驚いて腰を下ろせば、アキノは長い尻尾を小刻みに揺らす。
「パックンから聞いてないのか? おれっちたちイルカを護衛しようって決めたんだぞ。頼りにしてくれてもいいからな」
心持ち胸を張って言うアキノは微かに鼻息を荒くして誇っている。
アキノの姿が可愛くて、胸をきゅーんとさせているのも束の間、頷きそうになった首を押しとどめて私は言った。
「あれ本気だったの? ちょっと、ちょっとアキノ。それってご主人さまの命令外のことだよね。そんなことしたら、アキノたちが困るこ」
「お人好しだな、イルカは」
言葉を遮り、アキノは呆れたように鼻息を漏らす。
それでも見過ごせなくて口を開こうとすれば、アキノはそれより早く喋り出した。
「仕方ねーな。……これは言うつもりはなかったんだけどよ。あのな、イルカ。これはお前のことを考えてのことももちろんあるけどよ。正直言って、ご主人のことを一番に考えた結果でもあるんだ」
きっぱりと言い放った言葉に、口が閉じる。
先を知りたくてアキノを見つめれば、アキノは少し自嘲気味に笑った。
「ご主人がイルカにしたことは最低だって思うし、お前を傷つけたのはおれっちらのご主人だってことも分かってる。でも、一番傷ついてんのはご主人なんだ。あいつ、あれで繊細なとこあるっつぅか、面倒臭い野郎でさ。忍びとしては最高だけど、社会性っていうの? 人との関わり合い方が下手くそでさ。本気になればなるほど空回りするっていうか、見てらんねーのよ」
赤裸々に喋り出すアキノに少し冷や冷やしつつも、どうしようもねぇ奴だと言いながら嬉しそうに喋るアキノに水を差したくなくて、黙って聞いた。
「まぁ、なんつぅかさ。イルカのことというよりご主人のことを一番に考えての行動だからよ。気にしねぇでほしいんだ」
なっと、人が笑うように口端を上げるアキノを見て、笑みが浮かんだ。
「そっか。そういうことか」
「あぁ、そういうこと」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
アキノはお客さんのことが大好きで、間違って欲しくないから、傷ついて欲しくないから、あえてお客さんが望まないことを進んで行う。何というか、これは。
「まさに忠犬だね」
思いついた言葉をそのまま言えば、アキノはびくりと毛並みを逆立てた。
それを見て、失言したと慌てて取り繕う。
「あ、ごめん。猫だから、忠猫だよね! ごめん、気を悪くした?」
立っていた耳が下向きに落ちるのを見て平謝れば、「そっちか」とぼそりと小さく呟かれた。
アキノが何を言いたいか分からず聞こうとしたけど、私の荷物を見てアキノは声をあげた。
「あー! まぁた、お前は大荷物持って外出しようとしてよぉ。こりゃ、ブル呼んだ方がいいな」
「え! い、いいって、私一人でも大丈夫だからっ」
私が止めるのも聞かずに、アキノは猫には珍しい遠ぼえの声をあげ、問答無用でブルを呼びだした。
……やっぱり断った方が良かったかもしれない。



******



「子供たちがえらく喜んでいたわよ」
けらけらと笑いながら、お重の中身からおにぎりを取るマキの側に、私はため息交じりで味噌汁をカップに入れて置く。
「やっぱり目立ったよね……」
校門から、サングラスのかけた威勢のいい言葉を吐く猫を先導に、虎に乗った私が登場すれば、周囲の目を引きつけてしまうのは明白だ。
やめてと訴える私を、護衛にゃ箔をつけなきゃいけねーんだと頑として譲らなかったアキノを少々恨んでしまう。
今は側にはいないけれど、帰る時は合流するからなと言い含められていて、帰り道も気が重い。
再びあの晒し物に合うのかと憂鬱な気分でいれば、マキが小さく小突いてきた。
「いいじゃないの。あれだけ目立てば、あんたにちょっかい出す輩も、おこぼれを狙う輩もそうそう近付けないからね。恥ずかしいくらいで済むなら安いものよ」
ご機嫌な様子で取り皿におかずを寄せていくマキを見つめ、首を傾げる。
私にちょっかいを出す人とか果たしているのだろうか。
気になって軽い感じで探ってみれば、マキは途端に顔を引きつらせ押し黙ってしまった。もしかして、マキの極秘任務絡みなのだろうか。
「いや、その、それは、……えっと」
明らかに動揺した素振りを見せ始めたマキを見て、悪いことをしてしまったと思う。無難に話を変えようと口を開いたところで、後ろから声を掛けられた。



