「おぬしには前線へ行ってもらう」
思い通りにいかない日々にむしゃくしゃしながら、
三代目の呼び出しに応じてみれば、容赦のない言葉が突きつけられた。
突然の前線送りは、三代目の私情がふんだんに詰め込まれた悪意以外の何物でもない。
微動だにせずこちらを射る目は、聡明なる里長とは思えぬ怒りに満ちたもので、オレは唇を引き上げ、恭しく拝命してやった。
「……御意」
前日に三代目と本気でやりやったせいで少々疲労はあるが、この程度ならば死ぬことはないだろう。
渡された任務書に目を通し、その場で燃やした。
すぐ出立との命令に執務室を後にしようとすれば、出る直前、声を掛けられた。
「カカシよ。言いつけた任務を全て遂行した暁には、全てを話してやる。せいぜい頑張るんじゃな」
突き放すような、わずかに激励するような口振りが不思議だった。
振り返ってみたが、三代目はすでに背を向けており、結局真意は分からず仕舞だった。
「先輩、今月で五度目ですよね。もしかして出戻りですか?」
やはり先輩に子守は無理ですよねと、微妙に失礼なことを言ってのける猫面の背中を思い切り蹴飛ばした。
なにするんですかと、文句を言ってきたが、素知らぬ振りをして前を駆ける。
ぶつくさと文句を言う後輩に、無駄口叩かず急ぐよと激励の言葉を掛けてやれば、渋々口を閉じ、後ろについてきた。
尊敬されているのは確かだが、時々バカにされている気分にさせられる後輩こと、テンゾウの言葉を思い返しため息をはいた。
三代目の私情じみた前線送りから辛くも帰ってくれば、次は懐かしい古巣の仲間との任務に駆り出された。一度や二度ならばまだしも、テンゾウの言う通り五度目ともなればこのまま暗部に戻れという三代目の意志と思われても仕方ない。が。
「正規服で挑んでるんだから、それはないでしょーねぇ」
暗部服を身にまとった三名をつれ、オレ一人正規服でことに当たっている。
上忍と暗部三名のフォーマンセル。
ないことはないが、それでも滅多にあることではない編成。それが五度も続くならば、そこになんらかの意図があるはずだ。
今宵の任務を無事達成すれば、三代目の怒りは収まるらしい。しかし、ビンゴブックに載る忍び二名が守る、表向き薬問屋、裏では麻薬を売りさばく裏の元締めの首を取るばかりでなく、その組織を潰してこいというのはいささか意地悪過ぎやしないだろうか。
ま、任務だからやりますけーどね。
本日、大体的な酒宴を催すという情報を聞きつけ、これから乗り込んでやろうという腹だ。
一体何人いるんだかと、血塗れになることは避けられないそれに少し憂鬱になった。けれど、本当に憂鬱なのは。
ここ数ヶ月、顔すら見れないってどういうことよ。
思わず重いため息を吐いてしまう。
友人と思っていたら、勝手に欲情してしまうほどの異性に変わっていたイルカ先生。
一度手をつけた体は信じられないほど後に引くもので、過去にないほどオレはイルカ先生に執着心を持ってしまっていた。
目覚めて直ぐに口説いてみたものの、イルカ先生はちっともオレに靡いてくれない。そんなことも初めての経験でますます執着は募る一方だっていうのに。
はぁと、最近癖になったため息を吐きながら、すれ違う現状に憂いた。
だいたい三代目の私的な鬱憤晴らし任務が過密過ぎるのだ。任務に同行する仲間も
三代目と手を組んでいるみたいで、寄り道をするなと言われていますと執務室へ直行。
そして、休む暇もなくその場で7班の任務を受け取るか、別口の任務を受け取り、
そこからすぐに新しい仲間と里外へ出立する毎日だ。
そういえば里で飯食ったのはいつだったけと、7班の任務時以外はほぼ里外という、
我ながら悲しい食生活振りを送っている。
そーいやー、イルカ先生が金欠過ぎるから次回は7班も呼んで家で食べましょうと言ってくれてたのにな。あんなことがあってお流れになったのは勿体なかったなぁ。
つらつらとよくイルカ先生と飲みに行っていた時のことを思い返していると、背後から声が掛かった。
「先輩、いかがされますか?」
目的地はすでに目と鼻の先だ。このままのスピードで行けば、2分程度で到着するだろう。
今宵は煌々と照らす満月の夜。隠密も糞もあったもんじゃない。
一応、下調べしてくれた受付の情報では、あそこにいるのは全て関係者。無関係な人間がいても、すでに薬漬けにされた人の慣れ果てしかいない。
