手を繋いで 7
「私がはたけ上忍に襲われたと思った?! あはははははっっ、そんなバカなッッ」
ベッドの上でけたけたと笑い転げれば、子供たちはどこか照れたように、はたけカカシは怨念のこもった眼差しを私に向けてくる。
「笑いごとじゃなーいよ、中忍……。危うく俺は、子供たちに殺されるところだったんだけど…!」
メラメラと嫌な気配をまき散らす男はスルーして、そういえばと、子供たちの動きを思い出す。
動揺していたとはいえ、あのはたけカカシを追い込むとは大した成長振りだ。
「お前たち、よくチームワーク取れてたよ。サクラ、よくナルトとサスケをフォローしたね。ナルトとサスケの息も、よく合ってた。もう少し冷静に対処すれば、もう一、二発はいいとこ当たってたと思うよ」
三人の子供の頭を労いを込めて撫でれば、ナルトは嬉しそうに、サスケは照れてそっぽを向き、サクラははにかんだ。
――可愛いっv
可愛い子供たちにきゅんと胸を鷲掴みにされる。すると、頭上から不機嫌で刺々しい気配が襲ってきた。
「うみの中忍……。俺に、何か、一言、ないんですか?」
区切って強調するはたけカカシに、面倒だと眉根が寄る。
それでも二度無視する訳にもいかず、渋々顔を向けた。
じっちゃんに両頬、子供たちに鳩尾一発、両腕と両すねに二発入れられた、はたけカカシの姿はちょっとくたびれていた。
本気で襲ってきた子供たちにおっかなびっくり対処していた、情けない姿を思い出し、つい顔を見たまま吹き出してしまう。
「ぶふぅっ!!」
「―なッ」
お腹を抱えて笑う私に、はたけカカシの気配がより凶悪になるが、知ったことか。
知らぬ存ぜぬでけらけら笑っていれば、サクラが窺うように切り出してきた。
「イルカ先生、あの、体は大丈夫ですか?」
サクラの一言に、ナルトがベッドに乗り上げ、痛いほど手を握りしめてくる。
「そうだってばよ! 先生、きんし処分とか受けちゃって牢屋に入れられたと思ったら、今度は入院って。おれ、本当、本当に心配したんだってばよッッ」
透き通る青い瞳に膜が張って、今にも落ちそうになる。
心配したと全身で叫んでくるナルトを胸に抱き込んで、不安そうな瞳を向けるサクラとサスケを引き寄せて、三人を抱きしめた。
サスケには抵抗されるかと思ったが、サスケも素直に体を預けてくれた。クールで通っているサスケだが、その実、情に篤い奴だ。
「心配かけて、ごめん。もう大丈夫。さっき目を覚ましたばっかりだけど、すこぶる調子いいよ。お前たちがお見舞いに来てくれたおかげで、今はもっといい」
腕を緩めれば、安堵の表情を浮かべた子供たちがひょっこり顔を出す。
「イルカ先生、良かったってばよ!」
不安げな顔を払拭させ、再びダイブしてきたナルトを受け止め、ぐりぐり頭を撫でてやる。
痛いってばよと、胸元に顔を埋めるナルトに笑っていれば、突如、サクラがナルトの首根っこを掴み後方へと飛ばした。
子供とはいえ、ナルトは急成長中だ。体重だってサクラよりもあるのに片腕一本で投げ飛ばせるとはと、体術が苦手だったサクラの成長ぶりに胸を熱くしていると、サクラの怒声がナルトに落ちた。
「アンタ、もうそろそろ年考えなさいよッッ!! いくらイルカ先生とはいえ、妙齢の女性なんだから、無闇に抱きついたりしないのッッ」
顔を真っ赤にして怒るサクラに、ナルトが不満げな声を上げる。
「えー、なんでなんで? おれ、イルカ先生に抱きつくの大好きだってば! イルカ先生も嬉しいよなっ?!」
否定されるとは考えもつかないと、笑顔で同意を求めてきたナルトに返事を返す前に、サクラは腕を横に振った。
「イルカ先生は答えちゃダメです!! これはケジメですッ。このままナルトが成人しても、先生に抱きつくなんてことになったらどうするんですか?!」
サクラの熱の入った言葉に、ナルトと二人で首を傾げた。
成人しようが、中年になろうが、ナルトが今までのように抱きついてくれるのは嬉しいけど…。あ。
サクラの言わんとすることが分かって、ぽんと手を打つ。ようやく分かってくれましたかと、息を吐くサクラに、笑顔で言った。
「サクラ、私の腰を心配してくれたんだな。でも、大丈夫! ナルトがいくら重くなろうが、受け止めるだけの筋力は落とさないつもりッ」
ぐっと拳を握りしめれば、ナルトは手を叩いて喜び、反対にサクラは額に手を当て、深いため息を吐いた。
「イルカ先生…、ほんとーうに変わってませんね。この際だし、言わせてもらいますよッ。先生、今、下着つけてないでしょ?!」
真っ赤な顔で、胸を指さしてくるサクラ。あ、そういや、私、今入院中だっけ? ………はッ!
