「元来、女性は防衛本能が強いと言う」
眠り込んだ彼女を自宅に送り届けた足で、翁の元へと向かった。
件の話を伝えた後、翁は手に持っていた煙管を口にくわえ、煙を吐き出しつつ、そう切り出した。
面食らうことはない。
話す意思がないならば、「去れ」と一言言えばいい。翁はそれだけの力と権利を有している。
後に続く話は彼女に続くのだろうと、予測した。
翁は語る。
「その身に命を宿す性、故か。それは訓練されたくのいちであろうと例外はない。個人差は多少あろうがの。ただ、あやつは違う」
笠に隠れた目が、瞬間覗く。
口を閉ざしている俺を一瞥し、翁は目を細めた。
「あやつは、防衛本能を持たん。目の前に自分を害する輩がおったとしても、命が危ぶまれても、あやつは受け入れることを拒まぬだろう」
翁の感情は読めない。
光の光源が乏しいせいかとも思う。
翁は淡々と語り、オレはその言葉に耳を傾ける。
「受付任務にあやつ以外の女性を入れぬのは、そいういう理由からじゃ。任務後、理性の切れ掛かった忍びは数多く存在する。そやつらを刺激することなく応対するには、身構えることを知らぬ者たちが必要となる。何があろうと、受け入れる者たちがの…」
言葉を止めた翁の口から煙が上る。
予想はしていた。だが、だからこそ。
「何故、外さないのです? 受付任務といい、慰安任務といい、彼女を危険にあえて晒そうとする理由は何ですか?」
まっすぐ向けた視線は、翁の笑みに受け止められる。
笠を上げ、翁は歯を見せて笑った。
「あやつが、大事か?」
一瞬、言葉を失う。
誤魔化さないでもらいたいと返そうとして、翁はオレの言葉を押しとどめ、小さく笑った。
「わしが聞くことではなかった。すまぬ。そうじゃの…。あやつは難儀な子じゃ。危険と隣り合わせであることが、あやつにとっての救いとなっておる。こちらが無理に制限すれば、己で自身を傷つける。あやつにとって境界線を越えることは、さほど難しいことではない」
翁の言葉に、眉根が寄る。
彼女が受付任務を、慰安任務に就く理由を知り、奥歯を噛みしめた。
彼女の意志一つで、どちらの任務も自身の破滅を呼ぶ。
理性が剥がれかけた忍びに不用意な言葉を漏らせば、件の閨房術で限界以上の毒素を身に取り込めば、簡単に彼女は死んでしまうだろう。
だが、それが救いになるということはどういうことか。
考えても出ぬ答えに、眉間に力が入る。
翁はしばらく煙を吐くことに専念していたが、オレの答えが出口のないことを知ったのか、口を開いた。
「罰されたいんじゃよ。あやつは己を許せぬ。その気になれば死ねる位置にいることで、平静を保とうとする。望んではならぬ願いを持つが故に、あやつは己を罰し、その願いによってあやつは死ねぬ」
オレと同様に眉を潜ませ、翁は口端をあげた。
「難儀な、子じゃ」
翁の言葉に頷けなかった。
彼女の願いが朧気に見えているが故に、翁の言葉はひどく複雑だった。
里の長として、彼女を知る身近な者として、翁はどれほど迷い、悩み。そして、あえて答えを出そうとはせず、じっと耐えていたのだろうか。
「見守ってくれ」と告げた翁を思い出す。
今思えば、まるで、己には答えが出せないことを知っているかのようだ。
「……わしから話すことはもう無いじゃろう。カカシ、後はおぬしの気持ち次第じゃ」
静かに呟き、翁は里の指導者へと変わる。
編み笠を深く被り、背を向けた三代目へと一礼した。
『イルカを、頼む』
言外に告げられた言葉は、不穏な何かを感じた。
だが、そのときのオレは深く考えることもせず、切って捨てた。
結局、そのときの会話が、翁と彼女について語った、最後の機会となった。
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暗くなります……。ふぅ。
幕間 7