だったら、取る手は一つだ。そして、その手に相応しい仲間を選んだつもりだ。
「鳥、一発でっかいのをぶち込め。それと同時に侵入。全て抹殺しろ」
応と静かに答える後輩たちから、にわかに興奮した気配を感じた。あぁ、やっぱりいいね。こういう時は、躊躇いが全くない古巣の空気はひどく好ましい。
ただ一人、空気が全く読めないダメ人間のテンゾウは「鬱憤晴らしですか?」と小さくため息を吐いてきたので、正解のご褒美に脇腹を蹴ってやった。
林を抜け、眼前に広大な庭と、その真ん中に聳え立つ屋敷が現れる。
鳥が印を組み術を発動する。
屋敷の屋根が丸ごと爆発し、瓦解する中、背にした刀を抜き取り、突っ込んだ。
******
「まさかクリアしちまうとはな。伊達に写輪眼カカシじゃねぇってことか」
やさぐれた空気を垂れ流しながら、アスマが突っかかるようにこちらに言葉を向けた。なーんだかねぇ。
執務室へ向けていた足を止め、振り返れば、アスマは壁にもたれ煙草をくゆらせていた。
「何なのよー。死ぬ思いで帰ってきた同僚に労りのお言葉はないわーけ?」
さすがにビンゴブックに載る忍びが二人いて無傷ではいられなかった。それでも気の合う後輩たちの後方支援もあり、かすり傷程度に抑えられたのだけれども。
肩を竦めれば、アスマはチッと舌打ちで返す。もう何かね、このヒステリー熊さんは。
用がないなら行くよと気配に滲ませれば、アスマは苛ただしげに吐き捨てた。
「オメェ、知らねぇだろ。イルカの奴な、妊娠した。シングルマザーになるって息巻いてんだよ」
アスマの言葉がすぐには頭に入ってこなかった。
妊娠? シングルマザー?
「は?」
ようやく出たのは聞き返す言葉で、アスマは小刻みに体を揺すらせ言葉を続ける。
「あいつのことだ。本当に一人で育てるだろうよ。父親には知らせず、たった一人でな……!!」
苦虫を噛み潰した顔で吼えたアスマを見て、オレは頭が真っ白になった。
冗談だろう? 嘘だろう? 妊娠した? 誰が? イルカ先生が? 誰の子? もしかして……。
「オレ?」
無意識で呟いた言葉に、アスマは弾けるように体を翻し、オレの胸倉を掴んできた。
「不用意に口に出すんじゃねェ!! 誰の子か、イルカは絶対口を割らねぇ。それが答えだ!! オメェはお呼びじゃねぇんだよ。遊びで手を出したオメェはな……!!」
剣呑な気を込められた声は、小さいくせに物騒だった。
呆けたオレから見切りをつけるように、アスマは胸倉から手を離し、大きく舌打ちすると背を向けた。
「孕み女なんぞに、もう用はねぇだろ。イルカに二度と近付くな」
そのまま去っていくアスマの後ろ姿を呆然と見ていた。頭の中は混乱していて、考えがまとまらない。
アスマの言葉は本当なのか。オレを担ぎたいだけじゃないのか。
取り留めもない言葉が脳裏に流れる中、オレが一つ、明確に思ったのは、イルカ先生に会いたいということだった。
昼休みが過ぎ、今は午後の授業の最中だろうか。
イルカ先生に会うために足を踏み出した直後、周囲を囲うように影が降りてきた。
「先輩。まずは火影さまへご報告を」
進言する鳥に、苛立ちを覚えた。引かなかったらどうするつもりだと半ば喧嘩腰に身を乗り出せば、テンゾウが背後からため息を吐いた。
「先輩。その茹だった頭では気付けることも気付けませんよ。それより、確かな方から情報を得て、頭を冷やしてはいかがですか?」
その言葉に、張りつめていた体の緊張を解いた。それと同時に周囲の気配も和らぐ。
テンゾウの言葉は一理ある。イルカ先生に対して過剰なまでの気持ちを傾ける糞狸ならば、イルカ先生の情報を知り尽くしているに違いない。
「執務室へ行くよ。心配しなくてもだいじょーぶ」
囲いを抜け、こちらを見つめる後輩たちへ後ろ手で手を振ってやった。
執務室へ入るまでは安心できなかったのか、その場に止まる後輩たちの心配性に苦笑しながら、オレは執務室の扉を叩いた。
「入れ」
静かに入室を促す声に応えながら、オレは扉を開けた。
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短いですね。
アスマ兄ちゃん、ご立腹の巻。
次回、イルカ先生の特殊能力?のお話となります。……しょぼいので期待厳禁ですよ!!
公然の秘密 6