「……先生、何、してるんですか?」
腕の内側や、髪に鼻を引くつかせる私に、ゆで蛸のように真っ赤になってるサクラが、不思議そうに尋ねてくる。
一頻り匂いを嗅ぎ、落ち着いたところで口を開いた。
「いやー、実は先生、一週間も寝続けてたみたいで、お風呂入ってないなと思ったの。でも、さすが木の葉病院。意識ない間も、ちゃんと手入れしてくれたみたい。良かった良かった」
『先生、臭い』だなんて言われたら、さすがに傷つくもんね。
教師の面子は保たれたと満足げな私に、サクラは地団太を踏む。
「そ、そうじゃなくて!! 先生は、サスケくんのあの顔を見ても、どうとも思わないんですかッッ」
言いたくなかったけど、言うしかないと、涙目になっているサクラの指先に、名を呼ばれ動揺したサスケがいた。腕で顔を隠しているが、頬の辺りが若干赤いような気もする。
「……サスケ、風邪でも引いたのか? ちょっと見せてみろ」
サスケの手を掴み、引き寄せれば、更に顔は赤くなり、視線が定まらない。
熱を計るために、おでこを引っ付けようとする直前に、横から腕が伸び、首を絞められた。
目の前では、サクラがサスケを後ろから抱きつき、首を絞めている。
「―く、くる、って、ちょ!!」
「な、なんて恐ろしいんだ、この魔女めッ! 俺の部下に、あまつさえイチャパラ愛好家の俺の前で、『禁断の教師愛、だめよ、私は先生よ』教師編のサヨリちゃんを騙り、生徒を誑かすとはッッ」
耳元でがなり立てくる男の腕に爪を立て、必死の抵抗をするが、男は「俺のサヨリちゃんが汚された」とかたかた小刻みに震えて、聞く耳を持ってくれない。
サクラもサクラで、「サスケくん、目を覚ましてッ。あのイルカ先生に限って、そんなことはあり得ないんだからッ。若い内に経験は必要だけど、遊ぶ相手は選んでぇぇ!!」と叫んでいる。完全に背後に入り込まれ、腰を曲げた状態で首を締め付けられているサスケは、抵抗すらできずに、空を掻いていた。
唯一、自由に動けるナルトに視線を走らせれば、きょとんとして私の顔を見ていた。
か、可愛いってそうじゃなくて!!
私はわずかばかりに肺に残る空気を使って、ナルトに向かって手を伸ばす。
「ナ…ト、た……け…」
祈りは天に通じたか、ナルトは私の言葉を正しく理解し、「分かったてばよ」と一声叫ぶと、背後の男に向かって猛然と拳を振るった。
「イルカ先生を、いじめんじゃねぇッッ」
ぶつぶつと言っていた男の顔にナルトの渾身の拳が命中する。
気道を塞いでいた腕が緩む。こみ上げる咳を無視して、サクラに向かって叫んだ。
「さ、サクラ、サスケが死ぬッッ」
「え?」
声に反応して、サクラが手を離せば、崩れ落ちるようにサスケが床に手をつき、むせていた。やれやれ、これで一安心。
背後の気配が丸太に変わり、誇らしげに胸を張っているナルトの頭に男の拳骨が襲った。
「いってぇッ!!」
ガツンと盛大な音が鳴る。
頭を押さえたまましゃがみ込むナルトが可哀想で、引き寄せようとすれば、男の体に邪魔された。
「上司を本気で殴ろうなんて、いい度胸してんじゃない」
「――イルカ先生を守るのは、おれの役目だってばよッ」
こちらに背中を向ける男の前で、涙目のナルトは握り拳を作って吠える。
言い切ってくれたナルトが輝いて見える。
お前はいい男になるよ、ナルト。
一方、窓際にいるサクラは、ぜひぜひと呼吸を整えるサスケに、謝りっぱなしだ。
「ごめんね、サスケくん! 私、そんなつもりじゃなくて、そのっ!!」
もう近づくなと無言で手を突き出され、サクラは見る間にしょげかえる。
かわいそうだけど、サスケの気持ちも分かるな。
「―それじゃ、お前らはとっとと帰る。このままだとうみの中忍がゆっくり休めないだろう」
パンパンと手を打ち鳴らし、お開きだと告げるはたけカカシに、ナルトが異を唱える。
「えぇー!! おれ、もっとイルカ先生といたいってばよっ。てか、おれが先生の看病してやるってばよ」
「ウスラトンカチのてめーじゃ無理だ。―お、おれがいてやってもいい」
「え?! さ、サスケ君が残るなら、私も…」
三人の言葉に、目が潤む。私だって一緒にいたい。三人の近況やら、成長ぶりやら、私の知りたいあんな話やこんな話が聞きたい!
