幕間 2
雨が降る。
乾ききった砂地に、振り注ぐ長雨。
干からびた地は水を止め、徐々にその有様を変えていく。
砂から土へと。
土から大地へと。
若い苗木たちは注がれる雨を貪欲に吸い込み、大地に根を張る。
深く、強く、大地と絆を結びあうように。
そのときの衝動は何と言えばよいのか。
守るべきそれらを引き千切りたいとは…。
いつ止むとも知れぬ、雨に晒されながら、編み傘を被った翁が言葉をかけた。
「己と重なり合わせるか…?」
それに答える言葉は持っていない。
己に与えられた任務は、為すことだけ。
黙るオレに、翁は笑った。
「良くも悪くも、人はどうして縛られるのじゃろうな。お主は過去の里に縛られ、わしは今の里に、そしてあの子は……」
言葉を止めた翁にその先を促した。
翁は皺だらけの顔を若干緩ませ、パイプを噛みしめる。
「気になるか…」
答えぬオレに構わず、翁は静かに語り出す。
女の過去を、状況を、取り巻く遺恨の影を。
そして、女自身を――。
幸せな子供時代。
それを九尾によって破壊され、一人で生きてきた女。
ありきたりな過去。
この時代を生きた者ならば、誰もが味わった苦難といえた。
たった一つ、女が他者と違うことは、九尾を封印した子供を慈しんだことだけ。
たった一人、彼女だけが胸に抱きとめ、子供に温もりを与えた。
周りの悪意からその体を盾にし、彼女だけが子供を守り、愛した。
親や友人たち、身近な者たちの仇である、九尾を宿した子供を――。
翁の言葉を聞き、己の身の内で囁く声は何を言っているのだろう。
羨望? 偽善? 欺瞞? 保身? 欲望? 愛情? 憎悪? 嫉妬?
どの言葉も当てはまらない。けれど、どれもが当てはまる。
この齟齬はどこから来ている。
この矛盾は何から生まれた。
彼女の目は何に注がれている。
彼女は何を求めているのだ。
深層に潜りかけたオレを、翁の声が引き戻す。
「のぅ、カカシや。わしは木の葉の里の皆が全部、家族だと思うておる。勿論、お主も、そしてあの子もな。――じゃが、ふと考える時がある」
柔らかく落ちる雨音は、周りの音を吸収し、静けさを作りだす。
翁の声だけが響く場で、オレは立ち尽くし耳を澄ます。
翁は言う。
聡明な光を宿した眼を曇らせ、里を照らす者としての冷徹な光を潜ませ、翁は言葉を紡ぐ。
「―わしの選んだ道は間違ってはおらなんだか。わしの願いは、里に悪意を齎すものでしかならんのではないか、とな」
苦く聞こえたその言葉。
ふと顔を上げれば、翁は泣きそうな顔で笑っていた。
問いたい言葉が不意に胸の内に現れる。
口を開く。けれど、言いたかった言葉は、音を消す雨の中に溶けてしまった。
「――不幸か幸か、わしはその結末を見届けることはできんじゃろうて……。カカシや、老い耄れた爺の戯言だと、笑って切り捨ててくれても構わん。じゃが―」
目を細め、こちらを見詰める瞳から目が離せなかった。
ここいにいるのは、里の偉大なる統率者。
わが身に代えても守るべき、稀有なる存在。
けれど……。
「あの子を見守ってくれと言うのは……、虫のいい話か?」
編み傘に顔を沈め、小さく零したその言葉は、孫を思い遣る一人の翁としか思えなかった。
雨が降る。
音もなく、静かに積もるように、雨は大地を濡らし、人を濡らし、里を覆う。
左目が小さく疼いた。
雨雲から、一瞬、空が広がり、光が差したせいかもしれない。
そっと左目を覆い、空を見上げた。
厚く覆われていた雲は、徐々にその厚みを薄くさせ、切れ切れに流れていく。
胸の内に残る名を囁いた。
「……もう少し、こっちにいてもいいか?」
晴れ渡っていく空からは、何も答えは返ってこない。
けれど、押さえた手の下で、あいつの瞳は泣いていた。
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次回も引き続き、カカシ先生視点で話を進める予定です。…笑い要素がない…。