手を繋いで 1

浮かれていたことは認めよう。
だって、相手は、あのはたけカカシ。



ビンゴブックに載る木の葉きっての凄腕忍者。
里の誉れと名高い彼が率いるチームの平均任務成功率90%、生還率70%という驚異の数字を叩き出す。
多くの上忍が権力を笠に目下へ無体な真似を強いる中、上忍風を吹かすことがない人徳者。
木の葉の仲間を一度とて見捨てたことはなく、通りすがりに助けられた仲間は数え切れず、並みいる敵を薙ぎ倒し、言葉もなく去っていく姿は、男ですら惚れたと、助けられた同僚たちは口々に言った。
自分なりに見聞きした話でも、どれもがはたけカカシを誉めたてるものばかりだった。 唯一聞かれた醜聞は、女性関係のみだったが、それだけの実力と地位、写輪眼という鳴り物を背負っている中、顔も超美形で、傾国の美女として名高い近江屋の花魁を骨抜きにした閨の技の噂も相まって、女どもが放っておくわけはないし、無理もないことだと思われる。
おまけに、心配で心配で血反吐を吐くかと思うほど気にかけていたナルトの口から、『変な先生だけど、頼りになる先生だってばよ』とひまわりのような笑みを浮かべて言われた日には、はたけカカシの好感度は青天井並みに跳ね上がった。
幼少時から大人の汚い面を見せつけられ、警戒心の強くなったナルトが、心底信頼できる大人が里長以外にいたなんてと、一楽のラーメンを啜れなくなるほどむせび泣いてしまった。
ナルトと同様、同じスリーマンセルで、はたけカカシの指導の元についた、サスケとサクラからの反応も、好感度に拍車がかかるほど良いものだった。
嫌なことははっきりと顔に出すサクラが「遅刻癖とあの胡散臭さがね」と苦笑交じりにそれでも晴れやかに笑う顔と、無関心さを装っていたサスケの「別に」と小さく口角を上げた表情は、どれも信頼していると言外に告げていた。
特にサスケの表情が明るくなったのが嬉しかった。
アカデミー時代は、鬱々と何かに魅入られたように実践練習を繰り返す姿に、言い知れぬ不安を掻き立てられたものだが、はたけカカシに会ったことで、サスケの中で何か変化があったらしい。
これも里の誉れ、はたけカカシ効果なのだろうか…!!



というわけで、うみのイルカこと、この私は、はたけカカシに関して、並々ならぬ期待と羨望と、跪いてもいいと思えるほどに尊敬を寄せていたのだ。
それも他の上忍師方と違い、生徒の引き継ぎで会えなかった分、元生徒の話や同僚の話や里長のじっちゃー火影さまの話を聞いて、里の誉れの忍びから、生き神さまレベルまで変貌していた。
だから、ナルトたちがいる7班の任務の受け渡しができると知った瞬間、天にも昇る心地になった。
予定とは違う、受付任務での対面だが、はたけカカシと顔合わせができると狂喜乱舞し、受付の営業スマイルも3割増しで、周りから『今日のイルカは輝いてるな』と言わしめた。




なのに、蓋を開ければびっくり仰天のこの展開。


私は今、懲罰房の中、一人で不貞寝している。



「イルカ、その手が早いのはどうにかなんないのか? つまんねぇ意地張らずに、とっくと反省してはたけ上忍に謝れ。言いにくいんなら、おれも一緒に付き合ってやるから」
背中を向けた私の後ろには、受付の同僚でもあり、幼馴染でもあるアサリが立っている。
ふざけたことを抜かす男に、元から悪い機嫌が更に下降する。
ここはいつ来ても居心地が悪い。
日の光が差さないおかげで、石で造られた独房はじめじめとしており、カビがそこら中に繁殖している。
独房に消えることなく充満している饐えた臭いは考えたくもない。
「イルカはどうあれ女の子じゃからのぅ」と後から手渡された毛布を体の下に敷き、底冷えする独房とカビに対抗している訳だが、あまり役に立っていない。
無理やり目を閉じていれば、かさこそと小さな虫が這う音がそこら中から聞こえてくる。
こういう時、忍びの敏感すぎる聴覚は問題だと、眉間に皺を寄せれば、背後から鈍い音が聞こえた。
私とアサリの間には、冷たく太い頑丈な金属の棒が立っており、それをアサリが叩いたのだろう。振り向きもせずに放っておけば、アサリが苛立ちの声で叫んだ。
「って、おい聞いてんのか、イルカ!! あれは、絶ッッ対、お前が悪いぞッッ」
その言葉に、頭が沸騰した。
「私は、悪くないッッ」
身を跳ね起こし、アサリを睨みつける。
生き神さまだぁ? 世迷言を吐いていた自分を縊り殺してやりたい。
冗談じゃない、あんの、高慢ちきなくそ憎たらしい覆面男めッッ!!
うっすら殺気すら漏れる私の剣幕にびびったのか、アサリが後ずさる様を見ながら、事の発端を思い返していた。




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始まりました。女イルカ! 勝気で男勝り希望っ。