「お疲れさまです。報告書をいただきます」
おれたちも行くと、張り切ってまとわりついてきた子供たちと共に受付所へ行けば、やたらと長い列に並ばされ、ようやくオレたちの番になってみれば、羽ありと呼ばれる女が座っていた。


「イルカせんせー! 今日もおれ大活躍したんだぜ〜!」
「うそ言わないのっ。もう、ナルトってば足引っ張ってばっかだったんですよー。ねぇ、サスケくぅん」
「相変わらずのウスラトンカチだからな」
鼻先で笑うサスケにナルトは食ってかかる。うるさくなる三人をたしなめようとすれば、それより早く笑い混じりの声が響いた。
「はいはい、その話は後で聞くから。ここは受付所なんだから大人しくすること。カカシ先生が困ってるでしょ」
思わぬ呼び名に少し驚く。
子供たちは元担任先生にはすこぶる弱いのか、一転して静かになった。
羽あり女は書類に素早く目を通し、時々口元に笑みを浮かべすべて読み終えると、印を押した。
「はい。報告書に不備はありません。お疲れさまでした、カカシ先生、みんな。また明日もがんばってくださいね」
一人一人の顔に視線を向け、最後にオレを見上げて、にこりと笑う。
よく笑う女だと思う傍ら、嫌な感じではないこそばゆさを感じて少し戸惑う。って、なんでオレが戸惑わなきゃなんないのかーね。
「先生、おれたち、校門前で待ってから」
「分かった。もう少し待っててね」
はーいと、いい返事を羽あり女に返し、子供たちはオレを振り返ることもなく足早に受付所を出ていった。
なんとなく疎外感を覚えて、用もないのにその場にとどまり羽あり女に視線を向けてしまう。
羽あり女はその場から動かないオレを不思議そうに見上げながら、「もう結構ですよ」と退出を促してきた。
何だろう、何だかおもしろくない。


「あの、子供たちと何か約束でも?」
後ろが詰まっているのが気になるのか、そわそわし始めた羽あり女に気付かない振りをしてオレは話しかける。
止まった列に背後の者たちが少しざわついたが、オレが止めてるんだよと後ろの者たちへ視線を向ければ、皆黙り込んだ。
これで心おきなく話せると羽あり女に向き合えば、羽あり女はあからさまに気落ちした表情を浮かべた。は? 何、その反応。
オレと話せる機会をわざわざ作ってやったってのに、そこは喜ぶところでしょうにと肩すかしを食らわされた気分でいれば、羽あり女は申し訳ありませんがと言葉を続けた。
「今は込み合っておりますので、遠慮していただけませんでしょうか。すいません」
頭を下げてきた羽あり女へ、軽く衝撃を受ける。よくもまぁ格上相手に抜け抜けと言えるものだ。
アンタ、調子に乗ってんじゃないのと一突きしてやろうとすれば、後ろの連中は羽あり女の言葉に勇気をもらったのか、一丸となってオレにプレッシャーをかけてくる。早く退けと念じてくる視線は思いのほか強い。
忌々しいと思うものの、剥きになってここにとどまり続ける方が格好悪いかと、オレは退散してやることにした。


「あ、そ」
呟いて、頭を掻く。なーんか、おもしろくないねぇ。
羽あり女から見切りをつけ、きびすを返した瞬間、声が聞こえてきた。
「すいませんが、校門前に子供たちがいるので、そちらでお聞きください」
ん? と思い、振り返れば、羽あり女は報告書を出す人にねぎらいの言葉と笑みを向けている。
押せば引くが、引いたら押す羽あり女の反応に、オレはふーんと腹の中で呟いた。
なんだ。この女、計算高い、やり手のくノ一じゃないの?
平凡な外見からはわからないが、人を誑し込む駆け引き上手な女なのだろう。
上忍の奴らが浮ついた空気を晒していたからどんな女かと思いきや、単なる狡猾女なだけではないか。あーんな女に夢中になるなんて、木の葉は大丈夫なのかねぇと、オレはひとまず子供たちに話を聞くことにした。
ま、始めはお手並み拝見というところだ。


受付所を出て、アカデミーの校門前へ行けば、そこにはさきほど別れたというか、勝手に別れた子供たちがブランコのある門の向かい側に集まっていた。
「おーい、お前ら」
ひょいと手をあげ声を掛ければ、子供たちはあからさまに嫌な顔を見せた。全く何なのかね、この子らは。
「失礼な奴らだねぇ。上司が声を掛けているのに挨拶もなし?」
子供らの元へたどり着けば、まずナルトが警戒するようにこちらへ視線を向けてきた。
「もう解散したじゃんか。いっとくけど今日は修行はノーーサンキューだってば」
胸の前で腕を使って、ばってんを作る幼すぎる仕草に脱力感が募る。本当にガキだねぇ。
絶対だかんなときゃんきゃんわめくナルトの頭をかき混ぜ、修行つけられるくらいの基礎体力がないと言ってやった。
むっとしたのはサスケで、ナルトはんなことねぇと噛みついてくる。
話が脱線しそうになって、今日はしないが今度修行つけてやるよと言えば、ひとまず子供たちは収まった。


