手を繋いで 10

「う、うぅぅぅ、ひどい。ひどすぎるッッ。親にだってあんなことされたことないのに……ッッ」
唇を噛みしめ、無念の思いを言葉にすれば、ベストを脱ぎ捨て、くつろいだ状態で酒をかっくらっている男はへっと鼻で笑い飛ばした。
「元はといえば、アンタが約束破るからでしょーが。自業自得。せいぜい苦しんでなさい」
そしらぬ顔で酒をおいしそうに飲む男に我慢ならず、腕に力を入れた。
「あ、あのでーッッ!!!」
その途端、あらぬところに激震が走り、再び畳へ舞い戻ってしまう。
「いっ…っな…い…ぐっ!!!!!」
形容しがたい痛みに、声すらままならず、畳の上で固くなって震えていれば、「はははは、情けない姿ー」と棒読みで野次られた。
ちくしょーッ、この男っ、なんて奴なのっ?! 女性に対して、あの攻撃はあり得ないんじゃないの、つか、お嫁に行けない体になったらどうしてくれるーーーーーッッ!!! ってか、明日からトイレ行くのがこわすぎるっっっ!!!!



明日のトイレ事情でふるふると震えている私の隣で、明るい声が響いた。
「はっはっは、カカシは男女平等だなッッッ。ナイスな志だ!」
隣で同じくうつ伏せに寝ているガイ先生が、白い歯を出し華麗に笑う。
…何でも前向きに考えるガイ先生は素敵ですけど、今日は賛同できそうにありません…。
しくしくと畳に突っ伏していると、ガイ先生はよっと起き出し、そのままはたけ上忍の元へ歩いていった。
え?! うそ、どうしてっ、えぇえ?! ガイ先生の方があり得ない捻りと倍以上の電撃が加えられて、私のよりもえげつなかったですよ?!!!
驚愕に目が開く私へ、はたけ上忍は露骨に嫌そうな顔でガイ先生を迎えた。
「本当にゴキブリ並みの回復力の高さだーね。今回はマジでやったのに……」
「おぉう、だから今日は前回よりも3分長く寝込んでいたのだな。さすがだ、カカシッ。日々進化させているという訳だなッ」
「…………次は、破壊してやる……」
嬉しそうに笑っているガイ先生には聞こえていないが、私の耳にはしかと聞こえた。まずい、ガイ先生の上にツンと向いた、引きしまったお尻がピンチッッ?!!
違った意味で震えが走るが、二人の会話に不穏な空気を感じ、私はおそるおそる尋ねてみた。
「あ、あのー、ガイ先生。『今回』『前回』っていうことは、もしかして何度も受けたことがあるんですか?」
私の言にガイ先生は顎に手を置き、考え始める。
「ふーむ、そうだな。あれはいつの勝負だったか。新作の体術対決をしようということになってな。そのときに編み出したカカシの新技がアレだ。体術勝負となると、カカシはあればかり持ちだしてきてな。ハンデつきで勝負するのだが、いつもしてやられる。あの、一瞬にかける集中力といい、狙いを定める眼差しといい、その正確たるや……!! 感服するぞ、カカシ……!!!」
滂沱の涙を流し、はたけ上忍の肩を掴んで、親指を立てる。
そんなガイ先生を尻目に、水を飲むように酒をあおっているはたけ上忍だが、心なし、その頬は酒ではない赤みが見られた。




ごきゅりと思わず生唾を飲み込んでしまう。
この形容しがたい、いつ痛みが取れるか分からぬ攻撃を、ガイ先生は何度も味わっているのか?!!
想像して、あの瞬間を思い出し、身が総毛立つ。いや、だが、それよりも、だ。
不穏すぎる雲行きが、私の第六感をびんびんと揺さぶってくる。
体術勝負になる度、ガイ先生の尻を執拗に狙う、はたけ上忍……。
いやいや、待て待て。早とちり、早合点は忍として失格だ。まずは情報収集が、基本ですよ。基本。