「わた、ぐっっ…!!」
「ほーら、うみの中忍はお疲れだーよ。お前らみたいな騒がしい奴が側にいられちゃ、興奮して眠れないだろうが」
同意の声をあげようとした私の腹に、上忍のスピードで拳を埋めた男が、いけしゃーしゃーと言う。
加減してくれてはいるものの、息ができずにうずくまる私の背をわざとらしく撫でる男が心底憎い。
「先生、やっぱり調子悪いのか? 顔が悪いってばよ…!」
物も言えなくなった私を心配して、ナルトがのぞき込む。そこは顔色だろうがと言いたくても声が出せない。
ナルトの後ろから二人も不安そうな瞳をこちらに向けている中、男だけは「確かに顔が悪いよね〜」とわずかに笑いがこもる声で耳元に囁いてきやがった。本当に性格悪いな、この覆面ッ。
根性で顔を上げ、この陰険男と私をふたりっきりにするなと言おうとする前に、はたけカカシは大げさに首を振った。
「やっぱり、柔な中忍だからねぇー。自分の状態わかっていないとこがあんのよ。これに必要なのは、休養だから、お前らは帰りなさい」
余計なことは言うなよと、子供たちには見えない角度で首根っこを掴まれた。う、うぅぅぅ、陰険、暴力男めッッ。
ぜひぜひと短く息を吐き、何とか回復に努めようとしている私の前で、子供たちは名残惜しそうな顔を向け、出入り口に足を向けた。
「……一緒にいてーけど、先生がゆっくり休みたいんなら、おれ、帰るってばよ! また明日、見舞いに来てやっからなッ」
にかっと太陽のような笑みを浮かべるナルト。
「……また来る。カカシ、おれたちの分までしっかり見ろよ」
若干、頬を赤らめ、それでもしっかりと次の来訪を告げるサスケ。
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですかぁ。…先生、今度はお花持ってくるからね」
女の子らしい気遣いを見せ、笑顔をみせてくれるサクラ。
「そうそう。聞き分けの良い子は、オレは好きだぞ〜。それじゃ、明日の朝、いつものところでな。遅刻すんなよ」
じたばたともがく私を片手で押さえつけ、子供たちを見送るはたけカカシ。
『それはこっちの台詞ッ』と仲良く三人で、男に言い返し、私の天使たちはあっけなく病室の外へと消えた。
「………な、…何を、企んでるんですか……ッ」
首根っこを押さえつけられたまま、横目で睨めば、男は無表情な顔で手を退けた。
ずきずきと痛む首と腹を撫でさすっていれば、男は丸椅子のところまで戻り、腰に下げているポーチから本を取り出すと、ページをめくり始める。
無視かよ!! この冷血、サド男っっ!
心の中で突っ込むと、男の目がこちらを刺した。
「あんた、まだおしおきされ足りない訳? オレは上忍、あんたは中忍。態度に気をつけてよーね」
男の言葉にぐびっと生唾を飲み込んでしまう。
こいつ、なんで私の心の内までわかる。ま、まさか、これも知られざる写輪眼の能力の一つ?