「で、お前ら元担任先生と何の約束してたーの?」
尋ねれば、子供たちはばつの悪い顔を見せた。あら、なに。もしかして故意に黙っていたっていうパターン?
「あれ〜? もしかして仲間外れ? 先生、かなしぃーなぁ〜」
哀れっぽくこれみよがしに言ってみれば、子供たちは落ち着きなさそうに体を揺らし始めた。
「……それは」
「だって、カカシ先生ってば……」
サクラとナルトは視線を下に落として、ごにょごにょと口の中で言葉をかき混ぜている。何だってと右耳を近付ければ、ますます居心地悪そうにする二人にいたずら心が刺激される。
どうからかってやろうかと内心にやにやしていれば、視線は下に落としはしても、二人のような可愛らしい反応を見せなかったお子さまが挑むようにこちらを睨みつけてきた。お前はやっぱそういうタイプだよーね。
何でしょうかとその視線を受け止めてやると、サスケはこちらを呪い殺すような眼差しを向けてきた。


「女癖の悪いアンタには聞かせたくない話だ」
きっぱりと拒絶を示すサスケに、ナルトとサクラは勇気づけられたのか、参戦してきた。
「そ、そうです! 私たち見ちゃったんですからねっ。カカシ先生が女の人を連れ歩いているところ!! しかも見る度に変わってるなんて不潔すぎます!!」
思春期の女の子の特有の潔癖発言に、オレはしまったなぁと頭を掻く。アカデミーの建物内では自粛していたのだが、外ではあまり気にしていなかった。それも、女の方が積極的に迫るのだから、オレとしては不可抗力なのだが。
サクラを見れば、顔を真っ赤にして不潔不潔とわめいている。難しい年頃の女の子の扱いは苦手なんだよなぁと思いつつ、どうやって誤魔化そうかとしていれば、この班での意外性No1がけたたましく声を張った。
「そうだってばよ!! だから、今日、イルカ先生と一楽に行くなんてこと、フケツなカカシ先生に言ったら絶対駄目なんだってばっ」
イルカ先生がカカシ先生のドクガにかかって、何か大変なことになるんだってばと、オレに向かって胸を張るナルトに呆気に取られた。
三人の思惑を知り、人を飢えた獣みたく言うんじゃないよと思う傍ら、勝手に暴露するナルトの残念なオツムに、これからこいつをどう育てていけばいいのかと本気で悩んだ。
「このバカナルト!! 何、バラしちゃってんのよっ」
「このウスラトンカチが!!」
両脇にいた二人から後頭部をどつかれ、ナルトは何すんだってばよと涙目になっている。
そこから恒例の喧嘩に発展する三人にため息を吐き、お前等の心配していることは絶対起きないと言おうとすれば。


「こら、そこの三人! 喧嘩すんじゃないのっっ」
思わず背筋を伸ばしたくなるほどの、歯切れのいい声が響いた。
ナルトに至っては条件反射なのか。びっと直立不動に気をつけの姿勢を取る。
ほかの二人も心持ち背筋を伸ばし、なぜだかオレもつられて伸ばしてしまった。
そんなオレの様子を見て慌てたのか、声の主はすいませんと小走りにこちらへ駆けてきた。
「突然、声を荒げてすいません」
ぺこぺこ頭を下げる羽あり女に、オレははぁと気のない声をあげる。するとますます羽あり女は恐縮し始めた。
「あの、先ほどは失礼な態度を取り、申し訳ありませんでした。ご不快にさせたこと、謝らせてください」
申し訳ありませんと、深く頭を下げる羽あり女に、オレはいいよと声を掛ける。
「そんなに恐縮しないでよ。オレも、忙しいの分かってて、強引に話しかけちゃったこともあるし。ま、お互い様ということで」
人目もあるために、穏便にまとめる方向で話し出せば、羽あり女はあからさまに安堵の息を吐いた。ん? もしかして、人目であるところで謝ったのも、計画的とか?
こいつ、見た目に反してそうとうずる賢いと胸の内で反感を覚えていれば、羽あり女はおもむろに子供たちへと体を向けた。


