手を繋いで 4
「あぁぁっっ、ぐやじぃぃ!!」
今までのことが走馬燈のように頭を過ぎ、地団太を踏んだ。
「どうして私だけがこんな目に遭わなきゃなんないわけッ。今日で何日だと思ってんのよ。三日よ、三日! 無関係な生徒たちに迷惑かけて、申し訳なくて自分が情けなくなるわッ。これもそれも、あんの馬鹿上忍がくだんない噂を鵜呑みにしやがったせいだぁあッッ」
わしわしと頭をかきむしれば、油っぽい、べたついた髪が指に絡みつく。それにまたイライラが募る。
その横で、「そんなこと言うなよ〜」と気軽に宥めてくるアサリもむかつく。三日間も風呂に入れず、ご飯もわずかばかりの状態では、気が短くなっても仕方ないことだと私は思う。
それもこれも、あんの無能上忍のせいだと心の底から怨念を吐き出していれば、かつりと足音がした。
「はたけ上忍?!」
「ッッ?!!」
アサリの心底驚いた声に、気配が現れた場所へと顔を向けた。内心冷や汗が出る。
故意に足音をたてるまで、一つも気づけなかった。
いつ来たんだ、この男!
「へー、反省してるかと思いきや、まだ減らず口が叩けるとは、あんた本当にいい性格してんね」
なにをぅ?!
鉄格子の向こうに現れた男に、瞬間湯沸かし器並に逆上した。
体当たりするように鉄格子を掴み、何しにきたと声を張る。
男は相変わらず胡散臭い格好のまま、寝ぼけたような右目に辛辣な光を…今回は宿していない。
受付所にいた時のような侮蔑の入った目を向けられると身構えていただけに、調子が崩れる。
一体、何があったのだとまじまじと男を観察していれば、男は誇らしげに、胸ホルダーから小さなものを取り出した。
「これ、何だと思う?」
「あ」
「え」
私とアサリの惚けた声が重なる。
『独房の鍵ッ』
「ご名答〜」
アサリには優しく微笑みを、私には優位に立ったものが見せる傲慢な笑みを向け、はたけカカシはあっけなく胸ホルダーへと鍵を仕舞った。
「ちょ、なんでッッ」
やっとお許しが出たのだと思っただけに、男の行為にはひどく落胆させられた。
「あの、イルカにお許しが出たのではないのですか?」
私の思いを言葉にしてくれたアサリに、蟻の涙ほどだけ感謝の念を覚えた。
男はアサリに向け一つため息を吐くと、まぁねと肯定する。
「火影さまの裁きとしては、あのときその場にいた全員がコレを許せるなら、牢から出していい、と。火影さまともあろう者が、随分甘いことだとは思うけーどね…」
コレと顎で示さされ、じゃ、なんで出さないのさ!!と、鉄格子に八つ当たりした私の思いを、アサリがくみ取る。
「では、どうして鍵を仕舞うんですか?」
不安げなアサリの言葉に、にやりと右目をたわませた男を見て、嫌な予感が走る。
「負傷した上忍並びに、あの場にいた全員は納得したけど、一人だけ納得できない奴がいるわけ」
「え?! で、でもイルカのこれは恒例で、みんな知ってるはずでは…!!」
アサリの仰天した顔を、思い切りねじきってやりたかった。
なぜ、気づかない。どうして、そこで思い至らないんだ、おまえは…! そこそこ上にいける実力あるのに、だからおまえは中忍止まりなんだよッ。
密かに思い悩んでいるアサリのパーな所を胸の内で罵倒し、唇を噛みしめた。
何故だ、何故だと首を捻るアサリから視線を外し、男がこちらを見つめてくる。
あぁぁぁ、その勝ち誇った瞳がムカつく。正義は我にありって態度に、鳩尾を貫きたい欲望に駆られる…!!
