「随分と楽しそうだな」
上忍待機所で平和な一時を味わいつつ、愛読書を読んでいれば、ドスの利いた声が降ってきた。
「お疲れ〜。ガキどもは可愛いか?」
一つ席を空けてソファに座るアスマから、何とも香ばしい匂いがしてくる。また焼き肉を食いに行ったのかと少々呆れた。
ガキの相手は面倒くせぇ、面倒くせぇと言っている癖に、任務後や修行の後には、折りを見て店へ連れて食べさせているようだ。
「ふつうだ、ふつう」
ぶっきらぼうに言葉を返すが、その口元が綻んでいることには気付いていないのだろう。
上忍師が性にあってるんだーねと、本へ視線を戻せば、「おい」と呼び止められた。もー、何なのさ。
これから主人公とヒロインの大胆な濡れ場シーンが繰り広げられるというのに、何て無粋な奴だと渋々顔を上げれば、アスマは渋い顔をこちらに向けていた。たいていこういう顔をするアスマは、イルカ先生について何か言ってくる時だ。
「なーによ。また羽あり様条令に引っかかった?」
イルカ先生と飲みに行く度に、条令何番に抵触する恐れありと釘をさしてくる輩が多くて、少々食傷気味だ。
イルカ先生とどのように過ごしたのか筒抜けである現状に、今度飲みに行くときは結界を張ってやると密かに決意していたりする。
アスマは口にくわえた煙草に火をともすと、煙を吸い、息を吐いた。
「ちげぇよ。ただ、おまえ曰くイモ女を、誘う頻度がえらい多いんじゃねぇかと思うわけだ」
アスマの言葉に眉が寄る。そう? と、首を傾げれば、任務がない日の三日に一度の誘いは異常な頻度と思わねーかと続けられ、オレは目を瞬いた。
ふむ、確かに多い。だが、それにしたって、オレの任務のない日とイルカ先生と一緒に飲みに行った日をいちいち数えて頻度の計算をするとは末恐ろしい奴だ。
「アスマはオレのストーカーなの?」
やだ、そのむくつけき腕でオレをどうするつもりと自分の体を抱きしめれば、アスマはげっそりとした顔を見せた。
「気持ちわりぃこと言うんじゃねぇよ。話を誤魔化すな。おめぇ、イルカのこと何とも思っていないって言ってやがるが、実際のところはどうなんだ?」
アスマの問いに、待機所にいた上忍たちの気がこちらへ向いたのを感じた。
ふーむ、どうしてそこまでオレとイルカ先生の仲を気にしてるんだろーねぇ。
疑問は尽きないが、隠す必要もないかと素直に口を開いた。
「実際も何も、オレにとってイルカ先生は忍犬に近いーね」
オレの言葉にアスマは絶句し、周囲は微妙な空気を醸し出す。あれ、てっきり爆笑がわき起こるかと思ったのにねぇ。
アスマは額に手を当て何事かを悩んでいる素振りを見せたが、やがてこちらに視線を向けた。ん? 何なのさ。
「……男女の感情は持っていないと思っていいのか?」
うんうんとそこかしこで頷く気配を感じながら、またそれかと少々疲れを覚える。
「だーかーらー。何度も言ってるけど、イルカ先生を女として見たことなんて一度もないから。オレにとっちゃ、忍犬。尻尾振ってこちらに駆け寄る可愛い可愛い癒し系わんこなわけ。愛犬家でもあるオレが、犬に欲情するとでも思ってんの?」
そこまで変態じゃなーいよと、きっぱり言い放てば、アスマは渋りながらもどうにか納得したのか、最後は「そうか」と黙り込んだ。
周りの上忍たちもどこかほっとした気配を漂わせ、オレから視線を外し元の雑談へ戻っていった。
何度もここで経験した上忍たちの態度に何だかなぁとぼやきつつ、オレは読みかけのイチャパラへ視線を戻した。
あのとき言った言葉に嘘偽りはない。
本気でそう思い、信じていたし、イルカ先生とはいい友人という関係でずっと付き合っていきたかった。
それなのに。
