手を繋いで 6

目が覚めれば、そこは消毒液の匂いが充満する病室だった。
横に視線を向ければ、点滴のボトルが細い管を通して、自分の右腕につながっている。


「……やっちゃった、か…」
何度となく、ここで目を覚ました過去を思い出して、目を閉じた。
克服したと思っていた過去の傷に、思い切りしっぺ返しを食らった気分だ。あの頃から、まだ抜け出せていない自分を見つけ、苦いものがこみ上げてくる。
そして、それをあっけなく暴いた原因に唇を噛んだ。


写輪眼。
真実を見据えることのできる、血継限界の一つ。
うちは一族が有する写輪眼は、過去を暴き、現在を見通し、未来を垣間見る。


もう大丈夫だと、乗り越えたものだと思っていたのに、あの男は奥深く根付いたアレを、目の前へと突きつけてきた。
乗り越えられるわけないのだとあざ笑うかのように、あの子の側に、お前がいられる資格などないと言うように。


「…情けない」
滑り出た言葉に触発され、つるりと眦から滴が落ちた。
一度堰が切れば、後は流されるままで、ぼたぼたと落ちる涙に情けなさが倍増する。
「――うぅぅ」


ナルトを庇ったあの時、確かに感じた愛しさは真実だと確信しているのに、脳裏に蘇った金色を思い出した途端、不安に苛まれる。
ナルトとアレは別物だ。
ナルトに封印されたアレ。
アレの封印の礎になったナルト。
両者は深い関係にありながらも、違う存在だ。分かっている、私は分かっている。だから、ナルトに自分の額宛を巻いてやることができた。


つられて出てきた鼻水をすすり、鬱陶しい液体を腕でこする。
自分は大丈夫。
そうだ、私は克服してナルトの前に立つことができている。今までの私とは違う。
そうさ、私は大丈夫。だいたい、なんで私がこんなところで自己嫌悪に陥らなければならないのだ。これも全部、
「はたけカカシのせいだ、ばっかやろう…」
「あーらら、ずーいぶんなお言葉ですねぇ」
万感の思いを込めて言った直後に、声があがった。


返ってきた言葉に、体が戦慄く。慌てて上半身を起こせば、ベッドの左後方の丸椅子に、はたけカカシその人が座っていた。
思わぬことに声が出てこない。ぱくぱくと口を開閉していると、はたけカカシは本から目を離さず、気のない声をかけてきた。
「もう少し寝てたーら。あんた、牢屋でぶっ倒れたまんま、一週間寝込んでたんだから」
い、一週間?! 牢屋暮らしを入れたら、生徒たちに十日間も迷惑をかけていたことになる。
今何時だと、窓を覆うカーテンを引っ張れば、真上に輝く太陽がある。
まだ昼だ。今からいけば、午後の授業。
十日先のカリキュラムを脳裏に描き、舌打ちする。今日は生徒たちが楽しみにしていた水遁の授業の予定だった。
こうしちゃいられないと、点滴を抜き際に、ベッドから床に足をつけた途端、頭から突っ込んだ。
「ぐ!!」
冷たい床と激突して、喉が鳴る。
顔はどうにか守れたが、中忍の身のこなしとはほど遠い。いや、それよりもぐにゃりとまるで力が入らない足に仰天した。


「え? え、なんで!!」
教師になる前、瀕死の重傷を負って、一週間といわず、三週間は寝込んだことのある身でも、こんなふがいないことはなかった。
上半身は動くのに、下半身はまるで動かない。
言うことを利かない足を触って確かめていれば、後ろからため息が聞こえてくる。
そのため息が、面倒だと言外に語る。
お前に面倒などかけた覚えはないと噛みつこうとした瞬間、長い腕が腰に回り、体が浮いたと思った次の瞬間には、荷物のようにベッドへ投げ落とされた。
「ぎゃっっ!!」
「…色気がないねー。あんた、それでもクノイチ?」
何をぅと食ってかかろうとした私の右腕を掴み、はたけカカシは倒れた点滴台を立て直すなり、針を腕に入れ、点滴の目盛りを調整した。
流れるような作業に、ぽかんと口を開けていれば、はたけカカシは表情すら覆い隠す覆面面から唯一覗く右目をこちらに向けて、ぼそりと言った。
「間抜け面」
かちんと頭にくる。こめかみを引くつかせながら、私は立てない状況で手を出すのは得策ではないと己を宥め、引きつる笑顔を浮かべ、質問をした。



「はたけ上忍、どうしてこちらにいらっしゃるのですか? 里の同胞とはいえ写輪眼を向けられるほど、私はあなたに敵視されていると思っていたのです、がッ」
ひくひくと目尻と頬の筋肉が引きつるのが分かる。
そうだ、こいつはあろうことか里の仲間である私に写輪眼を向けやがったのだ。いくら部下のためとはいえ、普通、ここまでするか?!
一発殴ってやりたいと引きつる笑顔を向けていると、ふとはたけカカシの顔がどことなく変わっていることに気づく。
心持ち身を乗り出し、はたけカカシの顔を見ようと近づけば、嫌そうに眉根を寄せた。
「なーによ。ちょっと近づかないでくれる?」
肩を押しやるように伸ばしてきた手を掴み、反対に引き寄せてやる。
意表を突かれたのか、体勢を崩して私に覆い被さってきた。
はたけカカシの顔が間近に迫る。銀の髪が顔に触れるほど近づき、そこでようやく合点がいった。
そっとはたけカカシの顔に手を当てれば、布越しに感じる熱を持った肌に、これは間違いないと確信を深める。
何故か動揺している、青みがかった灰色の瞳を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
ごくりとはたけカカシが生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「これって、じっちゃんの往復ビー」



「―イッルカ先生〜、おれ、来たって」
瞬間、病室のドアが開く。懐かしくも温かい声を聞いて、喜色が沸き起こった。
顔を向ければ、そこにはナルトがいた。
危うく会えなくなりかけた大事な子供を目に留め、不覚にも涙腺が緩む。
ナルトと声をかける寸前、後ろから桜色の髪の女の子と、黒い髪の男の子がナルトに文句を言いながら顔を覗かせた。
ああ、サクラにサスケだ。この可愛い生徒たちにも自分は会えなくなりかけていたのだと思えば、さらに涙腺が緩み、ぽとりと涙が落ちてしまった。
はたけカカシの名がなんぼのものだ。この子たちに会えなくなる未来など想像すらつかない。まだ嫌がらせをするつもりなら、徹底抗戦の構えだと、目の前の諸悪の根元を睨めば、はたけカカシはドアの出入り口を見つめたまま、身動きを止めていた。
すっかり無防備になっているはたけカカシを珍しいことだと首を傾げていれば、耳をつんざく声が響いた。



「イルカ先生、泣かせやがったなぁぁッッッ」
「カカシ先生ッッ!!! 最低、不潔、女の敵ぃぃぃッッッ」
「カカシ、てめぇ……!!」
クナイをホルダーから引き抜き、臨戦態勢を取る子供たち。
「や、ちょ、ちょっと」
わたわたと子供たちを押しとどめるように手を振るはたけカカシ。
こんなに慌てふためく上忍を初めて見たなと、はたけカカシの狼狽振りを観察している中、子供たちは一斉にはたけカカシへと襲いかかった。




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頼もしい子どもたちvv イルカ先生は子どもたちに愛されていると信じて止みませんっっ!