幕間 5
彼女が泣いた。
彼女が笑った。
彼女は色々な顔を見せる。
時には怒って、時には拗ねて、時々意地悪げな顔をして、他人をからかう。
けれど、不意に。
彼女は凪の顔を見せる。
今まで笑っていたのが嘘のように、泣いていたのが幻のように、彼女の感情は沈黙する。
彼女は二つの時を生きている。
凪の彼女には、まだ遠い。
だが、今の彼女の心の声を聞くことができた。
熱に浮かされた彼女は、いつもより素直で大人しい。
勝気で豪胆な顔を潜め、寂しいと躊躇いもなく手を伸ばす。
一人でいるのは辛いのだと、取り繕うこともなく真っすぐに視線を向け、そっと心に寄り添う。
寂しがり屋で臆病で、弱い癖に、奥深いところを抱きしめてくる。
普段は繊細さの欠片も見せない癖に、息を吸うより簡単に入り込み、何も言わずに赦してくれる。
「生きなよ」
眠りにつく彼女が最後に紡いだ言葉。
オレのことなど何一つ分かっていない。
オレの苦悩も、後悔も、犯してきた罪業も、彼女は何一つ知らない。
けれど、彼女のその言葉一つで、体内の血に温もりを感じるのはどうしてなのか。
二度と流すことはないと思っていた、己の瞳に沸き上がる熱い雫は、何を指しているのか。
零れ落ちる雫を拭い、眠る彼女を見詰める。
小さく呼吸を繰り返し、安らかな眠りの中にいる彼女。
どうして、彼女のような者がいるのか。
問いは口から零れることはなく、胸の奥に解けていく。
彼女の温もりを間近に感じたくて、初めて自分のそれを重ねた。
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