「ナルト、サスケ、サクラ。三人とも、全く話してなかったなんてどういうつもり?」
むすっと不機嫌な顔を隠さずに子供たちへ言う羽あり女は、どうやらお冠の様子だった。
意図が掴めずに傍観していれば、子供たちは揃ってうじうじと要領のない言葉を口の中で混ぜている。その様子に、羽あり女は大きくため息を吐くと、「仕方ない」と呟き顔を上げた。
「カカシ先生」
通る声で呼ばれると同時に、真正面に回るとオレを見上げてきた。
女にしては高い部類だが、それでも目線はオレより下だ。
真っ黒い瞳にオレの顔が映り込む。期待と不安の感情が混じ合うそれに、さては子供たちを出汁にオレに粉をかけにきたなと察する。
やれやれ、モテる男は辛いねーと、芋臭い女を相手する気は毛頭ないが、子供たちの手前どうするかと考えを巡らした。ここは、何か言われる前に適当な用があると言っておくか。


「あの、ぜひわ」
「あー、ごめーんね。今からちょっと野暮用があんのよ」
羽あり女の言葉を強引に遮り告げれば、羽あり女は口を開けたまま、途端に落ち込んだ様子を見せた。
握っていた手は垂れ下がり、息込んでいた肩はあからさまに落ちる。がっかり感が如実に表れている眉と頬の落ち込み具合に思わず吹き出しそうになった。
立場上、色んな人間に会うが、この羽あり女ほど分かりやすい表情を見たことはない。
子供よりもあからさまなそれに、くノ一としてやっていけているのか疑問に思っていれば、羽あり女はがっかりした顔のままため息を吐いた。
「そうですか、それは残念です。ぜひ、一楽の良さを知っていただきたかったんですが、用事があるなら仕方ないですね」
残念ですと諦めきれないようにもう一度呟いた羽あり女の言葉に耳を疑う。
あれ? なに、どういうこと?


予想とは違った流れに戸惑っていれば、子供たちはここぞとばかりに声を張り上げた。
「そ、そうなんです! カカシ先生、用事があるって言ってたから言い辛くてっ。ね、そうよね、ナルト」
「へ? そんなこときーーっ」
「そうだ。そういう訳だ。イルカ先生、オレたちだけで行こう。ナルト、お前もそう思うよな?」
「っ、う、うん、お、思う、思う!! おれ、腹減ったってばっ、一楽のラーメン早く食べたいってばよっ」
話を振ったが、合わすことを知らないナルトに、サクラはすねを蹴って黙らせ、サスケがフォローを入れ、すかさずサクラがナルトへ賛同の声をあげさせる。
自然にチームワークを発揮する子供たちの成長ぶりに驚かされると共に、妙な成り行きにただ呆然とした。
「……そうだね。うん、それじゃ、皆行こうか! 先生、この日のために貯金してきたから、今日は思いっきり食べていいよっ」
任せなさいと胸を叩く羽あり女にナルトがすかさず突っ込む。
「えー、先生、薄給なのに大丈夫なのか?」
「子供がそんなこと気にしないでいいの。それでは、カカシ先生、私たちはここで失礼致します」
ナルトの頭をかき混ぜた後、綺麗に一礼し、羽あり女と子供たちは背中を向けた。
きゃっきゃとやたらと明るい声をあげ、去る四人を見送る一人のオレ。
何だろう、何故か敗北感を覚えるオレがいる。


たかが芋臭い女とガキ三人に背を向けられただけじゃないかと、胸にくすぶるモヤモヤを振り払っていれば、気になる団体の一人が声をあげた。
「あ、良い物があったんでした!」
顔を上げれば、戻ってきた羽あり女がいる。一人のオレを哀れんで戻ってきた訳じゃなかろうかと警戒していれば、羽あり女は手に持っていた一枚の半券を差し出してきた。
「これ、一楽の無料サービス券です。これ、常連さんにしかもらえないレア物で、しかも裏メニューの一楽すぺしゃる改が食べられるんですよ! これで、カカシ先生も一楽ファンになること間違いなしです」
時間がある時にぜひ食べてくださいねと輝かんばかりの笑みを浮かべ、羽あり女は「それでは失礼します」とお辞儀をし、子供たちの元へ駆けて戻っていった。


子供たちと羽あり女の姿が見えなくなっても、何となくその場から動けないでいた。
アカデミー前ということもあり、人通りが多い。ぼうっと突っ立っているオレに好奇の視線が向けられたり、顔見知りのくノ一が絡んできたりしたが、オレはずっと突っ立っていた。
手の中にあるのは、みすぼらしい半券一枚。
そんなものなくても高給取りのオレが望めば、食えない物はないだろう。
羽あり女の気遣いは無用なものだ。気を利かしたのか分からないが、お節介としか言いようがない。
こんな紙切れ、オレには何一つ価値はない。
ーーはずなのに。


オレの思いとは裏腹に、オレの指先はその半券を握りしめ続けていた。





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カカシ先生は警戒心の強い人だと思います。評判のいい人に対しては威嚇しまくり。
というか、この時点ですでに陥落しかけている…。こんなはずではなかったんだがのぅ。うむん。





公然の秘密 2