「はぁい、イルカちゃん。ご相伴預かりにきたわよ」
手を振る紅先生とその後ろを歩いているアスマ兄ちゃんを見つけ、私は立ち上がって出迎える。
マキも立ち上がって、あからさまに安堵の息を吐きながら二人に挨拶をしていた。マキには色々と言えないこともあるのだから、言動には気を付けないと。
要注意と自分に言い聞かせていれば、マキは紅先生とアスマ兄ちゃんと親しげに話していることに気が付いた。
紅先生は何となく分かるけれど、まさかアスマ兄ちゃんとも仲良いとは思わずに驚いていれば、アスマ兄ちゃんが小さく笑った。
「いとの中忍からオメェの状態を時々聞いてるからよ、もう顔見知り以上の仲だ」
胸ポケットから煙草ならぬ、禁煙パイポを取り出し口に咥えたアスマ兄ちゃんを見つめつつ、私は驚いた。禁煙パイポもさることながら、いつの間にそんな遣り取りを。
「だって、イルカちゃん。困っても私たちに相談しないばかりか、遠慮してばっかりじゃない。マキちゃんにはその点色々とお世話になってるの」
ねぇとマキと仲良く顔を見合わせる紅先生に、参ったなぁと鼻傷を掻く。
高ランク任務にくわえ、下忍たちの指導で忙しいお二人に余計な心労を与えたくなかっただけに、マキから筒抜け状態だったとは思わぬ誤算だ。
少々恨めしげな視線をマキに向ければ、マキはどうだとばかりに胸を張るばかりでお話にならなかった。



「マキー」
恨み事を込めて名を呼べば、マキは全く反省もない顔で、二人におかずとおにぎりをより分けている。
家に帰ったら話し合いをしなくてはなと、ひとまずこの話は置いて、食事に精を出すことにした。
「あー、イルカちゃんの料理、本当においしい〜。火影さまが嫁に出したくない気持ち分かるわ」
うんうんと頷きながら褒めてくれる紅先生の言葉に照れてしまう。見合い相手を積極的に探してくれていた火影さまを考えると、後半部分は理解できないけど。
「お口に合って良かったです。味噌汁もどうぞ、紅先生」
熱いですよとコップを渡せば、紅先生は「お味噌汁もあるの」と嬉しそうに笑ってくれた。
「今、息子がいるなら、イルカちゃんと結婚させて、老後の面倒を見てもらいたいわ……」
紅先生の夢見心地の顔で話す内容の有り得なさに、ちょっと笑ってしまった。
もし今紅先生のお腹の中に赤ちゃんがいるとして、その歳の差は約二回りも開いてしまう。お腹の子が紅先生の子と良い仲になる方が妥当というものだ。
「おおお前な!!」
そういうことは考えなかったのか、何故かアスマ兄ちゃんは突然むせ、紅先生を真っ赤な顔で怒鳴り始める。
「ごちそうさまです、夕日上忍。そういう日も近いですね」
「だと良いんだけど、この人、肝心な所で意気地がないからねぇ」
参るわ本当とマキに愚痴を零す紅先生を見て、アスマ兄ちゃんのボルテージは上がる一方だ。
「てめ、いとの!! 人の事からかえる身分かっ。オメェだって散々ぱら焦らしてんだろ? いい加減、認めるなり付き合うなり結婚なりし」
「そこ、デリカシーなし発言止める!」
アスマ兄ちゃんの口に問答無用でおにぎりを突っ込み口を封じると、真っ赤になって震えているマキの肩に紅先生は手を置いて、慰め始める。
「ごめんね、マキちゃん。あいつったら本当に無神経な男で。後でよくよく言い聞かせておくから、気にしちゃダメよ? あなたにはあなたのペースで事を運べばいいんだから」
真っ赤な顔を俯けて、何度も頷くマキを見つめ、私はほのぼのとした気持ちになる。
いいなぁ、こういうの。女子会ってこういう乗りなのかなぁ。
「オメェ、オレに加勢する気はないのか?」
感じ入って頷いていれば、横からアスマ兄ちゃんに突っ込まれた。
むぐむぐとおにぎりを咀嚼して飲み込んだアスマ兄ちゃんを見て、にへらと笑う。
私もアスマ兄ちゃんと紅先生が早く結婚してもらいたいから、断然マキ派なのだが。
私の気持ちを見透かしたのか、アスマ兄ちゃんはまぁいいと話をぶち切るなり、口を開いた。
「で、何か相談事があったんだろ? 話してみろ」
おお、そうでした。
アスマ兄ちゃんの一言に、私は本日の相談事を口にした。