頭の中で整理しつつ、今度は、はたけ上忍へ水を向けた。
「はたけ上忍は、私たち以外にも使ったことあるんですか?」
笑顔で聞けば、はたけ上忍はツンと横を向いた。な、なろー、何だその子供じみた態度はっっ。
ひくりと額に青筋が立ちそうになるが、落ち着けと己に数万回言い聞かし、辛抱強く発言を待った。
すると、はたけ上忍は若干口を突き出し、小さい声で呟いた。
「……それより、オレはどうしてアンタとガイが一緒にいるか、理由聞いてないんですけど…」
恨みがましい目でガイ先生と私を見つめてくる。
そこまで言われて思い出す。そいういえば、はたけ上忍は一人で来いと言ってきたのだっけ。
一瞬、ガイ先生と目を合わせ、何となしに笑い合う。
それを見つけ、はたけ上忍の目が鋭くなる。
「何? オレには教えられないこと?」
ぶすくれたはたけ上忍に、慌てて手を振り否定した。約束が一方的だったはいえ、確かに自分が悪い面もある。
「いえ、そういうことじゃありません。す、すいません、はたけ上忍。約束を破ってしまったことは、本当に申し訳ありませんでした」
寝転がったままで悪いが、頭を下げた。じゃ、理由はと促され、言葉に詰まる。
「えっと、その………。えっと……」
言うのが恥ずかしくて、踏ん切りがどうもつかない。
訳もなく指をいじっていれば、不機嫌なチャクラが私を脅してきた。だ、だって…。
どうしても言わなくては駄目ですかと、お伺いを立てても、はたけ上忍は言えと視線で脅してくるばかりだ。
仕方ないと意を決して口を開いた直前、横から救いの手が差し出された。




「まぁ、待て、カカシ。イルカもな、悪気があってのことではない。というより、オレの無理な誘いに付き合ってくれたとも言える」
「ガイの?」
ぴくんと眉根が動く。ガイ先生は今日、どういう経緯で私と酒を飲むことになったか、代わりに語ってくれた。





オレが今宵も木の葉の夜を守るため、警備を兼ねて夜の街をジョギングしていると、近江屋の近くにある防火水路の暗がりに、人の気配がした。
見知ったチャクラに、声をかければ、それはイルカだった。
イルカとは時々、修練を共にする同志だからな。今宵も、オレと一緒に木の葉の平和のために走らないかと誘ったのだが、生憎、約束があるという。
よく聞けば、カカシと近江屋で待ち合わせということだ。
カカシも隅に置けないと、青春の香りを嗅ぎつけたんだが、それにしても近江屋で待ち合わせだというのに、外にいるイルカが不思議になってな。
聞けば、もう二時間近くは待っているという。
大かた任務で遅くなっているのだろうと、中で待てばいいではないかと言ったら、イルカはとんでもないと言うのだ。
近江屋は自分たち中忍には、恐れ多い所で、滅多に立ち寄れない高級料亭なのだと。そんなところに一人で入ったら、緊張でどうにかなってしまうと、頑なに入ろうとはせん。
話しながらイルカの腹はきゅーきゅー鳴っているし、どうもこのまま去るのは忍びなくてな。
ならばオレが一緒に入ればいいのだと、少々強引に連れ込んだ。
座敷に入ってから何でも頼めと勧めるのだが、これまたイルカは固辞してなー。
酒でも入れば緊張がほぐれるかと思い、酒を注文して飲ませてな。




「それで、今に繋がるわけだ」
実に簡潔に説明してくださったガイ先生に頭が下がる思いだ。
実際は、入りたくないと往来の道にも関わらず私は相当ごねた……。
あのときは必死だったが、今となっては高級料亭前で何と恥ずかしい真似をしたものだと身の置き所がない。
一人顔を赤くしている私に、さすが悪魔の申し子は攻撃の手を緩めてはくれなかった。
「ふーん……。そ。経緯は分かったけど、アンタ、どうして店に入んなかったの?」
言いたくなかった核心を突く男に、心の中で男を称賛する。
さすが、女性のあらぬところの穴へ突っ込むだけの鬼畜系男だけはある。
心の中で涙を流し、どうしても言いたくなくて粘ってみた。
「い、言わなくちゃいけないんですか?!」
だが、それは逆効果だったらしい。
私の必死の素振りに気付いた男は、にやりと薄い唇を歪めた。
その顔が、『へぇー恥ずかしいの、アンタそれ言うの嫌なの? そりゃぜひとも口を割らせなくなるねぇ、へっへっへ』と語っている。
くそっ、鬼畜ぷらすサドでもあったのか!!
くぅぅと唇を噛みしめると、ますます男は嬉しそうに私を見下ろしてくる。
「おぉ、オレも聞きたいぞ。イルカぁー、どうしたっ! オレとお前の仲ではないかッッ」
ガイ先生の駄目押しに、私は涙がちょちょ切れんばかりだ。あぁぁぁぁぁぁ、分かったわよ、分かったわよ!! 言えばいいんでしょ、言えばッ。