行き場のない憤りを、鉄格子を揺らすことで気を紛らわしていたが、男が思った通りのことを口にした途端、それは紛らわすことの出来ない、完璧な怒りとなって身を焦がした。
「俺に言うこと言ったら、それで今回は水に流してあげよーじゃないの」
腕を組み、上から目線の言葉に、きぃぃぃぃと意味もない言葉が口から迸る。
アサリは暢気なもので、「あ、なるほど」と納得しているから、孤軍奮闘もいいところだ。
「フ・ザ・ケ・ン・ナッ! だいたいあんたが里のことなーんも知らないのが悪いんでしょッ。上忍が聞いて呆れるッ。自分が守っているところぐらい、知っとけッッ」
鉄格子の隙間に顔をねじ込み、叫べば、男は「あーぁ」と残念なため息を吐いた。
何事だと眉根を寄せれば、男は指を突きつけてくる。
「ちょっとあんた。まだ分かってないみたいね。俺は上忍、あんたは中忍。言ってること、分かる?」
「そうだぞ、イルカ。おそれ多くも上忍に向かって、その言動はないだろう。いつも言ってるだろう、上忍に逆らうな。じっと身を潜めてー」と滔々と喋りだした、アサリのいつもの小言を無視し、私はぐっと奥歯を噛みしめた。
確かに、そうだ。
忍びとして階級差は絶対。生徒にいつも教えていることを私が守れないでどうする。
癪だけど、非常に不本意だけど、そのことだけは言い返せない。
鉄格子を握りしめていた手を離し、目を閉じ、一つ息を吸って、直立不動に姿勢を正す。そして、折り目正しく、はたけカカシに向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。この度の、階級を無視した数々の言動は、中忍としてあるまじき行いでありました。大変、申し訳ありません」
一息に言い切り、はたけカカシの反応を待った。男の気配が微かに揺らいでいる。
自分が素直に謝ったことがそれほどまでに意外だったのかと、心の中で舌を打つ。
頭を下げたまま、返答を待っていれば、男は何度目か知れないため息を再び吐いた。
「――ちゃんと言えるじゃない。あんた、つまんない意地張らずに、素直になりなさいよね。全く、あんたのその浅慮な行動もあって、オレもつい乗せられちゃったっていうところがあんだから。あーぁ、久しぶりの里だっていうのに、里の問題児のガキどもは押しつけられるわ、とんだ目に遭ったもんだねぇ。厄介ごとばっか。さっさと片づけて古巣に戻りたいもんだーね」
はたけカカシの独り言に、頭が冷えた。
鍵を取り出し、鉄格子の鍵穴に近づいた男に、私は制止の声をかける。
「お待ちください、はたけ上忍」
なんだと、視線が向いたのを肌で感じ、頭を上げる。
鉄格子を挟んで、近い場所にいる男の右目を見つめ、言った。
「鍵は開けてもらわなくて、結構です。先ほどの謝罪は、上忍に対しての言動に、こちらが非があったからです。ですが、それ以外は、撤回いたしません」
「…あんた、自分が言ってる意味分かってるの?」
男の気配が冷たく冴え渡る。今まで成り行きを見守っていたアサリの体が反射的に後ろへと動いた。
「ひっ」
小さく声を上げたアサリに見向きもせず、男は私に感情が凪いだ瞳を向けた。ひくりと喉に嫌な圧迫感を感じたが、言葉を続けた。
「分かっています。ですが、例え冗談でも生徒たちを貶すあなたに、謝る必要性はないと断言できます」
男の目が細くなる。ぞくりときた悪寒に身を震わせれば、それは間近に迫っていた。
狙われた喉をガードする暇もない。チャクラが込められた指先が、喉を掴む寸前、黒い影が横切った。
「邪魔するな、ガイ」
平坦な声色で呼んだ名に、思わず閉じていた目を開けると、そこには背をこちらに向けたガイ先生、その人がいた。
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イルカ先生はガイ先生にお熱設定です! 王子さまっ。