翠玉 2

がやがやと騒がしい喧噪と、独特な熱気。
ここは、懐寂しい中忍下忍に優しい、木の葉の大衆居酒屋”酒酒屋”だ。




マキの甘言に乗せられ、はたけカカシ上忍を飲みに誘うことが、あの日から私に課された大いなる使命となっていた。
だが、相手はマキを大興奮せしめた里の至宝といわれる忍。おいそれと近づくことはできないと、半ば途方にくれていたーー。



が、恋の女神は私をお見捨てではなかった…!!




千載一隅の機会が巡ってきたのは、ナルトたちが下忍試験に受かったときだ。
合格に沸くナルトたち三人の頭を撫で回し、時には嫌がるのを制して無理矢理抱きしめ、目一杯おめでとうを言った後、合格祝いをくれというナルトの声に、しゃーない、めでたい席だ。ここは奢ってやると、一楽に後ほど集合と約束を取り付けた後のこと。
仲良く三人で帰る後ろ姿が、一回り大きく見えて、思わず鼻をすすっていれば、突然、声をかけられた。
「こんにちは」
「――こ、こんにちは!」
鼻水ばかりか涙まで出そうになる目元を乱暴に擦り、振り向いた先に、その人はいた。
目立つ銀髪に、顔のすべてを覆い隠しているひょろ長い男性。どこかぼーとしている印象を受けるその人こそが、はたけカカシ上忍だった。




「ずっといたんですけど、気づきませんでしたか?」
名前と共にそう話しかけられ、ぺこぺこと頭を下げたのは、まだ記憶に新しい。
毎年恒例の、けれども上忍師は来てくれる方が珍しく、裏題『中忍なめんなよ、先生だって人間だ!』無礼講会、もとい、教師懇親会を出汁に、まずは小手調べと誘いをかければ、はたけカカシ上忍は穏やかに頷いてくれた。
「いいですね。子供は初めて受け持つので、イルカ先生のような方とお話できる機会があると助かります」
見た目の怪しさからは想像できないほどの好感が持てる態度に、正直、身が震えるほど感動した。
はたけカカシ上忍、あんた、ええ人や………ッッ!!




元生徒の話も聞きたいけれど、ガイ先生とがっつりお話して、あわよくば今度は二人きりでvと欲にまみれた自分が恥ずかしくなる。
名が売れているとはいえ、左目隠して、鼻、口隠して、いっつも持ち歩いているのは18禁本ってどういう変態やねんと、話す前まで密かに思っていたことが覆された。
里が誇る忍びは、伊達じゃなかったんだね、じいちゃん。と、木の葉の上忍の質の高さに今更ながらに感服した。




『いつ頃になりそうですか? できれば、この日が都合がいいんですが』と、参加に意欲的な態度にただただ感激している間に、はたけ上忍があれよあれよという間に日程を決めてくれた。
「場所は酒酒屋にしましょうか。じゃ、楽しみにしてます」
と、大衆居酒屋を指定してくれた優しい心遣いと、去り際に見せた片目しか見えない笑顔は、五月晴れに吹き抜ける、一陣の風のような爽やかさを運んでくれた。
すげー、あんたすげーよ、はたけカカシ…!!




翌日、私の朗報に、アカデミーは驚喜乱舞した。
もはやそこには『中忍なめんな~』無礼講会はなく、『はたけカカシ上忍を囲む』会として、ぜひとも成功させようと職員一丸となって準備を進めてきた。
参加率60%そこそこだった無礼講会だったが、このときばかりは120%越えを記録した。
職員人数決まってるのに、残り20%は何なのか。それは、OB、OGのみなさんだ。
アカデミーを去った古株の先生方まで、どこから情報を聞きつけたのか、参加希望を申し出てきたのだった。
火影さまの膝元であるアカデミー情報は機密情報扱いとなっているのにも関わらず…。
引退しても、情報が掴める位置にまだいたのですねと、現役職員一同、ちょっと肝を冷やした一瞬だった。