「……ねが……ない…す」
ぼしょぼしょと言えば、男は「はぁ? とんと聞こえませんがー」と耳の穴をほじった。
うぬぅぅぅ!!!
「お、が……ないからです」
「はぁぁ? アンタ、人、馬鹿にしてんの?」
馬鹿にしてんのは、お前だろうがッッ!!!
男の怒りを力にして、私は畳を叩き、声を放った。
「だから、お金がないって言っーーーがッッ」
言った直後に、あらぬところの激痛に沈没した。
ようやく痛みをやり過ごし、顔を上げれば、そこには男泣きに泣くガイ先生と、ものすごい憐みの目をこちらに注ぐはたけ上忍がいた。



思いもかけぬ反応に、戸惑っていると、ガイ先生は静かに親指を立て、無言で頷いた。
先生に認められているらしいことは分かる。それはそれで嬉しいのだが、何を認められたのか分からない。
曖昧に笑い、なんとなくこちらも親指を立てようとしたら、突如はたけ上忍が目の前に現れた。
「な、何ですか?!」
身動きとれぬ私は相当びびる。だが、はたけ上忍は今まで見たこともない優しげな笑みを浮かべ、私の側にしゃがみこんだ。そして、左手に持った皿から鴨の肉を箸で抓むと、にっこりと笑う。
「ほら、これ知ってる? 木の葉の山奥でとれる最高級の鴨のソテー焼き。ここでだけ食べられる料理なの」
少し赤みの残りながら、周りはいい色にこんがりと焼いているお肉に生唾が溢れる。
ごくんと唾を飲み込み、ぷらぷらと揺れるお肉を持つ、はたけ上忍を見上げた。
ガイ先生とはお酒と軽いおつまみしか食べていない。しかも、ガイ先生と喋られる嬉しさで食事のことはすっかり頭から抜けていた。
お腹がすいていたことを思い出し、お腹の虫がきゅーころころころと鳴き始める。
もしかしてくれるんですかと、仏の笑みを浮かべるはたけ上忍を仰ぎ見れば、はたけ上忍はうふふふと笑いだしそうな顔で、鴨肉を私の口元の先まで運び、口を開けた私より早く、私の鼻先でジューシーな鴨肉を食べた。



「あ゛!!!」
思わず声を上げると、男は仏の顔をかなぐり捨て、実に陰険な、悪魔の笑みを私に向けた。
「あーーーーー、おいしぃーーー」
もくもくと右頬が膨らんでいる。あ、あそこに私の鴨肉が、私のお口に入るはずだった鴨肉がッッッ!!!
勝手に瞳が潤みだす。はたけ上忍は実にうまそうに鴨肉を次々と平らげた。付け合わせの、ニンジンとインゲンと、ジャガイモを裏ごしした上で味付けしたポテトサラダも完食し、空になった皿を意気揚々と私に見せつける。
うぅぅぅぅ、このサド!! 陰険! 鬼畜男ッッ!!
身が焦げるほどの悔しさで歯がみしていれば、再び救いの神の手が差し伸べられた。
「カカシ、何をやっておるのだ、お前は。女性には優しく、心を尽くしてこその木の葉の忍、上忍というものッッ! イルカ、これでも食うか? うまいぞ」
ガイ先生の言葉にきゅんと胸が震える。例えそれがあつあつのカレーうどんだとしても、私に悔いはない……!!!
「ぜ、ぜひともッッ!!!!」
動く限り首をガイ先生に向け、近づくガイ先生にうっとりと視線を向ける。あぁ、もしかしなくてもこれが嬉し恥ずかし、恋人の代名詞「あーん」…vv
手順を思い切り飛び越えたけど、それも運命ッッ。
「イルカ、よーし、いくぞーーー!!!」
「はいッ、ガイ先生!!!」
ガイ先生の掛け声に全身全霊で応える。
ぴゅるんとカレーをまとわりつかせたうどんがこちらの口に近づく。
口を開き、愛の一投を受け止める刹那。
「あー」
「んぐ」
横からガイ先生の箸をかっさらわれた。

