手を繋いで 8
「シャバの空気が、うまい……」
私の一言にぶぼっと回りが吹き出した。
けんけんと咳を繰り返すアサリを鼻で笑い、頂き物の最中を友に、緑茶をすする。
ふぃーと大きく息を吐き、ここにいる今を感謝した。
あぁ、あの一週間がまるで嘘のよう、私は今、ここで人生を謳歌している…!
ここは受付所、隣にある、受付職員専用の給湯室、兼休憩所だ。
流しにコンロ、テーブル一つと椅子が数脚あるだけの質素な空間だが、憩える場所があることは非常にありがたい。
午後の受付任務の合間の休憩時間には、ご好意でいただいたお土産をいただくのが通例となっていた。
本日も、大名が持たせてくれたという最高級最中をいただいている。
いただいたご本人が、甘い物が苦手だからと、受付のみんなで食べてくれと置いていってくれた。壮年のお髭がダンディーな上忍さまでした。……あなたのお名前は決して忘れません。(受付職員一同)
大名御用達の和菓子はそんじょそこらの百両最中とは違い、こしあんの上品な甘さと、最中の皮の微かな焦げの苦みが絶妙なハーモニーを生みだし、お口の中で至福のメロディを奏でる。
こんな美味しいものは久しぶりだと、機嫌良く最中に齧りついていれば、引きつった笑みを浮かべ、ホタテが尋ねてきた。
「―イルカ、お前どーしたんだ、すこぶる変だぞ…」
前々からおかしい奴だが、今日は特別に変だと唸る同僚に、苦みばしった顔を向けてやる。
「どーもこーもないわよ。私があの入院生活で何を見たか、想像できる?」
ひたりと見据えれば、上から横から下から挙手しながら言葉が飛び交った。
「もしかして、はたけ上忍の素顔を見たとか?」
「ま、まさか、一夜の情けをいただいちまったとか?!」
「も、もしや、はたけ上忍の見てはいけない交友関係の末の刃傷沙汰に遭遇したとか?!」
突如、休憩室を占拠したギャラリーに取り囲まれ、私は落ち着きたまえ、はははと笑ってやる。
焦らされるのがたまらないのか、一斉にくねくねしだしたギャラリー陣に向け、私は指を差した。
「三番目に発言した、あなた! いいところ突いていますッ」
ぐっと親指を突き出せば、三番目はやったーと両手を突き上げた。
「はたけ上忍に近づけたってことだなッ」
いや、それは違う。
妙な勘違いを起こした若き忍の言を聞き流し、群衆の瞳に促され、私は重々しく語り出す。
「あの入院生活で起きたこと…それは……」
『それは……!!』
手に汗握って、こちらを見つめる視線が熱い。それを真正面から受け止め、私はそっと囁いた。
「ひ・み・つ」
しーと唇に縦に指を一本置けば、周りが静まり返った。
そして、そのまま波が引くように、ギャラリーは休憩室から大きなる海原たる、受付所へと流れ込んでいく。
「あー、つっまんねー」「時間損した」「かわいくないっての、ブス」「期待させるだけさせやがって、これじゃ賭けになんねーだろ」などなど、海原に帰る波たちは口々に文句を残し、去って行った。
ガラピシャと休憩室の戸が完全に閉まったのを見計らい、アサリがぽりぽりと額を掻く。そして、茶を啜る私に、気まずそうな目を向けた。
「あーのさ、イルカ。それって、その……後ろにいる方と関係ある?」
騒ぎの匂いを嗅ぎつけ、ギャラリー陣が撤退した直後、姿を現した暗い方面の方が一人、私の真後ろに立っていた。
茶を啜って、平常心をアピールしたが、内心、パニック状態だ。震え出す手を押さえ、落ち着けと自分に言い聞かせる。
何も言わなくったって分かる。
これは、口封じのための見張りだ……!!
いつまでも背後にいられては精神衛生上すこぶる良くないとばかりに、私は勇気を振り起こして、後ろに振り返る。
「あ、あのーですね。今、見たことからお分かりになるように、絶対言いませんから。もーそれはもー口が裂けても、拷問されても、例えアサリやホタテが人質になって言わなければ殺す的な展開になっても、決して言いませんから、安心してください」
「そこは言えよ!!」
二度と見たくはなかった暗部的なお面と真正面から向き合い、しみじみと語れば、横から突っ込まれた。
しゃーないでしょ! 私を誰だと思ってんの?! か弱き中忍よ、長いものには巻かれろ精神でしょッ。
ぎゃーぎゃー言い合いをしていれば、暗部が口を開いた。
「…一言でも洩らせば……分かるな?」
おどろおどろしい気配を放ち脅す暗部に、私は深々と頭を下げた。
「もちろんでございます。決して、決して言いません。平に、平にご容赦を……!!」
ははーと床に跪く私を見下ろし、暗部はようやく姿を消してくれた。
数分後。
ようやく暗部的な匂いが薄れたのを機に、顔を起し、よっこらせと椅子に腰かける。
あぁ、私この一週間の間、絶対寿命が縮んだ。お肌だってストレスでボロボロね。
うふふふ、あははははと知らずにこぼれ出る笑いを耳にし、アサリとホタテは口を噤む。賢明な判断だ。伊達に中忍してないということだろう。
くそぉ、覚えてやがれ、身元不明忍どもっ!