まぁ、そんなこんなで、本日が待望の教師懇親会。
お目当てのはたけ上忍と、面白がって参加してくれた今年の上忍師の先生方を上座に据え置き、表題『懇親会』、裏題『はたけカカシ上忍の隣争奪戦』が今、始まろうとしていた。
始まりの挨拶を終えた瞬間、戦は始まる。
嵐の前の静けさか。
宴会場に似つかわしくない静寂があたりを満たしていた。
生徒たちの元担任というシード権を行使し、私はおそれ多くも上忍師の方々、はたけカカシ上忍の隣を陣取っている。
本当ならば主役ともいえるはたけ上忍は最上座へ座っていただく予定だったのだが、『上忍師としては新米ですので』と控えめに固辞し、上忍師の方々の中での末席の位置となった。
はたけ上忍のその言葉を聞いた瞬間、教職員一同、感動のあまり膝から崩れ落ちそうになってしまった。
今やはたけ上忍は、アカデミー職員一同の、尊敬と憧れと、かっこいい! クール! 最高ーッ、私(俺)を抱いて、朝まで離さないで候補ナンバーワンなわけだ。




そんなわけで、私の席を鵜の目鷹の目で狙っている輩はこの会場の大半を占める。
さきほどからやけに攻撃的な眼差しが突き刺さってくるが、それが私の追い風になるとは、きゃつらは思いもよるまい。



――私が目指すは、その奥…!
最上座の(しかも何故か、通称誕生日席、上座を背にして真正面に座る)ガイ先生に他ならないっ。




「イルカ先生、緊張されているんですか?」
隣のはたけ上忍に小声で囁かれ、武者震いしている己を発見する。
「そ、そのようです。なかなか上忍師の方々とお酒の席をご一緒できる機会はないですから」
憧れのガイ先生と飲めるなんてっっ。ってか、うまくいけば二人きりで差しつ差されつ、嬉し恥ずかしお酌し合いv これに燃えないでいられるか、いいや、否!! 私は今、これ以上なく燃えているッッ。
にっこりとよそ行き顔で笑う下、これからのビジョンに花が咲く。




それを知らぬはたけ上忍は見える目を細ませ、静かな場に考慮し、そっと私の耳に囁いた。
「これを機にまたご一緒させてください。イルカ先生とはもっとお話したいです」
ひたりとこちらを見つめる視線は、男前のそれだ。
かーっ。心憎いね、このアカデミー期待の超大星ッ! 人心掴むポイント押さえてやがるなっ。
にっこり笑うはたけ上忍に、こちらもにっこりと笑い「光栄です」と返した。目下にも心遣いを忘れぬこの度量っ。私の生徒たちにもぜひ見習って欲しいものだ。
ナルトたちはいい先生の下についたもんだと、その幸運を噛みしめていると、本日の司会進行役がおもむろに席を立った。




――来た。
緊張が走り抜け、息を殺す一瞬。
畳をそろそろと歩き、上座の少し外れた位置に立ち、真直角に一礼する。
本日のこの大役を任された、アカデミーの主任が咳払いと共に口上を述べた。
「えー、本日の教師懇親会を大体的に設けることができたのは、ひとえに参加してくださった上忍師の方々のご協力あってのことでございます。この場を借りて、教師一同厚くお礼を申し上げます。本日は上忍師の方々のー」




若干緊張した面もちで主任の挨拶は滞りなく進んでいく。
いい人なんだけど話が長いのが傷ともっぱら評判の主任だが、このときばかりは周りの殺気じみたプレッシャーに煽られ、アカデミー始まって以来、最短の挨拶となった。
「そ、それでは、乾杯の音頭をガイ先生、よろしくお願いします」
ガイ先生に振り、見事大役を果たした主任の顔には滝のような汗が流れていた。
ガイ先生はうむと一つ頷くと、ビールがなみなみと注がれたコップを高く持ち上げる。
「教師諸君ッ! 同じ教育者同士、大いに語り、泣こうではないかッ! 明日の木の葉の若人らに乾杯ッッ」
『乾杯ッッ』
ガイ先生の音頭に、怒号が響き渡った直後、気配が動く。
よっし、このまま私の席をかっさらうがいい! そうして弾き出された私は、奥へと突き進むッ。
名付けて、はたけ上忍のお相手できなかったけど、ガイ先生と飲めて幸せです作戦!
はたけ上忍の元から無礼なく場所移動できるばかりか、上座に近いこの場所から、ノーマークのガイ先生の元へ直行できる…! あぁ、これもはたけ上忍のおかげ…v