「あー。そうか。そうだったな」
相談内容を話終えれば、アスマ兄ちゃんと紅先生は何故かとっても嫌な顔を見せた。
「……どうしようかしらねぇ。別の手立て考えてもいいけど、どうせ首を突っ込まれるのがオチだし」
「どうしようもねぇ野郎だな、あいつはよ」
「あの、お二人の力とお知恵でどうにかすることはできませんか? 私、イルカのためなら体張れますし、どんどん使ってくれても構いませんっ」
目を輝かせて、アスマ兄ちゃんたちを見つめるマキの肩に、アスマ兄ちゃんと紅先生の手が乗り、ぽんぽんと叩かれた。
「オメェの意気込みは分かるが、腐っても鯛だからな」
「そうそう。意気込みはいいけど、やっぱり腐っても鯛なのよ」
アスマ兄ちゃんと紅先生は顔を見合わせた後、何故か哀れな目をマキに向けていた。マキは何がなんだか分からないという顔をしている。そして、私も何が何だが分からない。
「そうだなぁ。無難な手で行くとすれば……」
アスマ兄ちゃんは顎を一撫でした後、紅先生と見つめ合って頷いた。
『待つのみ、だ(だわ)』



******



「たーだいま」
部屋の戸を開けて、空になったお重と買い足した食材を玄関口へ置く。
脚絆を解き、部屋の中に入って、食材を冷蔵庫へ入れながら、アスマ兄ちゃんたちのアドバイスを思い出す。
『ひとまず今は何もするな。近いうちに外部から何かしらの動きがあるまで待て』
実質の待機命令を下され、私は首を傾げる他ない。
マキもマキで分からないなりに、それが一番適切だと判断したのか、そうした方がいいとアスマ兄ちゃんたちの言葉を後押ししてきた。
「うーん。でも、そうしたら、私一体何すればいいんだろう」
家のことをやるにしても、しがないアパートの一人部屋では、することはたかが知れてるし時間が余ってしまう。
ゆっくり休めばいいとアスマ兄ちゃんに言われたが、今の状態でもう充分に休んでいるし、これ以上どうやって休めばいいのか分からない。
「……もしかして私って仕事以外することない?」
冷蔵庫を閉じ、今までの人生を振り返ってみる。
アカデミーと受付を受け持ってからというもの、時間がないない尽くしで常に全力で仕事へ打ち込んでいた。
たまに休みがあった時に家の事をすれば、あとはもう寝るだけで、次の日はまた仕事だ。
買い物だって食料を買えば満足だったし、ほとんど支給服で過ごすから特に必要性を感じず、普段着はあまり買っていない。というより、見かねたマキからのお下がりを数着持っているくらいで……。
「……あれ? 服、大丈夫かな」
ふと気付いて視線を落とす。
只今、六ヵ月にかかろうかという頃。
支給ズボンのボタンがとまらなくなっていたりする。これは……。