お前らが一般忍で世に出てきて、長期任務勤務になったら、使用するテントを年代物のお古に総入れ替えしてやるッッ。んでもって、毛布なんて万年床のくたびれきって擦り切れたものを送りつけてやんだからなッ。慰安の物資を送るときだって、ついたら賞味期限切れてるような粗悪品送って、エロ本だって、売上イマイチのキワ物送ってやるんだからッ!! 受付勤務怒らしたら、恐いんだからッ!
んでもって、「うみのイルカさん、あのときは本当、すいませんっした」って、ちゃんと謝るまで許さないんだから、ばかッッ!
ふーふーと来たる日の復讐に思いを馳せていれば、その親玉ともいえるにっくきアンチクショーの気配が受付所から漂ってきた。
「お、噂をすれば、だな。イルカ、挨拶してこいよ」
世話になったんだろと、あの一連の流れを見ても何も察することができないパーなアサリがしたり顔で言ってくる。
こいつどう思うよ、こいつ忍として、いや人としてどう思うよと、ホタテに視線を投げかけても、元来、余計な事には首を突っ込まない、ドライなホタテは私の視線を真っ向から無視した。
お、おのれっっ、受付勤務してる奴らはなんでこんな碌でもない奴らしかいないんだ!!
地味に激務かつ、心労甚だしい受付任務従事者は、選ばれし変わり者しか勤められないと専らな噂だ。いや……噂ですよ、単なる噂です。
せめてここに同じ性を持つ、癒し系のかわい子ちゃんがいてくれたら、気を利かせてくれただろうに……。
嘆いても、受付勤務の女性は私一人のみ。
火影さまに直談判でもしてみっかなーと思いを馳せていれば、アサリのバカが肘で私を急かしてくる。
成り行き上、ここで拒否すれば、またあの身元不明忍がしゃしゃり出てプレッシャーをかけるに違いないんだ…! こんな擦り傷ごときでオメーらの先輩の権威が地に落ちる訳ないだろーっ! あんたら後輩がまともに育ってこそ、先輩の株が上がるってなんでわかんないかなっ。
「悪いけど、あの凶暴女教師出してくんない?」
隣からのまさかの指名に、周りがざわつく。ついでにこちらも沸いた。
「うわっ、写輪眼自ら指名って、どうなんだよ、イルカー!!」
「友好関係を結べた暁には、口添えよろしくっ」
何も考えずに能天気な言葉を投げつけた同僚に、眉間に皺が寄る。神に祈るようにテーブルに肘をつき、苦悩を表現した私を見ても、二人は行け行けと追いたてやがった。
乙女の気持ちを察することができないから、今だ彼女の一人や二人できないんだっ!
ぶーたれて席を立ち、恨みじみた視線を送れっていれば、妙に目を輝かせているハマチが外から飛び込んできた。
「イルカッ、はたけ上忍がお呼びだぞ!!」
はたけ上忍に頼まれ事をされて嬉しいと、チャクラまで喜びに満ちたハマチがしょっぱく見える。
きらきらと光る空気がうっとうしい。憧れの人に声をかけられたくらいで喜ぶなッ、勝負を挑んでこその男だろうがッ!!
「はーいはいはいはーい」
せめて不機嫌さだけはアピールしようと気のない返事をしたが、ハマチは私の代わりに休憩室に入るなり、後ろの二人とはたけ談義にきゃぴきゃぴと花を咲かせた。
「今日もかっこよかったぞーv」「いいなぁー、おれも話したーい」「髪の毛一本お守りにほしいな〜」って、どこの女子や、お前らッ。
休憩室を出れば、そこには件の上忍と、再び集まったギャラリー陣で溢れ返っていた。何が起こるの、何を起こすのと、わくわくしている見物人たちに嫌気を覚えつつも、手招きに応じて、はたけ上忍の元へ歩く。
「ちょっと、きびきび歩きなさいよ。誰が呼んでると思ってんの?」
相変わらずのおねぇ言葉に気勢が殺がれる。それは里一番の立役者、はたけカカシ様ですよねーと虚ろな笑みを浮かべていれば、手を引っ張られた。
突然のことに前によろければ、その瞬間、はたけカカシは身を屈め、耳元に唇を寄せてくる。
「今晩、19時、近江屋で待つ」
はぁー、それって果たし状ですか? つか、近江屋って超高級料亭じゃない! んなの、無理に決まってるでしょうーがッッ。
中忍の薄給舐めるなよと顔を上げた瞬間、
「すっぽかしたら、拉致するから。それと、必ず一人で来なさいよ」
人差し指を顔に突きつけられた後、ぼんと音を立てて消えた。
「いやぁぁ、今の何ぃいぃぃ??!!」
「イルカ、イルカ! 何、言われたんだ?!」
「決闘か? 決闘なのか?!」
「何処いくの、何処いくの?!」
意味深な言葉を残され、一人置いてけぼりにされた私はあっという間に、野次馬どもに取り囲まれた。
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男性が集まって、きゃぴきゃぴしている雰囲気が好きです。(真顔)