目の前には痛みで涙をこぼし、瞳をきつく閉じて顔を背けるイルカ先生がいる。
誰の侵入も許したことがない秘部へ自身を突き立てながら、オレは歯を食いしばるその唇へ何度も口づけを送っていた。
荒い息を吐き、興奮に冒された頭の片隅で少し思う。
一体、何がきっかけだったのだろうか、と。
時は遡ること、数時間前。
毎年恒例で行われている上忍中忍の合同懇親会にオレは参加していた。
今年上忍師となった、腐れ縁たちと席が同じとなり、適当に飲み食いをしては、他愛ない話をしていた。
今宵は、長期任務で帰ってきた昔馴染みの女と夜を過ごす予定だった。
気心知れた仲で、お互いのいいところも悪いところも全部知っている。快楽を得ることに積極的で、他の女たちとは違ってオレとどうこうなりたいなど決して思わないさばさばした女だった。
女も里にいる友人と飲みに出るというので、もしお互いにその気になればここで落ち合おうと、
時間と場所を決めて別れた。
気の置けない同僚と話しつつ、時間が過ぎるのを待っていると、そこへイルカ先生がやってきた。
顔を真っ赤にし、満面の笑みで挨拶に来たイルカ先生は、すでに酔っぱらっていた。懇親会の者たちに酌をした返礼にたんまり飲んだのだろう。
ふらふらと怪しい足付きでこちらへ来たかと思うと、深々と畳に額をつけ、イルカ先生は笑顔でその場にいるオレたちへ酌をしてきた。
足ばかりか手もおぼつかなくて、見かねたアスマと紅がここにいろとイルカ先生を座らせた。
水をもらってくると席を立った紅の隣にいたのはオレで、イルカ先生はお気遣いなくと紅を追いかけようとして、オレを見つけて笑った。
「どうもかかしせんせ、お近づきの印に一献」
奪われたビール瓶の代わりに手に持ったのは卓にあった醤油差しで、
ずずいっと両手で突き出すそれに思わず笑った。
「イルカ先生、酔い過ぎでしょー! 酌はいいから、おとなしくお水待ってなさい」
醤油差しを奪い、中腰の体を支え隣に座らせてやる。真向かいにいたアスマが顔を曇らせていたが、あえて無視をした。これくらいの接触は友人同士では当たり前でしょーに。
しばしイルカ先生を交えて元生徒たちの話をしていると、
隣のガイがイルカ先生へ激辛たこわさを食うかと勧めてきた。
イルカ先生の保護者であるアスマがそれを阻止するやりとりを見ながら、
ふとイルカ先生に視線を向ければ、イルカ先生はじっとオレを見つめていることに気が付いた。
酒精のせいで上気した頬と、少し潤んだ瞳を向け、オレを見つめ優しく微笑んでいる。
瞬間覚えた欲に息を飲んだ。
一瞬とはいえ、そういう目で見た自分がやけに疚しく感じて、オレはトイレへ行くと席を立った。
友人でありたいと願った人へ、異性を感じたことに動揺した。
酒に酔ったせいだと決めつけ、しばらくトイレで時間を潰し、気持ちを落ち着かせた。
酔いもさめ、もう大丈夫だろうと宴の席へと戻る途中。
宴会場の広間からほど近い廊下で、壁にもたれて目を閉じているイルカ先生を発見した。
壁にこすりつけている間にずれたのか、額宛は中途半端に脱げ、いつも整えられている髪は乱れていた。
ぴくりとも動かない瞼の際のまつげは思っていたより長く、目の下に陰影を作っている。
小さく開いた唇からこぼれ出るのは小さな寝息で、頬を赤く染めたまま無防備に眠る姿はまるで少女のようだった。
庇護欲をそそられる、無垢な存在。この人が笑ってくれれば、自分も幸せになれる。
そんなことを思ったのも確かだったが、そのときのオレが強烈に覚えたのは性欲だった。
無意識に生唾を飲み込んだ。
痺れた頭ではすでにイルカ先生を全裸に剥いているオレがいて、興奮してくる荒い息を静められずにいた。