鬼気迫る気配を肌で感じつつも、隣のはたけ上忍へ笑顔をふりまく。このお礼は必ずしますからv 私の恋のキューピッド様っっvv
今や、私の中でのはたけ上忍は後光が差す存在へと昇格している。
どんな手でこの席を奪うか知らないが、妙齢の女性たちが悪鬼の形相を見せていることからして、手段は選んでこないだろう。その後に虎視眈々と目を光らせる男どもも油断ならない。
毒物は中忍並に耐性はついてあるが、媚薬系統は正直心許ない。




「はい、イルカ先生どうぞ」
悶々と今後の対策と傾向を考えていたところに、横からビール瓶と共に声がかかった。まずい。中間管理職の中忍たるもの、周囲に気を使うことを怠るなどっっ。
すいませんと振り返った先に、思わぬものを目にして固まった。
「? 先生、どうぞ。ほら、コップはこっち」
固まった私の手を掴み、コップにビールを注ぐ、はたけ上忍。そこには覆面をずらし、ずっと謎とされてきた素顔を晒した、その人がいた。
「どーしたの、先生。口、ずっと開きっぱなしですよ」
物入れたくなっちゃうと、軽口を叩いてきたはたけ上忍の声に我に返り、おそるおそる聞いてみる。
「あ、あの、見せてもいいんですか……?」
もしかして私この後記憶消されちゃう? と、新たに出てきた大問題に、顔を引きつらせていれば、はたけ上忍は気さくな笑みを見せた。
「どうやって食事しろっていうんですか? 忍の嗜みとして覆面してますけど、普段は外してますよ」
案外息苦しいんですよと、続けた言葉に、はぁと頷くしかできない私は中間管理職者として失格だ。




それにしてもと、私ははたけ上忍の素顔に見入る。
マキがかっこいいかっこいいと黄色い声を上げただけのことはある。
銀髪の髪に、長いまつげ、白磁のようなきめ細かい肌に、整った鼻筋、薄い唇に、少しお茶目な感じの垂れた瞳。
どこからどう見ても、はたけカカシ上忍は美丈夫、いや、まるで白百合のような儚さの中に芯のある美しさを持つ美貌の持ち主だった。
あまり見すぎていたためか、首を傾げる素振りを見せるはたけ上忍に、私は慌てて口を開く。
「あ、す、すいません。はたけ上忍の顔ってどういう風なのかなってアカデミーで度々話題に上がっていたんです。かっこいいていう意見が大半だったんですけど、こう、なんというか、こうも美人さんだとは思わなかったので」
下手したら女性よりも美しいそれに思わず照れてしまい、鼻の傷を掻く。はたけ上忍は少し驚いた顔をした後、にっこりと笑った。
「イルカ先生はかわいいですよ」
お世辞はさておき、その笑顔の美しいこと!
今年の上忍師の先生の紅一点、紅先生と張れるその笑みに、感心しきりだ。
はたけ上忍が女性だったら、その笑みだけで男はイチコロだろうな。いやいや、そのままでもうちの同僚どもはノックアウト間違いなしだろう。




ふむふむと一人頷いていれば、戸惑う気配がした。いけない、いけない。接待、接待。
「すいません、私ばかり、注いでいただいて。はたけ上忍もどうぞ」
ビールを傾ける私に、はたけ上忍は「ごめんなさい」と私の手を押さえる。そして、苦笑いを浮かべた。
「実は、お酒得意じゃなくて、もっぱらこっちなんですよ」
脇から取り出したのは、湯気の立つお茶だ。
驚く私を前に、はたけ上忍はお茶を啜りながら、緩やかに笑った。
「じじ臭いって言われるんですけど、止められなくて」
「乾杯の後はずっとこれで通しているんです」とはにかむはたけ上忍は、可愛らしく見えた。
「イルカ先生はお酒好きでショ? 構わずぐっと飲んでくださいよ」
ぼけっと見ている私からビールを取り、どうぞどうぞと勧められる。その勧めに誘われるがまま、ぐびぐびと飲んでいたら、すっかり気持ちが良くなった。
あ~~、男が美人の酌がほしいって言う気持ちが、今、分かった気がしたー。
一口飲んで、チラリと横を見れば、にっこりと笑う美人顔。
あーー、眼福ー。