私の目前で咀嚼する男。


あまりの衝撃に魂が抜けかける私に眼差しを送り、男はにやりと勝ち誇った笑いを浮かべた。


色違いの瞳が語る。

『お前に食わせる、うどんはねぇ』



その瞬間、ぴしゃーんと、私の脳天を突き抜けて、雷が落ちた。
女の勘並びに、霊的第六感が大声で私に告げている。




はたけカカシは、マイト・ガイ先生に惚れている。

つまり、私の恋敵っっっっ!!!!





理由だとか、確証だとか、そんなもの全てぶっ飛んだ。
あのガイ先生の箸を咥えた、はたけカカシの勝ち誇った笑み。そして、あの瞳。
それが全てを物語っている。


男同士だとか、不毛な恋だとか、そんなことは言ってられない。
恋愛は、殺し殺されるか、奪われるか死守するかの極限の戦い。
そこに男女の垣根は存在しないッッ。




何だ、お前も食いたいのかと、ガイ先生に自ずから食べさせてもらっている、(はたけ……いや、これからはカカシと呼ばせてもらう……!!)カカシは私に勝者の顔をぬけぬけと向けてきた。
そうと…、分かったら、こっちだって負けてはいられねぇ……!!




「あぁん、ガイせんせv 私、ガイ先生お勧めの激辛食べてみたいですぅ」
声色を一オクターブ高くし、私はガイ先生の気を引いた。
「おぉう!! イルカは分かっているなッ。任せろッ、ここのイカの塩辛は天下一品だッッ」
カレーうどんを食べさせてもらっていた手が止まり、男が心なし残念な顔になる。
ふっ、ガイ先生の気は完全に私へ向いているっ。
「イルカ、口を開けろ。これが噂のハバネロスタ50本使った激辛し」
箸でつまんだ瞬間、カカシの口元に塩辛が消えた。
ふ、かかった。
目論見通りに進み、私は薄暗い瞳でカカシを観察する。カカシは自分の身に起きた変化に体を震わせ、突然膝をついた。
そういうことかとこちらに向ける驚愕の眼差しに、にやりと笑ってやる。




恋は人を愚かにする。
里の誉れと呼ばれても、所詮、お前も人の子よ、はたけカカシぃぃ!!




あーはっはっははと内心で高笑いをしていれば、私に影が差した。え?
はっと気付けば、そこにはこの時でなかったら、涙を流して喜べる満面の笑みを浮かべているガイ先生がいた。箸の先に、激辛の塩辛を持って。
「思う存分、食うがいいッ」
赤い。イカの白い欠片すら見えない、赤いだけの物体を抓み、ガイ先生が笑みを浮かべて私の口元に運ぶ。
「え、いや、あの、そのガイ先生っっ」
とてもじゃないが食べられない。側に近寄るだけで、刺激臭のためか目が痛くなるそれを、食べきる自信は私にはない…!!
あわわと泡を食う私に、ガイ先生は本当に嬉しそうに笑った。
「イルカがこの塩辛の良さを分かるとはなー。ああ、感動だッ。お前とはこれからも青春を目指せそうだッッ」
ガイ先生から、一緒に青春へ走り出す権利をもらい、私の辞書に断るという文字は存在しなかった。
「イルカー、行くぞーーーー!!!」
「は、はいぃぃぃ、ガイ先生ッッッ」
せめてそこは「あーんv」が良かったと、頭の隅に過ぎったのを最後に、私の意識は落ちた。




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このネタがやりたかったんです…。強引だろうが、何だろうが!!
カカシ先生と女イルカ先生の恋敵の図………うっとり。