「写輪眼に、そんな便利な能力あるわけないデショ。あんた、顔に全部出てんのよ。本当にこれが忍びなのか、疑っちゃうよーね」
本をめくりながら答える男に、言い返すべき言葉が出てこない。自他ともに認める欠点をずばり言い当てられてしまった。
「そ、そういうことをお聞きしている訳じゃありません! どうして私の付き添いなんてことを、はたけ上忍がしていらっしゃるんですか?!」
去る素振りさえ見せず、あくまでここに居残った男に、逆ギレ気味に声を荒げれば、男は一つ息を吐くと、本を閉じた。
「じじいの命令。それしかないでしょーが」
半分閉じた目が、胡乱にこちらを見つめる。
「じっちゃんが?! どーして!」
思わぬ言葉に、身を乗り出せば、ひくりとはたけカカシの眉根が神経質そうに跳ねた。
ご不快の態度に、嵐の臭いを嗅ぎ取り、咳払いで誤魔化しながら言い直した。
「えっと、その、火影さまがどうして、そのような命令をはたけ上忍に命じたのでしょうか?」
窺えば、男は何故かぷいと顔を私から逸らした。思わぬ行動に面食らい、戸惑ってしまう。
「あの、はたけ上忍?」
声を掛けても、答えはせず。けれど、私の視線から逃れるように顔を背ける男の行動が理解できない。
右、左右右右、上上下右下上、左。
男の視線を捕らえようとするが、まったく掠りもしない。
どうしてもこちらを見ようとしない男の態度に、こめかみあたりの神経がひきつる。
野郎…!
正面へ向き合うようににじり寄ったところで、視線から逃れようとした男の頬を鷲掴み、私は一喝した。
「こらッ! 人と話すときは、目を見て話しなさいッッ」
ぐいっと力任せに顔を向ければ、驚愕に見開いた目がこちらに向いた。
青色の瞳に自分の顔が映っていることに至極満足を覚える。
「よっし、良い子だ!!」
満足を覚えたついでに、ご褒美とばかりにぐわっしぐわっしといつもの調子で髪をかき回す。
木の葉では珍しい銀色の髪は、見た目通りに柔らかかった。
ちょっと癖になりそうな髪の質感に、羨ましさを感じつつも、今の行動は完璧、不敬罪だったなと冷静な考えがよぎる。
ちらりと視線を向ければ、いまだ男の目は見開いたまま、こちらを見つめて固まっている。
どうやら慣れないことをされて、とっさに反応できないようだ。
ならば、このままスルーしてしらばっくれてみようと、元の位置へ戻り、布団をかぶったところで、男が大声を張り上げた。
「あ、ああ、あ、あ、あ、あ!!! あんた、何してくれてんのーーーーーっっ?!!」
ばっと両耳を塞ぎ第一波をやり過ごせば、怒濤の勢いで第二波がやってきた。
「上忍、というか、その前にこのはたけカカシにやるってあんた何考えてんのよー?! そこらにいるガキじゃないのよ、元暗部の凄腕上忍って聞いてなかったの?! あんた、どういう神経してんのーッッ」
きーんという耳鳴りが煩わしい。
信じらんないとぶつくさ文句は言うが、それ以上言う気配のない男に内心驚いた。
てっきり罵倒と共に殺気でも向けられるかと思っていたのに、拍子抜けだ。
やけに態度が軟化しているのを不思議に思うのと同時に、男の変化に気づき、小躍りしそうになる。
小声でまだ文句を言う男の、唯一出ている目元は赤かった。
見間違えようもない、男の弱点といえることを発見し、嬉しくて仕方ない。
だから、仕返しの意味も込めて、私は満面の笑みを浮かべ言ってやった。
「はたけ上忍、もしかして照れてます?」
男の動きが一瞬止まる。さらけ出された目元がさきほどよりも赤くなった。
次の瞬間。
「信じらんない、この女ーーー!!!! もう付き合ってらんないッッッ」
雷が間近で落ちたのかと思うほどの音量が鳴り響いた直後、男は煙をまき散らし姿を消した。
びりびりと痛みを訴える耳に顔をしかめつつ、消えた男に大いに溜飲を下げる。
けれど、瞬心の印を組んだことすら分からなかった。
さすがは上忍、はたけカカシかと、少し感心したのも束の間、廊下からおどろおどろしい気配が忍び寄ってきた。
嫌な予感を覚えながら、ドアを見守っていれば、音もなく開いたドアの先に人の姿はおらず、一瞬にして、できれば見たくもなかった暗い方向のお方たちが三名、病室を占拠していた。
「先輩?!」
「新手ですかッ」
「あの悲痛なチャクラは?!」
臨戦態勢に入っている暗部の殺気じみた気配は、長い間床にふせっていた身にはきつかったらしい。
何があったと詰め寄ってくる暗部に答えられる間もなく、私の視界は再び暗転した。
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ここから、更新遅くなります…。すいません。