唐突に発情するなんて初めてのことで、しばらくイルカ先生の横顔を見ていた。
そのとき、オレの耳が微かな音を捕らえた。
廊下を踏みしめる音。ほとんど足音を立てないそれは上忍のもので、注意深く聞けば、オレの同僚でもある腐れ縁のアスマと紅のものだった。
途端に覚えたのは焦燥感。
気付けばイルカ先生の腕を掴んで瞬身していた。
やってしまったと思いつつも、本心のオレはひどく浮かれ喜んでいた。
着いた先は隠れ家の一つ。
一人になりたい時に使う、誰も連れてきたことがない場所。
ベッドにイルカ先生を寝かせるなり、手は勝手に結界の印を組んだ。
頭は茹だっていて、まともなことが何も考えられないのに、結界を幾重にも張り巡らせる自分が
滑稽だった。
人避けに隠遁、気配消し、遮音、おまけに幻術。
特S任務時でもこれほど神経質に守りの結界を張ったことはないだろう。
全ての印を組み終えた後は、夢中で目の前の肢体へ手を伸ばした。
欲求が促すままに手を動かし、口づけた。
上忍である以上、いや、並の上忍よりはよっぽど自制も忍耐もあると自負していたのに、
そのときのオレはやりたい盛りの十代並だった。
焦るように衣服を脱ぎ捨て、イルカ先生の服をはぎ取った。
最中はずっと熱に浮かされたみたいだった。
狂ったように名を呼び、腕の中の体を抱きしめた。
ただただイルカ先生を求めて、腰を振る。
夜の業師と呼ばれた己とは思えないほどに、単純で技巧の一つもない性交は
初体験よりもひどい有様だった。
組敷いたイルカ先生の顔に、ばたばたとオレの汗が降り注いだ。バカみたいに興奮して、バカみたいに発汗する。
徹底的にコントロールされた体がまるで言うことを利かない。自分の状態が空恐ろしいと
思うと同時にひどく愉快だった。
ここまで肉欲に溺れたことはない。
慣れない体はこちらに痛みも伝えてくるのに、それもイイなんて初めてだった。
自分の腕の中にいる存在が、オレに初めて貫かれた存在が、オレにだけあられもない姿を晒している。
乱れた肢体を見たいとも思う。あのよく通る声が甘く掠れ、オレの名を呼ぶ音が聞きたい。吸い込まれそうなほどの黒い瞳でオレを見つめて欲しいとも思ったが、今はただイルカ先生の肉体にオレを刻みつけたかった。
「イルカ」
名を呼び、確認する。
酒で深く眠り込んだイルカ先生には破瓜の痛みぐらいしか感じないのか、ずっと眉を潜めて泣いていた。
その泣き顔にも欲情し、何度も何度もその体を求めた。
何度出してもすぐまた甦る。身も心も充足して、堪らない歓喜が突きあげた。永遠にこのまま
交じり合い続けたいと、本気でそう思った。
イルカ先生の体をようやく離すことができたのは明け方近かった。
オレの体液でべたべたに汚れていることに気付いて、湯を汲み
濡れタオルで清めた。そのときになってオレは散々イルカ先生の中で出したことを自覚した。
けれど、ほぼ一晩中挑んでいたオレは、前日の任務の疲労もあり、
イルカ先生と自分の体を拭くことが精一杯で、体力は尽きようとしていた。
仮にもくノ一。少々のことは己で何とかするだろうと結論づけたそのときのオレに、他意はあったのか、なかったのか。
オレは深く考えることもなく、涙で目の下が赤くなったイルカ先生を抱きしめ眠りについた。
眠りに落ちる間際、こうなったからには、もう友人関係ではいられないと思いながら、今度は快楽に染まる顔を見たいと暢気にも考えていた。
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……カカシ先生じゃなかったら犯罪だと思います。(カカシ先生でも犯罪か…orz)
思っていたより、書くとアカンな事柄になってしまった……。
公然の秘密 5