足早に洋服ダンスに行って、引き出しを開けてみる。
支給服がほぼ閉める棚の中、申し訳ない程度に収まっている普段着を取り出し広げて見ると、見事にマキ好みのタイトな種類の普段着しかなかった。
妊娠前でもちょっときつく感じるような服だったため、今の私では完璧に入らないことが予想できる。
「あっれー」
一段、二段と箪笥を開けるも、そこには支給服しか入っていない。
比較的ゆったりしていた服は、お客さんと揉み合った時に破けたあれだけで、びりびりに裂けて衣服には使えそうにないから、早々に雑巾に仕立てた。
「……どうしよう」
鼓動が早くなっていく。
結局、お客さんとこで働いたのは二週間程度で、当然お給金なんてもらっていない。
となると今の私の貯蓄額が全てな訳で。
上の引き出しを開けて、預金通帳を開く。出迎えた数字にちょっと笑いが出た。
総額、約50,000両。
日々の生活で浪費しているのか、ちっとも貯金できていない。恐ろしい。待っている暇があるなら、私は働かねばならない……!
出産費用は里が補助してくれるお金を当てれば何とかなるけど、これからの身の回りの品は色々と買い足す必要もある。
子供の産着のことばかり考えていたから、自分の服が必要になるとは思いもしなかった。それに、気のせいだと思いたかったが、今着用しているブラジャーが微妙にきつい。これはもしかして、胸が大きくなっている!?
「下着って高いのに……!!」
悔恨の呻き声が零れ出る。
動悸が治まらずに、胸に手を当て落ち着け落ち着けと念じていれば、背後から腕を掴まれた。
びっくりして振り返れば、そこには顔を真っ青にしたマキがいた。



「イルカ、どうしたの!? 顔色が悪い。もしかして何か嫌なことでも思い出した? ごめん、ごめんね、イルカ」
痛々しく歪むマキの顔に、こちらが驚く。
「私よりマキの顔色の方が悪いよ! 大丈夫なの?」
冷や汗でも滲んでいるのではないかというマキの頬に手を当てれば、マキは泣きそうな顔で私の手の平に顔を押し付け、その上から手を乗せてきた。
「バカ。アンタの心配してんの。あんな、あんなことされて……アンタはなんで他人の事気に掛けんのよ」
小刻みに震え出したマキが心配になって、背中に手を回して撫でた。
「もう、マキってば。私は大丈夫ってあれだけ言ったじゃない。元はと言えば自業自得だし、今度から私が気を付ければああいうことにはなりはしないんだから」
大丈夫大丈夫とぽんぽんと背中を叩けば、マキは体を少し離して私を見つめた。
「……なんで、アンタは…」
見つめるマキの瞳に涙が盛り上がる。
落ちる直前に、マキは顔を覆って小さく呻いた。
「バカ」
ぽつんと落ちた言葉に、内心えぇえと声をあげる。納得のいかない物を感じたけど、そのまま声もなく泣きだしたマキを責める訳にもいかなくて、私はマキの体を抱きしめた。
「もう、泣かないの。最近のマキは、泣き虫さんだなー」
お昼会った時は元気だったのに、情緒不安定になっているのだろうか。



