彼女が語る。
問いかけた子供に、彼女は静かに語った。
偉大な里長を亡くした痛みを表情に微かに滲ませ、彼女は木の葉に生きる者としての絆を語った。
その言葉はすべて、彼女自身に返るのだろう。
それは純粋過ぎて痛々しく感じるのと同時に、そう在ろうとする彼女の気高さでもある。
オレが見つめる先の彼女は、一度も振り返らず、頑なに前を見つめ、何かを消し去ろうとしていた。
******
「はたけ上忍」
聞き覚えのある声に振り向いた。
呼び止めたのは、彼女の受付の同僚だ。名はアサリと言っただろうか。
式が終わった後、子供たちの相手をしている間に、彼女の姿は消えていた。
彼女の家に行こうかと思ったものの、きな臭さの消えない里で、やらなければならないことはいくつもあった。
彼女の家に行くほどの時間は残されていないと、ため息をついた直後だった。
男は簡単に名乗った後、突然頭を下げた。
「差し出がましいこととは分かっていますが、イルカのこと、気を付けて見てやってください。お願いします!」
腰を折り、深く頭を下げる男に、面白くない感情が過る。
男はオレの感情を敏感に察したのか、「違います」と前置きをした後、顔を歪ませた。
「おれとイルカは単なる幼馴染の関係です。でも、おれにとってイルカは恩人で、そして監視対象なんです」
監視対象?
不穏な言葉に眉根を寄せれば、男は訳を話し始めた。
男は三代目から彼女のすべてを聞いていた。
彼女の闇を、願いを。
万が一のことを考えて、三代目は男に彼女を見張らせた。
身近な友人として、同僚として、幼馴染として、何か異変が起きた時、真っ先に三代目へと知らせるように、秘密裏に任を受けた、と。
男の話に、亡き三代目に悪感情が芽生えた。
迷いながらも万が一を考えた里長に、結局は彼女を信じ切れなかった翁に。
里長としての責務があることは重々承知しているが、翁には彼女を信じてもらいたかった。
そこまで考えて、勝手な言い分だと息を吐く。
それはオレの勝手な望みで、押し付けるようなものではない。
吐息をついたオレに、男は慌てて手を振ってきた。
「違います! これも、三代目の慈悲なんです。イルカに恩を感じているおれをつけることで、監視を甘くしたんです。おれの主観で判断していいと、三代目はそう言ってくれました」
男は視線を伏せ、弱弱しい声で言った。
「ずっと見てきたから、おれ、分かるんです。イルカの奴、三代目を亡くしたことで自棄になるって……。三代目が言ってたんです。もし自分が死ぬ時があれば、そのときはイルカも連れて行くって。イルカの奴、それを心待ちにしてる節があって。でも、実際は三代目は一人で逝ってしまわれて……」
男は言葉を切り、力なく笑った。
「あいつ、今、ぎりぎりのところにいます。マイト上忍と知り合って、見違えるほど前向きになったと思ったんですけど、やっぱり三代目の約束が大きかったみたいで、また殻に閉じこもろうとしている」
おれじゃ、駄目なんですと、男は悔しさが込められた息を吐いた。
しばらく黙っていた男は顔を上げて、「でも」と言葉を続ける。
「はたけ上忍は違います。おれや、マイト上忍でも無理なことが、はたけ上忍にはできます。はたけ上忍、気付いていますか? あいつ、あなたの前だけ肩の力を抜いているんです。警戒心が人一倍強い奴なのに、あなたの前だけ、自然体でいるんです」
男は笑う。
たぶん、あいつを引き止められるのは、あなただけだと思うと、男は清々しさを感じる笑みを浮かべて、言った。
何と言葉を返していいのか分からない。
男はオレの顔を見て、照れたように頭を掻くと、もう一度頭を深く下げた。
「ご不快にさせてしまったら、申し訳ありません。でも、どうしても伝えたかったんです。あいつにとって、今が正念場だから。これを逃したら、おれがあいつを殺さなければいけなくなると思うから」
息を飲む。
顔を上げた男は、歯を食いしばり、泣きそうな顔で俺を見ていた。
男の覚悟を知り、事の重大さをようやく思い知る。
それではと、踵を返した男を思わず呼び止める。
不思議そうな顔で振り返る男に何か言おうとして、掛ける言葉などないことに気付く。
気休めは言いたくない。
男の望みが、オレ自身が望んでいることと同じならば尚更。
彼女のことを本気で思っている男にできることがあるならば、それは今後のオレの行動そのものだ。
だから、オレは少し気になったことを口にする。
「恩ってのは、何?」
尋ねた問いに、男は少し目を広げ、驚きの表情を取った後、照れくさそうに笑った。
「おれ、昔はいじめられっ子だったんです。でも、ガキ大将で、元ガキ大将だったイルカに色々救われたんですよ」
今も頭上がりませんと屈託なく笑う男に、彼女から聞いた昔話を思い出す。
昔の彼女に繋がる男に感じたのは、羨ましさと、過去から現在へ確かに繋がる糸。
「そう」と頷いたオレに、男は失礼しますと頭を下げ去って行った。
男の背中を見送り、思う。
彼女に会わなければと。
そして、言おう。
オレの気持ちと、覚悟を、包み隠さずに。
そして、今度こそ彼女をこの手に掴む。
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幕間8