こちらもにへらと笑って、酒のお酌が駄目なら、食べ物をよそうことにする。
オードブルの鳥の唐揚げを抓もうとして、箸から逃げた。それが異様におかしくて吹き出してしまう。
「ぷーっ、生きがいいですね、この唐揚げッ」
酔いも手伝って、思わず飛び出た親父ギャグに、はたけ上忍は「本当ですね」と一緒に笑ってくれた。
…マキだったらスルーするところなのに……! はたけ上忍、いい人…!!
きゅんと胸が鳴った気がする。
何だと己の胸に手を当て、自問するが、それ以降、特に変わった音はしない。
気のせいかと首を傾げていれば、オードブルが綺麗に盛られたお皿を目の前に差しだされた。
「先生があまりにも可愛いから、こいつら逃げたんですって。…本当は食べられたくて仕方ないのに、恥ずかしがり屋さんだーね」
そっと耳打ちされた言葉の、何と優しいことッ。わざわざ親父ギャグに付き合ってくれるか、乗ってくれるなんて……!!
きゅきゅーんと、再び鳴る音。
あぁ、もういいや。音の詮索なんて後回しだ。



はたけ上忍に盛られたオードブルたちはどれもが私の好物だった。
大嫌いな混ぜご飯もテーブルの上に山盛りになって鎮座しているのに、それは避けて、おにぎりを選んでくれるところが心憎い。
飯はやっぱり白米でしょッ。
どうぞと促してくれる手に甘えて、おにぎりをほおばる。
美味しいと笑えば、はたけ上忍はお弁当ついていると、唇を寄せて鼻傷あたりを舐めてきた。
あれ?と思わないでもなかったが、顔を戻したはたけ上忍は不思議なことなど何一つないという顔をしていたので、そういう家庭環境に育ったのだろうかと、無理やり納得させた。
「イルカ先生は、本当にかわいいね。食べちゃいたいくらい」
お世辞を言ってくれるはたけ上忍に、私もにっこりと笑った。
「ありがとうございます。はたけ上忍は何か嫌いなものありますか? 私、よそいますよ」
よっこらしょと体を前のめりにして、左手にお皿を持ち、右手の箸で得物を狙う。
ちょっと手が覚束ないが、そんなことに負けてはいられない。ぜひともはたけ上忍の好物を盛り、喜んでもらわなければ…!!
まずは一番豪華な天ぷらを目指して、箸を進めていれば、はたけ上忍はやんわりと私の手を掴み、首を振った。
「俺はいいんですよ。イルカ先生と一緒の皿の物を食べたいから」
もしかしてそれは、自分の食べ物はほぼあなたにあげるから、他の人たちのために料理を残しておきましょうという心意気ですか?!
ズガーンと頭を殴られた衝撃と、またもやきゅきゅきゅーんと音が鳴る。




「イルカ―。お前、人の分まで取るなよな?!」「つぅか、そのタッパ持参は止めろッッ」と宴会の度に罵られた私にとって、はたけ上忍の懐の深さは衝撃的だった。
参った…。乾杯だ。いや、完敗だ……。
何に勝負していたか、自分自身でも分からないが、はたけ上忍は見事に人としての何たるかを見せ、実践してくれた……。




ギュンと心臓が甘酸っぱく震える。
ついでに何だか、目眩もしてきた。
胸元を押さえ、俯く。何だろう、これ。これって、もしかして……。
「…先生、大丈夫? 先生? え、もしかして……!!」
はたけ上忍の声が耳元に落ちる。
少し焦ったような声を出す、はたけ上忍に大丈夫だと言おうとして、顔をあげた瞬間、それは唐突にやってきた。




「だいじょ…ヴッッ」


「あ」



私の声と、はたけ上忍の声は同時だった。




………何というか。
ものすごい匂いやら、飛び散ったものやら、吐きかけた人に言う言葉なんてないというか、もし私がやられた日にはぶち殺すっていうくらいのことをやらかしてしまっていた。




その悲鳴さえあげたくなる大失態に、私はフォローできず、そのまま撃沈していた。








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私が書く女イルカ先生って、こんなのばっかですね……。ごめんなさい、先生。
そして、カカシ先生もなんだか変態チック…orz
気を悪くされた方いましたら、申し訳ありません………。謝るしかない…。