「……ごめん。みっともないとこ見せた」
ぐいっと肩を押されて、マキの体から腕が外れる。
くるりと後ろを向いて、涙を見せないようにするマキの意地っ張りなところを微笑ましく思いながら、私は広げていた服を畳みながら箪笥に戻した。
「おかえりなさい、マキ。今日も早かったね。残業があるって言ってたけど、もう済ませたの?」
涙をあらかた拭き終えたのか、マキはこちらに向き直ってこくりと頷いた。
「手伝ってくれたから、早く済んだ」
ぶっきらぼうに言うマキに小さく笑って、さすがマキ、人望篤いと言葉を返せば、むっとした表情を見せた。
「……嫌味に聞こえる」
拗ねるマキが可愛い。
そんなことないよとなおも言えば、マキは鼻から息を吐いて口を開いた。
「……ただいま。で、アンタ、何してんの?」
遅れながらの言葉にもう一度おかえりと言って、私はちょっとたそがれる。
「うん。私って服がほとんど支給服だったんだなぁって再確認したところ。お腹も大きくなっていくから、それ用に買い物しなくちゃなーって」
「ふーん。じゃ、今から行く?」
「え?」
思わぬ言葉に戸惑えば、マキは立ちあがると私に手を出した。
「夕飯にはまだ早過ぎるでショ。善は急げって言うじゃない」
「え、でも。あの……お金が…」
情けなくて愛想笑いを浮かべる私に、マキはあっと小さく声を上げ、腰にあるポーチの中を探るなり、封筒を出した。
それはと問うより早く、マキは私に向かって差し出す。流れのまま受け取り、凹凸のあるそれとマキの顔を見比べていれば、マキは事もなく言った。



「それ、あのお客さんとやらから受け取った、アンタの正当な貰い分と慰謝料代」
「は?」
驚いて封筒の中を開けて見れば、お客さんに返したあの通帳が印鑑と共に入っていた。
「!! ちょ、ちょっと、マキ!!」
まさかと思って、通帳の中も見ればそこには見覚えのある数字が並んでいた。
47,999,800両。
お弁当代とアンコ特別上忍の差し引いた金額がそのまま残っていた。
受け取れないと顔を向けた先で、マキはため息を吐く。
「アンタは受け取れないとか言うんでしょーけど、そんなことするなら私はあの上忍を上に報告して厳罰に処してもらう」
とんでもない言葉にぎょっとした。あの一件は、マキも言うように私が思わせぶりな態度を取ったことが原因で。
お客さんは悪くないと言いかけた私の言葉を遮り、マキは一歩も引かないと厳しい表情を見せた。
「イルカが許そうと私は許さない。あれがやったことは暴行。アンタはこのまま流そうとしているけど私は認めない。未遂とはいえ、示談金としては安いくらい」
本気の色を見せるマキに言葉を失う。止めを指すように、マキは言った。
「どうする? それを受け取る? それとも、これを相手に返して、上に報告する?」
選べと突き付けられ、私は観念した。



「……有難く、いただきます」
通帳を捧げて額につけた。
「うん、ごーかっく」
明るい声が響いて、顔を上げれば、嬉しそうに笑うマキの顔が見えた。言わされた感が半端ない。まぁ、でも、これは使わずに取っておいて、機を見てお客さんに返せば大丈――。
「で、これは私が管理するから。さぁて、イルカ、行こうか」
捧げていた通帳をするりと抜き取られ、手を引かれた。
「え?」
軽く立たされ、そのままマキは私の手を引っ張って、玄関へと直行する。
「マ、マキ? 管理って、えっとそれってどういう」
「もちろん。アンタに使わせるために、私が持っておく。アンタが強情女だってことはよぉく分かってるからーね。アンタの思惑通りに行くとは思わないでーね」
振り返ったマキがにやりと笑う。しまった、読まれていたか!
「ちょ、ちょっとマキ! あの、その、あのね!」
「アンタの言い分なんて聞けなーい。あ、そうだ、今日は外でご飯でも食べよっか。資金は十分あるしね」
弾んだ声を上げて使う気満々のマキに、私は悲鳴をあげるしかなかった。








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イルカ先生が貧乏なのは、弁当作っても食材費をもらっていないとか、子供たちに一楽を奢りまくっているとか、そういう理由だと思います。うん。






ひみつ 16